ウルラートの手がクリアールの胸に触れる。
冷たい。動かない。手が赤くなる。
「………クリアール」
呼びかけて、起こそうとするように軽く揺する。
「クリアール」
いつもなら、起こそうとしたら、起きもしないで文句を言って二度寝を決めやがるのに。
「クリアール」
こいつが起きないと、朝食を片付けられなくて困るから、いつもしつこく起こして。
「………………親父」
幼い頃は朝食を作ってくれて、起こされる側だった。
「起きろよ。蹴っ飛ばすぞ」
いつも、いつも。
「クソ親父」
手を離す。離した手で、クリアールの上体を抱き上げた。
どんなに顔向けできなくても、子どもの声を無視して村に戻ればよかった。選択を間違えた。
傍らの小さなエルフに目を向ける。見知った相手が自分を守って目の前で死んだ。見知った相手が、その死を目の前にしている。悲しみながらも、ウルラートからの罵声も覚悟して、この場に留まり続けている。
クリアールが、守った。
クリアールとウルラートは同じ選択をした。同じ行動をして、結果が違っただけ。
「…………ピスティ、クリアールの剣、取ってきてくれ」
少し離れたところに落ちている、折れた剣。拾いに行きたいのに、クリアールから離れたくない。
ピスティは黙ったまま、剣を拾ってウルラートに手渡した。
「ありがと」
剣をクリアールが身につけたままの鞘に仕舞って、クリアールの体を持ち上げて立った。
「………連れて帰る」
まだどこか現実味のない目でクリアールを見下ろしたまま、歩き出す。
まだ涙は出なかった。
その背中を3人が追う形で、森を後にした。
クリアールを連れて村に戻る。
村の住人たちの視線が集中してくるのが分かる。だが、慣れ親しんだ住人たちの視線に構うことなく、ウルラートは無心でまっすぐ自宅に向かった。
自宅も多少の被害を受けてはいたが、外れの方だったからか、まだ家としての形を保っている。ガタついた扉をピスティが開けてくれ、そのまま中に入る。クリアールを寝室のベッドに上げると、またそこでウルラートの足が止まった。また動けなくなる。
小さなエルフがウルラートの隣に椅子を持ってきて、そっと部屋を出た。それに続くように、ピスティとフィリテも部屋を出て、つい昨日食事をした部屋に向かう。
「ウルラート様、大丈夫でしょうか……フィリさん、言い方が少しきつすぎるのでは?」
ピスティがフィリテを睨むようにして声を出した。
「きつい?」
「そうです。ウルラート様は育ててくれた親を失ったのですよ?それをあんな……」
フィリテが平静なままため息をつく。
「だが、いつまでも座り込まれていては困るだろう。事実を飲み込ませないと、あいつは動けなかった」
確かに、あのウルラートはずっと座り込んでいそうではあった。だが、あんなにも無理に現実を突きつけて無理やり立ち上がらせる必要はあったのか。
「そうかもしれませんが、それでもウルラート様の気持ちを考えれば……」
「先を急ぐ必要があるだろう」
一刀両断。確かにそうかもしれない。グラナートは七魔領を回ると言っていた。厳密には5ヶ所らしいが、とりあえずあと2ヶ所。
「グラナートも、もうあのケルベロスを呼び寄せているだろう。少し落ち着いたら出る。その時に勇者が動けないのは困る」
ぐっとピスティも言葉を飲み込んだ。確かにそうだ、明確な被害を目の当たりにしてしまった以上、悠長なことは言っていられない。
あと2カ所を回ることに何の意味があるのかすら教えられないまま。それでも、グラナートの提案を受け入れてウルラートが決めたのだ。
「だから、それまでにあいつに現実を飲み込ませて、感情を吐き出させる。感情と思考の乖離はこれからに影響しかねない」
これから。成り行きで一緒にいただけのフィリテがその言葉を使うことに違和感を持つ。
「あなたは、ベルゼブル領に人を探しに行くのでしょう」
「いや、俺はもう探し人を見つけている。だからここにいる」
フィリテがウルラートを残してきた部屋の方を見る。
「俺はフィリテ・コレール。七魔ルシフェルの今代契約者だ。俺はお前たちを探していた。だから人探しは終わっている」
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