翌日、約束した時間にリリー・マルレーンへ移った。
シーマ中佐はブリッジにも応接区画にもいなかった。案内されたのは艦内の小さな打ち合わせ室で、入ると扉の近くにいた兵も外へ出された。机の上には端末が一台置いてある。
「ずいぶん用心してますね」
「だから直接来いって言ったんだよ。余所に聞かせるような話じゃない」
シーマ中佐は俺が座るのを待ってから、端末をこちらへ向けた。
「面倒なのから連絡が来た」
「誰です?」
「エギーユ・デラーズ」
やっぱりか。
共和国から受け取った所在未確認の部隊と将兵の資料を見た時から、可能性は高いと考えていた。終戦後も戻っていない人間はかなりいたけど、その中には前世で見覚えのある名前もあった。
だからといって、この世界でも同じように集まるとは限らない。ガルマ首相は生きているし、共和国そのものが戦争を終わらせている。シーマ中佐だって、今はこっちと契約して動いている。それでもデラーズが出てきた。やっぱりデラーズ・フリートをやる気なのか。予想はしてたけど、めんどいな。
「もしかして知ってたのかい?」
「いえ、知ってるのは名前だけですね。共和国からもらった資料にもありました。終戦後の所在が確認できてない将校です」
「それだけか?」
「今はそれでお願いします。それより、どういう連絡だったんです?」
シーマ中佐は一瞬だけ俺を見たけど、それ以上は聞かなかった。
「昔のつてを使ってきた。全部がそのまま残ってるわけじゃないが、少なくとも適当に拾った名前で送ってきたような物じゃない。デラーズ中将の下で旧軍の連中を集めている、あたしたちにも協力する意思があるかって話さ」
「何をするかは?」
「言ってこないね。まずこっちが話を聞く気があるか確かめたいらしい」
端末には受信記録の一部が残っていた。内容そのものは短い。こちらの戦力を寄越せとも、どこかへ来いとも書いていない。
「返事は?」
「話くらいなら聞くって返した。何をやらせたいのかも分からないうちから、参加しますなんて言うほどあたしは暇じゃないし行く気もないしね」
「切らなかったんですね」
「切る理由もないだろ。こっちから何か渡したわけじゃない。向こうが勝手に喋るなら、聞くだけ聞けばいい」
そこは俺が言うまでもなかったらしい。
「デラーズ中将について、どう思ってます?」
「昔から大義の好きな男さ。ギレン総帥のやったことを今でも正しいと思ってる連中の中心にいたってだけで、あたしには十分だね。今の共和国が戦争を終わらせたからって、一緒に銃を置くような男じゃない」
シーマ中佐は椅子の背にもたれた。
「それに、こっちは今さら公国のために死ぬ理由がない。うちの連中を食わせるだけなら今の方がずっとましだ。補給は来る、直す部品も来る、働いた分は契約通り出る。それを捨てて大義で腹が膨れるなら苦労しないよ」
「まぁ、ですよね」
「ただし、あたしに声をかけるくらいだ。少人数で隠れてるだけじゃない可能性はある。だから持ってきた」
連邦を信用したからという話じゃない。今の契約を続ける方がシーマ中佐と部下にとって得で、黙って後から疑われる方が損になる。たぶん、それで十分だった。
「分かりました。記録、持って帰っていいです?」
「写しならね。原本はこっちに置く」
「それでいいです。ゴップ大将に上げます。次が来ても、返事は待ってもらえます?」
「急かされたらそうするさ。ただ、こっちを試すために何かやれと言ってきたら、勝手には受けない。それでいいんだろ?」
「はい。その時は先に連絡ください」
シーマ中佐は頷いた。
「で、あんたはどう思ってる?」
「まとまって動く気はあるんだと思います。小さいことだけでは終わらないでしょうね」
「妙に慎重だね」
「外れることも多いんで」
それだけ答えて端末を閉じた。
◇
レイブンへ戻ってから、ブライトさんとノエルさんにだけ話を通し、その日のうちにゴップ大将との回線を確保した。画面の向こうで話を聞き終えたゴップ大将は、すぐには何も言わなかった。ノエルさんが転送した受信記録を確認してから、俺たちの方を見る。
『まず確認する。シーマ・ガラハウは参加を約束していない。相手へ渡したのも、話を聞くという返答だけだな?』
「はい。向こうから具体的な要求もまだありません」
『相手がBLACK RAVENについて知っている範囲は?』
「シーマ隊が連邦側と行動しているだろうことはある程度把握しているようです。ただ、連邦に完全に入ったと思ってないことや詳しいことを知っている様子はないそうです」
