殴る勇者と斬る魔王   作:輝波斗

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28.嘘つき

 ウルラートとピスティがウルラートとグラナートが泊まっている部屋で向かい合う。

「あの……不躾な質問であった自覚はありますので、無理にとは……」

 ピスティが視線を彷徨わせながら気まずそうに呟いた。

「いや、別に……」

 勇者として選ばれながら、魔王を受け入れ、何も言わない魔王を信用しているウルラート。大なり小なり、光の女神の教えは人間には浸透しているはずだ。

 絵本として、伝承として、様々な形で人間領にその話は残されている。

 だからこそ、ピスティはずっと疑問に思っていた。

 目の前で苦笑いを浮かべている勇者は、よく分からない。よく分からないものは異質だ。それは神の教えを、自分の常識を逸脱したものだから。

「あー……まぁなんだ……ぶっちゃけ、俺は神魔大戦も光の女神も勇者も魔王も、そもそもまっっったく興味ねぇからさ」

 だって昔のことだし。

 ウルラートの言葉に、ピスティは何を言われているのかよく分からないといった顔をする。

「だってそんなもん、本当にあったかどうかも今の俺達じゃ確かめようがないし。絵本は絵本。伝説は伝説。気にしても仕方ないっていうか」

「そんな!この世界を、私たち人間を生み出してくださった光の女神様を……それに、勇者は光の女神様に望まれて選ばれるもので……!」

 ウルラートは心底困った顔をする。

「光の女神様は、この世界と人間を守るために魔物と戦って……凶暴で恐ろしい……魔族と……」

 勢いのままに喋っていたピスティの語気が弱くなっていく。

 だって、最も恐ろしく忌まわしいとされた七魔にさえ、悪意を持って襲われたことなどない。

「………あのさ、ピスティ。ちょっと昔話するから、聞いてくれないか」

 珍しくウルラートが言葉を選んでいる。困った顔はそのまま。

「俺さ、ガキの頃に親が死んでるんだ」

 ピスティの口が、脳が思考するより先に動いた。

「それは、まさか魔族に……?」

 ウルラートは苦笑して首を横に振った。

「俺の親は、人間に殺された。魔族じゃない」

 ウルラートの告白にピスティが凍りつく。だって、人間は善良な種族だ。

「うそ……だって、光の女神様は……」

 魔族こそが恐ろしい存在であると。そう教えていたはずだ。

 もちろん、人間全てが善良なわけではない。悪人もいる。分かっている。でも、それでも。

「な、何かの間違いでは……?そうだ、きっと魔族が人間のふりをして……」

「結構田舎で生活に余裕がないとこだったから、親をなくした俺を憐れむ人間はいたけど、拾ってくれる奴はいなかった」

 ピスティのすがるような言葉を無視してウルラートは続けた。

「そんな俺を唯一、拾って育ててくれたのは、エルフだ」

 ウルラートは人間に親を殺されて、魔族に育てられた。光の女神が授けた勇者の剣に選ばれた人間が。

 その事実は、ピスティの価値観と信仰を真っ向から殴りつけてくる。

「そんな……だって……」

「それに、勇者なんかに選ばれるほど、俺って綺麗な人間じゃねぇんだよ。だって、俺は復讐するために戦い方を学んだんだから」

 困ったような顔のまま、ウルラートは表情から笑みを消した。

「ガキだった俺からしたら、魔族なんかよりよっぽど怖かったし、化け物に見えた。エルフに拾われてから、あいつを殺してやるって思いながら戦い方を教えてもらった」

 淡々と、表情のない声音で言葉が紡がれていく。それが逆に、当時の恐怖を表しているようにすら感じる。

「だから、殺しに行ったんだ」

 ピスティの目が見開かれる。冷たいものが背中を滑っていくような、指先から冷たくなるような、そんな衝撃だった。

「普通のおっさんだった。俺と同じくらいの娘がいて。その娘が病気だったんだと。薬代が必要だったって。頭を地面に擦り付けてた。娘の病気が治るのを見届けて、自首するつもりだったらしい。俺がおっさんのところに行ったのは、その直前」

