「なぜ、天使様が子どもたちを攻撃しているのですか……!?これが天使様の炎ならば……なぜ、あの商団にいた人間までも襲われたのですか……!?」
ピスティの糾弾ともとれる叫びにも、白い翼の主の微笑みは崩れない。
「ピスティ!」
敵の正体も理由も、怪我をしている子どもに勝ることだろうか。ウルラートはそうは思わなかった。だから、強く呼ぶ。
その声に弾かれたように、ピスティの足がようやく動き出した。
「任せていいか」
「は、はい……すみません、ウルラート様」
ピスティが子どもたちのそばに留まり、ウルラートも剣を抜いてグラナートとフィリテに並ぶ。
「グルナ、あれって」
「………ピスティの言うとおり、天使だ」
神魔大戦を経験した魔王の断定。決定打。
天使は微笑みを浮かべたまま、宙にその翼をはためかせて留まっている。微笑んだ表情さえ動かない。
「なんだあいつ、全然動かないぞ。てか、表情すら変わらないの普通に怖いんだけど」
どうにも締まらない。必ず感想を口に出すのはウルラートの悪い癖だ。
「天使が攻撃してきてるのに、気にするのはそこなのか」
グラナートが呆れたようにため息をついた。
「フィリテも驚くどころか真っ先にぶっ飛ばしにいってたじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
即座に反論されてグラナートがフィリテを見ると、フィリテからはそう返された。
この茶番の間にも、天使は動かない。いや。
カクリ、と首が傾(かし)いだ。
「来るぞ!」
ただそれだけの動作に、グラナートが反応した。
刹那。
青い炎が渦巻いた。
「ウル!斬れ!その剣なら切れる!」
弾かれたようにウルラートが剣をふるい、散った火の粉をフィリテの剣が払い飛ばす。その隙間をグラナートが駆けた。
魔王の剣、黒き刃の一閃。
間髪入れずにウルラートの白い刃とフィリテの銀の刃が天使の翼に牙を剥く。
硬質な音に阻まれた刃が2つ。その白い翼を切り裂く刃が、一つ。
「っし!こいつなら斬れる!」
血の代わりに光と羽根を散らして、天使が空中でたたらを踏んだ。なのに、ほほ笑みが崩れない。
神々しいはずの天使が、物語から抜け出してきたような姿そのままで不気味な存在として目の前にいる。
「やめて……おやめください、天使様……!」
ピスティが光魔法で子供たちの怪我を治療しながら叫ぶ。
天使は神の眷属。ならば、祈りが通じるはず。
「お聞き届けください、天使様……!」
ピスティの声に反応するように、天使が顔を動かした。ピスティを見つめる目に、敵意はない。
「やめろ、ピスティ!こいつに話は通じない!」
フィリテが天使の視線を遮るようにピスティの前に立って声を張り上げた。
「どうしてそんな事を言うのですか!天使様は神の眷属、神官である私の祈りならば……!」
「祈りなど通じない!」
グラナートの、あまりにも救いのない断言。可能性すらないのだと叩きつけられて、ピスティは息を呑んだ。
そして、救いを求めるようにウルラートを見る。
しかし、ウルラートはピスティを見ない。目の前の敵を排除することが最優先であると判断しているから。
そう、敵なのだ。少なくとも、目の前にいるこの天使は。
ピスティは涙を流しそうな目を無理矢理、戦闘から背けて子どもの治療だけに意識を向けた。
「ペルル!」
ピスティの呼びかけに、ピスティの影からペルルが飛び出し、その鱗を青い炎の光に晒した。
ピスティの光魔法は収束型。ペルルがそれを強化し、代行する。
ペルルの鱗に反射された光が収束し、結界として形を成した。
それを目の端で捉え、フィリテの口角が上がる。
「やればできるじゃないか」
祈りなどという不確かなもの縋らなくとも。
3つの刃が天使に振り下ろされた、その一瞬。
天使に意思が宿ったように、一際大きく白い翼が羽ばたいて、天使が上空に逃げた。
「待て!」
グラナートの剣に風が渦を巻いた。小さな嵐。それがグラナートの一振りで天使に向けて放たれる。
ウルラートの足に魔力が巡り、ウルラートの体を、筋力を底上げする。跳躍。届く。
「届けぇっ!」
グラナートの嵐で一瞬動きを止められた天使に、ギリギリでウルラートの跳躍は届いた。
白い刃が天使に振り下ろされる、決定的な一打。
しかし。
神話に語られる神の徒を、このまま切り捨てていいのか。
その迷いが、剣の向きを変えさせた。
切らないまま、魔力で強化した筋力に物を言わせて剣の腹で叩き落とす。
天使の体が地面に叩きつけられ、轟音と土煙を吐き出した。
それを追うようにウルラートの体も落下する。
「ウル!」
「ウルラート様!」
グラナートとピスティが叫んだ。それなりの高さがある落下は、人間であるウルラートには致命的になり得る。ましてや、今は剣の重さと剣を振った遠心力に引っ張られて体勢が安定しない。むしろ、引っ張られて頭から落ちる。
だから、ウルラートは勇者の剣から手を離した。少し離れたところに落ちるよう、軽く放り投げて。
そして、手足に魔力を流し込み、手足の関節で着地の衝撃を殺し、そのまま横に身を投げ出して転がった。
「いってぇっ!あんのクソ親父、こうすれば痛くないとか言ってたのに!」
元気そうで何よりである。むしろ、ちょっと元気すぎた。
「へぇ」
フィリテは面白いものを見たように口角を上げ、そして誰よりも早く、叩き落された天使に剣を向けたままそばに歩み寄る。
天使はまだ動いていた。しかし、それは生物的な動きではなく、どこか歪な、機械的な動き。それが余計に不気味でしかなく、天使という神聖さを疑わせるものだった。