年が変わっても、俺たちのやることは大して変わらなかった。
残党の捜索に輸送船の護衛、時々見つかる旧軍施設の確認。何も起きずに帰ってくる日の方が増えたのは、たぶん悪いことじゃない。五機での動きにも完全に慣れて、シーマ隊との共同任務も、最初みたいに一つ一つ細かく確認しなくて済むようになった。
気がつけばU.C.0082になっていた。そんな頃、大将付きからいつもと少し違う任務が届いた。
「サイド3ですか」
ブリーフィングルームで聞き返すと、ノエルさんが頷いた。
「はい。共和国側から、旧軍施設と未帰還部隊に関する追加資料を提供できると連絡がありました。今後の情報交換についても、現地で一度整理したいとのことです」
「うちが行く理由は分かるけど……俺も降りるんですよね?」
「部隊長ですから」
「ですよね」
旧ジオン残党を追い回してきた俺たちにとって、共和国側が持っている情報はかなりありがたい。終戦後に放棄された補給拠点や、どこへ行ったか分からない旧軍部隊なんかは、連邦より向こうの方が詳しいものもあるだろう。
逆に共和国側からすれば、勝手にジオンを名乗って民間船を襲ったり、戦争を続けたりしている連中のせいで自分たちまで疑われるのは困るらしい。
「共和国側の対応者は決まってるんですか?」
「実務担当者との協議が中心です。ただし、今回はこちらの部隊長も同行すると伝えてありますので、首相府にも日程は上がっています」
「首相府……」
「何か?」
「いや。ガルマ首相が出てくるのかなって」
「可能性はありますね」
ガルマ・ザビが共和国首相になったことは、もちろん知っている。ニュースで何度も見たし、今さら驚く話でもない。
ただ、実際にサイド3へ行って、その政府と話をするとなると少し感覚が違った。一年戦争の中で、こっちは黒いガンダムでガルマのガウを落としかけたし、向こうは向こうでホワイトベースを本気で沈めに来ていた。戦場ではかなり近いところまで行っている。
今度は机を挟んで話すかもしれないのか。
宇宙世紀、何が起こるか分からない。
レイブンがサイド3の管理宙域へ入ると、共和国側から航路と速度の指定が送られてきた。ブライトさんは一つずつ確認を返し、レイブンを指定された進入コースへ乗せていく。一年戦争が終わって二年以上経っていても、連邦軍の戦艦が好き勝手に入っていい場所じゃない。こっちだって共和国の軍艦が何の連絡もなくジャブローへ近づいてきたら困る。
しばらくして、共和国側の護衛MSが数機ついた。
そのうち一機だけ、白を基調にした機体がいる。
「ずいぶん目立つな」
「護衛なら、所属が分かりやすい方がいい場合もあるだろ」
横にいたアムロが答えたあと、窓の外を見たまま少し間を置いた。
「あの白い機体のパイロット、かなりの腕だと思う」
「へえ、何か感じた?」
「見れば分かるよ」
共和国にもまだこういう人が普通に残ってるんだな。
指定された施設へ入港してから、艦を降りたのは俺とブライトさん、それにノエルさんだけだった。共和国側の案内に従って通路を進み、途中の区画へ入ったところで、向こうから歩いてきた大柄な男が足を止めた。
「ほう」
聞き覚えのある声だった。
「……ラルさん?」
「久しいな、レン・イズミ」
ランバ・ラルだった。俺は思わず周りを見てしまった。ここはサイド3で、これから共和国政府の人間と話をする場所だ。そこにラルさんが普通に立っている。
「ラルさん、ここで何してるんですか?」
「見て分からんか。仕事だ」
「それは分かりますよ。何の仕事か聞いてるんです」
「なら、最初からそう聞け」
ラルさんが笑った。前に会った時と、そこはあまり変わらない。
「お前の方こそ、随分肩書きが増えたようだな。特務少佐だったか」
「そうですけど、ラルさんに言われると嫌な感じするなあ」
「何を言う。立派になったと褒めておる」
「絶対面白がってるでしょ」
「少しはな」
横にいるブライトさんが小さく息を吐いた。俺は少し声を落とした。
「今は、ガルマ首相のところに?」
