焼け焦げた地面。ウルラートの村からさほど離れていないところに、大して大きくもないがその傷跡が残っていた。
グラナートがしゃがんで地面を指でなぞり、難しい顔をしているのを、ウルラートたちは少し離れて見ていた。遠くからきゃらきゃらと子どもたちが遊ぶ楽しそうな声が風に乗って聞こえてきていた。
「…………温度差のギャップ」
クリアールは、今のところは実害はないと言っていた。子供たちも村から離れているわけでもない。しかし、襲撃された商団をベルフェゴール領で実際に見ている。自分たちも襲撃を受けた。
それでも、どこかそれが現実離れしたような感覚があった。
「実害がなければ実感がわかないのもおかしいことではない」
フィリテの言葉が重かった。
ザフィロとデゼルトの双子に会った村に入る前にも、グラナートも言っていた。
『上層部というのはどこか危機感に欠けるものだからな。己に害がない限りは』
それが、上層部だけの話でなかった、というだけのこと。
「そんなこと……魔族は戦える力が強いからそんなふうに構えていられるだけです。人間の上層部はきっと民のことを考えて……」
ピスティが口を挟む。ここしばらくはなかった人間擁護。しかし、今回はその魔族にウルラートの育ての親であるクリアールまで含まれることを思い出してピスティは語気を弱々しくさせた。
「ところで、ポチコロタマは?」
空気を変えるためか何も考えていないのか、いつの間にか村から姿を消していたポチコロタマについてウルラートが言及すると、あっさりと、
「遊びに行った」
と返された。なんでも、(ケルベロス的に)近い場所にお気に入りの遊びスポットがあるらしい。
「へー……」
「大丈夫だ、犬笛で戻ってくる。行き先も分かっているし、向こうにも伝達済みだ」
相変わらずである。あと相手先がいるのか。
「もう慣れたけどさ……ケルベロスに犬笛ってどーなの」
「可愛いからいいんだ」
そっかぁ、の極み。もう諦めた。
「飼い主は城で仕事してるのにペットは自由に放し飼いか」
フィリテも呆れた顔をしている。
「いいだろう、別に。あの子が出歩いても何も問題が起こらないんだぞ、治安がいい証拠だろう」
果たしてそうだろうか、とは、全員が思ったが、口には出さなかった。
「まぁいい、それで……」
焼け焦げた地面に目を向け直す。
「グルナ、この焼け跡、どう思う?」
青い炎をよく知るのはグラナートだけ。必然的に視線を集める。
「………爆ぜた跡がある。あの炎である可能性はあるな」
ベルフェゴール領に襲撃された商団が担ぎ込まれた。自分たちも襲撃を受けた。青い炎の痕跡に、それを扱うらしき影が複数回目撃されている。
「急に動きが出てきたな」
「………やつが本格的に目覚めに向かっている、ということかもしれんな」
難しい顔。そして、どこか切羽詰まったような。
「………えーと……アオ…なんとか」
グラナートとピスティがほぼ同時にため息をついた。グラナートに至っては額を手で押さえている。
「本っ当に覚える気がないな?」
「ないけど?」
「ウルラート様……」
もうどうしようもない。
「覚えなくていいのか?」
なんとなく空気を読んだらしいフィリテにまで突っ込まれた。
「いいだろ、別に。アオでもアカでもキイロでも好きな色を名乗れば」
そんな訳はない。
「いや別に色を名乗ってるわけでは……」
「似たようなもんだって」
まったくもって違う。違うが、当人に覚える気がない。
「それに、覚えても覚えなくても、その元凶をどうにかしないといけないのは変わらないんだし。最終目的が分かってるならそれでいいじゃん」
一理あるが、一理しかない。百里くらい積め。
それを言葉にしようとフィリテとグラナートが口を開こうとした瞬間、ほぼ同時に村の方を振り返った。
地面が揺れる。火が。
「………え……?」
青い炎。銀色を帯びて。冷たい、美しい炎。
「来るぞ!」
フィリテとグラナートが剣を抜き、状況の把握に脳のリソースを取られたウルラートとピスティを庇うように前に出た。青い炎が目の前で弾けて火の粉に散る。子どもたちの笑い声が悲鳴に変わった。
「ウル!ピスティ!」
振り返るグラナートの顔が、炎に照らされている。
違う、この炎は自分たちを狙ったものではない。無差別に、動くものを、生きるものを狙って放たれた。
「村に……!」
ウルラートが踵を返そうとして足を止める。子どもの悲鳴。泣き声。
一刻も早く村に戻るか、子どもたちを迎えに行くか。
一瞬迷って、足を踏み出す。子どもたちの方へ。
「村は大丈夫だ、こっちを優先する!親父は強いし、ほかのエルフも戦える」
半ば自分に言い聞かせるように、ウルラートは叫んで地面を蹴った。
子どもたちが遊んでいた場所は草木が焼け焦げ、内側から爆ぜ、その様相を変えてしまっている。
怪我をして倒れている子、転んで泣いている子、お友達を立たせようと頑張っている子。
その上。上空。
大きく羽ばたく、真っ白な翼。
ピスティが目を見開いて、足を緩めた。それを置き去りにするように、フィリテが跳躍した。
「この俺が近くにいるのにいい度胸だ……!」
口数の少ないフィリテが、人が変わったように挑発的に唸って、剣を振り抜く。
ふわり、と、白い翼の主は上に上がることでその刃を回避した。それを見越したように、グラナートがフィリテよりも高く跳ぶ。
「逃がさん」
横に振り抜かれたフィリテの剣と、叩き落とすように一閃したグラナートの剣。即時の判断での回避は難しい、完璧なタイミング。キンッと、高い音がして白い翼が数枚、散った。ただそれだけ。金属同士の衝突音より澄んだ音だった。
「ちっ……相変わらず硬い」
「浅かったな」
苦々しげなグラナートと、冷静に一撃を分析するフィリテを横目に、ウルラートは子供たちに駆け寄り、状態を確認していた。
「ピスティ!この子たちの傷治せるか?……ピスティ?」
目を見開いて困惑するピスティの足が止まっている。子どもたちに真っ先に駆け寄るべき、回復魔法を使える神官であるピスティが、足を止めて、白い翼の主を凝視している。
なぜ、と、ピスティの口が動いた。
「なぜ、天使様が子どもたちを攻撃しているのですか……!?これが天使様の炎ならば……なぜ、あの商団にいた人間までも襲われたのですか……!?」
白い翼の主は、手に青い炎を宿したまま、いっそ慈悲深い表情で静かに微笑んでいた。