すまない、すまない。
グラナートは口の中で言葉を紡ぎながら、クリアールの顔についた血を拭った。
あの頃も。魔王となって長い時を経た今も。
「守れぬ力に、何の意味がある」
グラナートはそう吐き捨てて、ウルラートたちには見せたことがない顔で、近くの木を殴りつけた。
「シェルムは何をやっている」
報告がない。十分な報告ができるほどの時間は経っていない、それは仕方がない。だが、全く報告に来ないとはどういうことだ。
シェルムに何かあったか。いや、あれでシェルムは腕が立つ。多少腹も立つが、とりあえず腕は立つ。だから、心配はしていない。なら、なぜ何も言ってこないのか。
「シェルム!」
呼ばわる。だが、いつもならすぐにポンッと軽い音を立ててピンクの丸蝙蝠なり本人なりがピンクの煙の中から現れるはずなのに、何も起こらない。
それが余計に胸の奥を掻き立てた。
小さなエルフに手を引かれるままに森を出て村に戻る。
まだ残る青い炎。崩れた家。煙る空。泣く声、呻く声。自分が生きてきた村の今。
クリアールを探していたついさっきまでは、クリアール以外が目に入っていなかったのかも知れない。村の復興大変だな、とか、怪我人の対応が、とか、どこか他人事。
今は、ただ目が滑る。
目に映るものの輪郭がぼやけているような気がする。
今、どこを歩いているんだっけ。
前を歩いて手を引く小さなエルフ。小さい頃から知っている。このエルフは、こんなに赤かっただろうか。さっき、グラナートが視界を遮った先にあった赤は、なんだった?
手を引くエルフが自分の名前を呼んだ声で一瞬ハッとした瞬間に見えた赤。
エルフの声を追って向かった茂みの先。森の中。
赤。赤い。赤い。赤い。
鼻をかすめた、鉄の匂い。
「ぁ……」
足が止まる。
置いてきてしまった。探していたのに。そこにいたのに。置いて、来て。
「ウル?」
足を止めたウルラートを、前を行く小さなエルフが振り返って見上げてくる。
赤い。
「お、俺……クリアールを、探して……戻らないと……」
足が動かない。ただ振り返って、来た道を戻ればいいだけ。なのに、振り返ることができない。
「ウル…」
小さなエルフの小さな瞳に涙の膜が張る。
「ごめ……ごめんね……ごめん……ウル……ごめんなさい……」
小さな手が、ウルラートの手を包む。
「ぼくのせいなんだ。ぼくが戦えないから。ぼくが弱いから」
小さいエルフは年齢だけ見ればウルラートより年上である。だが、歳の取り方が緩やかなエルフは魔力の発達も緩やかだ。だから。
「クリアールは、ぼくを守ってくれたんだ……ぼく、ぼくの、せい……」
ボロボロと、小さな雫が数を増していく。
小さなエルフの頬を染めた赤が、色褪せていく。
「ぁぁ……」
吐息に混じって、音が漏れた。
脳裏に残る鮮烈な赤。
鼻にこびり付いた鉄の匂い。
「間に合わなかった、のか……」
選んだ。目の前の子どもの声と、クリアールを。
子どもを見捨てて村に戻っていれば間に合ったのだろうか。子どもを見捨てていれば、ただ一人の家族はまだ生きていたのだろうか。
ウルラートの膝が折れた。
子どもを見捨てていたら。戦えないエルフを守って戦っていたクリアールに胸を張って会うなんて無理だった。それでも。
クリアールが死ぬ未来を選んだのは、ウルラート自身だ。
「………嘘つき……」
やっぱり。
「勇者なんて、そんなものに意味なんかない……」
だって。
「誰も……守ってなんか……」
目の前で、守られたエルフが涙を流しながらもウルラートを見あげている。
守られた存在は、確かにそこに。
でも。
「あの時も、今も……」
視界が歪む。足音が近づいてくる音がした。その音は聞こえてはいるが聴こえてはいない。
「絵本の勇者は、守ってなんかくれなかった……」
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