「
ある日「部分的獣化症候群」によって猫耳としっぽが生えてしまった少年・
困惑する根山に彼女は言った
「君のこと、撫でさせてくれない?」
これは猫好き女子と猫系男子が織りなすラブコメであ……
「もふもふ……しあわせ」
「いやこれペット扱いされてるだけじゃね?」
……多分ラブコメである
「部分的獣化症候群」という病気がある。最近二重の意味で
ここまで言えばオタクと呼ばれる人種なら察してくれるだろう。つまり今現在、この世界には獣人属性を持つ女性が少ないながらも存在しているのだ。これには世のオタクたちもスタンディングオベーション。
さて、ではこの話がそんな見目麗しい獣耳少女との交流について語る作品かといえば、そんなことはない。
「……
これはそんな世界で、誰にも需要のない「フツメン猫属性男子」になってしまった俺の日常を描いた物語である。
「あーうん。これはあれだね。今流行りの獣化症候群ってやつだよ」
「そう
「言語機能にも影響あり、と……それなりに獣化の深度が深いタイプかな。まあだからといって体に害はないことは証明済みだから安心するといいよ。玉ねぎとかチョコレートとかを食べて死ぬようなことはないからね」
「はあ……」
そういう細かい話は聞いたことがあった。この病気によってどれだけ獣化しようが、結局のところ生物学的に人間の枠から外れることはなく、人体に
「一応こうなった人用のパンフレットなんかは親御さんにも渡しておくから、暇があれば読んでおくといいよ。まあ君みたいな若い人はそんなもの読まなくても知ってることばかりかもしれないけどね」
それなりに年を取っているであろうこの医者が言っていることは事実だった。確かに俺のような高校生はこの病気について関係者並に理解している。なにせ存在自体がフィクションのような病気だ。その説明文もまた創作物じみていて面白かった。……それが自分の身に起こるとなれば当然話は別だが。
頭上と尾骨から生える猫耳と猫しっぽ。「な」と口にしようとすると
「それじゃ、今日から学校に行ってもいいよ。別に問題はないからね」
この状態のまま学校に行く、ひいては日常生活を送らなくてはいけないことだ。数少ない友人には確実に馬鹿にされるだろう。それ以外の他人からも文字通り珍獣を見るような目で見られるに違いない。全く持ってメリットがない。これで俺が美少女だったりしたのならまた話は変わってくるのだが。
当たり前といえば当たり前の話だが、部分的獣化症候群にかかった美女、あるいは美男子はそれはもうモテる。そうでなくてもSNSなんかでは人気がすごいことこの上ない。ただの自撮りがファンタジー感漂う一枚に早変わりし、もこもこの服なんかと自前の獣耳を合わせればもう異性はメロメロだ。美人は得するとはまさにこのことだと言えよう。
大して俺はどうだ。顔面偏差値は高く見積もっても中の上、普段から同性とばかり絡んでいるような女っ気のない生活を送っている上にSNSは見る専の俺に、この現象は何のメリットも与えてはくれない。デメリットならいくつか浮かぶんだが。
「……行ってきます」
昼食を家で食べた後の午後、俺はズボンの隙間からしっぽを覗かせ、猫耳を忙しなく動かしながら学校に向かうことになった。
「……えー、というわけで
担任がそう紹介している間、俺は教卓の横で突っ立ってクラスメイトの視線を浴びていた。奇異、好奇、興味、色々な感情が混ざりあった無数の目線に耐えきれず、ぼんやりと天井の方を見る。……さて、現実逃避はやめにするか。
明らか小馬鹿にしたような目で見てる悪友。あいつはまだいい。これでもそれなりの付き合いだ。純粋な悪意だけではなく、こちらに対する態度を変えないことで安心を与えるような意図も含まれていることはわかっている。いやそれでもウザいもんはウザいが。
あまり関わりのないクラスメイトからのどうしたものかという戸惑いを感じる視線も別に構わない。そりゃ箸にも棒にもかからないようなフツメンに猫耳が生えたから何だって話だよな。学園のマドンナ相手とかなら話はまた変わってくるんだろうが。
そう、問題はそのクラスのマドンナだ。その名を
