どのようにしてユージオ達が生還したかのお話。
初めて書いた長編なので読みにくくて申し訳ないです。
シリアスはこれが最初で最後、多分、きっと、おそらく。
ここは、俺、ユージオ、アリスの3人がガリッタ爺さんから指導を受けつつ建てた広々とした丸太小屋。
それぞれが力と手に持つ剣を戦いとは違う用途で駆使して造られたこの暖かみのある家には、広さに似つかわしく無い部屋の数をしている。
それぞれの寝室に、そこそこ広めに作られた浴室、後は家の大部分を占める食堂と台所を兼ねた広い居間だけだ。
そんな居間の真ん中に鎮座するのは、俺達が手ずから白木から切り出して作った事で天板に綺麗な木目の浮かぶ大きな机。
その机の上にはボウルの中のふかふかのパンに瑞々しいサラダ。コップに入った搾りたてのミルク。浅い底の器にはミルクを使ったシチューが湯気を立てて並べられており、食されるのを待っていた。
「「「いただきます!」」」
空腹を刺激されつつもソルスとテラリアの恵みに感謝を込めて手を合わせて食事を摂り始める3人の若者達。そんな3人の傍には、それらより幾分か幼くあどけない顔立ちをした少女がいる。
黒い修道衣の上から姉譲りのエプロンを羽織る、明るい笑顔を浮かべたセルカだ。
セルカはちょくちょく…と言うより天職を放棄しないそこそこの頻度で俺たちの家に来る。ある時は世間話をしに来たり、ある時は武勇伝を聴きに来たり、そしてある時は今回のように料理を作ってくれるのだ。
「天命が減る前に食べちゃっ…言わなくても良いかしら。皆食べてるし」
「んぐ…ごくっ…美味いぞセルカ!アリスに負けてない!」
俺はシチューに浸したパンを喉奥に流し込んでからセルカを褒めちぎる。実際にめちゃくちゃ美味いのだ。パンを口に含むことで胸いっぱいに広がる、麦の芳醇な香り。そしてそれを包み込む様なミルキーで心安らぐ温かみのあるシチューの味。
リアルワールドにこれが食える店があればおそらく俺は通っていただろう。
セルカは密かに、姉さまよりも料理が上手くなってみせるんだ!
──といった決意を密かに持っている事を俺は知っている。だからこそついついアリスには負けてないなどといった賛辞も飛び出してしまう。その賛辞には当然、世辞といった野暮なものは無い。
「落ち着いて食べなよキリト…焦らなくても料理は逃げないだろ?」
俺を窘めるように言いつつ、箸ならぬ匙を止めない亜麻色の髪の少年ことユージオ。
落ち着いているとは言えかなりのペースで食べ進めていることから、セルカの料理はユージオ自体も非常に気に入っているようだった。
「冷めたら勿体ないって!なあアリス?」
「そうね!本当に料理も上手くなって…でもまだセルカには料理じゃ負けないわよ?…サーちゃんは、うん。まぁ、頑張ろっ?」
「………それにしても美味しいですよ、セルカ」
ハキハキと話すアリス・ツーベルクから一転。アリスという人間の中に潜む2つの魂の片割れであるサーちゃんことアリス・シンセシス・サーティは料理が下手な唯一の姉妹族として虚ろな目をしつつセルカの料理を褒める。
顔は死んでいるが、その褒め言葉自体は嘘偽りの無い姉からの確かな賞賛。セルカはその言葉により一層口元を緩めて、えへへと笑うのだった。
「あー美味かった!ご馳走様、セルカ」
「美味しかったよセルカ、また腕を上げたね」
「でしょ!明日の分まで作ったつもりだったのに全部平らげるのは予想外だったんだけど…」
「それほど美味しかったってコトよ。私もお姉ちゃんとして凄い妹を持って幸せね!」
飛び込む形でギューッと椅子に座るセルカに抱きつくアリス。セルカは俺たちの前だからか少し頬を赤らめて恥ずかしそうにしつつも、幸せそうに姉の体に腕を回して抱き返していた。アリスの抱く力が幾分か強く見えるのはきっと、ツーベルクとサーティの意思が重なり合ってるからだろう。
こんな麗しの姉妹愛には、つい目頭が熱くなって来る物だ。
