歪んだ視界のまま、目の前の光景を見る。
小さなエルフが心配そうに、悲しそうに、涙で濡れた瞳でウルラートを見つめている。村の建物は燃え落ちて、見慣れたはずの村は別の場所のようだった。
それに、一番見慣れたはずの相手は、もう……。
「ウル……」
小さなエルフが覗き込んでくる。服の裾を引っ張ってくる。
なんとかウルラートを動かそうとしていた。
視線一つでいい。言葉一つでいい。この、ほんの少しの刺激で崩れ落ちそうな状況を動かそうと。
「ウルラート様!」
ウルラートの虚ろな目と、それに寄り添う小さなエルフを見て、一瞬駆け寄る足が鈍る。だが、それでも止まりはしなかった。それを追うように少し離れてフィリテも追いついてきた。
「ウルラート様、日陰に行きましょう。一度座って……」
息を切らしてピスティがウルラートの傍にたどり着き、膝をつくウルラートの背中に手を添える。立ち上がりを促すが、無理矢理にはしない、そんな手の添え方で。
フィリテはそこで足を止め、観察するような目でウルラートとピスティを眺めながら、ちらりと小さなエルフを見た。血で汚れてはいる。泣いてはいる。だが、大きな怪我はなさそうだ。その判断をして、また視線をウルラートたちに戻した。
背中に添えられた手の温度を感じながらも、ウルラートは立ち上がれなかった。動けない。まだ、現実を受け入れられていない。
「ウルラート様。立ってください。移動しますよ」
ピスティが少し手に力をこめ、ウルラートに立ち上がりを促した。自主性のないウルラートはそのまま緩慢な動きで立ち上がり、誘導されるままに建物の残骸に向けて歩く。
「守ってくれるって、言ったのに……」
ボソリと呟かれた言葉。絵本には、光の女神様と勇者様が守ってくれると、書いてあったのに。
「………やっぱり、誰も守ってなんかくれないんだ……」
あの絵本が大好きだった。でも、あの絵本は嘘ばっかり。
「嘘つき……」
光の女神を信仰するピスティにもその言葉は刺さる。光の女神様は、人間を守ってくれる存在のはずだ。なのにどうして。
『あなたは正しい』
ピスティに、夢を通して言葉を届けてきたあの声は、光の女神様ではなかったのか?
ピスティもまた、言葉を探す。
神を信じていない、それどころか、天使の襲撃を受けた村で、育ての親すら失った彼に、神官である自分はどんな言葉をかけてあげられるのだろう。
何も知らなければ、神の名のもとに安らかな眠りを祈ることができたのに。
その沈黙を、フィリテが片目だけを赤くして見つめていた。
「なるほど。グエラはこれを聞いたのか」
誰にも聞こえない声でフィリテ、否、ルシフェルが呟く。だが、その声にも言葉にも温度はない。ただ、思ったことを呟いただけ。
「………守ったはず、正しかったはず。そうやって揺らぐくらいなら」
神魔大戦を経験し、グラナートは同じ言葉を聞いて踵を返した。だが、ルシフェルは目をそらさない。
「魔王になんかなるべきではなかった。俺にやらせればよかったんだ」
正義も罪も、その結果も全て背負って。
「俺が魔王になるべきだった」
ルシフェルは目の前のウルラートとピスティ、そしてクリアールの死を通して、グラナートを見ている。
だが、同じ口から別の意思も言葉を落とす。
「だからこそ、お前を魔王にはしなかった。だろう、ルシフェル」
「…………だから嫌なんだ、あいつは。どこまでも役目に忠実で、誰よりも縛られる。誰よりも動けない。進めない」
誰よりもあの神魔大戦の必要性を理解して、誰よりもあの時に囚われ続けている。
「ずいぶんと皮肉な結果になったものだな」
お読みいただき、ありがとうございます。
今日、更新できなかった水曜日分と合わせて2話アップするつもりでしたが、体調不良由来の眠気がエグいので、もう一話は明日更新します。
よろしくお願いします!