「ほーら、エラ! 早く早くー!」
「ま、待って下さい! ミカ様ー!」
休日。本来ならメイド業はお休みの筈ですが、本日はミカ様のショッピングの付き添いに来ています。
場所はトリニティ地区にある巨大ショッピングモール。キヴォトスでも有数の規模で、トリニティ地区外の人達も足を運びに来ます。
「わあー! これかわいいー!」
ブティックで服を選ぶミカ様。当然、私も中に入ってミカ様を見守っていますが、正直いって居心地は悪い。
扱う商品は女性物ばかり。いや、そもそも男性物を扱う店の方が少ないのですが。男である僕にはどうしても場違いに思えてしまう。
「あっ! これはエラでも似合うんじゃないかな?」
……男の僕には似合わない場所です!
「んー、ちょっとこれ着てみようかな」
ミカ様は選んでいた服を手に更衣室にむかう。
暫くすると、試着したミカ様が出てきた。
「じゃじゃーん! どう思う?」
「大変お似合いです。ミカ様。ブルーのブラウスとグレーのスカートの組み合わせが大人らしさだけじゃなく、清涼感のある雰囲気がこれからの季節にあっています」
「んー、五十五点!」
ミカ様は試着の感想を求めてきます。ただ似合っているの言葉だけじゃなく、何処をポイントにしているのか読み取って評価しなくてはいけません。
「……まっ、気分転換に着るくらいかなー」
ミカ様からの評価は辛口ですが、ミカ様ご自身が選んだ服装です。似合っていると自負があるので、今の服も購入するようです。
ミカ様は流行に聡いお方だ。ただ今流行りのの服を着るだけでは同じような服になってしまう。流行から少し外れた服も着ることでミカ様の頭の中で何故流行っているのかを理解している。
そして、試着中も髪型や小物を変えて服に着られている感が無くなっている。ミカ様は流行の最先端を行く方だ。
だけど……。
「えーっと、あとコレとコレと……あっ、アレもいいかも!」
次々と服を選んでは試着していくミカ様。試着し終えた服を私が預かっていきますが、もう前が見えないくらい積み重なっている。
「よし! それじゃ、これ全部下さい!」
取捨選択することなくまとめ買い。ミカ様のことなので、クローゼットの肥やしになることはないでしょうが……一つの店で三十着は多くないですか?
ここに来るまでにも幾つか買い物は済ませていて、紙袋と箱でいっぱいだ。
「エラ! 丁寧に扱ってよね!」
「はい! 命に変えても落としたりはしません……!」
でもミカ様、少し何処かで休憩させて下さい。
ミカ様の買い物も一先ず完了し、時間は昼時。
昼食も兼ねてカフェに寄り、ようやく休むことが出来る。その前に注文を取りにいって、丁度出来上がったみたいだ。
「ミカ様、ハムサンドとアイスティーです」
「うん、ありがとー☆」
ちなみに私はタマゴサンドにコーヒーです。運び終えた私はようやく席に着くことが出来ました。
僅か数時間だけど、すっかり疲弊し切ってしまいました。何よりも腕が辛い。服の上だからわからないけど、きっと紐の後が大量に付いている。私の後ろに積み重なった戦利品の数々がその重量を物語っている。
結局、六十着は購入しただろうか。その他にも靴やバッグといった小物類もたくさん。合計額は……ちょっと想像したくない。ミカ様が入った場所はどれも高級嗜好の店だったから。
マコト様も高い物を買いたがっていたけど、理由をつけて抑えることは出来た。ミカ様の場合、弱みを握られているのもあるけど、これだけ買っても全然余裕がある。
「そういえば、ミカ様はネット通販等は使わないのですか?」
と頭をよぎった疑問をミカ様に聞いてみる。
今回は私が駆り出されましたが、普段はどのように買い物しているのだろうか。偏見だけど、あまりカゴを持って買い物している姿が想像できない。今はネットを使えば大抵の品は買うことができる。
「んー?まあ、こういった嗜好品は現物を見た方がいいからね。服なんて、注文したけど思ったのとは違かったー、なんてことあるよね?」
「確かに、衣類は写真だけじゃ伝わらないものもありますね」
「そうそう!それに見て回る内に以外な掘り出し物があったりして、ついつい買っちゃうんだよねー!」
ええ、身をもって分からされています。
「でも、買い物は大抵一人でかなー。前はよくナギちゃんと一緒に行ってたけど、ナギちゃんってば基本決まったブランドの物しか買わないから悩むってことをしないし。カフェで休憩する時も自分の椅子で座ったり、紅茶の味に文句いったり、私にロールケーキぶち込んだりするから、カフェのメニューを楽しめることが少ないんだよね」
