アスモデウスがグラナートで遊んでいた頃。
「マジで店が多いな……」
「飲食店の競合がすごいですね……」
飲食店の合間に屋台がひしめき、四方八方いたるところから美味しそうな匂いが漂うルクスリアの街。
「とりあえずなんか食って、その後干し肉とか調達しとくか……マジックバッグ様々だな」
「そうですね……まぁ買い物は明日でもできますし。あの魔王が戻ってこないことにはどうにもなりませんし」
「あとあのケルベロスな……」
解き放たれたあのケルベロスが今どこで何をしているのか。特に騒動も起こっていないし、なんか受け入れられてるっぽいし、と気にしないことにした。気にしても仕方がないとも言う。
「とりあえず、何食う?」
すでにウルラートの目は屋台の串焼きに向いている。
「私はスープ系のほうが……」
ピスティの希望を受けて、ウルラートの目が屋台を離れて建物のほうに向いた。
「どこがいいとか分かんねぇしな……適当に入るか」
「そうですね」
手近で目についた看板に誘われて中に入る。
賑やかな店内。種族関係なく同じテーブルを囲み、種族関係なく子供たちが笑っている。
美しいエルフの隣で笑う老人。ゴブリンと人間が大皿をシェアし、パフェを食べるオークの肩の上でピクシーが切り分けられた小さなフルーツを食べている。
「…………色欲、ですよね……?アスモデウスって……」
「そのはずだけどな…」
店内のどこを見ても、種族関係なく食事を楽しむ姿しかない。家族、恋人、友人。きっとそういう関係性なのだろう。
「いらっしゃいませ。お2人ですか?」
店員らしい声がかかり振り返れば、店員の服装をしたゴブリンがにこやかに立っている。
「え、あ、まぁ……」
「お席案内しますね。こちらへどうぞ」
案内されて先に進むと、当たり前に接客を受けて食事を注文した。注文を受けた店員が奥に引っ込んでいく。
当たり前に他種族が共存するこの店内の空気になんとなく気まずさを感じた。
「…………普通、だな」
「そうですね……」
それだけ交わして、視線で店内を窺ってしまう。あまりマナーのいい行動ではないが、それでもだ。
「お待たせいたしました」
ソワソワしていると、やがて注文した料理が届いた。
「あ、どうも……」
「この街は初めてですか?」
店員のゴブリンが苦笑しながらテーブルに皿を並べる。
「人間の方ですよね」
曖昧に頷く。魔物に話しかけられて、特にピスティは分かりやすく困惑した。
「初めてだと困惑される方も少なくないんですよ。こちらに引っ越しか何かご検討で?この領地は家庭を築くにはかなりおすすめですよ」
「か、家庭……!?」
声がひっくり返った。
「え、あ、いや、わ、私たちはそんな……!」
「落ち着けよ……」
あれ、違いました?みたいな顔で首をかしげるゴブリン店員に、ウルラートが肩をすくめた。
「俺たちはこの街には立ち寄っただけで……」
「まぁ、ではほかの七魔様の領地から?道中大変でしょう?最近は外から来たお客さんから不穏な噂も聞きましたし」
「不穏な噂……?」
グラナートから一切情報がもらえない中で、不穏な噂、と聞けばどうしても気になるのは
「ご存知ありません?最近、鳥魔の方が飛び回っているとか。青い炎を使う鳥魔なんてあまり聞かないので、少し噂になってるらしいですよ」
青い炎。柔らかい羽音。鳥魔。この符合は偶然か?
