鐘鳴る明日に
「――たった今入った情報によりますと、間もなくヨウブツ計一〇名を乗せた送迎車がこちらの門の方に現れるとのことです」
見るからに道幅の狭そうな住宅街の一角に、人々がわっさ、わっさと寄り集まっている。
散り落ちる桜には目もくれない。その上からどっしりと踏み固め、みな肘を突き合いながらなにかを心待ちに前方ただひとつを見やる。
そのうちにひとりが叫び出した。
「――ああ、現れました! たった今ッ、そこのすぐそばの踏切を越え、たった今ッ」
「十数人乗りと見られる灰色の送迎車がやってまいりました。車のボディにヨウブツ保護財団の文字が確認できます」
「車内のようすは……内部にカーテンのような仕切りがあり、こちらからうかがえないようになっております……あいや、今チラッと」
「顔です! カーテンのすき間からヨウブツと思しき者の顔が! あれは笑顔でしょうか!? しかもピースッ、ピースサインまで! 我々報道陣にむかってなんらかのメッセージを届けようとしているもようですッ!」
人も声も、蜘蛛の子を散らしたように飛び交い入り混じる。人々は目標へと進軍し、抑止力であるはずのものは機能しているかもあやしい。平常の御守りは唐突に宙を揺れ逆吊りとなった。
しかし取り返しのつかないことになるすんでのところで城門は封鎖された。
「――校門が閉じられていきます。送迎車は校舎の裏手の方へ回り、たった今見えなくなりました!」
「妖物はひとりしか確認されませんでしたが、入学予定だった生徒が新たに受け入れられたものと思われます」
「稗田寺子屋学院中学校の発表にありました、前代未聞の総勢一〇名の妖物生徒の入学受け入れ。妖物事案が日々絶えない今日に、この動きがどういった意味を成すのか、その狙いとはいったい何なのか。現場でさらなる取材を続けます」
*
小学校から習うとおり、生物は三つに分類される。
動物、植物、そして妖物。
妖物は近代から台頭してきた、主にヒト様の形態を取り動物的生態を有する種の総称で、たとえば鬼、河童、妖獣、妖蟲、種々の妖精がこれにあたる。
より高度な分類学上では動物界から下位のグループに対し、主に形態的特徴からさまざまに分類されたが、それは過去の話。近年の分子遺伝学的解析から、妖物はまるっきりこのように界・門・綱・目と唱えることであちやこちやと箱詰めできるような代物ではないといって、そのタグをばっさり破り捨ててしまった。ちょうど、ウイルスやウイロイドが細胞を有さず、宿主に依存してのみ増殖することから非生物といって除け者にするようなものである。
ただし、たとえば俗にいう妖精や妖怪が生物でないかと問われると、世界中のどこの科学者も首を縦にも横にも振れずに泡を吹く。その始末であるから、ひとまず、一般的な常識にしたがって彼女らは生物なのである。このうえなく曖昧で、未知にあふれた。
彼女らは動く。
彼女らは考える。
彼女らは食べる。そして、寝る。
ここまではさして理解の及ばないことはない。見た目を気にしないのなら、人類にとっては同類とすら思える。
しかし彼女らは、現代科学では説明のつかない超能力を有する。これが、面白い。
「妖物学」はそんな彼女らを解明するために確立した比較的新しい学問であるが、研究者数は爆発的な伸びを見せ、研究業界で最もホットな領域となっている。ツノの先から翅の産毛一本にいたるまで知り尽くすべく、いまも血眼のデータ収集が行われている。
稗田寺子屋学院中学校第九代理事長こと稗田阿求もまた、妖物学に関心を寄せる者のひとりであった。
*
「――あなたの働きには期待しておりますよ、立花先生」
まっすぐな調子で声をかけているのは理事長その人。
「ささ、早く教室に向かわれてください。わたくしは講堂の方へ、今年の新一年生らに祝いの言葉を届けねばなりませんから」
「本当に……もう、教室に、揃っているんですか。僕の生徒が」
いっぽうの震えるような調子の姿勢でいる者は、この学校の理科教諭がひとり、
教室というのは、昨年度に改装されたばかりの旧校舎に設置された「妖物向け特別学級」のこと。彼が正式にこの担任を命じられたのは数か月も前のことだったが、なおも変わらぬか当時以上の恐れっぷりだ。
これには理事長も呆れの一言。
「なにを明るいうちに帰りそびれたわんぱく少年のように怯えているのですか。あなたそういう
「ビビりじゃなかろうが不安症じゃなかろうが恐れくらい抱きますよ、そらね! 根性注入棒もバケモンにはきっと効かない!」
「コラッ、妖物をバケモン呼ばわりしてはなりません!」
「すんません」
本当にわんぱくな息子をしかる母親のようだ。
実際に立花は今年で二五と、まだまだ満ちあふれる若さがある。が、胆力はひとつかふたつ足らないところだ。
「これは社会の認識を改める第一歩です」
理事長はそう言って、叱咤激励の言葉をやる。
「今日、妖物事案といって全国が絶え間ない騒動に脅かされているのはいったいなぜか。歴史を少し学んだ者であればわかります。それは適切な、愛のある教育を受ける機会がなかったからに他なりません。社会が自由と平等を謳うには、正道の導きと愛の享受を叫びつづけなければならないのです。わたくしたち教育者はこれを与えるに最も適した立場にあります。道のりは長く苛烈を極めるでしょうが、この一歩が罪なき者たちが罪を重ねてしまうのを、それに糾弾の声が上がるのを阻止し、いつの日か人類と妖物の素晴らしい未来を描くものになると、わたくしは信じております、し、わたくしたちがやらねばならない使命です」
立花は俯いていた面を少し上げ、その目を見た。
理事長もまた貫くようなまっすぐとした目線を当て、まっすぐに言う。「やってやりましょう」
「まあ……がんばってみます」
どうにも不服げだが、決心はついたようだ。
理事長室を後にし、立花は歩き出す。校舎を出て、旧校舎へ続く校庭を進む。
手には丁寧に折られた一枚の紙切れ。それから、薄い冊子。
いっぽうは稗田理事長の入学祝いの言葉を綴ったもの。妖物生徒は一般生徒とは別に入学式が執り行われることになっており、式場となる旧校舎の一角の教室で立花が代理となって読み上げる予定だ。
もういっぽうは――学級名簿。入学者呼名に使う。
「ああ」
唐突に喉が鳴る。歩みが止まった。ふたつの品を手に、立花はまるで肩を落としたような格好になった。と、そのとき。
「妖物なんか」
彼は風にも乗らないようなか細い声で言った。
「妖物なんか、みんな死ねばいいのに」
くしゃり。
紙の潰れる音がした。
さて、こっからが長いですよお。