「お待たせしました。ナギサ様」
放課後、ティーパーティーのテラスにて。
ミカ様とセイア様は別件で不在。三人が座ってもまだスペースに余裕があったテーブルも、一人だけだと空虚に感じる。
「ええ──それでは、始めて下さい」
「かしこまりました」
ナギサ様の合図で、私は手帳を開いた。
決して、誰にも知られてはいけない秘密の会合。ミカ様もセイア様も居ない間だけの一時。
「【今日のヒフミさん】──朝、友人と登校。昼食の約束を取り付け、教室に移動。提出物を忘れて慌てて帰宅しました」
……何やっているんでしょう。私……。
きっかけは私がティーパーティーのメイドになってから暫く経ったある日。ナギサ様がヒフミさんをテラスに招待して他愛のない会話をする、それなりに見る光景だと思うようになった時だったでしょうか。
ヒフミさんが退席し、片付けをしている時でした。溜息を吐きながらナギサが私に言いました。
「どうすればヒフミさんともっと親密になれるのでしょうか……」
「仲良く……でしょうか?」
ナギサ様が悩みを吐き出すのは初めて見た。普段は議題をまとめ、円滑に進めようと舵をとるしっかりした人という印象だった。
そんなナギサ様が友人関係に悩んでいらっしゃる。これは解決しなくてはいけない。
「私の主観ですが、先程のナギサ様とヒフミさんは仲睦まじいように見えました」
「本当にそうでしょうか? 会話も私が一方的に話してしまって、ヒフミさんから話題を振られてはいません」
確かに……思い返すとヒフミさんの口数は少なかった。いや、何とか会話に入ろうとしていたけれど、言葉を選んでいる内に話題が次に進んでしまった、という感じで相槌が多かったかもしれない。
「……もしかすると、私は嫌われているのかもしれません」
「そのような事は決してありえません!!」
私は力強く否定した。
「私がヒフミさんをお呼びする時、緊張する素ぶりを見せる時もありますが、ナギサ様にお呼ばれされることを嬉しいと申していました。ナギサ様が薦めていた茶葉を調べたりと、ヒフミさんもナギサ様との時間を楽しみにしてらっしゃいます」
茶葉に関しては、値段を見て目を丸くはしていましたが。今考えると、ヒフミさんの紅茶を飲む手が少し震えていたような気がする。
「……ええ、ヒフミさんは私の話をとてもよく聞いてくれます。私の好きな事を共有出来た気になって、つい話しすぎてしまうんです──そういえば、私はヒフミさんの好きな物を何も知りませんでした」
ヒフミさんはモモフレンズ──特にペロロ様がお気に入りだ。だけど、今まで一度も話題になったことはない。
「滑稽なものですね。ヒフミさんと仲良くなりたい筈なのに、ヒフミさんのことを何も知ろうとしていなかったなんて」
「"好き"を共有することは仲良くなる一つの方法です。ナギサ様の御趣味を十分に伝えられたのでしたら、今度はヒフミさんの好きなものを教えてもらえればいいのです。失礼ながら、私もヒフミさんと同じ趣味を持っていますので、お力になれると思います」
「エラさんの好きなもの……確かペロペロ様、でしたっけ?」
ペロロ様です。
今の発言を絶対にヒフミさんの前でしないでください。下手したら絶縁されますので。
「……エラさん。少し頼み事があるのですが」
「なんなりとお申し付け下さい」
あの時の私は愚かでした。主人からの命令とはいえ、内容を聞かずに了承するものではありませんでした。ゲヘナの頃から何も変わっていない自分に泣きそうです。
「──午後四時半に下校。新作のモモフレンズグッズを買いに行きました…………以上です」
「ヒフミさんは今日も良い一日を過ごせたようですね」
私の報告に、ナギサ様は満足そうにしながら三杯目の紅茶に口をつけた。
ナギサ様が下した命はヒフミさんの一日の行動を記録し、報告することでした。
ナギサ様曰く、ヒフミさんを知るために必要なことだと弁明していましたが……すみません、どう考えてもアウトです。
報告は毎日ではなく、指定された日に行っていますが……その日は授業を抜け出し、時にはドローンを使って徹底密着。あくまでヒフミさんの日常を知る為なので、ヒフミさんには秘密で……ヒフミさんに土下座することがまた増えてしまいました。
(今回はゲヘナ限定のスカルマンルームライトを渡しましょう)
ヒフミさんへのお詫びの品を考えている最中、ナギサ様は私が用意していたペロロ様のぬいぐるみを弄っていた。
引っ張ったり、下から覗いたり、振ったりと思っていたよりも雑に扱ってらっしゃる。
「ヒフミさんはぺぺロ様の何処に魅力を……?」
ペロロ様です。少し惜しいですね。
しかし、ナギサ様とペロロ様は相性が悪いみたいだ。ヒフミさんが一番推してるキャラクターということで同じものを好きになりたかったみたいだけど、ナギサ様にはイマイチらしい。
そもそも、モモフレンズは合う合わないがかなりでるらしい。合わない人はとことん合わない。しかし、感性が一致すると熱狂的なファンになりやすい。一方で、特定のキャラクターだけなら好きというのが世間の多数派なのも事実だ。
今日はペロロ様のプリントクッキーを用意していたけれど、ナギサ様は裏返して顔を見ないように召し上がっていた。次はウェーブキャットさんを用意してみようかな。
「……いいですね」
そんなことを考えていると、ナギサ様はテラスの外を眺めながらポツリと呟いた。
「ナギサ様……?」
「いえ……少し羨ましいと思って」