この姉妹は長い年月、分断されてしまっていた。俺たちが連れ出した事が原因で犯した《ダークテリトリーへの侵入》と言う禁忌目録。それによってアリスは俺たちの目の前で整合騎士に捕まり、セントラル・カセドラルへ囚われ、強制シンセサイズと呼ばれる悪魔のような儀式を経て記憶を抜かれ…そして。
この景色は、奇跡に奇跡を重ねた果てでようやく見られる物なのだ。記憶を取り戻したアリスが妹に再会し、新たな姉を1人迎えて三姉妹として歩んで行くのだから。
また、その周りにいる──
「………?どうしたんだい、キリト。僕の頬に何か付いていたかい?」
俺は今でも夢に見ることがある。アドミニストレータを撃破した後にユージオが身体を両断されたまま回復が間に合わずにそのまま死に絶え、アリス・ツーベルクの記憶も、俺達が幼い頃に過ごした記憶も皆消えてバラバラになり、アリス・シンセシス・サーティがツーベルクから奪った肉体に対して償い切れない罪を背負い永劫に苦しむ夢を。
「………いや、なんでもない。ただ今が平和で、とっても素敵だなって思ってるだけさ」
「………キリト、また
流石は相棒。俺の胸中はとっくに察しているらしい。優しい緑の瞳は俺を捉えて優しく微笑み、気にするなよと語りかけてくるようだった。
「あの時?………キリト?」
ただユージオの言葉に対して眉をひそめて怪訝な反応を示す者が1人いた。未だにアリスと抱き合っている様子のセルカだ。
「…セルカには、話してないんだよな」
「?…話してないって、何か隠してるの?」
そう、俺達がセルカへ語ってきた武勇伝には肝心な事が抜け落ちている。
アリスを救出した細かい経緯についてだ。一応皆で協力して大きな敵を倒したからとそれとなくぼやかしているが、実際の内容は一切伝えてない。
学園内にて起こった騒動、そこで犯した禁忌目録。整合騎士として再会した記憶の無い幼馴染、禁忌目録を犯した罪人から間違った法を正す為、公理教会へ剣を向け歴史的な大罪人への転身。立ちはだかる整合騎士達の打倒劇、アリスの右目の封印、ユージオとの決戦。そして…、元老長チュデルキンと最高司祭アドミニストレータとの死闘。そしてその行く末を。
「話す、べきなんだろうか」
「おいキリト…」
「いや、セルカに隠し事し続けるのも悪いしな」
もっとも、隠し事で済む規模の話では無いが。
アリスを連れてルーリッドの村に帰ってきた際にガスフト村長に言われた、この村に罪人を置くことは出来ぬ──という言葉。アリスに口止めされていたから村の皆は知らないとはいえ、それは俺とユージオにも深く突き刺さる言葉であった。
ユージオは兎も角、俺に至っては殺人を犯している。こんな事を話したらまだ幼さの残るセルカは…受け止められるのだろうか。きっと、優しい彼女は俺達の苦悩を分かち合うように苦しんでしまうのでは。
隣で顔を軽くしかめたユージオも同じ様な心配をしている様だった。
未だにセルカに腕を回すアリスの方にも目を向けると、目を合わせたアリスは瞳越しに言葉に出さずとも語りかけてくる。
──お前は分かっているのですか。民にとって公理教会に…、最高司祭に刃を向けた事の重大さが。
──分かってる。だから何とか伏せて伝えるさ。
そう目配せしてやると、アリスはやれやれといった表情で目を伏せた。
「…ね、キリト、ユージオ、姉さま…。話して?私はどんな事があっても、どんな事をしてても…、姉さま達の味方だもん!」
「…強いね、セルカは」
「ユージオ、良いか?」
「良いけど、ちょっと…」
ユージオも話す事には賛成のようだが、アリスと同じ悩みを抱えているらしい。
正直俺も禁忌目録を犯して捕まった先に反逆するという話の流れはどう考えても民の絶対的存在である公理教会でしかないから話のぼかし方に困る。
うーむ、どこからどう伝えるべきか…。
そう迷っていると、セルカはようやく姉との抱擁から離れつつも言い放った。
「あの!この期に及んで隠し事とかはダメだからね!もし隠し事なんかしてたら二度と皆にご飯作ってあげないんだから!話すならステイシア神さまに誓って、嘘偽り無しだよ?」
