D.U.外郊地区。いくつも連なるビルの内の一棟に僕の住居があります。
連邦生徒会がある地区は最先端の街とはいえ、離れにあるここは少し治安が悪いんだ。
だけど、悪い事ばかりじゃありません。今の住居はトリニティに編入した際に引越しました。トリニティ地区内だと正体がバレるリスクがあります。元のゲヘナの住居はもっての他です。ここはゲヘナともトリニティとも距離がそこまで変わらず、治安が悪いおかげであまり人が寄ってきません。
なによりこのビルは僕以外誰も住んでいないので女装バレはおろか、堂々と玻璃間リオンとして振舞うことが出来る!
家にいる間だけでも男としていられることが僕に生きる力を与えてくれる……!
「ねえ〜! リオルン、まだ〜?」
「はーい! 今持ってきますねー!」
IHを切って完成した料理をリビングまで持っていく。
「お待たせしました〜。肉じゃがですよ〜」
「わーお! 待ってました!」
「す、すごい量です……」
「ねえ、本当にいただいていいの!?」
「社長、私達もう三日も食べてないよ」
テーブルにデンと置かれた大量の肉じゃがに、先に席に座っていた四人はそれぞれ違った反応を見せていた。
睦八魔アルさん
ムツキさん
カヨコさん
ハルカさん
学生の身でありながら便利屋68という組織を立ち上げた、凄い方々です。
アルさんとムツキさんは一年の頃に同じクラスが縁で友人となり、その二人が生徒の枠組みを越えて独立したことは、友人として誇らしく思います。
実は私も仲間に入らないかと誘われましたが、当時の僕はマコト様の──万魔殿の召使い。ゲヘナに残りました。
その後、何故かアルさん達は指名手配犯になっていて、立場上は対立しなくてはいけないのですが、今もこうして友人の関係は続いています。
「遠慮せず召し上がって下さい。先日ジャガイモをたくさんいただきまして。もし、食べ切れなくても小分けにして取って置くこともできますから」
「うっ……でも、無償で貰う訳には……!」
アルさんはチラチラと肉じゃがの方に目を向けながらも箸を持とうとする手を必死に押さえていた。
そんなアルさんの様子をムツキさんは楽しそうに眺め、カヨコさんは溜息を吐きながらも膝に手を置いて待っている。ハルカさんも決して手をつけようとはしないが、ジーッと肉じゃがを凝視する姿は待てをされた子犬のようだった。
「……アルさん、友人として言わせて貰うけど矜持よりも優先することがあるよね」
アルさんはアウトローを目指している。だけど、アルさんの中でアウトローっぽいこと、カッコいいと思うことから外れるような行動はしないようにしている。
志を一貫することは立派なことだ。迷うことはあっても最終的には曲げずに突き通せるのはアルさんの良い所だ。
だけど、それで周りに無理をさせてしまうのはいただけない。
ムツキさん達は呆れたりはすることはあっても、きっとアルさんの進む道に迷う事なくついていくだろう。これを言ったら嫌な顔をすると思うけど、アルさんは少しマコト様と似ている。
「僕もアルさんがいつか最高のアウトローになれるって信じてる。でも、アルさんが目指すアウトローは仲間を大事にしないの?」
僕は便利屋の社員じゃないから口を挟む権利なんてない。
だけど、お腹を空かせることがアウトローだなんて、絶対に言わせない。
「身体は資本。何事においてもしっかりと身体を作っておかないと何者にもなれません──一先ず、自分と向き合ってみるのもいいかもしれないね」
僕の言葉に納得するようにアルさんのお腹から音が鳴った所で、ついにアルさんは顔を真っ赤にしながら箸と小皿を手に取った。
「〜〜〜〜ッ!! あーもうっ! 分かったわよ! こうなったら、リオンの冷蔵庫を空にするまで食べてやるんだから!!」
「あはは! 咄嗟に出た反抗がそれって、アルちゃんかーわいいー! でも私もいっぱい食ーべよーっと!」
「やれやれ……あっ、社長。そこの一味取って」
やけになって食べ始めるアルさんに続いて、ムツキさんとカヨコさんも自分のペースで食べ始めた。
「ハルカさんも、遠慮せずにいただいて下さい」
「あっ、あの……私なんかがいただいちゃっていいんでしょうか……」
ハルカさんはまだ少し遠慮気味だ。
そうこうしている間に肉じゃがは半分まで減っている。
「大丈夫ですよ、ハルカさん。まだ同じ量の肉じゃがが向こうに置いてますので」
「「「え?」」」
