不可思議な挙動で立ち上がろうとする天使を、フィリテが踏みつけた。
「こいつの始末はしておく。さっさと村に行け」
天使の頭に容赦なく剣を振り下ろす。それでも、動いている。生物として、明らかにおかしい。
「まだ動くのかよ……」
しかし、フィリテとグラナートはそのことに驚く様子すらなかった。
「ウル、ピスティ、行くぞ。まだ村にもいるはずだ」
はっとして、村の方を見る。戦闘音はまだ続いていた。
「………頼んだ」
ウルラートとピスティ、グラナートは子供たちを抱えて走り出す。
フィリテは足元に転がったまま穏やかな微笑みを浮かべて動き続ける天使の残骸を見下ろし、ウルラートとグラナートの背中をもう一度見る。
「………だからあの時、殺しておけばよかったのだ」
その瞳は、赤い。
「全てがうまくいくなど、そんな賭けはそもそも成立しないというのに」
フィリテの手が、天使に向けられる。手から離れた剣が、ガシャンと音を立てて地面に突き立てられた。
「末端の分際で、この私に殺されることを光栄に思うがいい」
天使の視界を、青と銀が埋め尽くした。
「グエラ。私はお前が魔王になることに、今でも賛同していない」
フィリテの目から赤が消え、天使を焼き尽くす青と銀もまた、色を失った。
「今でもって、数千年前だろうに」
肩をすくめて、フィリテも村に向けて走り出した。
青い炎が容赦なく火の手を上げる中を駆けずり回って、ウルラートはクリアールを、グラナートは天使を、ピスティは怪我人を探す。ピスティは手近な怪我人から治療を開始し、同時に子どもたちを無事な者たちに託した。
「いた」
青い炎に焼かれてもまだ原形をとどめている建物を足場に、グラナートが天使に切り込んだ。
先ほどの天使とほとんど同じ容貌。敵意のない目も、美しい白い翼も、慈悲深い微笑みも全て同じ。
その慈悲深い微笑みの下で、村が崩壊している。
「クリアール!どこだ!?」
見知った顔の中から、ただ一人を探す。
いない。いない。いない。
「ウル!こっちを先に何とかせねばどうにもならんぞ!」
青い炎を斬り裂いて天使を相手取るグラナートが叫ぶ。傍目に見ても、あと一歩が足りていない。
グラナートの声を無視してクリアールを探すか。この場にとどまって、グラナートと共に天使と戦うか。
一瞬の逡巡。
ギリッと歯を軋ませて、足が止まる。視線が定まった。
「村から叩き出してやる」
村の住人たちがエルフを中心に最低限の反撃を行い、身を守る。その間を縫ってグラナートが駆け抜けた。連携し慣れた間柄どころか、ほぼ初対面の死に物狂いの攻撃に合わせてグラナートは動く。
圧倒的な魔力で蹂躙するような戦い方ではない。それどころか、恐ろしく繊細で精密な動き。積み重ねてきた年月と経験を物語る。
反対に、ウルラートは村人たちの魔力のクセを知っている。
何度も取っ捕まって叱られた。何度も好奇心と冒険心に掬われた足を救われた。遊びと称して痛い目を見たことなど数え切れない。
怯え、混乱し、身を守ろうとする村人たちの前に立ち、勇者の剣を掲げる。
この剣の意味を誰もが知っている。だからこそ、この剣はきっと。
「グルナ!」
白い軌跡を宙に刻んで、ウルラートが天使のもとに突っ込んだ。それを察して、グラナートが身を翻し、ウルラートに場所を譲る。
ガキンッと火花を散らして、白い勇者の剣と白い翼が交差し、そして、その翼を斬り裂いた。
この剣はきっと、守られる者たちの希望となる。
「はああああああっ!」
裂帛の咆哮が、天使を地に叩き落とした。