殴る勇者と斬る魔王   作:輝波斗

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47.大好きだった絵本

 歪んだ視界のまま、目の前の光景を見る。

 小さなエルフが心配そうに、悲しそうに、涙で濡れた瞳でウルラートを見つめている。村の建物は燃え落ちて、見慣れたはずの村は別の場所のようだった。

 それに、一番見慣れたはずの相手は、もう……。

「ウル……」

 小さなエルフが覗き込んでくる。服の裾を引っ張ってくる。

 なんとかウルラートを動かそうとしていた。

 視線一つでいい。言葉一つでいい。この、ほんの少しの刺激で崩れ落ちそうな状況を動かそうと。

「ウルラート様!」

 ウルラートの虚ろな目と、それに寄り添う小さなエルフを見て、一瞬駆け寄る足が鈍る。だが、それでも止まりはしなかった。それを追うように少し離れてフィリテも追いついてきた。

「ウルラート様、日陰に行きましょう。一度座って……」

 息を切らしてピスティがウルラートの傍にたどり着き、膝をつくウルラートの背中に手を添える。立ち上がりを促すが、無理矢理にはしない、そんな手の添え方で。

 フィリテはそこで足を止め、観察するような目でウルラートとピスティを眺めながら、ちらりと小さなエルフを見た。血で汚れてはいる。泣いてはいる。だが、大きな怪我はなさそうだ。その判断をして、また視線をウルラートたちに戻した。

 背中に添えられた手の温度を感じながらも、ウルラートは立ち上がれなかった。動けない。まだ、現実を受け入れられていない。

「ウルラート様。立ってください。移動しますよ」

 ピスティが少し手に力をこめ、ウルラートに立ち上がりを促した。自主性のないウルラートはそのまま緩慢な動きで立ち上がり、誘導されるままに建物の残骸に向けて歩く。

「守ってくれるって、言ったのに……」

 ボソリと呟かれた言葉。絵本には、光の女神様と勇者様が守ってくれると、書いてあったのに。

「………やっぱり、誰も守ってなんかくれないんだ……」

 あの絵本が大好きだった。でも、あの絵本は嘘ばっかり。

「嘘つき……」

 光の女神を信仰するピスティにもその言葉は刺さる。光の女神様は、人間を守ってくれる存在のはずだ。なのにどうして。

『あなたは正しい』

 ピスティに、夢を通して言葉を届けてきたあの声は、光の女神様ではなかったのか?

 ピスティもまた、言葉を探す。

 神を信じていない、それどころか、天使の襲撃を受けた村で、育ての親すら失った彼に、神官である自分はどんな言葉をかけてあげられるのだろう。

 何も知らなければ、神の名のもとに安らかな眠りを祈ることができたのに。

 その沈黙を、フィリテが片目だけを赤くして見つめていた。

「なるほど。グエラはこれを聞いたのか」

 誰にも聞こえない声でフィリテ、否、ルシフェルが呟く。だが、その声にも言葉にも温度はない。ただ、思ったことを呟いただけ。

「………守ったはず、正しかったはず。そうやって揺らぐくらいなら」

 神魔大戦を経験し、グラナートは同じ言葉を聞いて踵を返した。だが、ルシフェルは目をそらさない。

「魔王になんかなるべきではなかった。俺にやらせればよかったんだ」

 正義も罪も、その結果も全て背負って。

「俺が魔王になるべきだった」

 ルシフェルは目の前のウルラートとピスティ、そしてクリアールの死を通して、グラナートを見ている。

 だが、同じ口から別の意思も言葉を落とす。

「だからこそ、お前を魔王にはしなかった。だろう、ルシフェル」

「…………だから嫌なんだ、あいつは。どこまでも役目に忠実で、誰よりも縛られる。誰よりも動けない。進めない」

 誰よりもあの神魔大戦の必要性を理解して、誰よりもあの時に囚われ続けている。

「ずいぶんと皮肉な結果になったものだな」




お読みいただき、ありがとうございます。
今日、更新できなかった水曜日分と合わせて2話アップするつもりでしたが、体調不良由来の眠気がエグいので、もう一話は明日更新します。
よろしくお願いします!
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