タクティカル祓魔師二次創作 森塚梢の事件簿4   作:泉 とも

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・いつまで

『その、ごめんね梢ちゃん』

「いいわよ別に」

 

 千春の挑戦を受けた後日、梢は犯行予告を受けた。

 

 先祖の活動記録を辿り、かつて界異を封じ込めた祠を破壊する。そのはずだったのだが。

 

「まあ、何百年も昔のことだしね……」

 

 権利者である彼女の元に情報が引き継がれるまでの間、祠の大半破壊されていた。

 

 時には役目を終えて、或いは土地の開発などによって。

 

「むしろまだ無事な祠なんてあるのかしら」

 

 封印が解けても既に界異が討伐されていたり、年月が経っていたり。祓魔師に相談して藪蛇になっても嫌なので、彼女はこの確認作業に頭を痛めた。

 

 地図の一つ一つに印を付け、終了と注釈を付ける。

 

「こっちこそ自分ちの雑事を押し付けたみたいで申し訳ないわ」

 

 遠方の案件ならば、界異たちのネットワークによって現地の確認を行ってもらうのだが、今のところ無事な祠は出ていない。

 

 スマホの向こう側で千春が苦笑する。

 

『もしも祠が全滅してたらどうしよう』

 

「その時はまた考えましょう。私もね、あんたがいないと、ダメになっちゃうから」

 

『梢ちゃん……うん、分かった』

 

 彼女が弱音を吐くと、千春は感極まった様子で呟く。

 

 殊更に強調しないだけで、梢は自分の好意を隠そうとはしていない。

 

「それにしてもご先祖様も、随分あちこち渡り歩いたものね」

 

 森塚の祖先は日本を縦断して妖怪、当時の界異と関わっていた。

 

 煙々羅、ぬらりひょん、ひょうすべ、毛羽毛現、沼手、泥手、手長足長、しょうけら、こっくりさん等々……。

 

 およそ有名どころは元より、中には聞いたこともないようなマイナーなものもあった。

 

『日記みたいなのもあって、基本的に誰かと一緒に行動してたみたい』

 

「よくこれで子孫が残せたものだわ。命が幾つあっても足りないわよ」

 

 治安も悪い古の時代、旅人であるなら一人のはずはなかった。そんなことをすれば直ぐにも人に襲われていただろう。

 

「少しずつでも名を上げていくことで、身の安全を確保していったのね」

 

『ありがたいお坊さんって訳だね』

 

 現代でも万人が界異に立ち向かえる訳ではない。それを考えれば、人が手出しできない怪物を相手にできる。

 

 それは人類側にとって貴重な存在だったことは疑いようもない。その証拠に祓魔師の前身とも言うべき、陰陽寮が今も存在している。

 

『一応ね、厳重というか要保管って書かれてある冊子もあって、それには異界、つまり境界の向こう側に祠を移し、普通の手段じゃ接触できないようになってるのがあったよ』

 

「術式の有効活用ね。ほぼ確実に放っておくべきだけど、何が入ってるの?」

 

 わざわざ封印してから、界異のホームグラウンドである異界へと、それを隠す。並大抵の問題でないことは用意に想像できた。

 

『まず大勢の呪詛犯罪者』

「テロとかクーデターね」

 

 その身に呪いをかけ、界異を降ろし、人を辞めた者たちであると、古文書のには記してあったと、千春は言う。

 

「危ないから触るんじゃないわよ」

『うん、ありがと』

 

 二人は将来を賭けて争うはずであったが、そもそも封印された界異を解き放つなど、千春の身にも危険が及ぶ可能性が高い。

 

 荒事の経験はあっても勝負には不慣れなため、どちらも段取りが悪かった。

 

『他にはえーと』

「どうしたの?」

 

『ちょっと待って、サマナさん、これは』

 

 千春は傍にいたサマナにスマホを手渡した。交代で女界異の声が聞こえて来る。

 

『これは現代では淫吸馬と呼ばれる怪異ね。昔は名前が無かったけど、現代では分類や名付けが進んだ者も多いわ。丁度いいから、今度梢さんにはこれの力を抽出して移植するわね』

 

 そして藪蛇となった。淫吸馬は黒いユニコーンとも表現すべき夜魔であり、見た目は正しく馬である。

 

 男女を問わず誑かし、時には子を産ませることもあり、子供は精強かつ性剛なことが多い。

 

