殴る勇者と斬る魔王   作:輝波斗

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23.くるっぽぅ

「話すにしても、ウルがいなければ話にならん」

 逃げるようにグラナートが言葉を宙に浮かせた。

「なら、ウルラート様が回復すれば話すのですか」

「……………まだ、確信が持てん」

 ピスティの追求にグラナートが目をそらす。

「心当たりがある顔をしておきながら、まだ逃げるのですか」

 ベルフェゴールを気にしながらも、ピスティの言葉は鋭い。ウルラートがいない今しか問い詰めることができないからかもしれない。

 グラナートはただ黙ってピスティに背中を向ける。

 それを見て、ベルフェゴールがまたため息をついた。

「過保護なこった」

 ピスティの顔が強張る。まただ。七魔たちはまるで魔王が人間を守っているかのような言葉を吐く。理解できない。納得がいかない。

「まぁあんまりいきり立つな。こいつは甘ったれてるだけだから」

 あまりにも身も蓋もない。

「誰が甘ったれだ」

「希望にすがりついているだけだろう」

 本当に容赦なく身も蓋もない。ベルフェゴールの前でグラナートは撃沈した。

 ベルフェゴールは横目でグラナートを軽く睨んで歩き出した。

「行くぞ、グエラ。そっちの話はあとでやれ」

 正直、あまりの口撃にグラナートはとても付いて行きたくなかったが、それでも行かざるを得ない。

「このまままっすぐ進んだら右手の方に医院がある。さっきのやつはそっちに行ってるはずだからそっちで待ってろ」

 雑に指さされた方と、歩き出した2人の背を交互に見る。

「…………いい加減に話してくれないと困ります」

 ピスティの言葉に、グラナートは振り返らずにため息をついた。

「………分かっている」

 ポツリとこぼして、2人の魔の頂点が歩み去る。その背中をもう一度見やって、ピスティもベルフェゴールに示された方向に踵を返した。

 ポチコロタマは日当たりのいい場所に移動してお昼寝を始めていた。空気を読まない犬である。

 

 