……いやなんでだよ。そんなに面白いか?俺に猫耳が生えてる絵面が。どちらかというと残念感の方が強いと思うんだが。
「よし、それじゃ根山、席についてもらっていいぞ。授業もあるしな」
「は、はい……」
「お前らも気になるのはわかるが、そういうのは休み時間にやれよー?」
担任のその一声で、大半の人間の視線は俺から外れる。それでも視線を外さないのは俺の友人と……例の天木さんとかだ。いやもう一周回って怖いんだけど!?なんかその視線殺意とか混ざってない?表情がガンギマってるんだけど。……俺、授業終わったら死ぬのかな。
とかなんとか思ってはいたものの、授業後に何かあるわけでもなく俺は友人たちに思う存分イジられている。
「なんだよ
「うるせえ。俺だってこん
「しゃべり方まで変わってんのかよ!ウケる……!」
俺の目の前で思いっきり笑い転げるこいつは相互に友人関係を築いている男、
「ウケるにゃ。俺だって困ってるんだよ」
「わりいわりい。でも絶妙に似合ってなさがあってそれがまたウケる……!アハハッ!」
「だからウケる……んじゃねえ」
ウケる
「あー笑った笑った……んで、お前は病気もらって早々に何やらかしたんだ?」
一通り笑い終えたからか、途端に真面目な顔になって俺の後方に視線を向ける縫糸。それだけでこいつが言いたいことは察せられた。今のこいつから見て正面……それは天木さんの席の方角である。
「わからん。にゃにもしてにゃいとは思うんだが」
「プクッ……そうか。ならなんであんなあれだけで人を射殺せそうな視線を向けてきてるんだろうな」
おいお前今笑いそうになっただろ。しょうがないだろ否定の言葉には「な」を多く使うんだよ。……じゃなくて。
天木さんは授業中も隙あらばこっちを向いていた。授業はどうでもいいのかよとは思ったが、彼女は学年切っての成績上位者。この程度の授業くらいすっぽかしてもどうにでもなるのだろう。でもそうさせる程のこと俺したっけなあ!?
「……お」
なに「お」って!?あっち向いてそれ言われると怖いんだけど!?
「……根山君」
「にゃ、にゃんでしょうか」
彼女が俺の肩に手を当てていることがわかると、ガッチガチに固まった動きで振り返り、猫語全開でどうにか言葉を返した。
「今日この後……放課後って空いてる?」
「は、はい。空いてますにゃ」
【悲報】なんか変に力が入ってると語尾も「にゃ」になることが判明。
「そう。……それじゃ、放課後三階の自習室に来て。いい?」
「は、はい」
とてもじゃないが断れる雰囲気じゃない。断れば最後命は……とでも言いたげなオーラを纏って俺にそう言ってきた天木さんの実質的な命令に、俺はただ頷くことしかできなかった。
「どどど、どうしよう!?にゃにかしたのかにゃ俺!?」
「落ち着け。てかお前の耳すごいな。感情が一発でわかるぞ」
そう言われてふと意識してみると、俺の猫耳はいわゆる「イカ耳」と呼ばれる後ろにぺしゃっと倒れた状態になっていた。これは本物の猫における不安や恐怖を表しているらしい。今の俺の状況そのままだ。
「あ、そういや天木さんもお前の猫耳ガン見してたな」
「も、もしかして、俺の猫耳剥ぎ取られたりする……にゃ?」
「それはないだろ。というか天木さんをどんな目で見てるんだよお前」
あんな目で見られたら何されてもおかしくないだろ。あれは獲物を見定める狩人の目だったぞ。というかほんとに何されるんだ俺。
「そこまで緊張すんなって。あの天木さんとお近づきになれるチャンスかもしれないぞ?」
「もう今日ので憧れとかの好感度だいぶ下がったんですけど」
代わりに警戒とかのゲージが上がりました。あれで「わーい天木さんは俺に気があるんだやったぜ」とか思えるやつは脳みそお花畑だろ。
「まあとにかく行ってこいよ。後で話は聞いてやるから」
「行くしかにゃいかぁ……」
俺のテンションを指し示すように、少し浮かび上がっていた俺の猫耳が再び髪にペタっとくっついた。
「……失礼します」
「入って」
三階の自習室に向かうと、そこには既に天木さんが待ち構えていた。その手にはブラシが握りしめており……ん?
「あ、あの……天木さん?それは……」
「……私、猫が好きなの」
「にゃい?」
今なんて?
