FPSゲームをした事がある人なら、その理由がわかる筈だ。ゲームではマウススクロールや数字キーで装備入れ替えが出来るが、実際はそんなお手軽じゃない。
武器だけでもかなり重量がある上に、防弾チョッキやらポーチやらで攻撃手段が無くてもすごく重い。訓練されていなければ装備しているだけでバテるだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「おいおい・・・階段を下りるだけでそれは無いだろ・・・」
そして俺は装備しているだけでバテていた。
自宅警備員として迎えられた俺はまず装備の装着方法から教えて貰う事になった。ヘルメットは付けていないが、10年近く部屋に篭っていたせいで日常生活に必要な筋力さえ衰えてしまったようだ。お陰で「戦闘服を着て玄関まで行く」という行為が拷問になっていた。
「はぁ・・・疲れた・・・」
やっと階段を降りきった。家の階段はかなり急で、今の格好だと注意して降りないと転倒しかねなかった。戦闘服を脱ぎながら、ふと疑問に思ったことを聞いた。
「ところで、親はどうしたんだ?アンタら勝手に窓から侵入してるけど・・・」
「それなら問題ない。突入と同時に職員が訪ねて『息子さんの職が決まった、今後は私たちの管理下の寮で生活してもらう』との旨を伝えたら泣いて喜んでいたよ。窓の件はサプライズだから気にしないでくれとも言ってある」
やけに準備がいい。国から認められてるみたいな事を言っていたから細かい対応もこなせているのだろう。
「そういえば名前を教えていなかったな。俺は自宅警備隊、カンヘル軍第24班指揮官のマト少尉だ。少尉なのに班の指揮官をしているのは・・・ワケありだ。軍と班の間は長くなるから省略するが・・・君は今日からカンヘル軍第24班の一人だ。私の事は隊長と呼んでくれ」
「・・・はい、隊長」
重さで忘れていたが、今思えばこの男・・・マトは上官なのだ。上下関係が苦手な俺が馴染めるのかとても不安だ。
「・・・って日本人じゃないんですか!?」
「ああ、これはそうだな・・・『ハンドルネーム』だ。自宅警備隊では本名で名乗る事は余りないぞ、憶えておけ。確か君のハンドルネームは・・・」
そういってマトは腰につけたポーチから小さな紙を取り、指差しながら確認をした。
「そうだそうだ、君は『イロハ』だったな。では今から君には我々の管理下の寮に行ってもらい、訓練を受けて貰う。その間君の大好きなパソコンやらゲームやらは一切する事は出来なくなる。それでもいいか?」
「・・・構いませんよ」
元々暇を潰す為に志願したのだ。それに今のままでは一生部屋に閉じこもったまま死んでいく、悲惨な人生しか思い浮かばない。
「よし!では向かおう、外にトラックを停めてある。すぐに出発だ」
車から出たとき、まず感じたことは空気の違いだった。何より澄んでいる、深呼吸をすると身体の悪い物が浄化されていくような感覚だった。
そして何より・・・。
「すごく広いですね」
「国が関与してるからな・・・自宅警備員に志願した無職達は、まずここに行き、訓練兵となる。ひと月に二度・・・1日と15日に、昇格が懸かる試験が行われる。それに受かり次第正規の自宅警備員になれるというシステムだ」
このシステムなら実力を持つ者はすぐに上位に上がる事ができ、逆に実力の無い者は訓練兵のままという分別ができる。納得出来るが一つ気になることがあった。
「隊長、何度やっても正規の警備員になれない人は・・・どうなるんですか」
「なるほど、いい質問だ。2N.E.E.T.あげよう」
N.E.E.T.とは何かの単位なのだろうか。
「一年だ。訓練兵として過ごせるのは一年のみ。その一年を超えてしまうと、才能無しとして無職へ逆戻りだ」
「・・・怖いですね」
結果が残せないと一年無駄にしてしまうという事だ。
