「昨日のあれは一体何だったんだ……」
朝日から逃げるようにベッドに頭まで潜り込んでもう一眠りを目論む勇者(被害者)。
「ウル、起きてるなら出てこい。食糧調達して、次に向かうぞ」
しかし、魔王が非情なのであっけなく布団を引っ剥がされた。
「次……え、もう?」
「マモンのところだってそんなに長居はしなかっただろう」
せめてあと1日、ベッドに閉じこもっていたいが、グラナートが言うなら仕方がない。
「イモムシみたいな動きやめろ」
「誰がイモムシだ!」
ウルラートは単純なので、これであっさり起きる。一本釣りだ。
「さて、ポチたちを呼ぶとするかな」
「街中で?」
「あいつらはずっと街中にいたぞ。まったく、どこに行ってもおやつおやつで……ぽちゃぽちゃしてもっと可愛くなったらどうするんだ……だが可愛いからな……おやつをもらうのも仕方がないというものか……可愛いとは罪だな……」
昨日のアモルとのやり取りで既に疲れているのに、親バカ発言が大変やかましい。
「…………で、次はどこ行くんだよ」
「うむ、それなんだがな……ベルフェゴールのところに行こうと思っている」
ウルラートは首を傾げた。
「ベルフェゴール……ってなんだっけ……えーと……」
「………お前たちで言うところの、怠惰だな」
「ちょうどいいじゃん、俺今ベッドから出たくない」
今度はグラナートがしらっとした目をウルラートに向ける。
「イモムシに戻るのか」
「だから!イモムシじゃねぇよ!」
ギャンギャンと吠えながらウルラートはとうとうベッドから足を踏み出した。
「まぁ、ポチたちの足を持ってすれば道中もそこまで時間はかからんだろう。おやつがあれば」
「…………コスパいいのか悪いのか分かんねぇな……あと、ずっと気になってたんだけど、なんでポチ、コロ、タマ?」
ようやくウルラートがそこに突っ込んだ。
「かわいくてわかりやすい名前が一番だろう」
「タマは猫だろ」
「ツンデレで気まぐれな性格の子だからな。実質猫だろう」
「ケルベロスなんだよなぁ……」
「可愛いよなぁ」
何を言ってもダメそうである。この魔王は一体何を考えているのか。たぶん、可愛いなぁ以外は何も考えていない。
「可愛いけども」
ため息交じりに同意してやれば、
「だ、ダメだぞ……!あの子は俺のペットだからな!?うちの子だからな!?」
「誰もくれなんて言ってねぇよ……」
この魔王マジで一回くらいなら、いよいよ殴っても許されるよな。ウルラートはそんな思いを胸にしまってため息をついた。
さて、買い出しも済ませていよいよこれからアスモデウス領を出る。もちろん買い物はグラナートはウルラートというお目付け役付きだったし試食しまくったし買いまくった。何も学習していないが、とりあえず串焼きが気に入ったらしい。魔王のくせに庶民的なやつだ。
「お前、ケルベロスの足ならそんなに食糧買わなくてもいいとか言ってなかったか?」
「必要性と物欲はまた別だろう。串焼きは美味い」
「こいつマジで……」
頭を抱えているところで、準備を終えたピスティが合流する。
「お待たせしました。…………また食べ物買ったんですか?」
「………まぁな……」
ピスティが呆れた目をグラナートに向ける。
「ウルラート様の出費の8割が魔王の食費に消えてる気がするんですが」
「8割は言い過ぎだろう。なぁ、ウル?」
「まぁ……6割くらいかな……俺も食ってるし……」
そうだろうそうだろうとグラナートが満足げに頷くが、何を満足しているのかは知らない。
「まぁとりあえず……」
こんこん。ガチャ。どうしてノックに仕事をさせてあげないのか。
「やぁ君た、へぶっ!」
「ごめんなさい、このバカがノックを理解してなくて」
叩かれた頭を抱えるアモルとため息をつくファルが開いた扉から覗いていた。帰ってほしい。
「お帰りは回れ右ですよ」
反射的にそう言ってしまったピスティは初対面のファルを見て、やらかした、という顔になる。
「す、すみません!失礼しました!」
「大丈夫です。気持ちは分かるので」
大丈夫だったらしい。どう大丈夫なのかはたぶん聞かないほうがいいけれど。
「ファル酷い……」
「酷くない。あ、えーと……すみません、初めまして、ですよね。話はこのバカから聞いています。私はアモルの秘書をしています、ファルです」
グラナートとピスティに頭を下げるファル。
「用向きとして、アスモデウス様に会いに来たと聞いているので、その用件が終わったのなら早々に立たれるのではないかと思い、ご挨拶に伺いました」
アモルに向けていた顔から一転した営業スマイル。あと、アモルはせっかくピスティには格好つけていたのに、と恨みがましくファルを見ていた。睨んだら睨み返されるので、大人しくしている。この幼なじみが強すぎる。
