ベルフェゴール領に戻ると、雰囲気は多少落ち着きを取り戻しているようで、医療施設はまだばたついているものの、往来は静かだ。
その静かな往来の手前。門の前でセレニティが待っていた。
「おかえりなさい」
セレニティの応対に、ポチコロタマから3人がおり、中に入る。
「セレニティ。ベルフェゴールと話がある。ウル、ピスティ、荷物をまとめておいてくれ。すぐに出る」
それだけ言い残して、呼び止める間もなくセレニティとグラナートはさっさと行ってしまう。
「………なんだあいつ。隠し事は今さらだけど」
「ウルラート様、いつまであの魔王に猶予を与えられるつもりですか?」
ピスティの厳しい言葉にウルラートは、うーん、と唸って空を見上げた。
「そろそろ問い詰めるか……あんまり問い詰めるってしたくないんだけどなぁ……」
「詰問に気が進まない気持ちは分かりますけど……」
ウルラートもため息をつく。
「ま、問い詰められるまで黙ってたあいつが悪いってことで」
「そうですね」
開き直った。時として開き直りも大事である。仕方ない。
「で?」
執務室に入って振り返ったセレニティの目はすでに赤い。
「雷撃を伴う青い炎、そうだな?」
確認の中に、どこか追い詰めるような色を乗せてベルフェゴールが、ほらな?とばかりにため息をついた。
「………だが、奴ではなかった。なら、配下の暴走の可能性も……」
「グエラ」
言い聞かせるようなベルフェゴールの声音にグラナートも口を閉ざした。
「最悪を想定すべきだろう。あいつが戻ってくるのはあくまで理想だ。叶うとは限らない。執着するのはやめろ」
グラナートは黙って俯く。
「……神魔大戦からの時間を費やし続けたのに……」
「グラナート。てめえがそれを選んだんだろうが。ルシフェルはお前が魔王になることを反対した。俺も気は乗らなかった。それでもそれを説き伏せたのは誰だ?何のためだ?」
グエラではなくグラナート。過去と今。それをベルフェゴールは明確に区別して叩きつけて、
「バカなことばっかり言ってねぇで、さっさと荷物をまとめろ。ベルゼブルのとこに行くんだろうが」
無慈悲に蹴り出した。
「何も蹴ることないだろう!」
「やかましい、俺は寝る。女々しいんだよ、とっとと行け」
「無慈悲!!!!」
「はいはい。じゃあな」
バタン、と、めんどくさ気な声を挟み込んで執務室の扉は閉じられたのだった。
追い出されたグラナートはぐるぐると考えながらウルラートとピスティが荷物をまとめているだろう部屋に向かう。門の向こうでポチコロタマが欠伸をしているのが見えた。うん、可愛い。もうそれでいっかな、と考えることをやめたくなるが、残念ながらそうもいかない。
「おい、ウル、ピスティ。行けるか」
ガチャリと部屋の扉を開くと、中から、「遅い!」と文句と一緒に宿備え付けのクッションが飛んできた。完全に無警戒だったグラナートの顔面にクリティカルヒット。
「なにをする!」
「なにをする!じゃねぇよ、戻ってくんのが遅い」
「急ぐような雰囲気を出しておいて、いつ戻るとかも言わずにしれっと離れるのはどうかと思いますが」
ド正論である。相変わらず報連相ができない。茹でられろ。
「ぅ……それはすまん……」
素直でよろしい。
「荷物はまとめたし、行くか?次はベルゼブルだろ」
三者三様に荷物を持って門に向かう。
門のところには、セレニティが立っていた。
「見送りが私ですみません。ベルフェゴールは寝てしまったので」
苦笑するセレニティに、グラナートは肩をすくめた。
「寝ると言っていたしな。やつらしいといえばらしい」
「ベルゼブルのところまでは少しかかります。お気をつけて」
たったそれだけのあっさりした別れを済ませて、ポチコロタマに乗る。ウルラートやピスティももう慣れたものだ。ピスティは相変わらずのちょっと微妙な顔はするが、ふわふわもふもふは嫌いじゃない。おひさまの匂いとかする。ケルベロスなのに。洞窟とかダンジョンにいろ。
ケルベロスの小走り程度の速度で駆ける。
青い空に雲が流れ、風が足元の草をサワサワと揺らして、青い炎だの怪我人だの、そういう物騒な現実が現実味を失っていくような気すらした。
「グルナ。そろそろ少しくらい話せよな。あの青い炎、お前が知ってること。何を隠してんだ」
詰問する、と言っていた割には、まだ言葉は柔らかい。詰問ではないが、それでももう引かないという声音でもあった。
「…………そう、だな……」
難しい顔で考え込むグラナート。どこまで、どう話すのか。それを考えていることは明白だ。
「何も話さないのは、俺のワガママでもある。だから、そのワガママの範疇のことなら話そう。だが、話せないことはまだ話せない。それでもいいか?」
とうとう、グラナートの口からその決断が出た。
「とりあえず今はそれでいい。な、ピスティ」
ウルラートがピスティを振り返ると、ピスティも少し不満げではあるが、頷く。
「すまんな」
さて、何を話すか。ケルベロスに揺られて、太陽の光の中で。
「俺達が警戒してるのは、神魔大戦で封じた存在の復活だ」
絵本でも出てくる、神と勇者、そして魔王、その三者の戦い。
「神魔大戦で封じられた、ということは、先代魔王、ということですか?」
戦いの末に、世界を滅ぼそうとした魔王は封印された。何百回もその物語に触れながら育つ、一種の常識のような、ありきたりといえばありきたりな英雄譚。
「魔王……まぁ、そう考えてもらって構わない」
曖昧な返答だが、同じにされたくないと思っているのかもしれないし、もっと違う理由なのかもしれない。今重要なのはそこではない。
「青い炎が雷撃を伴って銀色の火の粉を散らす。あの炎は、そいつとその眷属しか使えないものだ。今回遭遇したのは眷属のほうだな」
「その、先代魔王が復活した、ってこと、だよな?」
ウルラートの確認にグラナートは否定も肯定もしない。
「復活に向かっているのか、復活したのかはわからん。だが、やつを封じた禁忌地の周辺で異変が確認されている。遅かれ早かれ、だろうな」
「なぜもっと早く言わなかったのですか。緊急事態のことです、もっと早く……」
ピスティが責めるように詰め寄った。
「俺のワガママだ。すべてを知らずに済むならそれが一番いい。だが、事態がここまで進んでしまった以上は、このくらいなら話せる」
グラナートが深く息をついた。
「やつの名は、“アオス=シュテルベン”。破滅の名を関する者だ」