……ん? なんだかおかしな話がまぎれこんでいたような気がしますが……。
「セイアちゃんだって、テラスにいる時と同じで難しい話を長々としてくるし。ナギちゃんも紅茶の蘊蓄を垂れ流してきてさー。聞かされる方の身にもなってほしいよね!」
「あはは……」
私は苦笑いを浮かべながら、以前ナギサ様やセイア様と会話した内容を思い出す。
「エラさん、ミカさんの相手は大変ではないでしょうか?」
「いえ、そんなことは……」
「ミカさんは興奮すると話が止まらなくなります。その上、ちゃんと話に合わせないと拗ねて、最悪の場合同じ話を繰り返してきます。ミカさんも相手のことを考えてもらいたいですね」
と、ナギサ様。
「相変わらず、苦労しているようだな。君は」
「いえ、私は何とも……」
「ミカは自分の興味のあるなしで露骨に態度を変える。エデン条約のように興味がなければ関係のない話で茶化し、好きな話題になれば主導権を取りに行く。全く、ミカには相手の事を考える気がないのかね」
思い返すと、やっぱり三人には似ている所があるんだなと思った。それぞれに自覚はないのでしょうが。
表立って言うことはないだろうけど、どちらも相手のことをよく知っている。ティーパーティーの肩書きがなくても、ミカ様達は対等な関係でいられるでしょう。
「なーにニヤニヤしてるのよ。人の話聞いてる?」
「……っはい! 勿論です!」
「本当──まあ、そんなことより。なんか、向こうが騒がしくない?」
ミカ様は不機嫌な顔をしながら、騒ぎがするという方向に指差した。
つられて私もその方向に顔を向ける。場所は週一で催し物をやっていたりする広場。確か、今は服のセールをしていた筈。
その周囲には砂埃が舞っていて──ああ、なんだ。いつもの光景ですね。
「てめ……コラァ! それはアタシのもんだぞ!!」
「ハァ!? ウチが先に見つけたんだし!!」
「離せよ! 破れんだろが!!」
「そっちが離せばいいんだろーが!!」
意識するとこちらまで声が聞こえてくる。
あそこでやっているのは、時期が外れたとはいえ人気のブランドだった筈だ。普段は手の届き辛い金額の物が安くなっているんだからあの騒ぎは当然かもしれない。でも……。
「オラ、上等だ!! ヘルメット団だかロケット団だか知らねーが、ウチらの邪魔すんなら容赦しねーぞ!!」
「そっちもスケバン名乗ってんなら他のファッションに目移りしてんじゃねーよ、タコ!!」
「ああ!? そんな頭しといてこの服が入る訳ないテメーらに言われたかねーよ!!」
「着る時は脱ぐに決まってんだろーが!!!」
……いけない。ヒートアップしてきている。
このままいけば銃撃戦に発展する。そうなれば広範囲に被害が及ぶ。
既にヴァルキューレに通報はしているだろうけど、到着に時間がかかる。それに騒ぎの中心は人数が多い。もしかしたら抑え切れないかもしれない。
正義実現委員会の応援を待つか……? 一番はツルギさんだけど、せめてイチカさんの力が必要だ。
私があの中に入って時間を稼ぐ……あの乱戦の中で避け続けるのは至難の業だけど、銃を奪って無力化出来ればなんとか──。
「それじゃ、エラはちょっと待っててね。丁度、食後の運動したかった所だったし」
「……えっ?」
私が思考を巡らしていた中、ミカ様はスッと私の横を通り過ぎた。
片手にミカ様の愛銃を携え、ランウェイを歩くように広場の方に歩いていく。
「ミ、ミカ様! 危険です! 私もお供を……」
「エラは弱っちいんだから、むしろ邪魔。せいぜい私の荷物が汚れないように守っといてね☆」
私の静止も虚しく、ミカ様はヒラヒラと手を振って行ってしまった。
「あはは☆ そんな安物によく必死になれるね!」
「ああ!? 何だテメェ!」
「ティーパーティーのミカだ! ミカが目の前にいる!」
「んだぁ? そんなふざけた名前! 茶飲みがアタシらに何の用だ!」
「わーお! 貴女達って学もなく何の取り柄もないから常識的なことすら知らないんだね……かわいそ☆」
あの……何だかミカ様が凄く煽っているように聞こえてくるのですが。
ああ、さっきまで争っていた方々が一斉にミカ様に敵意を向けてしまっている。
「そんな怖い顔して見ないでよ。図星を突かれる方が悪いんでしょ?」
「……!! そんなに死にたきゃ、テメーからやってやるよ!!」
「所詮は一人! 多勢に無勢だあっ!」
銃を構え、不良達がミカ様に襲いかかる。
「多勢に無勢?
