クスコさんのゲルググを連邦の整備員が囲んでいる光景にも、もう違和感を覚える人は少なくなった。最初の頃は機体そのものを珍しがっていたし、整備記録ひとつ見るにもジオン側の資料と照らし合わせていた。それが今では、訓練から戻った機体を固定すると整備員が当たり前のように装甲を開け、クスコさんもコクピットを降りるなり端末を受け取っている。
「軍曹、さっきの高出力時なんですが、ここの数値だけ前回より上がってます」
「見せて」
呼ばれたクスコさんが整備員の横へ移動する。俺も自分の機体を降りたところだったので、なんとなくそっちへ寄った。画面を覗いたクスコさんは少し考え、別の記録を呼び出した。
「故障じゃないと思うわ。出力を上げる前に姿勢を変えたでしょう? この機体、ああいう動かし方をすると一時的に偏るの。前の記録にも同じところがあるはずよ」
「確認します。連邦機だと、この上がり方はあまり見ないんですよね」
「でしょうね。だから私が乗ってるんじゃない」
さらっと返してから、クスコさんは俺に気づいた。
「あら。自分の機体はもういいの?」
「ジョブさんに追い出されました」
「何をしたの?」
「何もしてないですよ!ちょっと見ようとしただけで」
「それ、この前も聞いた気がするわね」
笑われた。整備員が過去の記録を見つけたらしく、クスコさんの説明した時と似た変化が表示される。原因が分かればあとは整備側の仕事で、クスコさんも端末を返した。
「もう普通ですね」
「何が?」
「クスコさんが連邦の制服着て、連邦の整備員に説明してるの」
「言われてみれば変な話ね」
自分の格好を見下ろしてから、クスコさんは少しだけ口元を緩めた。
「捕まった後に、こんなことしてるなんて想像もしなかったわ。しかも軍曹ですって」
「昇進したじゃないですか」
「そうね。連邦軍曹クスコ・アル。立派なものだわ」
言い方にはちょっと皮肉が混じっていた。
「嫌です?」
「今の生活が? 別に。あなたたちと仕事をすることにも、この艦にも慣れたわ。命令だって筋が通っていれば聞くし、私の意見も前より通るもの」
そこで一度言葉を切り、クスコさんは俺を見る。
「でも、それと連邦そのものを信用するのは別でしょう?」
「まあ、それはそうですね」
「あなたはそこを混ぜないから楽なのよ」
それ以上は何も言わず、クスコさんはまた整備員に呼ばれてゲルググの方へ戻っていった。俺もジョブさんの邪魔にならない場所まで戻る。軍曹になったからといって、クスコさんが急に連邦軍人らしくなったわけじゃない。たぶん、そうなる必要もなかった。
◇
数日後、今度は俺の方がクリスさんに捕まった。
通常任務から戻って機体の報告を済ませ、次の出撃予定を確認しようとしたところで、クリスさんがRAVEN_CUSTOMのログを開いたまま俺を呼んだ。
「レン、次の訓練この機体は外してくれ」
「え? どこか壊れてました?」
「壊れてはいないわ。でも、姿勢制御の応答に一度だけ遅れが出てる。短いし、今日の操縦に影響が出るほどじゃなかったけど、前回にはなかった数値ね」
「一回だけですよね?」
「そう。一回だけよ」
なら大丈夫じゃないか、と言いかけたところで、クリスさんの目を見てやめた。
「……点検ですか?」
「点検ね。原因が分かるまで次は出さないわ」
横で記録を確認していたジョブさんも頷いた。
「センサー側の誤差か制御側か、まだ切り分けできてない。今日中に見るから、勝手に予定へ入れるなよ」
「俺、そんな信用ないです?」
「あるわよ」
クリスさんがすぐ返した。
「だから止めたら聞いてくれると思ってるの。動かせることと、次も出していいことは別。今日普通に帰ってきたからって、次も同じとは限らないでしょう?」
「そこまで言われたら乗りませんよ」
「よろしい」
子供扱いされた気もしたけど、内容には反論できない。俺自身、機体の反応にはかなり敏感な方だと思っている。それでも戦っている最中は、機体がこちらの操作についてくるならそのまま使うことがある。ログを後から見て、ほんの一瞬の違いまで拾うのはクリスさんや整備側の仕事だ。