そのハキハキとした物言いに俺達3人は目を見合わせて情けなくポカーンとする他無かった。賢いセルカには俺達が裏でこっそり細かい事を伏せて伝えようとしていたことは丸わかりだったらしい。
その場に流れるのは、でもな…と逡巡する俺達が作り出す気まずい沈黙の空気。
そんな空気を破ったのは、セルカの姉であるアリス。アリス・ツーベルクだった。
「良いんじゃない?あんた達は私の妹を見くびりすぎなのよ!セルカならきっと最後まで受け止めきってくれるし、周りに言いふらす様な真似はしないって私は信じるわ。ね、そうでしょう?セルカ」
姉からの信頼を受けて、それに応えるように妹のセルカは言葉を紡ぐ。
「姉さま…。うん、私もステイシア神さまに誓うから!絶対に誰にも言わないし、何があっても絶対受け止め切る!」
もう1人の姉に負けない程の鋭く強いセルカの瞳。ユージオと俺はつい整合騎士として初対面したアリスを思い出して軽く微笑みつつ…全てを打ち明けるのだった。
ただ1つ、話を聞いて絶対に一人で悩みを抱えないようにすることを条件に。
そうして俺達は全てを話した。隠していたこと全て。
貴族の権力を振りかざす不埒な輩の存在。そうして傍付きの剣士を守る為に破裂したユージオの右目と犯した禁忌目録。その禁忌目録に対して疑念を抱き、《セントラル・カセドラル》からの脱獄。カーディナルからアドミニストレータことクィネラの話を恐るべき話を聞いて公理教会へと向けた刃。そこで行われていた《シンセサイズの秘儀》による造られた整合騎士との戦いの数々。アリス・シンセシス・サーティの反逆とそれに伴う右目の封印の破壊。初めて本気で剣を交えた俺とユージオの師弟対決。3人で協力し元老長を貫き、戦いの後に命を落としたカーディナル、シャーロットと5人で戦った公理教会最高司祭アドミニストレータと人間の魂を依代に造られたソードゴーレムとの死闘。
───そして。
「終わった…………のか?」
元老長の炎に巻かれて消えたアドミニストレータ。倒したのか、はたまた間に合わずにリアルワールドへと逃げられたのか。
そんな判断を下す前に、身体は地面に横たわり血溜まりを作るユージオの方へと半ば駆け出す様に無意識に向かっていた。失った右手によって上体のバランスが狂わされつつも辿り着いたユージオの面前。
青薔薇の剣が凍てつかせることで繋ぎ止めていたユージオの身体は、戦いが終わり赤薔薇が青へと戻ると同時に氷が溶け更に血が流れ出していた。
『首の皮一枚繋がる』
そんな諺が脳裏に過ぎる程にユージオの状態は凄惨な物だった。
今にも折れそうな亀裂が入っているが、
果ての山脈でゴブリンと戦った時に似てはいるが、あの頃よりも圧倒的に酷く、深い裂傷。
「あっ、あぁ…………!ユージオ!!」
左手に握る青薔薇の剣を折れないように床に置きつつ、急いで俺はぱっくり空いたユージオの傷に手を当て光素を作りだし傷を埋めようと焦る。
3つの指に灯る神聖術を出来たそばからユージオの傷口へ投げていく。
「止まれっ…止まれ!止まってくれ!!死ぬな、死ぬなユージオっ!!」
だが、無情にもその祈りは聞き入れられないと言わんばかりに霧散する光素たち。
そうこうしている間に流れ出すのはユージオの血液とそれに伴う天命値。
まだ死んでない。ユージオは死んでいない。
斬れた傷口から見える、弱々しくも確かな心臓の拍動。それはまだユージオの命が回復する見込みがある事を語っていた。
身体が両断されていたら絶望的だっただろうが、繋がっていればまだ回復する導線は残っている……と考えるしかない。
「駄目だ、駄目だダメだダメだだめだ!!!」
考えろ、光素の供給を止めるな。ソルスの光が無く空間神聖力が少なくとも、いつか、いつかは。きっと。それにまだ出来ることがあるはずなんだ。
俺の目に浮かび続ける涙は、薄々本心では察し始めている別れに対する絶望の現れなのだろうか。希望的観測でしか行動が出来ていない時点で、察する部分はあるのだが考えつく度にすぐ振り払う。
この絶望には抗うことしか残された選択肢はない。
