自宅警備隊   作:乙女心

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五月病(ごがつびょう)とは、新人社員や大学の新入生などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称である。
うつ病の一種とも言えるだろう。主な症状は抑うつ、無気力、不安感、焦りなどが特徴的な症状である。主訴には、不眠、疲労感、食欲不振、やる気が出ない、人との関わりが億劫などが多い。
一般的な対処法は気分転換を行ったり、ストレスをためないようにする等の心がけが必要だ。
しかしここでの「五月病」は一般的な五月病とは症状も主訴も違う。つまり対処法も違うということだ。


自宅警備員-衛生兵

書斎部屋を入るときは人影が全くなかったというのに廊下には訓練兵や教官らしき人たちが走り回っていた。いや、駆け回っていたと表現すべきか。

基地内は慌ただしく、非常事態を体現しているような状態だった。「五月病」がどれほど由々しき事態なのかが伺える。俺は先ほどマトに指示された事を一つ一つ思い出した。

 ―「廊下に出たら真っ直ぐ行って突き当たりで右に曲がれ。また真っ直ぐ進むと左側に階段があるから、そこを降れ。その先にいる兵士から指示を仰げ。いいな?」

廊下を真っ直ぐだが、多くの人々が行き交い直進だけでもかなり時間が掛かりそうだった。駆け回る兵士達を避けながら階段へと進む。10年近く無職だったがやり込んでいたSTGのお陰か避ける動きは抜群だった。

 「君が隊長の言っていた新入りだな?こっちに来るんだ!」

階段を降りると鉄でできた重厚な扉があり、前に立っていた男が声を掛ける。ヘルメットを装着しておらず、顔が伺えた。体付きや顔つきから20代前半くらいの若い男だ。髪の毛は短くかられており、シャープな顔立ちをしている。

言われるまま部屋に入ると、今度は壁の上半分が一面ガラスの部屋があった、だが相変わらず扉は鉄製で、部屋の中には苦しそうな表情を浮かべた男たちが硬そうなベッドに横たわっていた。扉に一番近いベッドで寝ている男は額に脂汗を浮かべている。

 「これが五月病・・・ですか」

イメージとは全く違う。そもそも俺が知ってる五月病とは症状も違う。

 「細かいことは後だ。俺はお前と同じ24班のツクモだ。お前さんが今日訓練兵への入団って事で歓迎会でもしてやろうと思ってたんだが・・・ちょっとそういうわけにも行かないな」

ツクモは苦虫を磨り潰したような顔で部屋の様子を見ている。五月病が兵士達の天敵である事が伺えた。

 「俺は隊長から言われてここに来ました。何をすればいいんですか?」

 「・・・なるほどね、優秀な兵士になるぞ、お前は」

ごく普通な事を言ったつもりだが何か評価されるような事があったのだろうか。しかし今はこの非常事態をどうにかするのが先だ。

 「お前、人と話すのは好きか?」

一体この質問が何を意味しているのか、さっぱりわからなかった。しかし人とコミュニケーションを取るのは好きな方だ。今でさえこんな堕落しているが俗に言う「リア充」だった時期もある。

 「好きですよ、上手いかと聞かれると少し自信ないですが・・・」

 「よし、上出来だ。早速この防護服を着て中に入ってくれ」

ツクモは青い、ゾンビゲームなどで馴染みが深い感染症などから身を守る防護服を籠から出すと俺に差し出した。どうやら命が掛かってくる様だ。

 

 

 

数分後、俺は無線を付け防護服を身に纏い、ツクモがいる部屋と隔離部屋をつなぐエアシャワー室の中にいた。

 『あーあー、聞こえるか?』

 「聞こえてますよ」

耳に入ってくる無線に応答する。マイクの位置が少し下がっていたので声を拾いやすい位置へと直す。

 『よし、いいな。今からお前は患者一人一人に接触して「嫁は誰か」聞いてくるんだ。きちんと確認しろよ、間違えたらそいつは助からないと思え』

嫁というと、実際の嫁なのか、溺愛しているキャラクターの事なのかがはっきりしないが、薄っぺらく言うとニートの集まりなのだ。きっと後者だろう。

 『ではエアシャワーを始動する、ドアが開いたら速やかに潜入せよ』

 「はい」

返事をすると上方向から風圧が感じられた。一瞬視界が曇る。が、その後すぐに晴れてドアが開く。指示通り素早く部屋に潜入し、先ほどガラス越しに見た一番近い患者へと近寄り声を掛けた。

