シーマ中佐から最後の連絡を受けた翌日、予定していた訓練の時間を少しずらした。
ブリーフィングルームへ呼んだのは、アムロ、ララァ、クリスさん、クスコ、ジョブ。それにブライトさん、ノエルさん。普段なら任務前に使う部屋だけど、今回は端末の外部接続を切り、入室記録も必要な範囲だけにしてある。
「先に言っておきます。今日の話は、この部屋から出さないでください。まだ確定してない情報が多いです」
アムロが俺を見る。
「何かあったの?」
「シーマ中佐のところに、旧ジオン側から接触が来てる。相手はエギーユ・デラーズを名乗ってます」
アムロの表情が少し変わった。クリスさんは名前に覚えがないらしく、そのまま続きを待っている。クスコだけは小さく眉を動かした。
「デラーズ中将?」
「知ってます?」
「直接会ったことはないわ。でも名前くらいは。ギレン総帥に近い側の人間だったはずよ。終戦後にどうしたかまでは知らないけれど」
ノエルさんが壁面の画面へ、これまで拾った情報だけを表示した。
「現在確認できているのはここまでです。旧公国軍の認証系統を使用してシーマ隊へ複数回接触。所在不明になっていた旧軍人や艦艇の一部が、集まっている可能性があります。MS、弾薬、推進剤、補給物資も同様です。ただし、正確な数と所在は確認できていません」
「何をするつもりなの?」
ララァが画面を見たまま聞いた。
「分からない」
俺が答えると、アムロも資料へ目を落とした。
「集めてることは分かるけど、目的がわからないんだ」
「そう。シーマ中佐にもまだ言ってない。向こうが言ってきたのは、近いうちにまとまった行動へ移る、参加するなら次の連絡で指示を出すってところまで」
「シーマ中佐は?」
クリスさんに聞かれて、俺は首を振った。
「返事してません。先にこっちへ回してきました。そもそも参加する気はないようです」
「なら、そのまま切ればいいんじゃない?」
アムロの言い方は単純だったけど、別におかしくはない。
「普通ならそうしたいとこなんだけど。ただ、今切ると何を準備してるのか知る方法がなくなる」
「だから話だけ聞かせてるのか」
「ゴップ大将の許可も取ってる。こっちから部隊の情報や物資は渡さない。直接合流しろとか、何か襲えと言ってきたらそこで止める。それまでは相手が勝手に喋る分だけ聞く」
ブライトさんが補足した。
「シーマ隊を向こうへ潜入させるつもりはない。今まで通り契約任務を続けさせる。接触のために艦や部下を危険へ出すこともさせない」
「それなら分かったわ」
クリスさんは頷いたあと、もう一度表示されている物資の一覧を見た。
「でも、これだけ集めてるなら、一回戦って終わりって量じゃなさそうね」
「私もそう思います」
ノエルさんが別の一覧を開いた。
「通常の潜伏を続けるだけなら、推進剤と弾薬の増え方が大きすぎます。何かに使用する前提と見る方が自然です。ただ、それ以上は推測になります」
クスコが腕を組む。
「戦争が終わって三年近く経つのに、まだそこまで集められる人間が残っていたのね」
「驚かないんですか?」
「驚いてるわよ。でも、終戦したから全員が納得したなんて思ってないもの。ましてギレン派なら、共和国が戦争を終わらせたこと自体を受け入れてない人はいるでしょうね」
「ガルマ首相が生きてても?」
「それとこれとは別じゃない? ザビ家だから従うんじゃなくて、ギレン総帥の考えに従っていたなら」
そこは俺も同じことを考えていた。ガルマが生きている。共和国は戦争を終わらせた。シーマ中佐も、前世で知っている立場とはもう違う。それでもデラーズは出てきた。
どこまで同じで、どこから違うのかは分からない。
「今すぐどうこうする話じゃありません。通常任務はそのままです。ただ、いつ動いてもおかしくない相手がいることだけは知っておいてください」
「警戒するのはいいけど」
アムロが俺を見る。
「何か分かった時に、僕たちだけで先に行くつもりじゃないよね?」
「それは相手次第だろ」
「そういう答えするから聞いてるんだよ」
「艦を置いて勝手に飛び出したら止める」