『次の連絡時期は』
「未定です」
ゴップ大将はそこでブライトさんへ視線を向けた。
『艦長としてはどう見る』
「接触を続けること自体は可能です。ただ、合流や直接面会を要求された場合は別です。そこまで行けばシーマ隊だけに任せるべきではありません」
『当然だな』
俺も同意だった。
『なら切らせる必要はない』
ゴップ大将はあっさり言った。
「続けさせますか?」
『向こうから開けてきた窓を、こちらから閉めてどうする。まだ居場所も規模も目的も分からん。シーマには今まで通り仕事をさせろ。その上で、連絡が来れば聞かせる』
少し間を置いて、続ける。
『ただし、こちらから餌を撒く必要はない。部隊の配置、任務、補給、装備、暗号、そういう物は一切出すな。物資を要求されても渡さない。攻撃や工作への協力を求められた場合も同じだ』
「じゃあ、どこまで返事させます?」
『無理に騙そうとするな。今連邦と契約して食っていることまで隠す必要はない。相手がそれでも声をかけてくるなら、条件を聞けばいい。向こうが勝手に期待していることまで訂正してやる義理もない』
ゴップ大将らしいと言えば、らしい。
『要するに、喋らせろ。シーマ隊を潜り込ませる必要はない。危険な要求が来たら、その時また判断する』
「了解です」
『それとイズミ少佐。前に共和国から受け取った所在未確認者の資料をもう一度洗え。今回の名前と繋がる者がいるかもしれん。ただし、名前が載っているだけで敵と決めるなよ』
「分かってます」
通信が終わると、ブライトさんが椅子へ背を預けた。
「当面は待つしかないな」
「ですね。居場所も分かりませんし」
「シーマ側が余計なことをしないなら、今のところこちらから動く理由もない」
ノエルさんはすでに共和国資料の検索を始めていた。
「関連がありそうなものだけ抽出します。確定情報と所在不明だけの人物は分けておきます」
「お願いします」
全員で残党狩りに飛び出すより、その方が早い。
◇
ゴップ大将の判断をシーマ中佐へ伝えると、返事は簡単だった。
「要するに、こっちから余計な物は出さず、向こうに喋らせりゃいいんだろ?」
「そういうことです」
「それなら今までと変わらないね。ただし、直接来いだの、何か襲えだの言い出したらそこで止めるよ。うちの連中を情報一つのために賭ける気はない」
「その時はこっちに戻してください」
「最初からそのつもりさ」
そこからしばらくは、本当にそれだけだった。レイブンはいつも通り護衛や残党処理へ出て、リリー・マルレーンも契約通りに動く。その合間に、忘れた頃になってデラーズ側から連絡が届いた。
最初はシーマ隊の規模を聞いてきた。シーマ中佐は答えず、逆に何をさせたいのか聞き返した。
次には、旧公国軍の志を失っていない部隊が集まりつつある、という話が出た。具体的な数は言わない。艦名も場所も出さない。ただ、一隻二隻の話ではないことだけは分かる。さらに後には、艦艇とMSだけではなく、弾薬や推進剤をまとめていることも見えてきた。
「ずいぶん集めてるな」
シーマ中佐から回ってきた記録を見ながら言うと、ノエルさんが頷いた。
「長期潜伏だけなら量が合いません。使用する前提で集めている可能性が高いです」
「いつ?」
「そこまでは分かりません。ただ、連絡の頻度は上がっています」
共和国側の未確認者資料とも、少しずつ重なる名前が出始めた。
戻っていない旧軍人。所在の消えた艦。戦後に登録された補給先と一致しない物資。一つずつなら何でもないものが、デラーズという名前を中心に置くとまとまり始める。それでも、何をやるのかまではそれだけでは分からなかった。
年が変わるまで遠くなくなった頃、シーマ中佐からまた連絡が来た。今度は俺もレイブンから直接聞いた。
『向こうが少し話を進めてきたよ』
「内容は?」
『近いうちに、まとまった行動へ移る。その前に、こっちの意思をはっきりさせろってさ』
「合流場所は?」
『まだ言わない。参加する気があるなら、次の連絡で指示を出すとよ』
とうとうそこまで来たか。
「返事は?」
『まだしてない。だから先にあんたへ回した』
「それで正解です。こっちでも上げます」
『ああ。ただ、いつまでも聞くだけじゃ済まなくなりそうだね』
シーマ中佐の言う通りだった。相手が何かを集めていることは分かった。近いうちに動くことも、もうかなり確かだった。
でも、肝心の何をするつもりなのかだけは、まだ向こうの中に残ったままだった。