「あぁ、そうだ。コレールが動いたみたいだよ」
いよいよルクスリアの街を出る。門の前に立ったそのタイミングでアモルがグラナートにそう伝えた。
「なんだと?」
「彼は身軽だし、今代の契約者はそれに輪をかけてフットワークが軽い。一度会ったことがあるけど、まさしく、って感じ」
「…………そうか……」
動いたか、と。グラナートの口の中だけでその呟きは消えた。
「コレール、って、前にも言ってなかったか?アパリシアに行く前」
ウルラートが思い出したように問えば。
「あぁ、魔王としてはそうなるだろうね。でも、魔王はコレールの居場所を知らないから」
「魔王が知らない……?」
ピスティも胡乱げな視線をグラナートに向けた。
「あぁ、本当なら真っ先にコレールに会いに行きたかったが、コレールは領地を持たないからな。気ままにふらふらしているせいでどこにいるか分からん」
「そのうちに会えるんじゃないかな。君たちと衝突しないことを願ってるよ」
アモルが困ったように笑って肩をすくめる。
「今代のコレールは曲者のようだな」
「曲者というか……本当にルシフェルの契約者、って感じ。ちょっと憧れちゃうね。強くて自信満々で」
「あぁ、そういう……なるほど」
グラナートがまた、うわ……という顔になる。この魔王はどうにも七魔に会うとこういう顔をする率が高いらしい。魔族のパワーバランスは一体どうなっているのか。
「まぁいい。覚えておこう」
「ところでさ、ケルベロスを騎獣扱いにすんだろ?呼びなくていいのか?」
ウルラートがデカいもふもふを探してキョロキョロしている。お前はもう少し目の前の会話に集中しろ。
「あぁ、そろそろ呼ぶか」
グラナートが懐から何かを取り出して口に咥え、息を吹き込んだ。無音の空気が震えた。
「…………なにそれ」
「?知らんのか?犬笛だ」
アモルの中のアスモデウスですら沈黙した。犬笛で呼ばれるケルベロスとは。
「犬笛……」
「犬笛かぁ……」
なんとも言えない沈黙の中、遠くから元気な足音がカチカチと石畳を叩いて近づいてくる。
「おー、きたきた。おやついっぱいもらっ……てるなぁ……」
尻尾をブンブンに振り回し、ケルベロスが魔王の前でお行儀よくお座りした。三つ首それぞれにぶっとい骨を咥えて。
「…………うん、相変わらず毛並みもいいし、元気そうだな」
「おいこら現実逃避すんな。またちょっとデカくなってないか、こいつ」
「………ぽちゃぽちゃしてますねぇ……」
ルクスリア領に入った直後に別行動になって1日2日程度だというのに、ぽちゃぽちゃ感が増して毛並みももふもふツヤツヤになっていた。
「どこで甘やかされてきたんだ……」
誇らしげに3本の骨を掲げる三つ首を、グラナートは呆れたような満足げなような、まぁ一言で言えば親バカの顔で見上げた。叱ることを覚えろ。
ポチは口から骨を離した。だが、骨は地面までは落ちない。
一体誰が細工したのか、よく見れば骨に革紐が取り付けられて首から下がるようになっている。
コロは容赦なく楽しそうに骨をガジガジしているし、タマは骨をペロペロ舐めてご満悦。
ケルベロスとは。
こいつに一体何度ケルベロスの概念を破壊されればいいのだろうか。
「ポチ、コロ、タマ」
グラナートの呼びかけに3つの頭がそれぞれに反応した。ポチはお利口にグラナートを見ているし、コロは骨をガジガジしながらキョトンと首を傾げるし、タマはチラリとグラナートを見て一瞬で骨に意識を戻した。魔王より骨のほうが位置づけが上になっている気がするが、たぶん気の所為。そういうことにしておいたほうがいい。
「……………はぁ……ベルフェゴールのところに行くぞ」
三つ首が一斉にポカンとする。コロは顎だけはしっかり動いていたが。
「おい、おやつの街みたいな言い方しないと分かんねぇんじゃ……」
おやつ、に3対の耳がピコンと反応した。
「おやつならもらっただろう。……………お昼寝の街に行くぞ」
尻尾がブンブン。自分の街をおやつの街と言い切られたアモルは微妙な顔をしたが、口を閉ざすことを選ぶ。
「お昼寝の街ってお前……」
「まぁ……怠惰の街ですから……」
微妙な顔でウルラートとピスティが呟くと、アモルが肩をすくめた。
「まぁ、ポチたちのお昼寝と君たちが昼寝できるかは別だけどね」
「まぁいいだろう。とりあえず行くぞ」
首からぶっとい骨をぶら下げた三つ首が耳をピンと立てて伏せる。やはりポチが体の主導を取っているらしい。その上にウルラート、ピスティ、グラナートが乗り込む。
「じゃあね、君たちの旅に愛多からんことを」
アモルがウインク付きで旅路を祈る。
「……………お前、アスモデウスを参考にする言動はやめたほうがいいぞ……」
「俺もそう思う」
「えっ!?」
せっかくの祈りがぶち壊しであった。
ずっと領主を立てて沈黙を守っていたファルがベシンとアモルの頭をしばいて、ようやく空気が動き出す。
「…………と、とりあえず行くか」
「そうだな」