「いっそ、いっそ俺の命を全部コイツに渡せば……!いや、待て…………渡す…わた……あ、あぁ!そうだ!!」
そうだ。この世界には…天命を移す神聖術がある。
俺の事なんか知った事か。
俺はここで死んでも、ここではどうなるのか分からないがまず間違いなく現実世界で甦る。
卑怯な事に、俺はこの世界で生きているにも関わらず命が2つあるのだ。
だが当然この世界で産まれ、育ち、生きている、ユージオやアリスは二度と甦らない。一度命を落とせばもう。
──ならその命1つ。ここで親友を失う為なら余裕で投げ出そう。その1つの命を投げ出す行為が、仮に2つ目の命に死神の鎌を掛ける結果になろうとも。
そうと決まれば俺は光素を作り出すのを中断して、ユージオの手の甲に左手を当てて叫ぶ。
「システム・コール!トランスファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ、セルフ・トゥ・レフトッ!!」
そう叫んだ途端、俺の意思に応じて一瞬で抜けていく天命。
意思力の強さが鍵となるこの世界で、俺からユージオへと移る天命値は早かった。
段々とブラックアウトしていく視界。腸が引き裂かれるような身悶えし難いほどの苦痛。消えていく手先の感覚。上半身の支えが無くなっていくような脱力感。冷えていく身体、襲い掛かる孤独感。
寒い、死の感覚。
あの日、あの時。SAOで味わい続けた恐怖の感覚が足元から迫り上がってくるのを感じる。
「ユー…………じ、お………」
掠れた視界に見えるのは………
…未だに目を覚まさず、血を流す親友の姿。
「たり………な、かっ……」
アドミニストレータとの戦いで削られた俺の天命。それは俺の命と同時に、ユージオの命をも蝕んでいたのだった。
だがまだ分からない。まだ僅かながら俺の天命は残っている。ユージオの血は止まっていないが、確かに傷は微かに少しずつ繋がり、癒えていたのが目に写っていた。
俺の命を全て捧げきった時に…もしかしたら、いや、きっと。ユージオは治るはずだ。
「あ…ぁ…そう、だ…すて、い…クーる…だな」
頭に過ぎった言葉を、そのまま掠れ声で目を覚まさない親友に唱える。
つい自分の言葉の小っ恥ずかしさに状況が状況にも関わらず笑みを浮かべて誤魔化してしまうが、使うにしては最適なタイミングだろう。
お別れだ、ユージオ。
もっとお前の剣技が成長する様を見ていたかった。もっと隣で剣を振り、高めあっていたかった。もっと、どうでもいい事で笑いあって、遊んで、からかいあって。親友として、ずっと一緒にいたかった。
思い返す度に瞼の裏に浮かぶ優しい亜麻色の髪とその笑顔。
あー…3人で帰るって言ったのに…セルカにも、謝らないと。ロニエにも、ソルティーナ先輩にも…アリスにも。ユージオも、生き返ってたら、俺の事、なんて言うかな。
ああ。そうだ………。あの木の下で、ユージオと斧を振り、木こりをしていた時に食べたアリスのパイ…………。もっかい、3人で、食べたかったな…………
もう何も見えなくなってきた目を閉じ、俺は左手に力を込める。俺の天命を全て…魂の一滴まで、親友に流し込むために。
脱力感に身を委ねて、俺はユージオの傷口を悪化させないように身体を何も無い後ろに預けて…倒れる。
「システム・コール!トランスファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ、セルフ・トゥ・レフト!」
──背中から床へ倒れたにも関わらず、硬い冷たさは感じ無い。それは尽きかけた天命が俺の身体から感覚を奪った訳では無く、背中を支える金色の少女が術式で俺を命ごと支えていたからだった。
「あり…ス?」
「間に合いましたか………この大馬鹿者!」
「どう………し、て?」
「どうしてもこうしてもありません!私をこうして助けたならその責任を取りなさい!死んで逃げようだなんて、許しません!!」
綺麗な表情をくしゃくしゃに崩しつつ、アリスの左目から零れ続ける大粒の涙。