「ああ。首相の近くで、主に軍事と警備の面を見ている。政治そのものは専門外だが、軍人の目が必要になることもあるのでな」
「ラルさんが政治家になったのかと思いました」
「馬鹿を言え。そんなことまで俺にはできん」
ラルさんはそう言ってから、少しだけ表情を引き締めた。
「首相には首相の仕事がある。俺は俺にできることをしているだけだ」
さっきまでの軽さは残っているけど、言い方ははっきりしていた。俺たちを迎えに来たらしく、そのまま一緒に奥へ向かう。途中、外側の警備担当らしい男がラルさんへ近づき、短く何かを報告した。
ゲームや漫画でみた顔だ。
「シン・マツナガ大尉だ。外側の警護を担当している」
「……シン・マツナガ大尉」
「レン・イズミ特務少佐ですね。シン・マツナガです」
マツナガさんは落ち着いた様子でこちらへ会釈した。
「初めまして」
「こちらこそ」
そこで、さっきの白い護衛機が頭に浮かんだ。
「さっきレイブンについていた白い機体、もしかしてマツナガさんですか?」
「ええ。こちらの管理宙域へ入られるまで、護衛を担当していました」
ほんの少しだけ表情が緩んだ。それだけだった。警備担当からもう一度声をかけられると、マツナガさんは俺たちへ一礼してそのまま戻っていった。ラルさんが首相本人の近くを見て、マツナガさんが外を見ている。そういう分担らしい。
案内された部屋には、共和国側の担当者が数人待っていた。俺たちが入ると、その奥にいた男も席を立つ。ニュース画面で何度も見た顔だった。
「地球連邦軍BLACK RAVEN隊長、レン・イズミ特務少佐ですね」
「はい。初めまして、ガルマ首相お会い出来て光栄です」
「初めまして。ガルマ・ザビです。本日は遠方からご足労いただき、ありがとうございます」
最初は、それだけだった。ちゃんと首相だった。当たり前なんだけど、ニュースで見るのと目の前で話すのではやっぱり違う。声にも表情にも若さは残っている。
俺たちが席につき、資料の確認へ入る前に、ガルマが一度だけ俺の顔を見た。
「イズミ特務少佐。あなたの経歴は事前に拝見しました」
「はい」
「北米戦線で、黒いガンダムに搭乗していたのはあなたなのですね」
少しだけ空気が止まった気がした。ブライトさんも何も言わない。
「そうです」
あの時、俺はガルマの乗ったガウを狙った。推進部と翼、それに武装を潰して墜とした。爆散させるつもりはなかったけど、結果としてガルマは重傷を負っている。
「その……あの時は」
「いえ、いいのです」
ガルマは俺が続ける前に言った。
「私もホワイトベースを撃墜するつもりで出撃していた。戦争中の戦闘について、今ここでどうこういう話でもないでしょう」
言葉は穏やかだった。でも、何でもないことみたいに流しているわけでもない。
「ただ、少し妙な気分ではあります。あの黒い機体のパイロットと、こうして同じ机につくことになるとは思っていませんでしたから」
「私もです」
「でしょうね」
そこでガルマが少しだけ笑った。それ以上は引っ張らず、会談に入った。共和国側から出されたのは、終戦後に閉鎖された旧軍補給施設の記録、その中で現状が確認できていない施設の一覧、それに終戦後も帰還していない旧軍部隊の情報だった。
「共和国政府として、我々の管理下にない武装勢力の行動を容認するつもりはありません」
ガルマが資料へ手を置いた。
「特に、民間船への襲撃を行いながらジオンの名を使う者については、こちらとしても放置できません。一方で、戦闘をやめる意思がありながら、連邦軍へ直接投降することを恐れている者がいることも把握しています」
「こっちでも何度かありました。撃つ気はないけど、投降した後どうなるのか分からなくて逃げ続けてる連中が」
「そうした者が共和国への帰還を望む場合、身元確認と武装解除を前提に、こちらで受け入れの可否を判断できるよう窓口を整えています。連邦側にも、その連絡経路を明確にしておきたい」
ブライトさんが資料へ目を通しながら答えた。
「現場としても助かります。投降後の選択肢を具体的に示せれば、最後まで抵抗する理由を減らせる可能性があります」
