サイド3から戻ったあとも、レイブンの予定は普通に埋まっていた。
護衛任務を一本終えて、二日後には演習。その合間に補給と整備が入り、空いた時間で訓練記録をまとめる。共和国から受け取った資料もノエルさんたちが整理を続けていたけど、俺が毎日張り付くような仕事じゃない。必要なところだけ確認して、あとはいつもの生活に戻った。
その日の訓練も、特に問題なく終わった。シミュレーターから出て、俺はアムロに一つ確認したいことがあった。アレックスの姿勢制御ログとRAVEN_CUSTOMのデータを並べて見たかったんだけど、待機区画にも整備区画にも姿がない。
「クリスさん、アムロ見ませんでした?」
「アムロ? さっきララァと一緒に行ったわよ」
「また二人ですか」
「またっていうか、付き合ってるんだから一緒にいること多いでしょう」
俺は一度、そのまま通り過ぎかけた。
「……え?」
「何?」
「今、何て言いました?」
「アムロとララァなら一緒に――」
「そこじゃなくて。その後」
クリスさんが少しだけ黙った。それから、妙なものを見るみたいに俺の顔を見た。
「付き合ってるんだから、って言ったけど」
「え、いつの間にそこまでいってたん?」
なんか変な口調になった。近くで端末を見ていた整備員が一瞬こっちを向いたので、俺は少し声を落とす。
「いや、仲いいのは知ってましたよ。ずっと一緒にいるし、訓練の記録も二人で見てるし。でも付き合ってるって話は聞いてないんですけど」
「聞かれなかったからじゃない?」
「俺が聞くものなの、それ」
「普通はわざわざ報告することでもないでしょう」
それはそうだった。隊内規則に恋人ができたら隊長へ報告、なんてものはない。俺だってそんな書類を受け取りたくない。
「クリスさんはいつから知ってたんです?」
「いつからって……はっきり聞いたのは少し前ね。でもその前から、まあ、見てれば分かったし」
「分かったの?」
「レン以外はだいたい」
さらっと言われた。
「そんなに?」
「そんなに」
クリスさんは笑いをこらえるでもなく、普通に頷いた。だから余計にこっちだけ取り残された感じがする。でも考えてみれば、思い当たることはいくらでもあった。食事も訓練も一緒。どちらかを探せば、もう片方の居場所までだいたい分かる。最近は非番の時間まで一緒にいることが増えていた。
そこまで考えて、俺はようやく納得した。
「……そういうことだったのか」
「今さらね」
結局、アムロに確認したかったログは急ぎじゃなかったので、その日はそのままにした。
本人たちと顔を合わせたのは夕食の時だった。先に座っていたララァの向かいへアムロが腰を下ろし、持ってきた飲み物を一本そのままララァの前へ置く。ララァも礼を言って普通に受け取った。前なら何とも思わなかった光景なのに、一度知ってしまうと見え方が変わる。
「レン、何?」
「いや。二人、付き合ってるんだなって」
「……クリスから聞いた?」
「聞いたというか、今さら知った」
「そう」
アムロは少しだけ困った顔をしたけど、否定はしなかった。ララァはこっちを見て、柔らかく笑った。
「レンは気づいていなかったのね」
「全然。いつから?」
「いつからって言われても……」
アムロがララァを見る。
「告白とかそういうのがあったわけじゃない。前より一緒にいる時間が増えて、それで……まあ、そうなっただけで」
「私はもう少し前からそう思っていたけれど」
「それ、今言う?」
「今聞かれたから」
ララァが少し楽しそうに答える。アムロは何か言い返しかけて、やめた。
俺は二人を見比べた。
「まあ、いいんじゃない? 二人がそれでいいなら」
「何でレンに許可をもらう話になるんだよ」
「そういう意味じゃないって」
アムロの返しもいつも通りだった。知ったからといって、別に何かが大きく変わるわけでもない。二人とも任務は普通にやっているし、戦闘中に勝手なことをするわけでもない。それなら俺が口を挟む理由もなかった。
◇
それからしばらくして、訓練を終えた俺は整備区画でジョブに呼び止められた。
「レン、ちょっといいか」
「何?」
「RAVEN_CUSTOMの今年分、まとめ終わった。お前の確認も欲しい」
渡された端末には、整備記録じゃなく運用評価の項目が並んでいた。
加速時の姿勢制御、高負荷旋回、推進剤消費、近接戦闘時の負荷、射撃から格闘へ切り替えた時の応答。見覚えのある数字ばかりだった。何度も試して、何度も書いたものだ。
「これ、前にも出してなかった?」
「出してる。ただ、今回は最終集計だ。この一年で欲しかった条件はだいたい揃ったらしいよ」
「最終?」
ジョブが別の画面へ切り替えた。
「最初の頃は実戦でどう動くか分からない項目が多かっただろ。今は違う。通常任務も長時間戦闘もやった。宇宙での高機動戦も艦隊護衛もある。お前がどこで機体に負荷を掛けるのかも、どこまでなら余裕があるのかも、もう十分数字になってる」
「じゃあ、RAVEN_CUSTOMの評価は終わり?」
「少なくとも、取るために乗り続ける段階はな」
