今日も元気にぽてぽてデチデチ。
何度か谷に近づいて覗き込んでは、だめ?とお伺いを立ててくる。
断崖絶壁。下手するとほぼ直角に駆け下りてほぼ直角に駆け上がる、とんでもない乱高下をかますことになる。
「やめろ、ポチ、コロ、タマ」
大好きな飼い主に言われてポチコロタマの尻尾がしょぼん。
「やめろ、多分死ぬ」
端的な反対だが、おそらく多分じゃない。
「やめてくださいね……?」
どう考えても心臓に悪い。あまりにも断崖絶壁。
「俺たち落ちたら間違いなく死ぬ……いや、グルナとフィリは死なないかもだけど」
危ない橋は渡らないに限るのである。だって振り落とされたら死ぬ未来しか見えない。
「いや、俺も死ぬが?ルシフェルと契約してるだけで身体は人間だぞ」
「え、飛べたりしねーの?」
「お前は俺たちをなんだと思ってるんだ」
普通に振り落とされたら、七魔の契約者も死ぬらしい。ますます持ってやめたほうがいい。
「つーか、まだ渡れねぇの?」
「うぅむ……確かもう少し言った辺りに橋があったはずなんだがな……」
首をかしげるグラナート。その記憶は一体何年前のものなのだろうか。
「…………え、それ本当に大丈夫か……?」
「どこまで行ってもこのままだった、じゃ話になりませんよ」
不安。めちゃくちゃ不安。
「だ、大丈夫だ。行き来はあるんだから、橋もある」
「そりゃそうかもしれないけど……」
なおも言い募ろうとした瞬間に、軽快にデチデチ歩いていたポチコロタマの足がピタリと止まった。
「お?なんだこのデケェ犬」
「ケルベロスのくせに毛並みも良さそうだし、てけぇだけであんまり強そうに見えねぇな」
「犬っころ、お散歩か?ちょっとその毛皮分けてほしいんだけどよ」
治安が悪いとは聞いていた。が、こんな野盗のテンプレみたいなセリフを吐く奴らが野生(?)のケルベロスを襲撃してくるとは思わなかった。
「野盗?」
「野盗にしたって、ケルベロスに声をかけるのは……」
「毛皮狙いならむしろ追い剥ぎか……?」
追い剥ぎだとしたら剥がれるのは生皮である。どうかと思う。
アホなのかな、こいつら、とド困惑する人間たちをよそに、グラナートがさっと飛び降りた。
「貴様ら、うちの可愛いポチ、コロ、タマの毛皮をよこせだと!?バカも休み休み言え、そんなことしたら痛いだろうが!!」
間違ってはいないを間違ってはいないのだが、果たしてそれでいいのだろうか。
「うわ、上に飼い主いたのかよ」
「ちょうどいい、そんなら金目の物と食い物置いてけ!」
あまりにもテンプレすぎる。ウルラートたちが呆れた目で野盗どもとグラナートを見つめる中、肝心のポチコロタマはといえば、目の前に飼い主が降りてきたことで、遊んでもらえる!と言わんばかりに尻尾を振っている。
本当にどうかと思う。
「貴様ら、うちのコたちが可愛いからって!うちのコだぞ!!やらん!!!」
「………いや、誰もケルベロスをくれとは……」
「つーか、ケルベロスにポチコロタマって……」
「やかましい!!うちのコには指一本触れさせんぞ!」
野盗たちが手に持つ武器を睨みつけて怒れる魔王が剣を抜いた。怒れる魔王というか、イカれてる。
「………あれいいのか?あいつら、魔物じゃなくて魔族だろ?前に、俺の民に危害を加えることは許さんとか言ってなかったか?」
「いいんじゃないか、どうでも。あいつの親バカはだいぶ前からだってルシフェルが呆れてたし。なんか、このポチコロタマが生まれる瞬間に立ち会ったらしいぞ」
「あぁ、それで……」
そういう問題ではないが、ひとまずグラナートの親バカ具合に納得した。子犬のころから育てたのなら仕方がない。
「それに、ごろつき数人程度でグラナートがどうこうなるわけもない。でも、一応降りておいたほうがいいかもしれない」
「なんで?」
「………ポチコロタマ、戦闘経験がない。箱入りだ」
箱入り。箱入りケルベロス。絵面は完全に捨て犬である。
「戦闘経験が……ない……?」
「ケルベロスが……?」
ぽかんとするウルラートとピスティにフィリテが頷いた。
「あの親バカが、こいつに戦闘をさせると思うか?」
「…………思わない」
「思いませんね……」
満場一致。
「そういうことだから、一応降りたほうがいい。ビビって暴れて谷底に落ちたら目も当てられん」
ウルラートとピスティは、目を見合わせてそっと頷き合い、ポチコロタマの背中を降りた。
こうして、箱入りケルベロス(捨てられてない)を巡る戦いの幕が切って落とされたのである。
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