 殺せなかったよな。

 ウルラートが苦笑する。凍りついた感情の温度が戻ってきたようだった。

「親が殺されたとき、俺は思ったんだよ。神様も勇者も、俺や俺の家族を助けてなんてくれなかった」

 うそつき。

 幼い声が耳に蘇る。

「誰も、守ってなんかくれなかった」

 所詮、絵本は絵本。伝説は伝説。

「さすがに今はガキの八つ当たりだったってのは分かってるけどな。でも、光の女神や勇者に救いを求めるのは意味がないって、あの時に思った」

 だから。

「だから俺は、せっかく腕っぷしは強くなったし、戦える仕事に就いて、守る側になれば少しは気が晴れると思ったんだ。ついでに、金を稼げれば貧しさを理由に起こることを少しは止められるかもしれないし」

 勇者なんてどうでもいい。興味がない。その態度は、ウルラートの中で一貫している。

 『人間も魔物もいろんな奴がいるさ。それに、いざとなった時、人間だって非情になれる。俺はたまたま、それを他の奴より知ってるだけだよ』

 マンティコアと人間の間に生まれた双子と対峙したときに、ウルラートが言った言葉がピスティの胸を刺す。

『その“いざ”の基準が人間の方が不安定だってことも』

 ぼそりとそう付け加えたウルラートの、あの時の表情も鮮明に思い出せた。

「魔族だから、で排除を認めたら、俺を拾ってくれたエルフも排除しないといけなくなるだろ。それは嫌だな、って思う」

 ピスティは何も言えなかった。何かを言い返せるほど強烈な体験もない。七魔の街を見てきた今、感情で言い返すこともできない。

「だから、俺はこれからも光の女神を信仰しないし勇者なんてどうでもいいし、グルナは魔王じゃなくて、俺と契約した響魔だ」

 ウルラートの態度は揺らがない。言葉が弱くなることもない。それはウルラートが自分の中で伝説の位置付けを定めてしまっているからこそ。

「………私は、幼い頃から神官としての教育を受けてきました。箱庭のように限られた場所で限られた人とだけ関わって。俗世に染まっては神に仕えるものとして正しい判断、立ち振舞ができないのだと」

 神という絶対的な指標があるからこそ、個々人でズレる価値観をできるだけ統一しなければならない。

「だから、私は……」

 信じてきたものと、目で見て知ったことが相反し、ピスティは言葉を探せないでいた。

「別に神を信じるのはいいと思うけど、目の前の現実から目をそらしてまで信じなきゃいけねぇの?」

 神様は、俺たちを救ってはくれないのに。

「…………すみません、少し……頭を冷やします」

 考えがまとまらない。言うべき言葉を見つけられない。言いたいことが何だったのかさえ、分からない。

 ピスティはそれだけ絞り出して立ち上がり、部屋を出た。

 

 ピスティは一人で部屋に引きこもっている。

(どうして……どうして……)

 頭の中をぐるぐるとそればかりが渦巻く。

 顔色の悪いピスティがベッドに体を投げ出して、思考を放棄しようとしてはまたぐるぐると考えてしまう。それを繰り返していた。

(光の女神様は、私たちやこの世界を生み出してくださった方で……魔族から私たちを守るためにかつての勇者様と共に魔王と戦った方なのに)

 信じてきたもの、学んできたものが、これまでの人生の中心にあったものが揺らいでいる。

「私たちが信じてきたものは……間違っていたの……?」

 そればかりが頭の中を埋め尽くし、やがてピスティはそのまま眠ってしまったようだ。ペルルがピスティの傍に寄り添い、その寝顔を見ている。

「ピスティ」

 契約者の名を呼ぶ。その感情は、ペルルにしか分からない。

「いつか、きっと」

 

 

 闇の中で漂うような感覚を知覚する。闇の向こうで、輪郭のはっきりしない光が立っていた。立っている、とピスティは認識した。

「私の愛しい、可愛い子」

 優しげな女性の声が、その光から発せられる。安心感を誘う、どこか懐かしい声。

 その声に誘われるように、ピスティは足を踏み出す。光が、頬に触れる。

「可愛い子。あなたはあなたの信じるべきものを信じなさい。あなたは間違ってなどいないのだから」

 その光は暖かい。その光は優しい。

 その光に縋る。

「私は……」

 

 目を覚ましたピスティは、ベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた。

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