セレニティの案内で、ウルラートが運ばれた医療施設にグラナートが到着する。
ウルラートが横になっているベッドの傍でピスティが簡易椅子に座っていた。ウルラートは意外と元気そうで、顔色も良くなっているようだ。
入ってくるセレニティとグラナートに2人分の視線が向く。
「おぉ、ウル。元気そうだな」
「お前な……」
気軽な様子で声をかけてきたグラナートにウルラートは呆れた目を向けた。当然だ。わけ分からん果実を食うよう唆した戦犯である。喜んで食ったので過失は五分五分だが。
「はじめまして。ベルフェゴールの契約者、セレニティ・アケディアと申します。勇者様、お体の調子はいかがですか?」
セレニティが口を開くと、ようやくウルラートとピスティの目がセレニティに向いた。
「あ、お、おう……」
前もって一度、ベルフェゴールにメンチ切られているピスティはぺこりと頭を下げるが、ろくに周りを見ていなかったウルラートはキョトンとした顔をしてから、
「あの、勇者様ってのは辞めてほしいんだけど……俺はウルラート。普通に呼んでくれるとありがたい……かな……」
「はい、分かりました。ではウルラート様。改めてよろしくお願いしますね」
じっと見つめられて、ウルラートは居心地悪そうに目を泳がせた。
「顔色、呼吸は問題ありませんね。では少し失礼します」
セレニティがウルラートの手首を取った。ウルラートがびくっと震える。至近距離の女性に耐性がなさすぎる。そのまま少しの間沈黙が降り、
「………脈拍が少し早いですね。ご気分は?」
完全にバイタルサインの測定である。当たり前だ。
「や、その……も、問題ない、です……」
完全に思春期を拗らせた感じになった。
「そうですか。念のため、もうしばらくはお休みになってから退院という形でお願いしますね」
ピスティとグラナートの呆れた目がウルラートに突き刺さる。ものすごく居心地が悪い。
「では、私はこれで。また何かあったらスタッフに声をかけてくださいね」
セレニティがすっと立ち上がって静かに部屋を出ていった。
何となく気まずい。気まずくはあるのだが。
「おい、グルナ」
「ん?」
「お前、マジで忘れてたのか?」
一番確認したいことをとりあえず確認する。故意かどうかは大事なことである。
「………あぁ、あの実のことか。すっかり忘れていた。悪かったな」
ちょっと考えないと何のことかわからなかったらしい。どうかと思う。しかも全く悪びれない。本当にどうかと思う。
「まぁでも美味かっただろう?」
「美味かったけど!!」
非常に納得いかないが、美味かったものは美味かった。ピスティはなぜか丸め込まれたウルラートに心底呆れながら、刺々しく吐き捨てた。
「とりあえず私から言えることは、どっちも過失アリなのでもうそれに関しては好きにしてください。ですが魔王。明日、ウルラート様が回復次第、全てを話してください」
ピスティの言葉にグラナートが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「まぁ確かに話してほしいとは思うけど……でもピスティ、無理強いは……」
「ウルラート様は甘すぎます!毎回毎回、目的もよくわからないまま七魔領を巡って、各領主の七魔とは密談するのに私たちには何も言わない。この状況はおかしいです!」
鬼気迫るようなピスティの様子に、グラナートはまっすぐ彼女に視線を向ける。
「どうした。ウルが止めればいつも引くのに。今回、ウルがいないからと突っかかってきて、今もウルがいる前で」
「うるさいです!何も言わないあなたが悪いんですから!」
ヒートアップして抑えが利かなくなったのか、珍しくピスティが声を荒げる。
「私たちが信仰する光の女神様は魔物は悪だと教えてくださっていますし、私はずっとそれを信じています!今だって!ウルラート様が言うから矛を収めてきましたが、あなたがそんな態度ではこちらも限界です!」
「お、おいピスティ……」
ウルラートが割って入ろうとしても、ピスティは止まらない。
「何も言わないのは、あなたに後ろ暗いことがあるからではないのですか!」
グラナートが今度こそ目を逸らさずにピスティを見た。
「後ろ暗いことはない。だが……俺の態度が不審に映ることはわかっている」