「その、鳥魔、って……」
「あくまで噂、尾ひれがついて一人歩きしてるだけでしょう。あ……ごめんなさい、私ったら。お食事が冷めてしまうわ。では、ごゆっくり」
店員ゴブリンが丁寧に頭を下げて立ち去る。その背中を少し見つめて、ウルラートとピスティが顔を見合わせた。
「偶然か……?」
「どうでしょう……青い炎を使う魔物は多くはありませんが……」
少し沈黙し、視線をテーブルに落とした。綺麗に盛り付けられた料理から湯気に乗って美味しそうな匂いが鼻に流れ込んでくる。
「………まぁとりあえず食うか」
「ですね」
今考えても仕方ないので、とりあえず料理が温かいうちに食べることにした。
食事を終えて、街を歩く。
マモンの街とは違った活気。響魔と人間が歩いている。響魔と人間と、さらに別の魔族が並んで座っている。魔族と魔族が手を繋いでいる。人と人が笑っている。
「マモンのところより、なんかこう……のんびりしてるな、この街」
「……そう、ですね……」
商売に力を入れている空気でもなく、ただ住人たちが過ごしている、そんな街。
街中を観察するような目で歩いていると、ギャーッと子どもの甲高い泣き声が響いた。
ウルラートとピスティの視線が交わり、どちらからともなく走り出す。
公園。人間の子どもが泣いている傍で魔族の子が怒った顔をしていた。
「やっぱり魔族なんて……!」
ピスティがまた、反射的に呟く。
「アディが叩いたー!!!」
叫びながらギャンギャンと泣く人間の子どもの前にピスティとウルラートが割って入ろうと公園に駆け込むと、すでにその子たちの周りには大人がいた。
「あらあらまぁまぁ」
そんな雰囲気だ。
「どうしたの」
「ルトが僕のボールとったぁぁぁ!」
魔族の子供の目にじわっと涙が浮かんで、ギャン泣きが重なった。
「僕も遊ぶぅぅぅ!」
「やだ、ぼくの!」
思ってたのと違う……。ウルラートとピスティは困惑げに顔を見合わせた。
「ほら、泣かない。ルト、仲良く遊ぶお約束でしょう」
「アディも。叩くのは痛いからダメ」
母親らしき人間と魔族がそれぞれの子どもに言い聞かせて宥めすかす。
「ほら、何ていうの?」
母親たちに促されて、ヒックヒックとしゃくり上げながら、
「叩いてごめんね」
「僕もごめんね。一緒に遊ぼ」
お互いに謝って、叩いた子が叩かれた子の頭を撫でている。頭を叩いたらしい。
周囲の大人たちも、相変わらずのほほんと、「あらあらまぁまぁ」な空気のまま
「ごめんなさいねぇ、うちの子が」
「いえいえ、うちの子も強情で」
種族が違う中で親としての会話をし、子どもたちが団子になって転げ回っているのを見守っている。
「……………」
ともすれば、ほぼ人間しかいない人間領よりも和やかだった。
「…………どうして……」
呟いて、ピスティがハッと口を押さえた。
これではまるで、魔族が人間を虐げるのを望んでいたかのような。その矛盾に自分で気づいて、顔を強張らせた。
「ピスティ」
「………はい……」
公園に背を向けて、ウルラートとピスティはやや重い足取りで宿に戻った。
グラナートが宿に戻り、扉を開けた。
「うわ、空気が重いぞ……どうした、お前たち……」
ドン引きを隠そうともしないグラナートに、ウルラートは苦笑を浮かべ、ピスティは目を泳がせた。
「いや、まぁちょっと思うところがあって……」
「あぁ……分からんでもないがな」
ウルラートが肩をすくめると、グラナートは困ったような顔をする。
「で、アスモデウスと話はできたのか?」
「あぁ、問題ない。話はついた」
「ならよかった。あ、そうだ。飯食ってるときに噂話を聞いたんだよ」
「噂?」
グラナートの目がわずかに眇められた。
「なんか、旅人の間で少し噂になってるって。青い炎を使う鳥魔が飛び回ってるとかなんとか。飲食店だとそういう噂も入ってくるんだな」
グラナートの動きが止まった。
「鳥魔……?」
「目撃証言ってわけじゃないらしいけど。そういう話らしいぞ」
グラナートの表情が分かりやすく強張った。
「情報提供したんだから、お前もなんかくれよ」
ウルラートが真面目半分といった様子でそう持ちかけると、グラナートはすっと視線を滑らせた。
「来客だ」
「は……?」
コンコン、バァン!そんな勢いで扉が開いた。ノックの意味。
「やぁ、ウルラートくん!せっかくこの街に来たんだ、夜の街はまた違った良さがあるんだよ!」
アモル再来である。シンプルにうるさい。
「え、あ……え、俺?」
(俺の名前覚えてたのか……てか、今一瞬、目赤かった……?気のせいか……?)
名前を覚えられていただけなのに、それ自体が意外で妙なところに感心してしまった。
「ノックの意味分かってるか?」
「もちろん!さぁ、ウルラートくん!」
「い、いけません、ウルラート様……!色欲の……よ、夜の街だなんて!」
当たり前のような顔をしてズカズカ部屋に入り、相変わらず芝居がかった動きでウルラートの手を取るアモル。
「さぁ行こう!めくるめく大人の世界へ!」
「だ、ダメですってば!!!」
ぽかんとしているウルラートを引きずっていくアモルを、グラナートは遠い目をして見送った。助けるつもりはないらしい。薄情な相棒である。だってシェルムに前に売られたし。おあいこだ。