ポチコロタマの背中に揺られて進んでいく。
ポチコロタマがのんびり歩いている、というわけでもないのに、ベルゼブル領はずいぶんと離れているようで、それらしいものが全く見えてこない。
「遠くね?」
「遠いぞ。何しろアスモデウス領のほぼ2倍だからな」
畜産を生業に山も平野も有していたアスモデウス領の倍。相当な広さである。
「医療中心のベルフェゴールはそこまで領地はいらんと言ってな。広いと統治も面倒だとも言っていたが。アスモデウスもこっち側の地形にはさほど興味を示さなかった。向こうで事足りたようだし」
つまり、広さだけなら2領地分。
「マモンのところはあの街以外にも街が点在しているから広さはほぼ同等、ベルフェゴールのところだけが狭い。次点でレヴィアタンだな。あそこもそんなに広くはないが、俺の統治エリアに隣接しているからレヴィアタンがいらんといった分は俺が持っている。というか、奴らがいらんと言った、扱いが面倒な土地は全部俺持ちだな。押し付けやがって……」
そんなんだから書類が山積みになるのである。
「お前、魔王のくせに押し付ける側にはならないんだな」
「俺だって押し付けられるなら押し付けたかった。なのにやつらときたら、魔王なんだから、ですべて済ませやがる……!」
口調が壊れている。可哀想に。だから書類やハンコと一緒に召喚されるハメになるのだ。ストレスがマッハ。
「お、おう……大変だな……」
「仕事についてだけは多少同情してあげなくもないです」
ウルラートもピスティもドン引きしている。
魔王って魔族の王で誰も逆らえないもんじゃないの?という疑問が喉まで出かかったが、返ってくる返答がなんとなく想像できたのでやめておいた。
「で、ベルゼブル領までどのくらいかかるんだよ。その間にもっといろいろ話してくれたりしないわけ?青い炎の件がなくても普通に神魔大戦のこととか聞きたいんだけど。先代魔王の……なんだっけ、アオ……?」
ウルラートが首を傾げた。ピスティもため息をつく。
「アオス=シュテルベン。破滅の名を冠する者。そう言っていましたね。その名前は神官として生きてきたのに初めて知りましたが」
「そう、それ!なんでそいつ、神魔大戦なんて引き起こしたんだ?」
グラナートは苦い顔で前を見ている。ウルラートとピスティからはその背中しか見えないため、その顔は見えなかった。
「そいつもお前みたいな魔王になれば、そもそも人間と魔族の軋轢なんて生まれなかったと思うんだよな」
神魔大戦なんて、そもそも起こらなければ。
「神魔大戦を引き起こしたのが、その、……アオ……」
「アオス=シュテルベン」
「それ」
ウルラートはたぶん、もう覚える気がない。
「ウル、毎回、アレをそれで済ませる気か?」
アレもそれももはやわけがわからない。
「いいだろ、別に。アオでもアカでもキイロでも分かればいいんだって」
「…………真っ黄色のヤツはあんまり想像したくないんだが」
「誰も真っ黄色までいけとは言ってねぇよ」
黄ばんでる程度でも嫌ではある。一体なんの話だ。
「で、なんで神魔大戦なんて起こったんだよ」
グラナートがなんと答えるのか。沈黙が落ちて……ケルベロスの急停止で3人とも前につんのめって落ちた。
「うおわっ!?」
「いでっ!」
「きゃあっ!?」
グラナートがべシャリと潰れ、ウルラートとピスティがその上に折り重なる。とてもとても、魔王と勇者とは思えない無様さである。ピスティはなんかうまいことちょこんと座っていた。無傷で。ウルラートの上に。
「う、ウルラート様っ!ごめんなさい!!」
ウルラートだけに謝って、グラナートを踏んづけた。魔王に容赦がない、神官の鏡である。
「なんだ、どうした、ポチ、コロ、タマ」
ピスティとウルラートが上から退いてようやくグラナートが立ち上がり、ポチコロタマの視線の先を見た。
「ずいぶんでかい犬だな」
物怖じすることなく、ケルベロスを見上げる人間が一人。なお、墜落した3人には目もくれない。
「なぁ、何か食べ物はないか?ベルゼブル領まで行こうと思ったらその前に食料なくなってしまった」
自己紹介より先に空腹を主張するメンタルは見上げたものだが見習ってはならない。間違いない。
「誰だ、お前。食いもんならまぁ……あるけど」
困惑した様子そのままでウルラートがマジックバッグから、グラナートの試食荒らしの対価の一部を取り出す。
「もらっていいか?この借りは倍にして返すから」
よくよく見れば、ウルラートより少し歳上らしい男。なかなか大きな剣を携えて、身なりは悪くない。
「その前に、名前を名乗るのが礼儀では?」
ピスティの言葉が鋭い。少し不機嫌な様子だ。まぁしかたない。
「あぁ、そうだった。俺はフィリテ。フィリでいい」
フィリテ。そう名乗った男の手にはいつの間にかウルラートが渡そうとしていた食べ物が握られていた。