「だったら…!」
さらに言い募るピスティに、グラナートが首を振る。
「知らないほうが幸せなこともある」
ピスティが口元を引き結び、グラナートを睨みつけた。
「そればっかり。少しはまともな問答ができないんですか」
立ち上がり、バタバタと乱暴な足取りでピスティが出ていく。それをウルラートとグラナートはただ見送るしかできなかった。
「………で?」
「……………何が何でも黙っておくつもりはない。だが……知らずに済むならそれがいいはずだ」
「そう思ってるのは、たぶんお前だけだけどな」
グラナートは言い返す言葉は持たない。それでも何かを言い返そうとして、そのままため息をついた。
「魔王には言う権利がないとかお前は言うし、勇者だから魔王を、とか王様とか皆は言ってたけど、俺はぶっちゃけ、そんなのどうでもいいんだよな」
そんなグラナートを見て、ウルラートはそうこぼした。
「どうでもいい?」
「絵本の中の光の女神や勇者だって、俺は信じちゃいないし」
嘘つき。幼い声がふと蘇った。
「だって、誰も守ってなんかくれないんだから」
グラナートが目を見開き、目の前の今代勇者を見つめる。
「だから、俺はそんな伝説より目の前のお前を信じるし、お前が話してくれるのを待つ」
グラナートがピスティ相手の時とは違う意味で言葉を出せないでいると、ウルラートが笑った。
「それはそれとして、次に忘れてたとか言って変なもん食わせたら殴るからな」
変なもんじゃなければ食うのかもしれない。グラナートは思わず吹き出した。
1人早足で街中を歩くピスティ。
その表情は強張ってはいるが、どちらかと言うと泣きそうに歪んでいた。
先に宿でも取っていれば閉じこもれただろうに、ウルラートが変なもん拾い食いして断末魔をあげていたせいで宿もまだ取っていない。
だからピスティは人通りがより少ない方に向かって歩く。誰にも会いたくない、その一心で。
(どうして……)
静かで整然とした街。人間と魔族が共生する街。
(だって、私はずっと……)
ずっと信じていた。魔族とは脅威である。光の女神の意に反した、人間に仇なす者。響魔だけは、光の女神の導きのもとで人間のそばにいることを許された存在である。
「どうして……」
マモン領で守られるべき子どもが自分の意思でマモンを欲していた。アスモデウス領では子どもたちが同じ立場でボールの取り合いをして喧嘩をし、謝り合って和解していた。
それを見て、「どうして…」と自分の口から零れ落ちた。
「違う……」
まるで、魔族が人間を虐げていないことが間違いであるかのように認識してしまった。
「私はずっと……光の女神様の教えを信じてきたのに……」
ピスティが立ち止まった。大きな木がピスティを迎え入れるように大きく枝葉を広げている。
「ペルル……」
珍しく。本当に珍しく、ピスティはペルルを呼んだ。ピスティの影から白蛇が翼をはためかせて出てくる。
「私が間違ってるの……?」
木の陰に座り込んで俯くピスティの額にペルルの額が合わさった。
「光の女神様を信じることが間違っているわけじゃない。でも、何も間違わない人間もいない」
「私、間違ってるの……?」
光の女神を信仰し、教えに従うことが正しいことだと思って生きてきた。だから魔物は悪しきものだと思ってきた。だから、自身の響魔であるペルルにも向き合ってこなかった。
「………私たち魔族も、感情を持って生きている。だから、あなたが私を呼んでくれたのが嬉しい」
呼ばれなかったことが悲しかったのだと、暗に言っている。だから今が嬉しいのだと。
「私たちも、生きてるの」
ピクッとピスティの肩が跳ねる。
「あなたの目の前にいなくても、私たち魔族もこの世界を生きてるの」
だから。
「魔族だから悪、じゃなくて、あなたの目で見たことを信じて。その上であなたが魔族を悪だと認識しても、私はあなたの中にいる」
でもそれは、光の女神の教義に背くことになる。
「………分からない。だって私は……」
顔を上げないピスティの小指にペルルの白い尻尾が絡む。
「大丈夫よ。だってあなたは今、私を呼んでくれた。言葉を聞いてくれた。だから大丈夫。分からないことを分からないと受け入れたんだもの」