あ、三人が固まった。
アルさん達が来ると思って作りすぎちゃいました。余っても容器に入れたら保存は効きますし、また皆さんに渡しましょう。
「ほら! ご飯もおかわり出来るので沢山召し上がって下さいね!」
……あれ? なんだか皆さんの食べる勢いが落ちたような気が。
「お風呂上がったよー。最後、ハルカちゃんねー」
「は、はい……ありがとうございます……」
夕飯も済ませ、少しゲームで遊んだ後、アルさん達に入浴を済ませて貰うことにした。
最初は流石にそこまでの施しは受け取らないと断るアルさんでしたが、帰る直前に突然の豪雨。帰るに帰れない状況になってしまい、今晩はアルさん達を泊めることにした。
「あー! アルちゃん、リオルンに髪梳いてもらってるー!」
「こ、これはリオンがやってくれるっていうから……!」
「ムツキさんもよろしければどうですか? アルさんもそうでしたが、あまり手入れが不十分のようです」
アルさん達は決まった住居を持っておらず、野宿することも多々あるらしい。それでも最低限の手入れはしているみたいだけど、毛先の方は傷んでしまっている。
特にキヴォトスでは銃撃戦による硝煙や砂煙が付着したり、弾丸が髪に直接当たることも多い。
マコト様に至ってはよく爆発に巻き込まれてチリチリになってしまっていたので、自然と技術が身についてしまった。
「んー……それじゃ、お願いしちゃおっかな! アルちゃんこーたいっ」
アルさんを押しのけるようにしてムツキさんがベッドに腰掛ける。
「……リオンって、男なんだよね?」
「当たり前じゃないですか!?」
僕達の様子を眺めていたカヨコさんが、不意にそんなことを言ってきた。
「いや、私もよく分からないんだけど……男女の距離感ってそんな感じなの?」
カヨコさんの言葉に、僕もアルさん達も首を傾げた。
……確かに、いつもマコト様にやっていた事だからと思っていたけど、友達相手にここまでやって良いものだろうか。
いや、そもそも僕以外の男子生徒を見た事がないから、距離感の基準が分からない。
「んー、いいんじゃない? リオルンはリオルンだし」
興味がないと言わんばかりに、急かすようにムツキさんは頭で胸板をグリグリと押し付けてきた。
ハッとした僕はすぐに櫛をムツキさんの髪にいれる。手を動かしながら、ムツキさんが僕の事を信頼してくれているんだなあと思うと、つい笑みが溢れた。
「まっ、リオルンて元々男扱いあんまりされてなかったし」
グサっと、言葉のナイフが刺さった。
ムツキさん、上げてから落とされるとより深く刺さるのでやめてください。
「あっ、そうだ。せっかくだしリオルンあのメイド服着てみてよ」
「いやですよ!? せっかくってなんですか!? せっかくって!」
「いいじゃん、女装しろっていう訳じゃないんだし。別にウィッグはつけなくても……」
「ちょっとムツキ、今のリオンは男の子なのよ。メイド服なんて着させたら……」
なんで急に黙ったの? ねえ。せめてウィッグつけた状態で想像していますよね!?
「本当にお願いします! 最近はもう男でいられる時間の方が短くなっちゃっているんです! 皆さんといる時くらいはリオンとしていさせてください……!」
「頭の上で泣かれてもこまるんだけどなー」
「相当追い込まれているようね……」
「相変わらず、アレに無茶させられているね」
そうなんです。でも、僕が決めたことだから投げ出す訳にはいきません。
「で、でも、潜入調査ってかっこいいじゃない! 憧れるわ!」
「女装してだけどね」
「ちょっとムツキ! シッ!」
「でも、社長。リオンがやってる事ってバレたら戦争モノだと思うけど、それでもやりたい?」
カヨコさんの言葉にアルさんの顔が青ざめていく。
……改めて、本当にとんでもないことしてるなあ。いずれ正体を明かそうだなんて考えたりしてたけど、自分本位で出来ない所まで来てるんだなと、憂鬱になってしまう。
「まあ、えっと……その、あれよ! もしもの時は私達を頼りなさい! いつもリオンには助けてもらっているのだから、貴方には無償で請け負ってあげるわ!」
アルさん……その心遣い、胸に沁みます。巻き込みたくはないので、潜入調査とは関係ない所で頼らせてもらいます。
「……ねえ、リオルン」
「はい? なんでしょう」
「無茶しちゃ、駄目だからね」
ムツキさんの言葉には、ハッキリと答えることは出来なかった。僕は言葉を濁すように微笑んだ。