そして手のひらから俺を伝ってユージオへ流されていく天命。死んでいる感覚でも、その涙と命の温かさは確かに認知出来た。
「アリス………だめだ、死ぬぞ………」
「お前の方が死にそうではありませんか!止めるなとは言いませんが一度術式の出力を落として黙りなさい!」
「………はい」
自分の天命ならともかく、アリスの天命を握らされた以上言われるがままにユージオへの天命移動速度を落とす。
アリスもかなりの天命を削られていて疲弊しているはずなのに、惜しげも無く天命を移してくれる。
顔は苦痛に歪み、血色も悪くなっているが強かな表情は崩れきっていない。
「…血が」
「ええ、止まってる」
アリスのおかげで俺にも天命が分けられたため失った感覚や視界が戻ってきた。
気付けばユージオから流れ出る血は止まり、広がらなくなっている。
傷はまだ深く残っていて油断は出来ないが…一度術式を止め、震える指で開いたユージオのステイシアの窓。その天命値は3000から減り続けているが1秒あたりに5ずつとペースは遅い。
恐らく峠は超えたという所だろう。
「ありがとう………アリス」
「まだ感謝を伝えるには早いですよ……では続けて治療を…っぐぶ…!ケホッ………」
「アリス……!」
言葉に混じる粘っこい液体の音とアリスの口の端から白い肌を伝う赤黒い血。
限界だ。
当然アリスも戦いの中で大きなダメージを受けていて、人に与える天命などあまり無いはずなのだ。
だが、ユージオを術式で治そうにも…俺がさっき無駄に空間神聖力を使ったせいでリソースは少ない。外も暗くソルスの恵が無いため神聖力の供給も期待出来ない。
「アリス、止めろ………俺が、俺がやる」
「な、なりません!…お前はどうして!」
「アリスが、ユージオが死ぬなら、俺が……死ぬべきなんだ」
「そんな事ッ…………!馬鹿な事はやめなさいこの大バカモノっ!!」
「そうだぞ坊主、お前死にかけだろう?やめとけやめとけ」
「煩いんだよ!!俺は良いんだ!アリスは殺させない!!俺なんかどうでも…………え?アンタ誰?」
ユージオの事で頭がいっぱいの俺は頭に血が上ってつい吐き捨てた激昂の言葉。
だがその言葉を遮るように横から急にオッサンが割り込んできて素っ頓狂な声が出た。
いや、オッサンでは無い。コイツは…
「お、小父様…!?」
「ベルクーリ!?ふ、風呂場で凍らされてたはずじゃ!?」
「まあまあ、細かい事は後でいいだろう?ほれそっちの坊主の治療…俺の天命余ってるから分けてやるよ」
「「えっ………!?」」
そこからは早かった。
何やら大浴場には青薔薇の剣から吹き出した神聖力が溢れており、そこで回復したベルクーリが上に登って来ると天命値をユージオに還元。結果的にユージオの傷は埋まり…天命値の減少も止まるのだった。
そして。
「…………きり、ト……キリト………?あ、アリス?僕は………死んだはずじゃ………」
「………ッ、ユージオっ!!!お前っ、おまえ………死んだかと…………死んだかと、おもって………」
「ユージオ…………良かった………本当に…」
俺は盛大に泣きじゃくりつつユージオの身体を、強く、固く抱きしめた。
おいおい天命削れちゃうよ…とユージオからのブラックジョークにビビって床を本気で蹴り飛ばして秒で飛びのき、そのまま笑われてしまったが。
幸いベルクーリはユージオを回復した後に「終わったら教えてくれよ」と席を外して戦い終えた3人の時間を与えてくれた。
散々泣きじゃくって、喜びあって、抱き合って、怒られ、そして仲間の死を悼んで。
俺達は1番大切な話をする時が来ていた。
「………ユージオ、その手のやつが」
「………そうだよ、コレが。アリスの、アリス・ツーベルクの記憶なんだ」
ヒュッ。と息を飲む声が聞こえたのは、アリスから。
そうだ、ユージオの握るこの青い水晶もといアリス・ツーベルクの記憶。この記憶をアリスに戻してしまえば…俺達と戦った、そして整合騎士として数年戦いに費やした人格であるアリス・シンセシス・サーティは消えてしまう。
だがこのアリスに俺は約束をしているのだ。