 ベルフェゴールがアナグマを象ったノッカーがついた昼寝部屋……いや、執務室の扉を開ける。

「ほら、はいれよ、グエラ」

「今はグラナートだ」

 律儀に訂正しながらグラナートはベルフェゴールの執務室に入った。デスク周りよりベッド周りに力が入っていることには突っ込むまい。

「へぇ。グエラの名前は捨てたのか」

 ピクッと眉を跳ねさせてベルフェゴールがグラナートに視線を滑らせた。

「捨ててはいない。だが、今は勇者であるウルラートの響魔だからな」

「…………随分な皮肉だな。お前は思うところはねぇのか」

 どさりとベルフェゴールがデスク側ではなく迷いなくベッドに腰を下ろした。

「………一応俺は客人で、しかも魔王のはずなんだが……」

「はっ。お前相手に今さら何を」

 思うところを正直に吐露したら鼻で笑われた。酷い話である。

「第一。魔王なんてもんは存在しない。それを一番分かっているのはお前だろう」

 グラナートが顔をしかめる。

「やめろ、ベルフェゴール」

「誰も聞いてねぇよ。俺の部屋だぞ、安眠維持のためにも防音は完璧だ」

 理由があまりにもベルフェゴール。

「潮時だ。もういいだろ、グエラ。お前はここまでよく耐えた」

「ベルフェゴール」

 グラナートの視線にベルフェゴールは肩をすくめた。肩をすくめて、グラナートがため息をつくのを眺める。

「わかっている。だが……まだ可能性を捨てきれない」

「甘えんな。捨てきれないんじゃない。捨てたくないだけだろう」

「それでも……!」

 グラナートがさらに言い募るのをベルフェゴールが視線で黙らせる。

「状況証拠が揃ってきている。青い炎を使う鳥魔。それは、本当に鳥魔か?」

 言葉を飲み込む。想定して、打ち消そうとしていた最悪が脳裏を駆け巡る。消えてくれない。

「俺が直に確認して確信するまでは」

「よく言う。めんどくせぇやつだな、相変わらず」

「お前にだけは言われたくない。この部屋、お前の部屋じゃなくてお前の契約者の部屋だろう。なんでこんなにお前仕様なんだ」

 思いっきり話をそらした。分かり易すぎる。

「俺の契約者は勤勉だからな。休む設備を充実させるのが俺の役目だ。勤勉なやつに休息は必要だろ」

「お前が寝たいだけだろう」

「そうとも言う」

 いけしゃあしゃあとベルフェゴールが言い放った。悪びれる様子はない。

「お前という奴は」

「仕事はしている」

 否定できなかった。

「相変わらず、仕事ができるやつだ」

「休息ってのは活動あってこそだからな」

 少し沈黙があって。

「まぁ、神魔大戦のケリをつけるのなら手を貸してやる」

「助かる」

 ベルフェゴールの言葉に、グラナートは短く返した。その言葉を聞くためにわざわざグラナートはここに来た。

「だが、なぜいちいち回る?マモンから伝令が出ている。それで事態は伝わるだろう。俺たちが今更手を引くとでも思っているのか?」

 心外だ、と言わんばかりにベルフェゴールが追撃した。

「手を引くとは思っていない。だが……そうだな。確認したかったのかもしれん」

「確認?」

 ベルフェゴールが聞き返せば、グラナートは自嘲気味に笑った。

「そうだ。俺たちの叛逆が間違っていなかったのだ、と。それを確認したかった。それに、あいつらに見せたかった」

「あの2人か?1人はお前のせいで死んでたけど」

「お、俺のせいじゃない……!確かに忘れてたけど……!美味いぞって勧めたけど……!」

「お前のせいだろ。俺の仕事を増やすな」

 あっという間に黙らせられた。ぐうの音も出ないド正論。

「と、とにかくだ!その……なんだ……えーと……」

「ちゃんと生きてることを確認したかったんだろ。俺たちの領域で俺たちの選択に殉じた結果が今をどう生きているのかを」

 グラナートが執務室の窓から街を見る。マモンの街やアスモデウスの街よりは出歩く人間や魔族は少ない。

 ベンチに座って日向ぼっこをする老人たち。手足に包帯を巻いたり松葉杖をつく怪我人。顔色があまり良くなくても休み休み歩いて、友人と談笑する者。建物の窓から外を見る、ベッドに横たわったままの者。忙しなくバッグを抱えて歩く白衣の者。