「アスモデウス、様……」
ピスティが微妙な顔でファルを見やる。街のあり方、自分の感情、ここに来て価値観が揺れている。
「呼んだかい?ピスティ」
アモルの瞳がいつの間にか赤くなっている。
「アスモデウス様、ちょっと黙ってていただいても?」
「いいじゃないか!グエラもウルラートも私をまだピスティに紹介してくれていないんだぞ!」
ピスティがドン引きした顔で一歩引いた。嫌悪の対象の魔族が、とか、恐怖の対象の七魔が、とかではなく、シンプルに不審者に向ける顔だった。
「いやぁ……お前のテンションに合わせてピスティを紹介したらさすがにピスティに悪いだろう」
グラナートの言にウルラートも頷く。だいたい、二人とも昨日の今日である。ウルラートに至っては昨夜から朝方。一体いつ紹介するというのか。
「まったく……実に友達甲斐のない……」
ともだち……?とグラナートとウルラートが首を傾げる間に、アスモデウスはアモルの体でさっとピスティの手を取った。完全に不審者を見る目をしてドン引きしているピスティに微笑みかける。
「どうだい?このあと私とお茶でも。いいお店もたくさんあるんだ」
「アスモデウス様?」
ファルの目が怖い。とても笑顔なのに、ピスティの手を取るアモルの手をものすごい眼力で見ている。怖い。
「おっと。ごめんごめん、そう怒らないでくれよ、ファル。君を口説くとアモルの機嫌も悪くなるから君にはできないんだ」
「別に口説いて欲しいとは言ってませんが?とりあえず彼女の手を離してあげてください」
ファルの眼力とアスモデウスの言葉がアモルとファルの関係を物語っていた。とんだ地獄である(3回目)。
「残念。それじゃ、私は引っ込むとしようか。ピスティに挨拶もできたしね」
「何しに出てきたんですか……」
「もちろん、ピスティに挨拶するためさ」
「お帰りくださいね、アスモデウス様」
仮にも七魔と呼ばれ、魔族の中でも一線を画すアスモデウスに対してのこれ。ファルのメンタルが強すぎる。
「グエラ。ちゃんと話すべき時には話すんだよ?私は君を肯定しよう。かつての君の愛も、今の君の愛もね」
「そんな大層なものではないし、なぜそこで分ける」
「さぁ。なぜだろう。でも、その愛はいつか君を殺すかもしれない。それは肝に銘じておくことだよ」
アモルの瞳から赤が消えて、薄紫が戻ってくる。
「…………なんでアスモデウスってば、気軽に出てくるんだ……僕の体なのに……」
「あんたがヘタレだからでしょ」
ファルの言葉がアモルにぶっ刺さってアモルが撃沈した。
ウルラートは昨日のアモルのザマを知っているので、アモルとファルのやり取りがものすごくむず痒い。背中を蹴っ飛ばしたくなる。やらないが。
「まぁとりあえず、そうだな。ちょうどこちらから挨拶に向かおうと思っていた。昼には出るつもりだ」
買い物の必要はない。なぜなら、もうマジックバッグには大量の食料がぶち込まれているから。
「なんだ、ピスティとお茶したかったのに」
「アモル?」
「はい、黙ります」
主従関係の逆転が発生していた。なんか丸まった尻尾さえ見える気がした。
「で、次は誰に会うんだっけ。ここからならベルフェゴールかベルゼブル?レヴィアタンのとこなら少し遠いけど、そろそろ例の期間にはいるんじゃなかったかな?」
「アレはもう少し先だな、確か。時期を外したいんだが……」
ため息をつくグラナートにウルラートを首を傾げてピスティは警戒の目を向ける。
「レヴィアタンの街はもうすぐお祭りがあるからさ」
「祭り……?」
なら買い食い大好きなグラナートが難色を示すはずがない、と疑問符が飛ぶ。
「まぁ、行けば分かるよ。あそこの祭りは合う人にはめちゃくちゃ面白いけど合わない人にはとことん合わないんだよね」
アモルがウインク付きで解説してくれたが、内容はさっぱりわからない。
「まぁとにかく……とりあえずベルフェゴールのところに先に行くつもりだ。距離は大して変わらんが……アレだ、ポチたちの健康診断をしてもらおうと思ってる」
目的がおかしい。
「あー……」
「魔王様、あの、ポチくんたち、割と頻繁に来てまして……皆がおやつあげたがるので……なんかすみません……」
アモルの納得とファルの申し訳なさそうな反応に、グラナートはやっぱりか……と呟いた。
「通りでさらに可愛く……いや、丸くなってきたな、と……」
「………あのさ、ベルフェゴールのところに行くのはいいけど目的がおかしくないか?健康診断に行くのか?本気か?」
ウルラートがたまらず口を挟んだが、
「仕方あるまい。ダイエットさせねばならんかもしれんからな」
「そこじゃないです……」
ピスティの言葉からすら、力が抜けてしまっていた。