そこからは一方的な蹂躙でした。
数では勝るとは言っても統率のとれた集団ではない。それぞれが好きに動いているので団子状になっていました。とは言っても、不良達が撃つ銃弾の密度はガトリングの連射の目じゃない。私もアレを避けるのは多分無理だ。
でも、ミカ様は……。
「あはは☆ 何それ? それで攻撃のつもり?」
銃弾なと意に返さず、真正面から突破していきました。
そして、殴っては飛ばし、蹴っては飛ばし、投げては叩きつける……一切ご自身の銃を使う事なく圧倒していました。
トリニティで最強は誰か──そう聞けば殆どの人はツルギさんを挙げるだろう。それは、ゲヘナの空崎ヒナさんと同じ自治組織に所属している面もあるからでしょうが、私も異論は無い。
だけど、ミカ様も間違いなくツルギさんと肩を並べられる実力を持っている。私は初めてその実感を持った。
でも何故、ミカ様は銃を使わないのか。きっとそれは周りの被害を防ぐ為なんだと思った。そう考えると、先程の煽りも注意を自分に向けて攻撃を分散させない為。ミカ様も動きを最小限にして、相手の攻撃を散らさないようにしている。
……私には絶対出来ない事だ。ミカ様はやっぱり凄い人だと、この人に仕えられる喜びを噛み締めた。
「よーし、それじゃトドメいっくよー☆」
「……えっ?」
ミカ様は指を一本立てて上に挙げた。
この指止まれ──なんて素っ頓狂な事を考えていると、クイッとミカ様は何かを指示するように指を振った……その時だった。
「なっ、なんだあっ!?」
「う、うわああああああああああああああ!?」
不良達が上を見上げながら慌ててその場から退避しようとしていた。
私もつられて上を見上げて……開いた口が塞がらなかった。
隕石──そう表現するしかない巨大な岩がモールに降ってきた。
えっ? 何処から?