「ユージオ、待って欲しい」
「………うん」
「俺からのお願いなんだが…アリスに一度だけで良いからセルカを、家族を見せて欲しいんだ」
そう、あのセントラル・カセドラルの外でしたアリスとの約束。それが記憶を戻す前に家族を一目見させるということ。
それさえ出来ればアリスは…今を生きているアリスは死を選ぶ。
「ユージオ、申し訳ございません。貴方の愛する者の本物の体を奪ったかりそめの魂である私ですが……どうしても切ないのです。どうか、ひと目でいい…、最期にこの目に存在しているもう1人の私の家族の姿焼き付けて、私は消えようと思います」
「アリス…」
消えるという言葉の後に頭を垂れることで伏せたその表情は、一体どの様にしていたのか。一体アリスはどんな思いでその胸中を吐露したのか。
今やこの世からは消えたアドミニストレータに弄ばれる事で造られた罪の無い魂の心情を考えるだけで、ユージオを含めたこっちの胸も詰まってくる。
………が、その重苦しい空気を読まないように。何かが空間をチカチカと青く照らしていた。
「………アリス?」
「………?ユージオ、お前の手に持ってるやつ光ってないか?」
「………光ってますね」
光っている。アリス・ツーベルクの記憶が。何かを訴えるように…
「え?私?」
アリスが急に戸惑うようにその結晶をまじまじと見つめる。
俺達には聞こえないが、アリスには何かあの結晶から聞こえてくるらしい。
「ユージオ…?」
「わ、分からない…でもなんか…これ、アリスに渡せって言われてるような気が…」
「大丈夫………?え?本当に?………い、いいのかしら?」
「アリスは何を…?」
「い、いえあの結晶から大丈夫だから私を入れてと声が………でも………」
「な、なんだそれ…」
どういう原理だ?バグ?アリスという肉体を介した魂との繋がり?あの結晶には記憶であって魂はあるのか?
「し、システム・コール…リムーブ・コア・プロテクション?」
「あ、アリス!?」
「と、唱えてって言われて!」
アリスが唱えると同時に、額から一気にユージオに向けて広がるシステムの輝き。
何やら1番焦っているのはユージオの様だ。アレは確か自分の心の壁を取り除いて他者に委ねるコマンドでは…。実際にあのコマンドでユージオはカーディナルに操作を預けアリスの記憶と一体化して剣に身体を変化させていた。
そんな中々物騒なコマンドを唱え終えたアリスは、何かを決意したかのような目でユージオに頼む。
「お願いユージオ、その記憶を私にそのまま差し込んで」
「………はあっ!?」
今度は俺が焦る番だ。そもそもその記憶の結晶が抜かれた穴に埋め込まれているのが敬神モジュールであり、記憶が抜け落ちた存在として今のアリス・シンセシス・サーティは成り立っている。
であればその記憶の結晶を差し込む穴、つまり容量はもうアリスの中にはないはずであり、そんな所に無理やりアリスの記憶の結晶を捩じ込んでしまうとどうなってしまうのか想像がつかない。
無理やりねじ込もうとして、入れようとした
仮に上手く入ったとしてどうなる?記憶が混線してフラクトライトが焼け付き廃人に………?そしてそれをしたユージオの心はどうなる?愛する人をその手で実質的に殺して………
………うむ、やめた方が賢明だ。とりあえずユージオとアリスには分かりやすく噛み砕いて説明しなければ。
「よし、とりあえずやめと…あっ」
手遅れ。
そんな言葉がここまで似つかわしい状況に出会うことになろうとは。
目をつぶって思案している間に、ユージオはアリスの記憶をアリスの額にねじ込んでいた。やはり無理やり記憶をねじ込むというのはアリスにとってももやはり相当な苦痛があるようで、眉間にシワが寄って苦しそうに喘いでいる。
挿入作業は終わったらしくシステムのコードはもう無くなっていたが、アリスは頭に手を押さえて悶え、それを泣きそうな顔でユージオは心配している。
恐れていた事態が起こってしまったのでは。
折角皆が無事に戦いを終えてルーリッドに帰れたはずなのに、こんな事で………?