機体そのものには問題がない。今朝の点検だって異常なしだったし、次の任務にも普通に出せる。それでも、試験機として必要だったものが揃ったなら、その先がある。近くで記録を確認していたクリスさんが顔を上げた。
「アレックスは?」
「そっちはもっと分かりやすいだろ」
ジョブが言った。
「アムロに合わせてどこまで反応を上げるか、どの制御が追いつかなくなるか、散々やった。今のアレックスをさらに継ぎ足していくより、そのデータを最初から入れた機体を作る方が早いところまで来てる」
今まで乗ってきた機体で取るものを取ったから、その結果を次へ持っていく。
「クスコのゲルググも?」
「あれも評価としてはかなり揃った。ジオン系高機動機のデータを連邦側でここまで長く取った例は多くないからな。本人の操縦データも含めて、もう十分だってさ」
そこで俺は格納庫の反対側を見た。
「シーマたちは?」
「そっちはちょっと話が違う」
正式な連邦軍機じゃない。契約で一緒に動いている部隊だから、こっちと同じように交換、というわけにはいかない。
「でも、何もしないわけにもいかないよな」
「そうだな。ゲルググMを使い続けるなら、今度は使う側の意見を聞いた方がいい」
「シーマ中佐に?」
「中佐だけじゃなく、実際に乗ってる連中にもな。今までこっちで代用品を探して付けてきたけど、次にまとめて手を入れるなら話は別だ。欲しいものと要らないものを先に聞いた方がいい」
それはその通りだった。こっちが勝手に「これが便利だろう」と決めても、シーマたちの使い方に合わなければ意味がない。
「じゃあ、一回聞いてみるか」
「整備側でも項目は作る。部品の入手性とか、交換した方がいいところはこっちから出せる。あとは向こうの要望を合わせて上に出せばいい」
「通るかな」
「全部は無理だろ。でも試験中の装備や互換部品なら、評価込みで回してもらえる可能性はある。あいつらも実戦に出てるんだから、試す場所としては悪くない」
新品の連邦機を渡すんじゃなく、今あるゲルググMを使いやすくする。それなら契約部隊のままでも話は通しやすい。
「分かった。シーマ中佐には俺から話す」
「頼む。要望が決まったら俺にも回してくれ」
数日後、その話より先にジャブローから正式な連絡が来た。ブリーフィングルームへ入ると、ノエルさんが技術・評価部門から届いた資料を開いている。ブライトさんとクリスさんも先に目を通していた。
「BLACK RAVENで収集した各機の運用評価について、主要項目が予定数に達したとのことです」
「やっとか、かなり長かったな」
「はい。今後は取得済みデータを次期機体へ反映する段階へ移行するため、搭乗者を含めた確認を行いたいとのことです」
ノエルさんが続ける。
「現行機の使用停止命令ではありません。新しい機体が実用段階へ入るまでは、現在の機体を継続使用します」
「それなら任務には影響しないな」
ブライトさんが確認した。
「更新先はもう決まってるんですか?」
「方向は出ています。レン少佐については今乗ってるRX-81の最終完成形にするそうです。アムロ中尉についてはRX-78系最終機。ララァ中尉にはNT対応試験機。クリス大尉とクスコ軍曹については、高性能量産機への移行案です。詳細はジャブローで搭乗者側の意見も確認した上で詰めるとのことです」
俺は資料の最初にあるRX-81の文字を見た。
RX-81 RAVEN_CUSTOMを受け取ってから、ずっとデータを送り続けてきた。その先がようやく形になるらしい。
「シーマ隊の方も、一緒に出せます?」
「正式な機種更新とは別扱いになりますが、契約装備の改修要望として上申予定です」
ちょうどよかった。
「じゃあ、先にシーマ中佐たちから欲しいものを聞きます。整備側の要望とまとめて出しましょう」
「了解しました。試作装備や評価部品の供給を希望する場合は、その用途と評価項目も付けた方が通しやすいと思います」
「ジョブ、その辺まとめられる?」
「ああ。向こうが何を欲しいか分かればな。通信か、センサーか、火器管制か、推進系か。全部寄越せじゃ通らないから、優先順位も聞いてくれ」
クリスさんも資料を覗き込む。
「シーマたちなら、机の上だけで決めるより実際に使った感想をそのまま出した方がいいわね。試作品ならなおさら、評価結果を返せる方が向こうにも理由が立つでしょう」
「じゃあ、その形で」
やることが決まった。
本隊は、今まで取ってきたデータを次の機体へ渡す。シーマたちは、今の機体をどう良くしたいかを自分たちで出す。こっちで整備側の条件を足して、正式なルートで上へ回す。まだ新しい機体が来たわけでも、新しい部品が届いたわけでもない。それでも、今まで積み上げてきたものを使う段階には入ったらしい。
俺はもう一度、RX-81系と書かれた項目を見た。
「今度は何になるんだろうな」
「ジャブローで見れば分かるだろ」
「それまで気になるんだって」
ブライトさんは呆れたように資料へ視線を戻した。
とりあえずその前に、シーマ中佐たちから要望を聞かないといけなかった。