「ここか」
ポチ、コロ、タマが警戒しながら進んでいく。その背中で、グラナートは地面に散らばり、焼け焦げた残骸を見下ろした。
残骸を見るに、彼らは商隊だったようだ。車も荷ももう使い物にはならない。
「ひっでぇな、これ」
「やはり、魔物でしょうか……」
ウルラートとピスティも眉をひそめて惨状を見下ろした。
「で、グルナ。青い炎ってのは?」
ピスティだけでなく、ウルラートもその単語を拾っていたらしい。
グラナートは周囲をキョロキョロと見回し、何かを探している。そして時折空を見上げる。
空に何かを探している、というより、空を警戒しているような目である気がした。
やがてグラナートの目が、へし折れた木に向く。
それなりに太さのある木が、内側から爆ぜており、その傷の周囲が焼け焦げている。木の奥に、かろうじて残った残火がチラチラと揺れる。
「…………ぁぁ……」
青い炎が銀色の火の粉を散らして。
手を伸ばして、その残火を握りつぶす。
「………どっちだ……」
残火を握りつぶした手を見つめて、呟く。
「戻ってきたのは、どっちだ」
そのまま立ち尽くすグラナートに声をかけるかどうか。ウルラートは一瞬迷って、
「一人でシリアスしてんじゃねー、よ!」
ケツを蹴っ飛ばすことにした。なかなかいい角度で蹴り上げられて、グラナートがケツを押さえる。やめろ。
「痛いだろうが!」
「痛くしたんだよ!お前1人で状況理解しやがって!俺ら!置いてけぼり!!」
そのとおりである。これは蹴られても仕方ない。
「ぅ……それはそうかもしれんが……何も蹴らなくても……」
「うるせぇ!」
シリアスは短い命であった。可哀想に。
しかし、ケツを押さえていたグラナートの掌が焼けているのが目に入ると、さすがのウルラートも口をつぐんだ。
「ピスティ」
「………仕方ないですね」
渋々とピスティがグラナートの手を取ろうとした。その瞬間、後ろでおとなしくキョロキョロしていたポチコロタマが唸り声を上げるのと、グラナートがピスティを払いのけるのがほぼ同時だった。
轟音と激震。
ウルラートとピスティの視界が一瞬真っ青に染まった。
とっさに体が動いたウルラートがピスティに覆いかぶさり、グラナートを見上げる。
噴き付ける青と銀が一瞬なんなのか分からなかった。その青と銀をグラナートが防いでいた。3人とポチコロタマを中心に、半球状の壁がそそり立つ。
「結界魔法……?」
この魔王、ちゃんと魔法使えたのか。そんな場違いな感想が頭をよぎった。
連弾で地面を抉る青と銀の向こうで、ばさり、と、何かが大きく羽ばたく音。グラナートの視界の端に白い翼が一瞬映った。
青と銀の炎が周囲を舐め、抉れた地面だけが残される。
地面に残る青と銀の炎と、それによって抉られた地面をじっと見つめるグラナート。
「フィアト……」
吐き捨てるように小声で呟く。
その声は、どこか寂しそうにも聞こえた。
「今のは……」
「噂に聞く、鳥魔でしょうか。明確に攻撃してくるだなんて……」
ウルラートはグラナートを、ピスティは空を見つめる。
「グルナ。そろそろ説明してくれるよな?」
グラナートの視線がちらりとウルラートを捉え、そして彷徨うように逸らされた。
「…………なんでそんなに頑なに話さないんだよ。そんなに俺たちが信用できないのか」
「違う。それだけは違う」
間髪入れずに否定する。それでも、グラナートの口は重かった。
「……………数千年。神魔大戦からずっと、誰にも話さずに済んできた。話さずに済むならそれが一番いいはずなんだ……」
グラナートはまた同じことを呟く。
だがもはやそれは、駄々っ子と同じようなものではないかと思い始めていた。
「それは何度も聞いた。その話が広がるのが嫌なんだろ。だったら、俺達も黙っておく。そもそも、ベラベラ喋る相手もいないんだ。だから」
「ウルラート様。対応が優しすぎるのではありませんか?」
ウルラートの説得を遮るように、ピスティが冷たく言い放った。
「やはり魔王は魔王。信用なんてするべきではないのです」
私は間違っていない。
「魔王と七魔を討伐し、もっと踏み込んだ調査をするべきです」