そんな咄嗟に出てきた疑問すら吹き飛ばすように隕石が着弾。モール全体に衝撃が広がった。
「わ……わわわわわわわわわわわ!!????」
慌ててミカ様の荷物を身体全体で庇う。
使っていた椅子もテーブルも吹っ飛び、別の店の商品も吹き飛ばされていくのが見えた。
「う、うううぅ……!」
必死に堪えること数秒。いや、私には数十分くらいの体感だ。衝撃は止み、私と荷物の周りがすっからかんになった空間で私はへたり込んでしまった。
「おーい、エラー!」
ミカ様が駆け足で戻ってくる。申し訳ないけれど、ミカ様の方を向く気力が残ってなかった。
そんな私にミカ様は腕を掴んで引っ張り上げた。
「ほらほら! 早く逃げるよ!」
「えっ? ちょっと、ミカ様!?」
ミカ様は私の腕を掴んだまま、逃げるように走り出す。
ミカ様の力に抵抗出来る訳もなく、私はされるがままに運ばれていった。
「あっははははははは!!」
ミカ様の部屋まで逃げ帰り、倒れるように床に座る。辛うじて荷物は全て回収出来たけれど、箱が凹んだりしてしまった。
一方、ミカ様は興奮が冷めないのか、高らかに笑っている。
「って! 笑い事じゃありませんよ!? 何しているんですか!?」
思わず声を荒げてミカ様を注意する。
従者としてミカ様を尊重したい所だけど、今回は流石に見逃す訳にはいかない。
「ショッピングモールに隕石を落とさないでくださ──あれどうやってしたんですか!?」
「え? 普通出来ない? 隕石呼ぶの」
多分ナギサ様もセイア様も出来ません。
と言いますかしれっと認めましたね。恣意的に隕石呼び出したこと──隕石を呼ぶって何ですか……。
「別にいいじゃん。私がやったっていう証拠なんてないんだし。たまたま隕石があの場所に落ちてきただけだよ。あそこを経営している"カイザー"? って所が何とかしてくれるでしょ」
「いけません! 少なくとも周辺の店舗にも被害は出ているのですから、そちらのオーナーにお詫びと補填をしなくてはなりません」
「あー! あー! 聞こえなーい! そもそも、ゲヘナの癖に建物が壊れたくらいでぶつぶつ言い過ぎ! こんなの日常茶飯事でしょ?」
「いや、いくらゲヘナでもそんなことは……」
あった。主に温泉開発部と美食研究会の方々が!
そういえば、アルさん達もこの間任務中に盛大に爆破したって言っていたなあ。
「やっぱ、思い当たる所あるじゃんね」
「うっ……」
「そもそも、メイドの分際で口答えしないでくれる? 貴女の正体を知って、ナギちゃんが黙っていられるかなー?」
今回の件を知ったら、ナギサ様は頭を抱えるでしょう。
「何か言った?」
「いえ! 何も!」
私は全力で首を横に振る。
それでもミカ様の機嫌は治らず、ソファにダイブしていった。
「あーあ、せっかくの休日なのに台無しになっちゃった」
「今日の埋め合わせは必ずしますので、どうか機嫌を直して下さい。ミカ様」
元々、不良達のいざこざが無ければ、ミカ様が乱入することも無かった。いや、無理を言ってでもミカ様についていかなかった私に責任がある。
これからもっと忙しくなってくるけれど、スケジュールを調整して近い内に休みを作らないと。
「……ふーん。それならちょっと考えてあげなくもないかな」
「ありがとうございます。お優しいミカ様」
良かった。少しだけどミカ様が顔を上げてくれた。
「それにしても、本当にあんな事でよく喧嘩できるよね。あの子達」
「どんなに些細なことでも、当事者にとっては譲れないものがあります。それはトリニティとゲヘナの関係でも言えます。その関係の中で妥協点を見つけていくこともエデン条約の目的とも言えますね」
ちょっと私の意見も混ぜてみた。またミカ様の機嫌が悪くなるかも知れないけれど、少しでもエデン条約に意欲的になってくれたら良いな。
「妥協……かあ」
そんなことを考えていると、ミカ様が何やら考えごとをしていた。
私の話にどこか引っかかる所があったのでしょうか。ミカ様に尋ねようとすると、ミカ様が先に発言をした。
「……ねえ、エラ」
「はい、なんでしょうか?」
真剣にこちらを見るミカ様に、私も改めて姿勢を正す。
「きっかけがあれば昔から仲が悪かった相手と仲良くできると思う?」
「えっと……場合にもよりますが、まずは相手がどう思っているのかを知ることが大切だと思います」
……なんだろう。何となく、ミカ様が話している相手と言うのがゲヘナではないような気がする。
それならミカ様のご友人の誰か……いや、わざわざ昔と言ったのだから、私も知らないミカ様の幼少期の頃の話でしょうか。
「ねえ、エラ」
ミカ様の言う仲良くなりたい相手というのが誰なのか。
次に言うミカ様の言葉に、私は首を傾げることになる。
「"アリウス"って、知ってる?」