シーマ中佐たちに要望を聞く、と決めたはいいけど、通信で済ませるのも違う気がした。
ちょうど数日後に補給と整備の予定が重なり、レイブンとリリー・マルレーンが同じ宙域で停泊することになった。俺はジョブから渡された端末だけ持って、向こうへ移ることにした。
「何だい。また足りない物でもあったか?」
リリー・マルレーンへ入るなり、シーマ中佐がそんなことを言った。
「逆です。今回はそっちから欲しい物を聞きに来ました」
「……へえ」
露骨に疑われた。
「好きな物を好きなだけ持っていけって話じゃないんだろ?」
「それができるなら楽なんですけどね。本隊の機体更新が動き始めたので、それに合わせてシーマ中佐たちの機体にも手を入れられないかって話です」
「新しい機体を寄越すって?」
「そこまでは言ってません。今のゲルググMを使い続ける前提です。試作中の装備とか、連邦規格で使える部品とか、評価込みなら上に出せるかもしれないって」
「かもしれない、か」
「まだ何も申請してないですから。先に欲しい物を聞けって言われました」
シーマ中佐は少し考えてから、端末を持った俺じゃなく格納庫の方へ顎を向けた。
「だったら、こんな所で聞くより見た方が早い。来な」
格納庫には数機のゲルググMが並んでいた。契約を始めた頃に比べれば、外見はかなり揃っている。消された旧ジオンの識別、追加された現在のIFF、それに何度か交換した部品。全部同じ状態というわけじゃないけど、一年前みたいに使える物をかき集めてとにかく動かしている感じはなくなっていた。
それでも、中身まで新品になるわけじゃない。
「連邦の部品を付け始めてから、前より楽にはなった」
機体の脚部を点検していた整備員が、シーマ中佐に促されて手を止めた。
「ただ、毎回こっちで合わせる必要があります。ケーブルの取り回しが違う、端子が違う、固定位置が違う。同じ用途の部品でも、そのまま付く方が珍しいくらいで」
「一回合わせれば終わりじゃないの?」
「次に同じ物が来るとは限りませんからね。壊れて交換したら、また違う型が来ることもある」
なるほど。ジョブが言っていた、連邦規格へ寄せられるところは寄せたい、という話がそのままここにあった。
「じゃあ、まず部品?」
「部品だけじゃないよ」
横からパイロットの一人が入ってきた。
「照準系は何とかしてほしいですね。使えないわけじゃないですけど、機体ごとに癖が違いすぎる。中佐の機体とこっちじゃ同じ距離でも感覚が違うんで」
「お前はそこかい」
「推進器を弄るより先だと思いますよ。速くなっても当たらなきゃ意味ないでしょう」
別のところから笑い声がした。
「だったら通信もだ。レイブンと組んだ時、向こうのデータがこっちじゃ一回変換を挟むだろ。戦闘中に遅れるほどじゃないにしても、最初から同じ形式なら楽だ」
「おい、一気に増やすな」
俺が端末を開くと、シーマ中佐がこっちを見て笑った。
「欲しい物を聞くって言ったのはあんただろ?」
「そうだけど、全部通るとは言ってませんよ」
「分かってるさ。だから優先を決める」
シーマ中佐は自分の指揮官機の前まで歩いて、少し離れたところから全体を見た。
「まず、整備で毎回加工しなきゃ使えない物を減らす。今後も手に入る連邦規格へ寄せられる所は寄せる。そこが一番だ」
「性能じゃなくて?」
「動かなきゃ性能も何もないだろ。こっちは同じ機体を使い続けるんだ。交換部品が来るたびに博打するくらいなら、先にそこを揃えた方がいい」
整備員も頷いた。
「電装と消耗部品だけでも規格が決まれば助かります。全部変える必要はないです。無理に触ると、今度はゲルググ側の部品まで余計に替えることになるので」
「その辺はジョブにも見てもらいます」
端末へ一つ入れる。
「次は?」
「通信と識別だね。あんたらと一緒に動く以上、そこは同じ物が使える方がいい。指揮機だけじゃなく全機だ」
「センサーは?」
「欲しいさ。ただし、全部高級品にしろなんて言っても通らないだろ」
分かっている。それどころか、俺より申請する側の事情を考えている気がする。
「じゃあ三つ目にセンサーか火器管制?」
「そこは乗ってる奴らの意見を入れな」
さっき照準系の話をしていたパイロットが、少し考えてから答えた。
「俺なら火器管制ですね。センサー自体も古いですけど、見えてる目標にちゃんと合わせられる方が先です。連邦の試作品を付けるなら、その辺を試せませんか」
「試作品なら何でも付くわけじゃないから、そこは確認します」
「壊したら買い取りかい?」
シーマ中佐がすぐに聞いた。
「そこもまだ分かりません」
「先に確認しときな。評価用だと言って渡して、壊した後で弁償しろなんて話なら要らないよ」
「分かりました。返却条件と破損時の扱いも聞きます」
「それと、試したデータをどこまで渡すのか。あたしらの戦闘記録を丸ごと寄越せって話なら、それも別だ」
「必要な評価項目だけにできるか確認します」