もしやあの記憶の結晶にはアドミニストレータのバックアップが潜んでそれが今フラクトライトを乗っ取ろうと?
いや、それは有り得ない。そんな事があったらユージオと一体化して剣になれるはずがない。だがどうしてこんな真似を…あの記憶が推奨した?
「アリス、しっかりしろっ!アリスッ!」
「あ、ああ、アリス?大丈夫かい…?だい、大丈夫!?」
「あっ……ぁっ、ぐぅっ、………う………あぁーッ!!!かハっ………………」
そうして一際大きな叫び声を上げた後に…アリスは、倒れるのだった。
「「アリスーッ!!!」」
「なんですか騒々しい」
「うわっ!?」
「無事なのかい!?」
死んだかと思い、俺とユージオの絶叫に対して倒れてから起き上がって即返答したアリスに俺は腰が抜けた。
無事ならなんなんだよさっきのは…
そんな疑問に答えるように、どこからか聞いた事が無いようで…聞いた事がある気がするような、どこか懐かしい声が聞こえた。
「無事に決まってるでしょう?キリト…ユージオ!」
「えっ?」
その声に、俺はさっきのベルクーリぶりに素っ頓狂な声が出た。
何故ならアリスが聞いた事もない明るい天真爛漫な声で俺達の名前を呼んだからだ。
アリス自身も自分の口を抑えて顔を真っ赤にさせて大困惑している。
だが…ユージオだけは違った。
「………もしかして、
「え?」
もしかして…あの声は、アリス・ツーベルク?
「そうよ、ユージオ…久しぶり!キリトもね!」
「ああ、ああぁ…………アリス…………無事で…キミは、生きてっ、帰ってきたんだ………!」
「…………?」
声に反して顔を真っ赤にさせて困惑するアリスと、何処か既視感のあるとても明るい笑顔と大量の涙を浮かべたユージオが抱き合う傍ら、俺は固まっていた。
俺も…何故?何故アリス・ツーベルクが復活を?アリス・シンセシス・サーティの魂は残っていた、1つの器に魂の両立?
いや、そんな事はどうでもいい。
俺は確かアリス・ツーベルクとは初対面で…本当に?アイツは言った、「久しぶり」と。俺はどこかで会っている?
じゃあこの胸の奥が沸騰するような、懐かしくて…どうしようも無く苛立って悔しかった時を思い出すような感情は………?
「ぁれ…………どうして、俺も泣いてるんだ………?」
視界が揺らぎ…頬を伝う熱い液体。貰い泣きか?そんな簡単に貰い泣きするような人間じゃないのは俺も分かってる。
でもこの目から止まらない涙は、胸に広がる郷愁は。これは………俺の、俺の?
「き、おく………?」
瞬間、一気に頭の中の塊が弾けるような感覚がした。そして脳裏を巡るのは、沢山の想い出と記憶たち。
裾を持ち上げて川に入ってずぶ濡れになり次の日3人仲良く風邪を引いた事。虫取りにソルスが照る夏の日にユージオを肩車して取った大きなクワガタ。うっかり転んだアリスが落ち込んで持ってきた崩れたサンドイッチを美味い美味いと頬張った昼。秘密の遊び場でじゃれ合い疲れそのまま夕方まで昼寝をかました日。アリスの持ってきた聖書にユージオと2人して頭から煙を吹いていたのを見ていた輝く笑顔。
──そして、決まって3人で歩いていた夕焼けの眩い帰り道。
「あ、あァ…………アリス……………アリス!」
そうだ、そうだ。そうだ!そうだそうだ!!俺は、俺達は。ユージオと、アリスと一緒にいたんだ。あの時に、幼い頃からずっと、生まれた時も、遊ぶ時も、天職の時も、散歩の時も、死ぬ時もずっと一緒なんだ!!俺達3人は同じ時を生きていた!!生きてきたんだ!!!
なんで、忘れて…………ああ、俺たち3人が果ての山脈へ氷を取りに行った時に、アリスは………そして、俺達はアリスを助けられなくて…………連れ去られて……………!