「正確には動物全般が好きなんだけど、一番好きなのは猫。でも何故かいっつも野良猫にも飼い猫にも怖がられて逃げられるの。だから根山君、君のこと、撫でさせてくれない?」
……なるほど。事情はわかった。つまり天木さんが見ていたのは俺個人ではなく俺の猫要素で、俺を本物の猫の代わりとして愛でたいと。そういうことだな。
「……はにゃしはわかりました。でもその前に一ついいですか?」
「なに。なんでもするよ?」
「なんでもするとか言っちゃ駄目ですって。そうじゃにゃくて、その目やめてください」
「目?」
もしかしてこれ無意識でやってるのか?そりゃガチのお猫様には逃げられるわ。
「……今の天木さんはこんにゃ感じです」
スマホの内カメを使って彼女の顔を映し出す。それを見て、彼女はようやく自分がどんな表情をしていたかわかったらしい。
「……ごめん。嬉しさでつい表情筋が」
「……嬉しかったんですね」
絶対天木さんの表情筋は仕事の仕方を間違えている。嬉しい感情を抱えてる美少女にあんな顔させんなよ。
「それで、俺の猫耳でしたっけ。いいですよ、どうとでもしてください」
「……!」
さっきなんでもするとか、みたいな注意をしたばかりだが、そういう言葉に関する警戒心が薄れていたのは俺の方だったらしい。なぜなら俺はこの後……
「ちょっ!?あまきさにゃっ!?」
「もふもふ。すごい」
「そ、そこはやめてくださにゃぁっ!?」
「ここがいいの?なら、もっとなでてあげる」
「もっ、もうこれ以上はにゃにゃぁっ!?」
天木さんの手によって、尊厳とかがズタズタに引き裂かれるくらい愛玩動物的な姿を晒す羽目になったのだから。
「はぁ……はぁ……もう、無理にゃ……」
「……ごめん。ちょっと欲求が抑えきれなかった」
「別にいいですにゃ……でももうこういうことはしにゃいでもらえると……」
息も絶えだえな状態でどうにかコレっきりだという言質を取り付けようとする俺の目に映ったのは、珍しく表情を変えてまで残念さを表現する天木さんの姿だった。……うん、まあわからんでもない。ようやく好きなものに触れられる機会を得たかと思えば、それが一回限りだったと知ったらこんな顔にもなるだろう。でもこれ以上醜態を晒すのは流石に……
『にゃにを躊躇っているにゃ。俺』
お、お前は、俺の猫としての本能!?
『天木さんのにゃでテクは間違いにゃく一級品にゃ。それを施される機会を自ら
……さっきまでのなでられている間、確かに俺は気持ちよさを感じていた。それは認めよう。だがその快楽のために人としての尊厳を捨てるのは流石に……!
『いいにゃ?お前はもう人じゃにゃいのにゃ。猫と人の心を合わせ持つ獣人とにゃったお前が選ぶべきは、人として、そして猫としての幸せを両方得られる未来にゃんだにゃ』
つまり……何を意味する?
『猫としての俺はなでなでされてハッピー。人としてのお前は憧れのマドンナとの接点ができてハッピー。これこそまさにウィンウィンってやつだにゃ』
なるほど……一理ある。
「……まあでも、天木さんがどうしてもっていうなら、またこういう機会を作ってもいいですよ」
「……いいの?」
顔近い顔近い顔近い……!距離感バグってんのかこの人!そっと後ろに下がりつつ、俺は答えた。
「また思う存分愛でてください。それで天木さんが満足するなら」
「……ありがとう。……嬉しい」
天木さんはそう言うと、陳腐な表現にはなるが満開の花が咲いたように笑った。あの無表情がデフォの天木さんが笑ったのである。その破壊力たるや凄まじいもので、俺は……
(これで惚れないのは無理があるだろ……!)
相手は顔が抜群に良い学園のマドンナで、しかも俺を(愛玩的な意味で)求めてくれる女子である。これは好きになっちゃうだろ。好きになるしかないだろ。
だが悲しいかな、天木さんは俺のことを精々よく会う野良猫か、さもなくば知り合いの家のペット程度にしか見ていない。まあ始めはそんなもんだろう。ただのクラスメイトからそういう関係になれただけでも上々……いやほんとに上々って言っていい成果か?それ。
まあとにかく、ここから徐々にアプローチを仕掛けていけばいい。猫の俺も言っていたではないか。人としての幸せも手に入れてこそだと。今の俺にとって、それは天木さんとの恋愛成就を意味する。ならば叶えてみせようではないか。こんな誰得な猫耳属性を得たことで手に入れた接点、決して無駄にはしない。必ずやこの想い、叶えてみせ
「ひゃっ!?」
「……ごめん。もうちょっとなでたくなった」
「……せめて一言お願いします」
……今のも悪くなかったと思ってしまっているあたり、俺が先輩をオトすよりも俺が先輩に落とされる方が早い気がしなくもない。いやいや、そんなことはないはずだ。多分。
こうして、猫耳男子な俺と学園のマドンナな彼女の関係は始まったのだった。
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