「…………夢……?」
いつの間にか眠っていたピスティが体を起こす。
とても温かい夢だった。とても優しい夢だった。
「私が信じるもの……」
「ピスティ?」
ペルルがピスティを見上げる。
「………………」
ピスティの目は考え込むように1点を見つめて動かない。
「私は……私は間違ってなんかいない……」
冷たい声だった。ペルルが驚いたように翼をはためかせた。
「だって光の女神様は……」
「ピスティ……?」
ペルルの声にハッとしたように視線を彷徨わせ、ピスティの目がペルルを捉える。
「私は……光の女神様の教えは間違ってなんかいない」
ペルルは、そのピスティの目をまっすぐに見つめ返した。
「…………あなたは、それを自分で決めたの?」
ペルルの問にピスティが揺れる。
「あなたが自分で決めたのなら」
ペルルは黙って寄り添う。今までと何も変わらない。
「ペルル……私は……」
ペルルの真珠のような鱗は、触れれば冷たい。その冷たさは、自分を害するものだろうか。自分を拒むものだろうか。
「…………でも、光の女神様が……」
「ピスティ。私はそれを否定しない。でも、あなたの言葉を聞くし、あなたの選択を受け入れる」
ペルルの言葉は、痛い。
ただ寄り添う。ただ受け入れる。今のピスティにはできないことだから。
じわり、とピスティの瞳に涙が滲んだ。
カァンッ!と高い音が鳴り響いたのは、それから間もなく。
街がざわめく。白衣を着たスタッフたちが種族関係なく慌ただしく駆け回っている。
「何……?」
窓を開けると、大きな声が聞こえてきた。
「道開けろ!急患!」
「中等度の熱傷!外傷多数!」
「人数確認!」
複数人の怪我人が運ばれてきたらしいことが察せられた。
部屋を出れば、ウルラートとグラナートはすでに外に出ていたようで、スタッフの指示に従って治療に参加していた。
「ピスティ!手伝ってくれ!」
ピスティを見つけたウルラートが一瞬の迷いもなく声を張る。
「はい!」
ピスティの足が力強く地面を蹴った。
「光の女神の慈悲を」
ここしばらく日の目を見なかったピスティの光魔法。太陽の光、月の光、火の光、そういったそこにある光を集めて魔法に変換するのがピスティのやり方だ。
光を集めて束ね、編み、治癒の魔法を駆使する。
十数人、人間も魔族も種族問わず続々と運ばれてくる。
火傷のような傷の中にミミズ腫れが走る傷跡。
「雷……?」
炎魔法と雷魔法を併用した攻撃を受けたような傷にしても、違和感があった。その違和感は、他のスタッフたちにも感じられたのか、ざわめきが深刻さを増している。
「………魔王様」
騒ぎの間を縫って、セレニティが姿を現した。すでに治療に当たっていたのか、どこか疲れた様子ではあるが、その視線は険しさを帯びている。
「少しよろしいですか」
「………分かった」
2人が少しだけ離れて小声で会話を交わす。
耳をそばだてても、周りのざわめきと目の前の患者の治療でかろうじて断片的にしか聞き取れない。
それでも、一言だけははっきり聞こえた。
「青い炎が」
まただ。またそのワード。
セレニティもグラナートも険しい顔で話し込んでいる。
そしてセレニティが、怪我人たちが運ばれてきた方角を見て何かを言うと、グラナートが頷いてこちらに戻ってきた。
「ウル、ピスティ、俺は少し出てくる」
この期に及んで、と、ピスティの目が怒りと敵意でカッと見開かれた。
「こんな時に何を…!」
「グルナ、いい加減にしろ」
ピスティの怒りを遮ったのは、険しい顔をしたウルラートだった。意外だったのか、グラナートさえも動きを止める。
「俺たち相手に魔王としての権限を振るうのは筋違いだろう。お前は俺の響魔だ。ここまで好きにさせてやったのに、その上で単独行動は調子に乗りすぎだ」
ウルラートの線引き。グラナートが、魔王として話せること話せないことがあることには理解を示す。だが、これは話が違う。
「ここを離れるなら、俺とピスティも連れて行け」
魔王の言うことを全て飲み込んでやる義理などないのだから。
「人間ごときが魔王の行動を制約するのか」
セレニティの瞳が赤い。
「ベルフェゴール」
威圧的な赤い瞳。穏やかなセレニティとは雰囲気から言葉の圧から全てが違う。思わずビクリと肩を揺らしたウルラートだったが、すぐに気を取り直してベルフェゴールを見据える。
「人間ごときじゃねぇ。俺勇者だし。第一、俺は魔王に話しかけたことなんか一回もねぇよ。俺が喋ってんのは、俺と契約したグルナだ」
セレニティの赤い目が、へぇ、と細められる。
「言うじゃねぇの」
「言うに決まってんだろ」
睨み合う。ここにきて初めて、勇者vs七魔という、とても正しい構図が生まれていた。遅い。
ニヤリ、と、ベルフェゴールが嗤った。
「よし」
閉じた目が再び開くと、セレニティの瞳から赤みが消えていた。
「じゃ、魔王様」
セレニティが微笑んで片手を振る。
「3人とも、怪我に気をつけて。いってらっしゃい」
ウルラートがぽかんとする。グラナートは、「え」と声を漏らした。
「い、今のは止めてくれるところではないのか!?俺に任せて先に行け的な」
実にやかましい。
「えぇ。ですから、この場は私とベルフェゴールに任せて、どうぞ3人で行ってきてください」
あれぇ???という顔で首を傾げるグラナートとウルラート。思っていたのと違う。
「し、しかしだな……」
「しかしもお菓子もありませんとつい先日言いましたが?」
強い。というか、魔王が弱い。
セレニティ、ウルラート、ピスティ、3方から睨まれて、魔王は戦略的後退を決めた。
「………仕方ない。行くぞ」
「こちらのことはお気になさらず」
セレニティの言葉にため息をついて、グラナートはゴソゴソと懐を探る。
再び取り出された犬笛に、セレニティの中でベルフェゴールは心底呆れた顔をしていたのは誰も知らない余談である。
グラナートが吹いた犬笛に呼応したポチコロタマの遠吠え……ではなく、「わんっ!」という元気なお返事が聞こえたあたりで、ベルフェゴールは考えることをやめた。
ケルベロスに乗って去っていく3人を見送って、セレニティはベルフェゴールと共に患者の傷に向き直る。
再び目を赤くしたセレニティの口でベルフェゴールが吐き捨てた。
「こりゃ本格的にダメだな。賭けは負けだろ、ここまで来たら」
舌打ち交じりに、ベルフェゴールとセレニティは怪我人たちの対応にあたり始めたのだった。