タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿4   作:泉 とも

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・千春の挑戦?

 数日後、梢は引き続き『コーポ森塚』の自室で、淡々と受験勉強をしていた。

 

 家事をやってくれる家族がいないので、定期的に中断しては、また勉強に戻る。

 

 僅かなノイズが唯一の気晴らし。ストレスが溜まるばかりだが、試験までこれを続けなくてはならない。

 

(規則正しい生活だけど、体に悪いわ)

 

 家柄もいない。金もない。受験を目前に控えて、仕事の売春もできないため、貯金も減っていく。

 

 安息のない日々は、眠りさえも恐怖の象徴。

 迫る時間が睡眠を浅くし、時間を狭める。

 

「うわ、ひっどい顔」

 

 梢はふと手鏡を取り出すと、自分の顔を見た。クマの深い目に化粧もしていない顔。

 

 不安と取り憑かれた、暗い女が一人。

 

(私が真人間として生きるには進学が必要だけど、それでどうなるのかしら……)

 

 愛情も安心もない人生を送り、自分の側には千春一人がいてくれるだけ。

 

 自分には梢しかいないと、千春は思っているが、梢もまた、自分には千春しかいないと思っていた。

 

 同じ想いを抱いているが、しかして二人は別の結論を出している。

 

「梢ちゃん、いる?」

「千春。開いてるわよ」

 

 ドアがノックされると、親の声より聞いた声がし、次に親の顔より見慣れた顔が現れた。

 

 小学生から成長できなかったような体型の、桜之千春が入室する。

 

「最近よく来てくれるけど、あんたちゃんと勉強してるの?」

 

「してるよ。約束だからね」

 

 明るく答える千春に、梢は顔を向ける。その時、彼女は友人に違和感を覚えた。

 

 違和感は感じるものではない。覚えるものである。

 

「千春、何か変わったわね」

「やっぱり分かる?」

 

「……あんた、人間辞めたのね」

「すごい、よく分かったね!まあこれはお試しなんだけど」

 

 無邪気な様子の千春に、梢の目は重い疲れに濁る。

 

「話、聞かせてくれる?」

「うん、いいよ」

 

 梢は勉強を中断すると、ベッドに寝転がって千春を招いた。その腕と胸の中に、千春は甘えるように潜り込む。

 

「どうして?」

「色々と、将来のことを考えたんだけど」

 

 千春は梢に抱かれながら、思っていたこと、考えていたこと、不安や悩みを伝えていく。

 

 この少女にとってそれができる相手は、この世に一人しかいない。

 

「私ね、どうしても、梢ちゃんと一緒にいることしか考えられないし、考えたくない。段々と離れていって、生きて行くなんて無理だよ」

 

 だから人間を辞めて、できれば梢も道連れにしたい。そこまでを誤魔化さずに告げた。

 

「私には梢ちゃんしかいないから」

「私もよ、千春」

 

 華奢な体を強く抱きしめて、梢が囁く。

 

「私もね、同じ気持ちだった。でも私はずっとなんて信じられない。いつか私たちの気持ちは落ち着いて、色褪せていく。その時あなたが私から離れる時、もしも私を嫌っていたら。そう考えるのが怖くて、早めに切り離したかった。浅傷で済ませたかった……」

 

 梢の言葉に、千春が取り乱すことは無かった。

 

 相手を想うが故に、人生から不安を取り除き、共に生きて行こうとする者。

 

 相手を想うが故に、人生の不安となる前に終わりを迎え、離れようとする者

 

「でも、千春とまだ一緒にいたいのは本当なの。だからこんな無理して勉強してるんだし」

 

 言っていることよりも、やっていることがその人の本性である。

 

 どんな態度を取っていても、現実に梢は千春の成績に合わせて、身の丈に合わない受験をしている。それが真実だった。

 

「私と関わって、あんたが不幸になったら嫌。でもあんたももう十八だから、自分の人生をどうこうしたって、罰は当たらないわ」

 

 梢は他人の人生を、自分の思い通りにするなど、おこがましいと考えていた。

 

 だからこそ、友人の逸脱を残念には思っても、責める気など起きなかった。

 

「ありがと、梢ちゃんなら否定しないって思った。それでね」

 

「うん」

 

「私ね、梢ちゃんにも私と同じ道を歩いて欲しい。ずっと一緒にいて、ついでに人間も止めて欲しいの」

 

「ちょっと、何それ」

 