いつか、二人で助け出すんだって!!だから俺達は、長い時を分かたれてもこうしてまた巡り会って!あの杉の下で出会って………………
「キリト」
「ッ!」
ユージオが、俺の名を呼ぶ。いつも聞いてた、ずっと聞いてたあの声だ。
アイツも思い出したんだ。アドミニストレータが言っていた記憶の穴も、正体は俺がユージオと過ごしていた日々の記憶だったんだ。
「おもい、だしたよ…そうだ、僕たちは………」
「そうだ、ユージオ……アリス…俺たちは……」
「そうよ!キリト…ユージオ……私たちは………」
「「「親友だった!!!」」」
「──って感じ。まあソレから俺達は最高司祭を倒したとはいえ、一応この世界を統治してた存在を殺しちゃった以上ちょくちょく俺とユージオとアリスはここら一帯の治安維持とか整合騎士的にあっちに出向いて………セルカ、大丈夫か?」
姉の胸に顔を埋めたっきりしゃくり声を上げ続けるセルカに、つい俺達は不安になって話を止める。
「だっで…………ぞんなごどに…ひっく………なっでだなんでっ………ひっく………」
「大丈夫だよセルカ、僕達は無事に帰ってきた…青薔薇の剣も無事に治ったしね」
「ゆー、ジオ…ぉ………ひっぐ………死んじゃやだぁ…………」
「あはは………死なないさ、死ぬのはキリトの方だったから」
「キリトぉ………………」
「飛び火させんなよユージオ………ほらもう話してたら夕方だ、送るよセルカ」
「…………今日ここに泊まる」
瞼を腫らしたセルカの呟きに、俺たち3人…いや4人はつい笑みを漏らす。
まあセルカ一人で抱え込ませないという約束をした以上、今日は泊まってゆっくりケアもしてあげなければならない。
「それにしても…あの時私抜きで盛り上がって少し気まずかったんですから」
「それは申し訳ないよな…そもそもまさかこうやって綺麗に二重人格が収まるなんて予想外だし」
そもそもアリスの存在自体が本当に奇跡的なことだ。
1つのライトキューブに2つのフラクトライト。アリス達は結構普通に過ごしているが、傍から見たらどうなってるのか理解出来ないし正直もう天文学的な確率のことが起きすぎて理解を放棄したいレベルなのでもう考えないことにする。
「じゃあユージオ、話も終わったところで今日はお前が皿洗いだから頼むぜ」
「…あ!食べ終わったシチューが器に固まってるじゃないか!取るの大変なんだから手伝えよキリト!」
「いやいやユージオくん。俺は風呂掃除があるからそれは聞けないなぁ~」
──だからほら、セルカ。
そんな俺の目配せはセルカに届いた様で、セルカは作った以上ユージオの皿洗いを手伝うと言って2人きりにさせてやる事に成功した。
別に野暮な理由では無い、セルカにとってユージオは1人の大切な兄のような存在だ。だからこそ、積もった話も沢山あるだろうし2人きりで話したいこともあるだろう。
「じゃ、俺は風呂掃除に…」
「キリト」
「どうした?アリス」
「………私も、ユージオも、ツーベルクも、セルカも…。お前に死なれては困る事を念頭に入れて置いてくださいね」
「………ああ、肝に銘じとくさ」
そんな言葉に優しく微笑みを返すアリス。
そうだ、俺はもう死ねない。SAOとはまた違う、死のある仮想世界。
大切なものがあるから、大切な人がいるから守らなくてはならない。
リアルがあるから死んでもいい訳じゃない、ここも本当の死があるリアルなんだ。
もしも、もしも俺が本当にここで死ぬ時が来るとするのであれば…
その時は、アリスとユージオが居なくなった時だけだ。
投資:3500発
回収:15360発
勝率:(1/1)
次回行って勝ったらアリスとユージオにアインクラッド流剣術を二刀流含めて演武をする話か、今まで渡ってきた世界を話しているうちにアリスが真意の力で見せてもらったGGOキリトの姿に興奮する話です。
お気に入り登録や評価をして下さった読者様方には頭が上がりません、本当にありがとうございます。