「…………休息の街、か」

 この街で生きる者がそこにいる。この街に休息を求めて来た者。安寧を求めて来た者。それを提供する者。

「うちは街って言うには少し特殊だからな。なかなか住人が定着しないのだけは困りものだが」

「いっそ観光でも始めたらどうだ」

「俺の仕事を増やすな。あとうるせぇだろ、それ。患者が寝れなくなる」

 グラナートはどこか満足げに笑う。

「夢の街。愛の街。安寧の街。それぞれの街がちゃんと生きている」

「レヴィアタンのところはこれからか?」

 ベルフェゴールが問えば、グラナートは頷く。

「あぁ、次がベルゼブル、その次がレヴィアタンだな」

 それを聞いて、ベルフェゴールがベッドから立ち上がってグラナートの肩に手を置いた。というか、ガシッと掴んだ。

「なら、レヴィアタンに釘を差しておけ。祭りの時期のあいつのところからの患者が増えすぎだ。ふざけんな」

「そんなことを俺に言われても困るんだが」

 えぇ……と困った顔になるグラナートが一応抗議の声を上げたが、ベルフェゴールはグラナートの肩をつかむ手にさらに力を込めた。

「魔王だろ、なんとかしろ」

 妙な圧がグラナートに迫る。グラナートは抵抗を試みた。当然である。

「おっまえ、こういう時だけ魔王の肩書を利用しやがって……!」

「使えるもんは使う」

 ベルフェゴールは涼しい顔で当然のように言い切った。

「俺は伝書鳩じゃない!」

「似たようなもんだろ。いいな、伝えておけ」

「………………………………………………………」

 不本意を全力で示した沈黙。ささやかな抵抗である。

「返事は」

「…………………くるっぽぅ」

 思わぬ返事にベルフェゴールが爆笑した。抵抗があまりにもささやかすぎる。

「ちゃんと魔王の皮を被っておけよ」

 ヒィヒィ言いながらベルフェゴールが腹を抱えている。ツボったらしい。笑いのツボが浅いやつである。

「やかましい。俺は戻る」

「待て待て。セレスに案内させるから。じゃあな」

 片手で腹を抱えながらも、ベルフェゴールが一息ついて目を閉じた。再び開いた目からは赤が消えている。

「あの……ベルフェゴールがなにか失礼を……」

「え、あ……いや……いつものことだから……」

 さっきまでゲラッゲラ笑っていた顔が今では申し訳なさそうにしている。ギャップがすごい。

「改めまして、お初にお目にかかります、魔王様。今代のベルフェゴールの契約者、セレニティ・アケディアと申します」

 セレス…セレニティ・アケディア。ベルフェゴールと契約する、アケディア領の領主。

「ベルフェゴールが引っ込んだということは、お話は終わりましたでしょうか?」

「まぁ……一応は……」

 歯切れ悪くセレニティの問いを肯定する。くるっぽぅが彼女に聞かれていないかのほうが気になるが、もう気にしても今更なので考えないことにする。

「では、お連れの方のところに案内しますね」

 セレニティが扉を開けて振り返る。

「魔王様」

 後ろに続こうとしたグラナートが首をかしげる。

「我々、七魔の契約者は契約の際にあの神魔大戦の記憶を共有されています。私も見ました。覚えています。ベルフェゴールの目を通して、ベルフェゴールが感じたことを。そして……あなたが、何を決断したのかも」

 グラナートが顔をしかめた。

「余計なことを」

「七魔の中でも、あの大戦はまだ続いてる、ということです」

 グラナートは黙った。黙るしかない。グラナートには、答える言葉がない。

「あなたがお連れの方たちに言い渋る気持ちも分かりますが、希望を言い訳に話すことを拒否するのは、それこそ“怠惰”ですよ」

 沈黙が下りた。重い沈黙。

「魔王様。我々人間は、もうあなたに守っていただかなくても、きっと自分の足で立って歩けるでしょう。七魔の街がこれほど育っているのがその証明。そうは思っていただけませんでしょうか……?」

 眉を下げて困ったようにセレニティがグラナートを見あげる。ほかの誰も言わない、厳しい言葉と寄り添う言葉を選ぶのは彼女の医術士としてのあり方なのかもしれない。

「…………そうだな。そうかもしれない……だが……俺は結構臆病だ。言葉にしたらそれが真実になりそうで、それが怖いだけなのかもしれない」

 グラナートの率直な言葉にセレニティは微笑んだ。

「あなたが怠惰なわけではないようで安心しました。ですが、いずれは話さなければならないでしょう。その心づもりは作っておくべきです」

 セレニティが部屋の外に足を踏み出した。それに続きながら、グラナートは小さく、「分かっている」とだけ呟いた。

 分かっている。状況証拠しかないのに、その状況証拠が整ってきている。真綿で首を絞めるようにじわじわと。

「あと、魔王様ともあろう方が、くるっぽぅ、はいかがなものかと」

 真綿が一気に締まった気がして、グラナートはぐぅっ……と唸り声を漏らした。

 この領地に来てから、唸りっぱなしである。窓から遠くにポチコロタマが日向ぼっこをしながらお昼寝しているのが見えた。

「あ……そうだ、セレニティ」

「はい?」

 セレニティが再び振り返った。

「ベルフェゴールに、ポチコロタマの健康診断をするように伝えておいてくれ」

 一瞬の沈黙。セレニティの瞳が赤くなった。

「俺は獣医じゃねぇ!」

 ベルフェゴールが吠えた。しかし、これにはグラナートも怯まない。

「うるさい!やれ!あの子が病気にでもなったらどうする!」

「お前のところのケルベロスはケルベロスじゃねぇ!どう見ても肥満だろ!!」

「可愛いだろうが!!」

「やかましい!!飯を減らせ!!」

 そんな!とグラナートが信じられないものを見るような目をした。

「あの子たちを飢えさせろというのか!?」

「そこまで言ってねぇよ!!適正量にしろって言ってんだ!」

「適正量だ!1頭分ずつしか与えていない!!」

 ベルフェゴールが固まった。そして心底、アホを見る目が冷たくなった。

「1頭分“ずつ”?」

「そうだとも」

 ベルフェゴールが肺を通り越して腹からため息をつく。

「頭が3つあるだけで体は1つだろうが!!!!」

 魔王、ケルベロス1体に3倍の食事を与えていたことが判明した。

「い、いやそれは確かにそうだが……!!でも減らすとしょんぼりするし可哀想だろ!1頭分を3つに分けたら悲しそうな顔をされたんだ!!!」

「甘やかすな!!!!!!」

 ベルフェゴール渾身のド正論怒号が建物内に響き渡った。

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