シーマ中佐はそこでようやく満足したらしく、腕を組んだ。
「あたしの機体だけ特別扱いする必要はない。通信だけは指揮用に必要なら別だが、まず隊全体に回せる物からだ」
「推進系とか出力は?」
「今困ってない物を弄ってどうする。速さが足りなくて死にかけたら、その時考えるさ」
答えが早かった。
結局、端末に残った優先項目は思ったより少なかった。整備で連邦規格へ寄せられる部分。全機で使える通信と識別。火器管制を中心とした評価装備。それ以外は、使える物があるなら候補として見せてほしい、くらい。
「もっといっぱい言われると思ってました」
「全部付けて重くして帰ってこられなくなったら、笑えないだろ。それに、通りもしない要求を並べても時間の無駄だ」
「じゃあ、これで持って帰ります」
「待ちな」
帰ろうとした俺を、シーマ中佐が止めた。
「書いときな。補修部品は一回渡して終わりじゃ困る。今後も同じ規格を回せること。それが無理なら、最初から採用しない」
「ああ、それ大事ですね」
「大事だから言ってるんだよ」
最後にそれを追加した。
◇
レイブンへ戻ると、そのままジョブのところへ端末を持っていった。
「思ったよりまともにまとまってるな」
「どういう意味だよ」
「お前が聞きに行ったから、もっと色々持って帰ってくるかと思った」
「俺が決めたんじゃないって」
ジョブは端末を見ながら、項目を一つずつ整備記録と照らし合わせていった。
「電装系の規格合わせは賛成だな。全部交換する必要はないけど、補修で頻繁に触る所だけでも固定できればかなり違う。通信も今使ってる変換器を減らせるなら助かる」
「火器管制は?」
「実物次第。連邦側にゲルググへ載せられる評価品があるか聞かないと分からない。付いたとしても、照準器だけじゃなくセンサーとの接続まで見る必要がある」
「推進系は要らないって」
「その判断も悪くない。調子のいい所まで試作品に替える理由はないからな」
ジョブはシーマ隊から出た内容へ、交換頻度や調達実績を足していった。どの部品が何回不足したか、代用品を使った回数、加工が必要だった箇所。俺が聞いてきた「困っていること」が、軍へ出せる形の数字に変わっていく。
次はノエルさんだった。
「この内容なら、単純な物資要求より評価協力として出した方が通しやすいと思います」
ノエルさんはジョブがまとめた資料を確認しながら言った。
「通信・識別系は共同作戦時の運用改善。火器管制はゲルググMへの適合評価。互換部品については整備負担と継続補給の改善。目的を分けて出せます」
「シーマ中佐が、壊した時の扱いとデータをどこまで出すのか確認してくれって」
「そこは契約条件に追加する必要がありますね。評価品なら破損時の扱いを先に明記してもらいます。データも、必要項目を指定してもらった方がいいでしょう」
「丸ごと戦闘記録を出せって言われたら?」
「その場合は一度戻します。現行契約の範囲を越えるなら、こちらだけで決められません」
それで十分だった。
欲しいから出す。向こうが出せるか判断する。条件が合わなければ、また話す。最初にシーマ中佐と契約した時から、結局やっていることは変わっていない。
上申を送ったのはその日のうちだった。
返事はすぐには来ない。試作装備を実際に回せるか、在庫があるか、ゲルググMへ搭載できるか。向こうで確認することはいくらでもある。
シーマ中佐にも、提出した内容だけ送っておいた。
『これで全部かい?』
「聞いた内容とジョブの整備記録は入ってます。追加したい物があるなら今のうちです」
『ならいい。後から勝手に別の物へ替えるんじゃないよ』
「その時は先に聞きますって」
『その言葉、覚えとくからね』
通信はそこで切れた。
◇
シーマ隊の申請を出した翌日、レイブンのジャブロー帰投日程が決まった。
向こうが本隊の次期機候補を確認するよう指定してきた以上、いつまでも宇宙にいるわけにはいかない。シーマ中佐たちは予定されていた宇宙側の任務へ回り、俺たちは地球へ向かうことになった。
「シーマ隊の改修申請は、俺たちがジャブローにいる間に技術側でも確認されるそうです」
出発前、ノエルさんが更新された予定表を見せてくれた。
「返答が間に合えば、こちらで内容を直接確認できます」
「それならちょうどいいですね」
「本来の目的を忘れるなよ」
ブライトさんに言われた。
「分かってますよ。こっちの機体を見るんでしょう?」
「その言い方だと遊びに行くように聞こえる」
「ちゃんと評価しますって」
レイブンは予定通り地球へ降り、久しぶりにジャブローへ入った。
格納後、技術・評価側から渡された予定には、翌朝から搭乗者別の説明と機体確認が入っていた。俺たちが送ってきたデータをどう使ったのか、その場で説明するらしい。
整備区画へ運ばれていくRAVEN_CUSTOMを見ながら、俺は手元の予定表を閉じた。
まだこいつに乗る任務も残っている。
とりあえず今日は、長い移動の後でやることもなかった。