「クリスさん、最近こういうの見る量増えてません?」
「一人減った分は多少ね。でも、別に急に始めたことじゃないわ。みんな自分の機体は自分で見てるし、ジョブたちもいる。ただ、気づいたものを放っておく理由はないでしょう」
そう言ってから、クリスさんは俺の予定表を勝手に一つずらした。
「明日の訓練はシミュレーター。機体が戻ったらその次から」
「了解です」
「素直ね」
「クリスさんがそこまで言ってるのに乗ったら、あとが怖いです」
「そこ?」
笑われたけど、予定はそのままにした。結局、原因は大きな故障じゃなかった。調整と部品交換で済み、次の訓練には普通に間に合った。
◇
また何日か経った頃、シーマ中佐たちへの定期補給の日が来た。
契約を始めた頃はいちいち確認していた補給も、今では予定表に普通に入っている。レイブン側から物資をまとめ、シーマ隊へ振り分ける。俺が毎回立ち会う必要はないんだけど、この日は次の護衛任務の打ち合わせもあったので、リリー・マルレーンへ移った。
格納庫周辺では、ちょうど搬入作業の真っ最中だった。
食料のコンテナに医薬品、補修材。推進剤の補給も別で進んでいる。シーマ隊の乗員たちは受け取った箱を確認して、それぞれ必要な場所へ運んでいた。
前に見た時より手際がいい。
「そこ、医療用は先に回しな。機材と一緒に積むんじゃないよ!」
少し離れたところからシーマ中佐の声が飛ぶ。
俺を見つけると、手にしていた端末を軽く振った。
「ちょうどいいところに来たね。こっちの一覧見たかい?」
「何か足りません?」
「食い物と薬は予定通り。推進剤も問題なし。ただ、ゲルググの補修部品が申請より少ない」
「在庫関係だったはずですが。今回足りない分は、使える連邦側の代用品を探してるって聞いてます」
「使えるなら何だっていいよ。規格が合わない箱だけ寄越されるよりはね」
その辺は相変わらず現実的だった。
「次の補給まで持ちそうです?」
「今すぐ困るほどじゃない。こっちは壊れた機体を飾って眺める趣味はないからね。足りなきゃ使える物で回すさ。ただし、次も同じなら話は別だよ」
「それはきちんと先方に上げときます」
「頼むよ。契約にゃ必要な整備物資も入ってるんだ。働かせるなら、働ける状態くらい維持してもらわないと困る」
文句というより確認だった。こっちが任務を頼む。シーマ中佐たちは決めた範囲でそれをやる。その代わりに必要な物をこっちが出す。ただそれだけの話で、どちらかが恩を売っているわけじゃない。
近くを通った乗員がシーマ中佐へ報告する。
「医薬品、照合終わりました。申請分そろってます」
「分かった。パプワの分を先に分けな。あっちは後回しにするとまた足りないって騒ぐよ」
「了解」
乗員はそのままコンテナの方へ戻っていった。
俺は積み上がっている箱を見た。最初にシーマ隊の状況を調べた時は、食料や薬、燃料を手に入れるために民間船を襲っていた。それが今は、補給日に足りない部品の数を数えて文句を言っている。
「何見てるんだい?」
「いや、ちゃんと補給できてるなって」
「当たり前だろ。こっちはその分で働いてるんだから」
シーマ中佐は鼻で笑った。
「連邦に食わせてもらってありがたい、なんて言うと思ったのかい?」
「言うわけないと思ってます」
「分かってるじゃないか。こっちは約束した仕事をする。そっちは約束した物を出す。それで回ってるなら、余計なことはいらないよ」
その言葉のあと、端末を俺の方へ向ける。
「で、次の護衛だ。時間が変わったって聞いたけど?」
「三時間後ろにずれました。航路は同じです。レイブンが前、リリー・マルレーンは輸送船の右側。パプワは今回は後方待機で」
「分かった。こっちは3機出す。整備が終わってから連絡するよ」
「お願いします」
「任せな。ただし補修部品の件は忘れるんじゃないよ」
「忘れませんって」
打ち合わせが終わる頃には、搬入もほとんど片付いていた。シーマ中佐は俺との話を終えるとすぐ乗員の方を向き、積み残しがないか確認を始める。俺がいてもいなくても、あっちはあっちでちゃんと回っている。
俺もレイブンへ戻った。次の任務まで、まだ少し時間があった。