殴る勇者と斬る魔王   作:輝波斗

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32.破滅の名

ベルフェゴール領に戻ると、雰囲気は多少落ち着きを取り戻しているようで、医療施設はまだばたついているものの、往来は静かだ。

 その静かな往来の手前。門の前でセレニティが待っていた。

「おかえりなさい」

 セレニティの応対に、ポチコロタマから3人がおり、中に入る。

「セレニティ。ベルフェゴールと話がある。ウル、ピスティ、荷物をまとめておいてくれ。すぐに出る」

 それだけ言い残して、呼び止める間もなくセレニティとグラナートはさっさと行ってしまう。

「………なんだあいつ。隠し事は今さらだけど」

「ウルラート様、いつまであの魔王に猶予を与えられるつもりですか?」

 ピスティの厳しい言葉にウルラートは、うーん、と唸って空を見上げた。

「そろそろ問い詰めるか……あんまり問い詰めるってしたくないんだけどなぁ……」

「詰問に気が進まない気持ちは分かりますけど……」

 ウルラートもため息をつく。

「ま、問い詰められるまで黙ってたあいつが悪いってことで」

「そうですね」

 開き直った。時として開き直りも大事である。仕方ない。

 

 

「で?」

 執務室に入って振り返ったセレニティの目はすでに赤い。

「雷撃を伴う青い炎、そうだな?」

 確認の中に、どこか追い詰めるような色を乗せてベルフェゴールが、ほらな?とばかりにため息をついた。

「………だが、奴ではなかった。なら、配下の暴走の可能性も……」

「グエラ」

 言い聞かせるようなベルフェゴールの声音にグラナートも口を閉ざした。

「最悪を想定すべきだろう。あいつが戻ってくるのはあくまで理想だ。叶うとは限らない。執着するのはやめろ」

 グラナートは黙って俯く。

「……神魔大戦からの時間を費やし続けたのに……」

「グラナート。てめえがそれを選んだんだろうが。ルシフェルはお前が魔王になることを反対した。俺も気は乗らなかった。それでもそれを説き伏せたのは誰だ?何のためだ?」

 グエラではなくグラナート。過去と今。それをベルフェゴールは明確に区別して叩きつけて、

「バカなことばっかり言ってねぇで、さっさと荷物をまとめろ。ベルゼブルのとこに行くんだろうが」

 無慈悲に蹴り出した。

「何も蹴ることないだろう!」

「やかましい、俺は寝る。女々しいんだよ、とっとと行け」

「無慈悲!!!!」

「はいはい。じゃあな」

 バタン、と、めんどくさ気な声を挟み込んで執務室の扉は閉じられたのだった。

 

 

 追い出されたグラナートはぐるぐると考えながらウルラートとピスティが荷物をまとめているだろう部屋に向かう。門の向こうでポチコロタマが欠伸をしているのが見えた。うん、可愛い。もうそれでいっかな、と考えることをやめたくなるが、残念ながらそうもいかない。

「おい、ウル、ピスティ。行けるか」

 ガチャリと部屋の扉を開くと、中から、「遅い!」と文句と一緒に宿備え付けのクッションが飛んできた。完全に無警戒だったグラナートの顔面にクリティカルヒット。

「なにをする!」

「なにをする!じゃねぇよ、戻ってくんのが遅い」

「急ぐような雰囲気を出しておいて、いつ戻るとかも言わずにしれっと離れるのはどうかと思いますが」

 ド正論である。相変わらず報連相ができない。茹でられろ。

「ぅ……それはすまん……」

 素直でよろしい。

「荷物はまとめたし、行くか?次はベルゼブルだろ」

 三者三様に荷物を持って門に向かう。

 門のところには、セレニティが立っていた。

「見送りが私ですみません。ベルフェゴールは寝てしまったので」

 苦笑するセレニティに、グラナートは肩をすくめた。

「寝ると言っていたしな。やつらしいといえばらしい」

「ベルゼブルのところまでは少しかかります。お気をつけて」

 たったそれだけのあっさりした別れを済ませて、ポチコロタマに乗る。ウルラートやピスティももう慣れたものだ。ピスティは相変わらずのちょっと微妙な顔はするが、ふわふわもふもふは嫌いじゃない。おひさまの匂いとかする。ケルベロスなのに。洞窟とかダンジョンにいろ。

 ケルベロスの小走り程度の速度で駆ける。

 青い空に雲が流れ、風が足元の草をサワサワと揺らして、青い炎だの怪我人だの、そういう物騒な現実が現実味を失っていくような気すらした。

「グルナ。そろそろ少しくらい話せよな。あの青い炎、お前が知ってること。何を隠してんだ」

 詰問する、と言っていた割には、まだ言葉は柔らかい。詰問ではないが、それでももう引かないという声音でもあった。

「…………そう、だな……」

 難しい顔で考え込むグラナート。どこまで、どう話すのか。それを考えていることは明白だ。

「何も話さないのは、俺のワガママでもある。だから、そのワガママの範疇のことなら話そう。だが、話せないことはまだ話せない。それでもいいか?」

 とうとう、グラナートの口からその決断が出た。

「とりあえず今はそれでいい。な、ピスティ」

 ウルラートがピスティを振り返ると、ピスティも少し不満げではあるが、頷く。

「すまんな」

 さて、何を話すか。ケルベロスに揺られて、太陽の光の中で。

「俺達が警戒してるのは、神魔大戦で封じた存在の復活だ」

 絵本でも出てくる、神と勇者、そして魔王、その三者の戦い。

「神魔大戦で封じられた、ということは、先代魔王、ということですか?」

 戦いの末に、世界を滅ぼそうとした魔王は封印された。何百回もその物語に触れながら育つ、一種の常識のような、ありきたりといえばありきたりな英雄譚。

「魔王……まぁ、そう考えてもらって構わない」

 曖昧な返答だが、同じにされたくないと思っているのかもしれないし、もっと違う理由なのかもしれない。今重要なのはそこではない。

「青い炎が雷撃を伴って銀色の火の粉を散らす。あの炎は、そいつとその眷属しか使えないものだ。今回遭遇したのは眷属のほうだな」

「その、先代魔王が復活した、ってこと、だよな?」

 ウルラートの確認にグラナートは否定も肯定もしない。

「復活に向かっているのか、復活したのかはわからん。だが、やつを封じた禁忌地の周辺で異変が確認されている。遅かれ早かれ、だろうな」

「なぜもっと早く言わなかったのですか。緊急事態のことです、もっと早く……」

 ピスティが責めるように詰め寄った。

「俺のワガママだ。すべてを知らずに済むならそれが一番いい。だが、事態がここまで進んでしまった以上は、このくらいなら話せる」

 グラナートが深く息をついた。

「やつの名は、“アオス=シュテルベン”。破滅の名を関する者だ」

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