信じたいものを。
「勇者ウルラート様。あなたなら」
「ピスティ」
ウルラートに名前を呼ばれて、ハッとする。
「どうしたんだ」
ピスティは黙って俯いた。
「……………私は……間違ってなんか……だって、光の女神様が……私は間違ってないって……」
「なんだと?」
グラナートが鋭い目でピスティを見つめた。
「どういう意味だ」
グラナートの詰問に、ピスティは目を伏せる。
「夢に……あれはきっと、光の女神様の啓示です。私は間違っていない。信じたいものを信じていいのだと」
光の女神の啓示。そう聞いた途端に、グラナートの顔色が変わる。
「それは、本当に光の女神か?姿は見たのか」
ピスティは小さく首を振る。
「光の方から、女性の声がして……すごく優しくて温かい声でした。あれはきっと、光の女神様です」
女性の声。それを聞いて、グラナートの目が見開かれ、希望を見つけたかのように力を得る。
「女の声だったんだな?」
ピスティは頷く。
「なら、まだ……もう少し、もう少し待ってくれ。もしかしたら……俺の推測は外れているのかもしれん。外れているのなら、俺の考えすぎなら、余計なことを言ってもお前たちを混乱させるだけだ」
だから、もう少し待ってくれ。
その重さが、ウルラートとピスティの口を閉ざさせた。
「…………じゃあ、話を変える」
「なんだ」
ウルラートが自分たちを中心にぐるっと周りを見る。
「お前、ちゃんと魔法使えたんだな」
グラナートが目を泳がせた。
「あ、当たり前だろう」
「火魔法も使えなかったのに」
ピスティがボソリと便乗する。
「使えるのはいいけど……なんだこれ。お前が張った結界魔法のせいで円形に地面が抉れてんだけど?砂の上に皿かなんかを落としたみたいになってるけど?」
うぐ、と、グラナートは苦い顔をして周りを見る。
残火は消え、無残に抉れた地面を見る。青い炎の連弾でボコボコと穴を空けられた痕跡とは別に、ウルラートたちを中心に円を書くように地面が抉れている。
「………………そ、それは、だな」
なんとか言葉をひねり出そうとして目が泳いだ。
そのタイミングで、ぽんっとシェルムが現れた。ピンクボール蝙蝠ではなく、今回は人型だ。
「魔王様!大丈夫ですか!?」
「シェルム……!?なんでここに」
「魔王様がめっっっずらしく魔法を使ったようでしたので確認に」
シェルムがそう言って周りを見回す。
「……………今回は地形は変わってませんね」
そう評価を下す。
「え、グルナが魔法使ったから、心配して見に来たんだよな?」
ウルラートが確認すると。
「はい。また地形が変わったのかと」
「え、そこ?」
ウルラートが言うのとグラナートが視線をそらすのがほぼ同時。
「魔王様、昔から言ってますよね?魔法のコントロールをもっと練習してくださいって。なんですか、この結界魔法の痕跡普通は結界魔法使ってもこうはなりませんからね?知ってますよね?」
「うぐぅ……」
グラナートが心なしか小さくなっている。
「まったく……魔王ともあろう方が0か100しかないだなんて……」
え?とウルラートとピスティがグラナートとシェルムを見る。
「じゃあ、火を起こせなかったのって」
「魔王様は、魔力のコントロールが苦手で。だから、火魔法なんて使ったら周囲を巻き込んで大炎上中します」
「移動に転移魔法とかないのか、って……」
「転移魔法なんて使ったら着地点に叩きつけられますよ。本人だけなら大丈夫ですけど」
えぇ……とドン引きの視線を向ける。
魔王のくせに魔法がまともに使えないとは。
「…………仕方ないだろ……」
「仕方なくありません。剣のほうが得意だから、書類が、執務が、で放置してきたツケです」
ド正論クリティカルヒットである。魔王は反論できない。
「まぁとにかく、地形もあなたたちも無事みたいなので良かったです。まったく……このあたりの復旧はやっておきますから」
しょぼんとグラナートはさらに小さくなる。だがよく考えなくても、グラナートは悪くない。ただただ自分たちを守っただけである。
「魔法のコントロール、練習しような」
「身体強化一択しか使えんお前に言われたくない」