 「おい、息はあるか?俺の質問に答えられるか?」

 「う・・・うう・・・助け・・・」

男は辛うじて意識は失っていないが、見ているだけでこちらも苦しくなるような表情を浮かべていた。

 「大丈夫だ、すぐに助かる。お前の嫁を教えてくれ」

ツクモにされた指示通り男に嫁を尋ねる。男は苦しそうに息をし、途切れながらも受け応えてくれた。

 「俺の・・・嫁・・・は・・・黒猫・・・異論・・・グハッ・・・」

 「黒猫?お前の嫁は黒猫と言うんだな、もう喋るな、楽にするんだ」

 『あー、黒猫だな?その黒猫はきっとあの黒猫だな。では次に移ってくれ』

その後も黒猫の彼含め他の患者11名それぞれの嫁を聞き、それぞれ正確にツクモへと伝えた。中には最近流行っている児童向けゲームのキャラの幽霊と答える猛者もいた。

 『よし、任務は完了だ。すぐに戻ってこい、次の任務がある』

ドアへと戻り、洗浄を受けた後防護服の頭部分を取り汗を拭った。幾ら五月とはいえ防護服でウロウロしていたので流石にこもって暑い。

 「ご苦労だった、これで彼らは助かる。さて、何故嫁を聞いたかというとだな・・・」

ツクモの説明では、本部から支給されるワクチンでは不十分だと言う。しかしワクチン摂取時にほんの少しでも自分の愛するキャラクターの要素があると生存率がグッと上がるそうだ。流石自宅警備員といったところか。

と、説明が終わると同時にドアが開き、オレンジ色のつなぎを来た男がスーツケースの様な箱を抱えて入室して来た。

 「ワクチンです!急いで投与してくださいとの事です!」

つなぎの男は早口でそう告げると急いで部屋を出て行った。まだまだ仕事が山積みなのだろう。

 「さて、これで奴らは助かるな。イロハ・・・だったよな?申し訳ないが投与はちょっと骨が折れるからな・・・俺がやるとしよう。あ、洗浄よろしくね。そこのスイッチ」

ツクモは立ち上がると手早く防護服を身に付けスーツケースを持ちエアシャワー室に入っていった。なんともノリが軽い男だ、五月病は命が掛かっているのか少し疑問に思えてくる。

彼は洗浄されると一人一人患者にワクチンを投与していった。その際、患者の耳にイヤホンを付けて何かを聞かせたり、ワクチンに何かを混ぜたりと、全く意味が解からない行為をしながらワクチンを投与していった。

 

 

 

 「・・・と、言う訳で緊急事態も去った事だし新兵の参加を祝って・・・乾杯!」

マトが杯を掲げると兵士たちはそれにならい「乾杯!」とそれぞれ杯を掲げていた。テーブルには酒のつまみになりそうな居酒屋メニューが並べられている。

 「いやいや、助かったよイロハ。奴ら俺にやけにビビっててなー、嫁誰って聞くと無難な奴選ぶんだよ。お前がいなければ奴らは死んでただろうよ」

ツクモが唐揚げを食べながら俺の肩を叩く。一応ツクモも上官って事なんだろう、階級は知らないが。

宴会会場をそれとなく見渡すと、一人の男がこちらに近づいてくるのに気が付いた。何事かと思っていると、男は俺の隣に腰を掛けた。

 「よう、お前がイロハだな?お手柄だったな、この宴会は歓迎会って事になってるがお前の業績を称える宴会でもあるんだぜ」

隣に座るなり男は饒舌に喋った。年齢は30代といったところか。顔には熟練兵士のそれが浮かんでおり、一目見ただけで「頼れる兄貴」を連想させる。

 「そうだ、そうだ。自己紹介だよな。俺はテミスだ、お前と同じ24班だぞ、お前が訓練兵を卒業できる日が来た時、任務を共に出来る日を楽しみにしてるぞ」

 「テミスさん・・・ん、神様の名前ですか?」

たしかテミスは法、掟にまつわる神だった記憶がある。記憶が正しければギリシア神話に登場する神の名前だ。

その事について尋ねるとテミスは少し驚いたような、感心したような表情をこちらへ向けた。

 「詳しいんだな、だけどこれは俺がつけた名前じゃないからな、そこだけは知っておけよ」

 「はぁ・・・」

誰が何とつけようと別に勝手だとは思うが彼なりのプライドがあるのだろう。

 「明日以降の詳しい訓練内容はまた教官から教えられるだろう、それより今日は呑もう。イロハも呑めよ?」

 「そうだ、そうだ。というか俺たち明日も任務じゃないのか?」

まあ細かいことはいいだろう、というふうに二人は笑い合う。24班はかなり熟練の兵士の集まりなのだろう。自分もこの班の一員だと思うと身が引き締まる。

明日以降、どんな訓練が待ち受けているのか。果たして卒業できるのか。しかし今は二人にならって呑もう、訓練は明日本気出せばいいのだ。




※この物語は実際に存在する自宅警備員の方々とは一切関係ありません
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