『そうそう。進んだと言えば紋章の開発でも進展があったの。ドワーフって知ってる?』

 

「メスケモ族のことよね」

 

 サマナの問いに梢が頷く。なんとこの世界には亜人が普通に存在する。

 

『彼女たちは自らの強化用に部族の刺青、トライブタトゥーっていうんだけど、それを体に入れるの。一人一種類なんだけど』

 

「うちの術を使うと複数施せると」

『ご明察』

 

 古きを温め新しきを知る。そういう言葉があることは知っていたが、文明の利器から人体の原始的な強化を推し進めることに、梢は何とも言えない気持ちになった。

 

「子宝に夜魔にドワーフの力、それらが繁殖を含めた生命力の一点に集約されると」

 

『生々流転、輪廻転生を自己完結できたら、人はどうなるのかしらね、ふふふふふふふふ!』

 

 堪え切れない探求心を、サマナは堪え切れない。古の病の名を冠するこの存在は、人に強く在ることを求める。

 

「話を戻すわ。異界に隔離されてる祠は他にあるの?」

 

『えーとね、頭が祠の鳥がいるね。野垂れ鳥っていうみたいなんだけど』

 

 スマホを返してもらった千春の言葉に、梢が眉をしかめる。祓魔師の教科書に載るレベルの大妖である。

 

『頭の祠をすり替えて、呪詛を無力化したってあるね』

 

「これも近付いちゃダメよ。祠が本来の物に戻ったら皆死ぬわよ」

 

 それからも彼女たちは勉強の合間を縫って、森塚の記録を追い界異の封印を追った。

 

 封印が解けて未解決のままと思しきケースには、資料を添えて連絡をしたり、手近な場所で危険度が低そうなら、地元の祓魔師に一報を入れたりした。

 

「もう残ってない?」

『あと一つだけ』

 

 記録には数十か所あったはずだが、触れてはいけない物以外は全てが時の彼方に消え去っていた。

 

『ただね、それがその』

「どうしたの?」

『梢ちゃん、落ち付いて聞いてね』

 

 友人の緊張した声に、梢は勉強の手を止める。このまま肩透かしに終わってくれれば、その思いは直前で回避されてしまった。

 

『最後の界異はイツマデって書いてあるの』

「昔からいる妖怪兼都市伝説ね」

 

 イツマデ。時間に対する不安が実体化した界異存在。他人を追い立て精神を破滅に追いやる習性があり、基本的に討伐対象である。

 

「うちの術で呪詛を反転させたらな、不安を解消するようになったのかしら」

 

『自分を責めたら機能不全とか自滅しそうだけど、これが記録上は最後なんだよね』

 

 森塚の先祖は晩年、日本縦断から内陸は関東へと戻った。その最期は不明だが、子孫は現代まで続いており。

 

「で、場所は」

『それがね、たぶん……』

 

 千春は一度言葉を区切ると、深呼吸をしてから告げた。

 

『たぶん、そこなの』

 

 梢はそう言われると、無言で周囲を見回した。小さい頃はボロい一軒家だった。

 

 いつから賃貸になった?

コーポ森塚はいつからここにあった?

 自宅の後?ここが?

 

 両親はいついなくなった?

 祖母はいついなくなった?

 

 記憶が混濁する。

 

「コーポ森塚に、それっぽい祠なんか無かったわよ。隠し部屋とかも無いし、異界側に祠があるように見えないけど……」

 

言いながら、梢の脳裏にかつて見た景色が広がる。薄暗くほのかに赤い、夕暮れのような世界。

 

 鼻の奥が広がるような、常に何かが触っているような空気。

 

「お婆ちゃん……」

『え?なに?』

「思い出した」

 

 彼女はそう言ってふらりと席を立つ。外着に着替えると、息も白くなるほど冷え込んだ外へ出る。

 

 既に周囲は暗くなっている。

 

『梢ちゃん?』

「家の近くにね、お墓があったの。山の麓に」

『山?コーポ森塚の近くには山もお墓もないよ?』

 

 そこで通話を切ると、彼女は何かに操られるように、自転車に跨り人のいない道を走った。

 

 しばらくして、地元民でも入らない、管理が放棄された雑木林へ入る。

 

 勾配がきつくなり、やがて何もない空間が現れた。

 

 視界に薄い赤が混じり、乾いた日差しの匂いがする。

 

「ここね」

 

 何もないはずのその場所に、梢はとても懐かしいものを感じた。

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