「ああ、だがそのまま帰すわけにもいかないだろう?自宅警備隊っていうのは、表立って活動はしないんだ。国民にバレると色々厄介だからな・・・つまり、一年経っても訓練兵を抜け出せなかった奴の記憶から『自宅警備隊』は無かったことになる」
「・・・はい?」
「そのままの意味だよ。ちょっと記憶を書き換えるだけだ。痛くないよ」
自宅警備隊には国が関与している。いつか聞いた台詞が脳内を反響していた。
「さあ、行こうか。こっちだ」
俺は隊長に促され、自衛隊の基地の様な建物へと進んでいった。
基地の中は外と同じように空気が澄んでいて、窓が多く光が多く取り入れられていた。太陽光をこんなに浴びる事は無かったので清々しい気分になる。
隊長についていきある程度進むと、トレーニングルームがあったり、会議室の様な椅子が多く並んだ部屋があったり、地下へと続く階段があったりと、本格的な基地の様だった。
基地の最奥に連れられ、マトがドアのロックを解除していると部屋の前にいる警備員と目が合った。ヘルメットで頭の半分は隠れているが、口元から察すると女性のようだ。体つきもどことなく女性っぽい。
(自宅警備隊にも女性はいるんだな)
意外に思っていると、部屋に通され、ドアが閉められる。壁一面に本棚が置いてあり、文字通り本に囲まれている部屋だった。光源は天窓から取り入れている様だ。
「さて・・・ところで今日は何日かわかるか?」
マトが椅子に腰掛け唐突に質問をして来た。促されたので、取り敢えず対面に座っておく。
引きこもってから毎日が休日の様な物だったので、カレンダーを確認するクセが無くなってしまった。今日が何月何日か、何曜日か、全く検討も付かなかった。
「えー・・・わかりません」
「未だにここに連れてきた志願兵が今の質問に答えられた事が無いよ」
マトは苦笑しながら言った。おそらくここに来る志願兵全員それぞれ違いはあれど俺と同じような境遇なのだろう。
「今日は5月10日だ。これが何を意味するかわかるな?」
「・・・あ」
基地に来て5日後に試験があるなんて急すぎる、何より俺は戦闘服を着ていられる体力すら無いのだ。
「そう、試験だ。だが5日後の試験で受かる確率なんて0に等しい。次の試験は諦めて、その次の試験で全力を出すんだ」
何ともマイペースである。一年の内にクリア出来なければ記憶が改ざんされると言うのに。
「そういうものなんですか?」
こういったところなら「常に全力を出しきれ」みたいな事を言われると思っていた。俺は高校で入っていたテニス部もそうだった。そう考えるとこの自宅警備隊は優しい職業だと言えるだろう・・・失敗すれば記憶を弄られるが。
「イロハに一つ教訓を教えよう、俺たち自宅警備隊は『明日本気出す』というスタイルだ。これ入試に出るから憶えておけよ」
なるほど、確かに自宅警備隊らしいといえばらしい。ここの人間は潜在的にその意識が無いとやっていけないのだろう。
と、その時ドアがノックされ、「伝令です!」と告げる声がした。マトが「入れ」と言うと、軽装の男が急いで部屋に入ってきた。
「緊急です!基地に五月病が蔓延し始めました!す、既に十名程感染し、ワクチンが無ければ全員に感染する程の力を持っています!至急指示を!」
「五月病だと・・・!」
五月病と言えば、新人や新入生が新しい環境に適応できないことが原因によって起こるうつ病の一種だ。症状としては無気力、不安感、焦りなどの精神的な物なのだが、感染とは一体・・・。
「至急本部にヘリを飛ばせろ、基地に残っているワクチンはパイロットに服用しろよ、あとは間違っても感染者を隔離部屋から出すな!」
「御意!」
何がなんだか解からない内にマトは素早く指示をし、伝令を動かした。流石指揮官だ・・・と呑気に関心してる暇はあまりないようだが・・・。
「おい、イロハ。任務だ」
記念すべき初任務が緊急とはつくづくついてない。だが、これまでには無い、自分自身のやる気を感じた。
※この物語は実際に存在する自宅警備員の方々とは一切関係ありません