「………おい」
フィリテが呆れたように口を開いた。
「ん?」
「なんですか?」
ウルラートとピスティがフィリテの方を向く。グラナートはポチの首の付け根をかいてやるのに忙しそうだ。そろそろしばいていい。
「もっとこう……」
言葉を選んで濁すフィリテの言わんとするところを読んで、二人は顔を見合わせた。
「いつものことだから」
「ですね」
もはや諦めの境地。コロはポヤポヤと飛んでいる虫を追って首を巡らせている。この子達にケルベロスのなんたるかを期待するほうが間違っているのかもしれない。
「ところでフィリ、お前、ベルゼブル領にわざわざ一人で行くなんて何の用だ?商隊にでも護衛として雇ってもらうなりすればいいだろうに」
「商隊にかち合わなかった。ベルゼブル領に知り合いが足を運ぶと聞いて、会いに行こうと思っただけだ」
グラナートの問いにサラリとそう返す。
「へー、人探し?ベルゼブル領ってめっちゃ広いんだろ?大変そうだな」
「そうでもない。ベルゼブルの領地は範囲は広いが人が集まる場所は大体決まっている」
事もなげなフィリテにピスティは胡乱げな目を向けた。ウルラートほど能天気ではない。
「詳しいんですね」
「行ったことがある。これでも、色んなところを回っているからな」
「魔族領を、一人で?」
心配そうだったピスティが最初にフィリテに胡散臭そうな目を向ける。
「そういう仕事、のようなものだと思ってくれ」
「へー、どんな仕事?傭兵とかみたいな戦闘職?俺、本当はそっちの、こう……堅実?とりあえず稼ぎがありそうな職に就きたかったんだよなぁ」
堅実はどうかは置いておいて、うまく行けば稼げる職種ではある。しかし残念ながら、ウルラートは現状、勇者というほぼほぼ名誉職である。定期収入はない。
「まぁ……似たようなものだ。そういうお前は……」
フィリテの視線がウルラートの剣を捉えるのとほぼ同時にウルラートは即座に目をそらした。いい反応速度である。
「ウルラート様は光の女神様に選ばれた勇者様です」
「その紹介、やめてくんね……?」
ピスティの紹介に小さな声で抗議する。勇者です!と自分で言うのもなかなか恥ずかしいが、人に紹介されるのも恥ずかしかった。ウルラートの感覚では、勇者です!が許されるのは憧れの勇者様ごっこに励む子どもたちくらいだ。そしてウルラートはそこに該当しない。
「へぇ。噂の」
言いながら、ちらりとフィリテの視線はグラナートに向いた。一瞬だけの視線。すぐに逸れて、視線はウルラートと勇者の剣に戻った。
「………待って?待て?噂?」
ものすごく嫌な予感を覚えてウルラートが顔を引きつらせた。
「あぁ、勇者の剣を抜いた人間が魔王と人間の女とケルベロスと一緒に七魔領を回ってる、と。だから、最初に見たときにそうだろうとは思ったが……あまりにも……その……」
またもや言葉を選ぶ。それはそうだ、目の前で急停車して前のめりに全員地面にべしゃりと落ちたのがファーストコンタクトなのだから。同じ組み合わせの別人かな?と思いたくなる気持ちも分かる。むしろ思いたい。
それはそれとして、ウルラートは頭を抱えた。
「やっぱこの剣目立つよなぁ……やっぱ布でぐるぐる巻にしとけばよかった……」
「そんな、ウルラート様。何かあったときに困りますから。いつどこで襲われるか……」
呻くウルラートをピスティが困惑顔で見ている。フィリテはもっと困惑していた。
「いや、剣をぐるぐる巻にしたらダメだろう……」
それはそう。
「そうは言うけど、この剣めちゃくちゃ豪華じゃん!この宝石1個でいくらするか……もし落としたり傷が入ったりしたら……俺がこの剣を普通に持ち歩けるようになるまでどれだけ気をもんだと……」
「相変わらず貧乏性だな、ウル」
「誰が貧乏性だ、庶民派と言え!」
「ウルラート様……たぶん同じだと思いますけど……」
フィリテが心底呆れている。コントは時と場所と相手を選ぶということがよく分かる一幕だった。
「あぁ、うん……お前らの空気は分かった。とりあえずベルゼブル領に向かって、ケルベロスを走らせたらどうだ」
ちゃんと走ったら早く着く。当たり前のことである。
「ポチコロタマが走る気になったらな」
「そうですね……犬なので」
「ポチコロタマはご飯を減らされているんだぞ!そんな可哀想なことをさせろと!?」
このザマである。
「…………急いでるんじゃないのか」
フィリテの目が明確に呆れた。
「急いではいる」
「一応急ぎのはずですね」
「つーか、ダイエットさせるんだろ、走らせたほうがよくね?」
至極もっともなウルラートの意見に、グラナートが鬼でも見るかのような慄いた目を向けた。なんて酷いことを、とその目は如実に語っている。
「なんで俺がそんな目で見られるんだよ。そんな目を向けられるのはお前だろ、普通……魔王なんだから」
納得がいかない。当たり前だ。
そんな勇者と魔王を横目に、ダイエット、と聞いて、フィリテは自分の下にあるケルベロスの体に手を突っ込む。
ふわふわもふもふの毛の下に、確かに、むにり、という感触があった。
「……………ケルベロスって太ることもあるのか……」
「可愛いだろうが!!」
グラナート、渾身のフォロー。脳より先に脊髄が喋っている。
「……………とりあえず、早く行こう」
「そうだな。グルナ、ちょっと急がせろ」
ウルラートとフィリテに言われ、ピスティからも冷たい目を向けられて、グラナートはどこかしょんぼりと哀愁を背負ってポチコロタマを急がせるのだった。
大好きな飼い主のためにちゃんと走るポチコロタマは偉いので何があっても百点満点なのである。