「ええ。ただし、共和国へ戻れば何をしても不問になるという意味ではありません。戦闘を続ける者や、民間への襲撃を行った者まで無条件で受け入れることはできない。その点は明確にしておきます」
そこでガルマは少し言葉を切った。
「終戦を認めない者がいること自体は承知しています。ですが、共和国政府は戦争を終わらせると決めました。今も戦う者がジオンを名乗ったからといって、我々がその行動まで引き受けることはできません」
自分が今どちら側に立っているのかは、はっきり分かる言い方だった。
「分かりました。こちらで帰還意思のある部隊と接触した場合は、共和国側へ情報を回します。逆に、そちらで武装したまま動いている部隊の情報が入った場合は、こっちにもお願いします」
「そのつもりです。少なくとも、互いに知らないまま同じ相手を追うよりはいい」
そこから先は実務の話になった。
連絡先、情報の渡し方、緊急時の照会経路。俺よりノエルさんと共和国側の担当者が話す時間の方が長くなって、ブライトさんも艦艇情報の扱いについて何度か確認を入れた。俺は必要なところだけ答える。首相と特務少佐が会ったからって、全部を二人で決めるわけじゃない。
話がまとまる頃には、机の上の資料もかなり片づいていた。
「本日の確認事項はこちらで以上です」
共和国側の担当者がそう締めると、ガルマも頷いた。
「ありがとうございます。今後、現場で問題が出た場合は実務担当を通してください。必要があれば、こちらでも対応を検討します」
「了解しました」
公的な話はそこで終わった。席を立ってから、ガルマが俺を見た。
「イズミ特務少佐」
「はい」
「一つだけ聞いても?」
「どうぞ」
「特務少佐というのは、やはり普通の少佐とは違うのですか?」
俺は少し考えた。
「説明すると長くなるんですけど……たぶん首相よりは楽です」
「比較の基準がそれですか」
初めて、ガルマの顔に困ったような表情が出た。
「ニュースで見てる限り、首相の方が絶対大変そうなので」
「否定しづらいですね」
近くにいたラルさんが小さく笑った。
「どちらも自分で選んだ仕事だ。今さら文句を言っても仕方あるまい」
「ラルさん、俺はそんな立派な感じで隊長になってないですけど」
「結果としてやっておるなら同じだ」
「首相にも同じことを言うんですか?」
「必要ならな。ただし、場所は選ぶ」
ラルさんは平然としていた。ガルマも別に怒らない。
「それくらいでなければ、そばには置いていませんよ」
その言い方で、二人の今の距離が少しだけ分かった。昔からの関係がどうだったかまで俺は知らない。でも少なくとも今は、ラルさんはガルマを軽く扱っているわけじゃないし、ガルマもラルさんをただの護衛として置いているわけじゃなさそうだった。
部屋の外から、次の予定を知らせる声がかかった。ガルマがそちらを確認してから、俺たちへ向き直る。
「そろそろ失礼しなければなりません」
「こちらこそ、時間を取ってもらってありがとうございました」
「いえ。残党問題はこちらにも関係することです。それに――」
ガルマが少しだけ間を置いた。
「黒いガンダムのパイロットがどんな人物なのか、一度会ってみたいとは思っていました」
「どうでした?」
「それは、まだ判断するには早いでしょう」
即答だった。
「ですよね」
「次に会う機会があれば、その時にはもう少し分かるかもしれません」
そこで俺たちは別れた。外へ出ると、ラルさんはそのままガルマの側へ残った。少し離れた場所ではマツナガさんが警備の人たちと何か確認していて、俺たちが通ると軽く頭を下げた。
俺も返して、そのままブライトさんたちとレイブンへ戻る。ガルマは首相をやっていた。ラルさんはその近くで自分にできる仕事をしていて、マツナガさんは外を守っている。
俺は俺で、戻ったらノエルさんと受け取った資料を整理しないといけない。
結局、サイド3まで来てもお互い仕事だった。
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