ポチコロタマが元気に木漏れ日の間を駆け抜けていく。そして進むにつれ、ウルラートはソワソワとしてきていた。
「ウル、背中でソワソワするとポチたちが気にするだろう」
「それはごめん!」
素直である。
「グラナート。ベルゼブルのところに先にいかなくていいのか?」
フィリテが想定外の寄り道に一応、という感じで口を出した。だが、彼自身は特に急いでいる様子はない。
「ベルゼブルのところに行ったらいちいち戻らずにそのままレヴィアタンのところに行く。そうなると、このタイミングでしか行けないだろう。それに、近くで襲撃を受けた以上、周囲を確認しておくのは無駄ではない」
そう言われれば、フィリテはそれ以上口を挟むのをやめた。不満というより、あまり興味がない様子。何にしても、歩くよりは早いからそれでいいということなのだろう。
「あの、ウルラート様……?もしここがウルラート様の故郷に近いと言うなら……その、魔族領かかなり魔族領に近い場所で育ったということになりますが……」
ピスティが聞きづらそうに口を開いた。現状、ウルラートの過去を知っているのはピスティだけ。唯一、パーティ内で人間であるという信用を持った勇者。
その前提が崩れるかもしれない。 そういう危機感がピスティの胸をよぎった。
「いやまぁ……どうなんだろ……ぶっちゃけ、人間領側にしか行ったことないから、こっち側知らないんだよな。反対側には勝手に行くなって言われてたし」
ウルラート、自分の育った村の位置をまともに把握していない。まぁ確かに把握していなくても生活に支障はないが、それもどうなんだ。
「で、どうなんだ。見覚えは?」
「こっち側知らねーんだって」
全くもって実りのない会話を続けながらもケルベロスは進む。
「ケルベロスだ……」
「誰か乗ってる」
「ケルベロス」
風のざわめきに混じって、別の小さなざわめきを耳が捉えた。どこか子供っぽい声がちらほらと。
「じけーたいちょー呼びに行こう」
「呼びに行こう」
きゃっきゃと楽しそうな声が遠ざかっていく。
「自警隊長?こんな村に?」
「ウル、どうなんだ?」
「え……いや……聞いたことないな……やっぱ違うのかな……」
ちょっと凹んだ。しょんぼり。
「まぁ、あんまり近づくのも警戒させるだけだろうな。ここで待つか」
グラナートの言葉で背中の4人が降りたポチコロタマがちょこんとお坐りする。ちょこんと言うにはちょっとでかいが、まぁそれはおいておこう。
そのまま少し待てば誰かが来るだろう。そう思って呑気に構えていた矢先。
「ウル!お前、なんてもん拾ってきたんだ!あとそっちには行くな、っつったろーが!」
弾丸のように突っ込んできた人影にウルラートがぶん殴られた。正確には、上から拳骨が降ってきた。
「うわっ!?」
ウルラートのとっさのガードがなんとか間に合う。体に刷り込まれた条件反射である。教育が行き届いていてとてもよろしい。
「またお前は何も考えずにこんなデカいの拾って!散歩できんのか!?餌は!?」
「え、あ…うぇぇっ!?」
まったく意味をなさない困惑の声しか出てこないウルラートとは対象的に、襲撃者は喋る喋る。
「だいたいお前、成人したんだから独り立ちしろって言っただろうが、帰ってくるなら帰ってくるでちゃんと連絡しろ!いきなり魔族領のほうからケルベロスに乗ってきたら何事かと思うだろうが!!」
言っていることは正論ではあるが、いかんせん話が噛み合わない。
「うぅぅるせぇぇぇぇ!!!!拾ってねぇよ!!!!」
「そうだぞ!この子は俺の子だ!」
そして乗っかるグラナート。カオスを加速させるのはいつだって魔王。
「はぁ?誰だ、あん……た……?」
グラナートにようやく視線を向けた襲撃者はぽかんとした。その姿にものすごく覚えがある。
「…………ま、魔王、様……?」
我らが魔王様が目の前に現れたらそれはもうポカンである。
「魔王様」
「魔王様だ」
「ケルベロスに乗ってる魔王様」
「でもあのケルベロス、なんか丸くない?」
ざわざわと姿なき声が広がっていく。ちょっと失礼な声もあるがこの際いったん置いておこう。
「ウル!説明!」
お座り!とばかりに地面を指さされたウルラートはおとなしく正座した。ポチコロタマも何故か寄ってきて並んで座った。なんでだ。
「いや……だから……その……えーと……」
「シャキシャキ喋れ!」
勢いがあまりにも理不尽。
「え、えーと……た、ただいま……?」
「おかえり。で?」
仁王立ち。ちゃんと挨拶できて偉い。
「えーと……勇者に選ばれました……」
「で?」
「…………魔王と響魔契約して……」
「は?」
普通に怖い。親に言い訳できないときのアレ。
「いや、だから……魔王が響鳴して……その、それで契約して……王様から魔王討伐しろって言われたから……グルナ……魔王のこと隠して旅に出たらなんか戻ってきた……」
支離滅裂。説明が足りていない。襲撃者、ウルラートの育ての親のエルフはこめかみを揉みながら大きく息を吸った。ため息ではなかった。
「独り立ちしろとは言ったが、そこまでしろとは言ってねぇ!!!!」
ため息のほうがまだなんぼかマシだった。正座したウルラートの肩がビクッと跳ねる。
「お、俺だってそんなつもりはなかった!!どうせ選ばれないから観光して土産買って戻ってくるつもりだった!!!」
「やかましい、独り立ちしろ!!!!」
勝てない。ウルラートの負け。
「あ、あの……ウルラート様も頑張ってますので……」
ピスティがおずおずとウルラートを庇い始めた。理不尽な言い分も含めて、あまりにも主張が親だったためかピスティの反魔族意識ほど激しい物言いはできていない。
「そ、そうだよな、俺頑張ってるし!」
「調子に乗るな」
しょぼん。
「で、でも、ウルラート様は勇者として、その……」
ピスティの語気が死んだ。だってこの勇者、勇者らしいことはほとんどしていない。魔王も魔王らしいことはほとんどしていないが。どっこいどっこい。
「まぁいい、ほら立て。飯だ。………魔王様、うちの愚息がご迷惑を……」
「い、いや……」
「むしろご迷惑をかけられてるのは俺……」
「あぁん???」
「さぁピスティ、フィリ、飯だって!!」
即座に逃げた。そういうところである。
「いや、さすがにアポなしで邪魔するのは……」
静観していたフィリテもさすがにご遠慮申し上げる。が。
「大丈夫大丈夫、こいつ歳の割にめちゃくちゃ食うから飯いっぱいあるし」
「歳の割には余計だ、クソガキ!」
やっぱり怒鳴られた。そそくさと歩き出したウルラートに小さなエルフたちがニコニコと近づいてくる。
「じけーたいちょーに怒られたー」
「ウル、また怒られたー」
「うるさいぞお前ら!てか、自警隊長ってなに」
小さなエルフたちが顔を見合わせて楽しそうに笑う。
「おじちゃんがじけーたいちょー!」
「おじちゃん強いもんね」
おじちゃん呼ばわりされる彼と小さなエルフたちの間をピスティの視線が行ったり来たりする。
「おじちゃん……?いやでもエルフは長命で……おじちゃん……?」
「ピスティ、とりあえずウルラートが逃げてる。追いかけないと見失うぞ」
ピスティが改めて確認すると、ウルラートはとっとと歩き始めていた。育ての親の前では尻尾を巻いた子犬も同然。キャンキャン吠えても勝てない。
それを横目に、エルフはグラナートに頭を下げているのだった。