うんうんと頷いて、そそくさとケルベロスの背に乗り込む。アモルは悪いやつではないが、普通に疲れる。
「ファル、痛い……」
「イタいのはあんたよ。ほら、ちゃんとお見送りして」
なんかピスティがキラキラした目でファルを見ている。いらん学習をしている気がするので、たぶんさっさと旅立ったほうがよさそうだ。
「ではな。………さぁ、ポチ、コロ、タマ、行くぞ」
グラナートのひと言で、ケルベロスがぐっと立ち上がる。相変わらず尻尾がブンブンと風を起こしている。
勢いよく走り出すケルベロス。を想像していたウルラートとピスティはぎゅっとケルベロスの毛をつかんだ。
ケルベロスは歩く。爪が地面をかく音と肉球が地面を踏む音が呑気に響いてくる。
尻尾ブンブンしながらてこてこ歩く。まぁ、自分たちで歩くよりは歩幅も広いし速いし楽だが。ただのお散歩であった。ポチの鼻先を蝶が飛んでいった。コロがそれに噛みつこうとしてポチに止められた。
「くぅん……」
なんとも情けない声が哀愁を誘う。止められて当然なのだが。グラナートがコロを撫でたら秒で機嫌が直った。チョロい。圧倒的犬。
てちてち歩いていくデカいケルベロスの尻を見送りながら、アモルが呟いた。
「…………いつまで見送ればいいかな……」
「しっ!」
またファルに叩かれた。
「…………なぁ、グルナ。走らねぇの……?」
「何を言う、おやつを食べたばかりだぞ。走ってポチたちのお腹が痛くなったらどうするんだ」
ウルラートの顔が死んだ。
「親バカ……」
ピスティの呆れ果てた声が実に虚しい。
「たぶんそのうち走る」
「おい、それちゃんと目的地に向かって走るんだろうな?」
「当然だ、うちの子は賢いからな」
何がどう当然なのか甚だ疑問だが、だからといって今更徒歩も嫌だし、第一、ベルフェゴール領を知っているのはグラナートとポチ、コロ、タマだけである。人間2人は身を任せるしかない。
「大丈夫かな……」
「さぁ……」
とても不安。でも、もふもふ。てちてち。ぽてぽて。
「……………」
「……………」
てちてち。ぽてぽて。
「……………」
「……………」
ぽてぽて。てちてち。
「………気にするだけ無駄かもな……」
「不本意ながら、私もそう思いました……」
「久しぶりに一緒にお散歩だな、ポチ、コロ、タマ」
「「「わん!!」」」
気にするだけ無駄だった。
もふもふの背中に揺られて進む一行。自分たちで歩くよりは少し速いし、何より楽。
ふ、と、ケルベロスの足が止まった。そして。
「わふん!」
突然のダッシュ。
「うおあっ!?」
「えっ!?」
完全に気を抜いていたウルラートとピスティは慌ててケルベロスの背中にしがみついた。
「なんだ、どうした?」
呑気なグラナートの声が実に腹立たしい。まずは諌めろ。
「おい!止まれ!せめてスピード落とせ!!」
「落ちる!落ちますから!!」
悲鳴を声の主ごと乗っけてケルベロスは走る。そして急停止。
「わん!」
コロが自慢げに振り返る。
「わふん」
タマが得意げに目の前の木を見上げる。
そしてポチが首を伸ばして、木の中に顔を突っ込み、枝を噛みちぎった。
「おお、これか。これ美味いんだよな。偉いぞ」
果実。おやつである。さっきまで食ってただろ。しかもなんか、毒々しい色をしている。
「………本当に目的地に向けて進んでます……?」
ピスティの不安と不信が入り混じった顔と声に、ケルベロスはキョトンとした。可愛い。腹立つ。
「…………それ、美味いの?」
ウルラートがグラナートに聞く。
「あぁ、俺は結構好きだな。ポチとコロとタマも好きだ」
「「「わん!!」」」
尻尾ブンブンで果実がついた枝を差し出すケルベロス。おめめがキラッキラしている。褒められることを疑ってすらいない。
「偉いぞー!」
そして褒める飼い主。躾をしろ。
「へー……」
果実に手を伸ばすウルラートをピスティが正気を疑うような目で見た。
「た、食べるんですか……?この得体のしれない果実を……?」
「え、だって美味いんだろ?」
「美味いな」
「わん!」
お墨付き。魔王とケルベロスの。
「まぁ一口だけ」
ウルラートが果実をもいで、一口かじる。
甘酸っぱい果汁とシャクシャクした食感の果肉。華やかな甘い香りが食欲をそそる。
「………うっま!」
見た目と違いすぎる美味さ。
ピスティの視線も果実に向く。しかし毒々しい。お世辞にも、食べたい色はしていない。
「……………わ、私は遠慮しておきます……」
やっぱり食べたいとは思えなかった。
「え、食わねぇの?美味いぞ?」
「さすがにちょっと……」
興味はある。美味しいと絶賛された果実。気になる。でも、あまりにも見た目が毒々しい。
「俺もう一個」
「………チャレンジャーすぎません……?」
ドン引きするピスティを尻目に、ポチ、コロ、タマの口に果実を放り込みながらウルラートも果実をかじる。グラナートもかじる。勇者と魔王が拾い食いという目を覆いたくなる惨状にピスティは頭を抱えながら、ケルベロスの背に揺られるのだった。