「羨ましい、ですか?」
私の疑問に、ナギサ様は少し困ったように笑う。
「ヒフミさん……いえ、他のトリニティの生徒達は今の時間帯、エラさんが報告したようなショッピングをしたり、カフェで時間を潰したり、そういった普通の日常を過ごしているのでしょう」
そう言って、少し冷めた紅茶を飲み干した。
「別に今の立場から逃げたい訳ではありません。ティーパーティー……フィリウスの代表としての誇りはあります。ただ、もしそんな肩書きがなく学園を過ごしていたらどうなっていたか、そう考える時があります」
ナギサ様が想像する景色を、私も思い浮かべてみる。
テーブルを囲うナギサ様、ミカ様、セイア様とも違う別の三人。その後ろに、多分私の姿はない。ミカ様が見つけなければ、私はメイドになることはなかった。
そして互いに接点もないまま廊下ですれ違うだけの関係──そう考えると少し寂しく感じた。
「ミカさんとセイアさんとは昔からの関係で、こうしてティーパーティーとして同じテーブルに座れることはなによりの幸運でしょう。ですが、それぞれの派閥の代表という立場の関係上、プライベートでの交流は難しくなりました。以前、プライベートビーチの話をしましたよね。あれもスケジュールを合わせることよりも、派閥の子達を納得させる方が難しいんです」
……私は勘違いしていた。
ナギサ様達の仲を取り持とうとするあまり、三人の関係しか見ていなかった。だけど、ナギサ様達が仲良くなりたいと思っても、それぞれの派閥の生徒達はよく思わない可能性がある。
元々は違う思想を持つ派閥同士が集まった学園。一枚岩ではないことなんて分かり切っていた筈なのに。
「……私はきっと、ヒフミさんにありのままの私を見て欲しかったのですね」
「えっ?」
「エラさんのおかげでヒフミさんと過ごす時間はより有意義なものになりました。だから余計に感じるようになったのでしょう。ティーパーティーの立場も派閥の代表の肩書きも無視して、桐藤ナギサ個人を見てくれる方を私は求めていたのでしょう」
ヒフミさんは偏見を持たない人だ。だけど決して気安い態度は取らない。相手に敬意を払い、正面から接してくれる人。
彼女はきっとそのことを普通のことだと、いつものように言うだろう。
だけど、ヒフミさんの普通は誰もが出来る筈なのに実行するのは難しい。だからこそ、大規模なトリニティの中でナギサ様が見つけることが出来たのだ。
「やっぱり、私にヒフミさんは相応しくありません。彼女は打算もなく接してくれているのに、私はヒフミさんに求めてばかり……これ以上関係を続けるのはヒフミさんに失礼──」
「それは違いますよ。ナギサ様」
私はナギサ様の手を握り、静かに横に振った。
ナギサ様は少し勘違いしている。それを伝えなくてはいけない。
「ヒフミさんは縁を切った程度で離れるような方ではありません。むしろ、何かあったのか心配して私を頼りに接触する筈でしょう──
「……っ! で、でもそれはエラさんの勝手な憶測でしょう?」
「ええ。ですが、私は信じていますので。ヒフミさんが友達を見捨てない方だと──ナギサ様もそうは思いませんか?」
ナギサ様はヒフミさんを知ろうと手段はともかく多くの時間を費やした。
ナギサ様はヒフミさんに理想の友人を重ねていたのかもしれない。でも、ヒフミさんの本質もナギサ様は知っている筈だ。
「────ふふっ、確かに。ヒフミさんならやりかねませんね」
深く考え、想像し──ナギサ様は笑った。
「ええ、ヒフミさんですから」
「──エラさん、【今日のヒフミさん】は今回限りで終了です」
「! 本当ですか!」
「ええ、これからは私も真っ直ぐにヒフミさんを知ろうと思います──ただ、一つだけお願いしてもいいですか」
「──なんなりと」
これは、何となくお願いの内容が理解出来た。このことは避けては通れない道だから。
「隠れてヒフミさんを探っていたこと、一緒に謝ってもらえませんか?」
「──はい。私も、共犯者ですので」
乾いた笑いが、テラスに響いた。
「お詫びの品は何を贈れば良いでしょうか」
「私はいつも限定のグッズを贈っていますが……今回は手紙を添えようと思います」
「なるほど……なら私も手紙を添えてペドr」
「ペロロ様です! その間違い方はいけません!」
あっぶなー!! 言い間違いにしても、これは違うかなって違和感を持って下さい。ナギサ様。
「も、申し訳ありません。覚えようとはしているのですが、中々覚えづらいくて」
モモフレンズの中なら覚えやすい部類だと思うのになあ。
そう考えていると、ナギサ様は私の顔を見てクスリと笑う。
「ナギサ様? 私の顔に何か……」
「いえ、エラさんもこの話題になると少しフランクに話してくださると思って」
「……っ!? 申し訳ありません! 私としたことが!?」
「いえ、構いません。今は二人だけですし、いつかエラさんとも普通の友人として語り合いたいです」
「ナギサ様……」
「その時はティーパーティーを辞めた時になってしまうでしょうか。かなり先ですが、楽しみになりました」
未来を見据えるナギサ様に対し、私は顔を俯いた。
マコト様から指示された任期はエデン条約の調停まで。その日以降、私の正体を明かした後にナギサ様達と合う自信がない。
ナギサ様に友達について力説しておいて、僕にはその覚悟が本当にあるのだろうか。
ストックが切れたのでナウマンゾウになります。
失踪はしません。