 千春のあまりにも強欲な要求に、梢は吹き出してしまう。人間を辞めるのはついで。

 

 しかし彼女にとっても、人間であることに拘る理由は、実は無かった。

 

「欲張りにも程があるでしょ。それってプロポーズ?」

「うん。私、本気なんだ」

 

 抱締める手に重ねられた指は、冷たく震えていた。人を辞めてそれなりの力を持ったはずなのに、拒絶を恐れている。

 

 同じ気持ちを抱いていながら、どうして道を違えるのか。

 

「ねえ梢ちゃん、私と勝負しない?」

「勝負って?」

 

「私が勝ったら、梢ちゃんも人間を辞めて、私と一緒に暮らすの」

 

「今とほとんど変わらないわね」

 

 穢淫を体内に救わせ、豊穣神の眷属となり、別の界異の所有物となっている。

 

 そんな自分を今も人間と見做していいのか。彼女は内心で躊躇った。

 

「私が勝ったら?」

「それは梢ちゃんが考えることだよ」

「そりゃそうね」

 

 現状維持でもいいし、梢を人間に戻すことでも良い。それよりも自分の話を聞く余地が、千春に残されている方が大事だった。

 

「それで?受験のこととか、成績のことなら私は勝ち目が無いけど」

 

「そうだね。だからちゃんと考えて来たの」

 

 千春はそう言うと梢から離れ、この部屋に置きっ放しの鞄から、幾つかの資料を取り出した。

 

「前もって用意してたの。準備良いわね」

 

 彼女の視線の先には、先日の古文書のやり取りで提出された、各地の地図が広がっている。

 

「私が一つずつ、この地図に載っている、界異が封印されている祠を壊していく。それを梢ちゃんが処理していく。退治でも再封印でも構わない。全部処理できたら、梢ちゃんの勝ち」

 

「厳しいわね。他の人の安否とか、あんまり興味ないんだけど」

 

「分かってる。気乗りしないよね。だからやる意味があるの」

 

 モチベーションの湧かない勝負ほど、投げ出しやすいものはない。

 

 千春も人々を守れとは言わない。封印から解放された、界異をどうにかしろと言っているのだ。

 

「期限は」

「卒業するまで」

 

「全部壊し切れるの?」

「間に合わなかったら、その時点までで反転するよ」

 

 日本全国津々浦々、よりにもよってこの時期に、時間を取られる。

 

 今すぐ千春と添い遂げれば、こんな不毛なことをせずに済むというのに。

 

「私からも一つ条件があるわ」

「何?」

 

「どの祠を壊した、必ず報告すること。でないと黙ってるだけで私が負けるわ」

 

「それは勿論言うから安心して」

 

 犯行を黙秘すれば、これもまたそれだけで勝利ができる。千春も想定内とばかりに頷く。

 

「事態が重くなっても梢ちゃんの迷惑になるだけだし、祓魔師の人たちの力を借りるのもいいよ」

 

 界異の中には危険な存在も多い。単独で挑ませて梢を失ったり、重傷を負うようなことは千春も避けたかった。

 

「今度は私が有利過ぎる気もするけど」

「それでもいいよ」

 

 千春は笑った。地味な三つ編みと野暮ったい眼鏡も、可愛くない制服姿も、もうじき見納めだった。

 

 窓の外には積もらぬ雪が降っている。高校の三年間で、雪景色というものが地元に出来たことはない。

 

「思い出くらいには、なると思うから」

「そういえば私たちって、揉めたことないわね」

「私じゃケンカにはならないでしょ」

 

 体格に差があるがそれ以前に、二人は互いを傷つけ合うようなことも無かった。

 

 日陰の中で、もたれ合い、支え合うように暮らして来た。

 

「そう。じゃあ始めの合図もあんたが決めて。私はその挑戦を受けて立つから」

 

 室内の暖房の温度を少し上げると、梢は千春の手を取った。よく擦り、息を吐いて、怯える指先を温める。

 

「ありがとう、梢ちゃん。私、絶対にあなたを手に入れて見せる」

 

「いつの間にか、随分と頼もしくなっちゃって……」

 

 最愛の友人の人生を賭した情熱に、梢の頬に涙が伝う。

 

 上手くは行かないものだが、それでも彼女は、彼女も、相手のことが好きだった。

 

(生きていくって観点だと、きっとこの子の方が正しいのよね)

 

 何故未だに人間でいなければならないのか。

 

 その理由を、梢は見つけられないでいた。

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