ブライトさんが間に入った。
「相手の規模も場所も分からない。情報が出たからといって、レイブンが追える位置にいるとも限らない。まず軍令を通す。それは変えない」
「分かってますよ」
俺が答えると、アムロはまだ少し疑っていた。そんなに信用ないかな。
……ないかもしれない。
◇
ブリーフィングが終わってからも、午前中は普通に仕事が残っていた。
報告書を確認して、次の護衛任務の日程を見て、共和国側から届いた所在不明艦の記録をノエルさんと照合する。デラーズの名前が出たからといって、突然それ以外の仕事が消えてくれるわけじゃない。
自室へ戻れたのは少し遅くなってからだった。端末を机へ置いて、椅子へ座る。前世で知っていたデラーズ・フリートは、新しいガンダムを奪って、核を撃って、最後にはコロニーまで使った。思い出すだけなら簡単だ。問題は、今ここでそれを信じていいのかだった。
シーマ中佐は向こうにいない。ガルマは生きていて、共和国の首相になっている。一年戦争からこっち、知っていたはずの流れは何度も外れている。
だから、核が来るともコロニーが落ちるとも言えない。でも、起きないとも言えない。なら起きる前提で動いておかないと後悔するだろう。
「……めんどくさいな」
誰もいない部屋で言っても仕方がなかった。もし何か起きたとして、その時に一番困るのは何だ。敵が強いなら戦えばいい。数が多いなら他の部隊も呼ぶ。艦隊相手にレイブン一隻で突っ込む気はない。
どうにもならないのは、間に合わない時だ。遠くで何かが起きて、普通に艦で向かっていたら終わっている。MSだけ先に出そうとしても、今の機体は戦場の中で速いのであって、何万、何十万キロを一気に飛ぶために作っているわけじゃない。
RX-81RCはよく動く。なら、その機体を壊さずに、もっと遠くまで短時間で持っていく方法があればいい。そこまで考えて、俺は立ち上がった。
考えて分からないところは、分かる人間に聞けばいい。
◇
格納庫へ行くと、ジョブはネティクスの整備記録を見ていた。
「ジョブ、ちょっといい?」
「さっきの話なら聞いたぞ」
「そっちじゃなくて機体の話」
「嫌な予感しかしないな」
ジョブは端末を閉じなかった。
「言ってみろ」
「RX-81RCに、外付けで追加の推進器って付けられる?」
「付けるだけならな。何のためだ?」
「もっと速くする」
「帰れ」
「いや、真面目にだよ」
「俺も真面目だ。あれを普通に速くする必要がどこにあるんだよ」
言われてみれば、今の機体に不満があって来たように聞こえる。
「ちがうちがう、戦闘中の機動じゃない。もっと長い距離を、短時間で移動するため。艦で運んでる時間がない時に、RX-81RCだけ先に送るようなやつ」
「それは推進器を増やすっていうより、ブースターを背負わせる話だな」
ジョブがようやく端末から顔を上げた。
「どのくらい曲がれればいい?」
「ほとんど真っ直ぐでいい。進路を少し直せるくらい」
「戦闘は?」
「加速してる間はしなくていい」
「何回使う?」
「できれば切り離せるようにして、使い捨てでもいい」
ジョブは少し黙った。それからRX-81RCの方を見る。
「理屈だけならできると思う。この機体はそもそも拡張性が高い作りだからな。ただ、何をどこまで求めるか決めないと話にならないぞ。直線加速だけなら、姿勢制御に使う推進剤はかなり減らせる。問題は加速そのものと燃料だ」
「機体は?」
「今の数字だけなら、いきなりフレームがどうこうって話にはならないと思う。でも追加推進器の取り付け部に力が集中する。そこは計算しないと分からん。それより人間の方が先にきついだろ」
「一気に噴かさなければ?」
「段階的に上げるならピークは下げられる。時間との交換だな。最終的に欲しい速度が同じでも、何秒でそこまで持っていくかで全然違う」
そこまでは想像していた通りだった。
「じゃあ、何段階かで加速して、途中はほぼ直進。使い終わったら捨てる」
「簡単に言うなよ」
ジョブは俺を見た。
「あと、そんな物を作ってどこへ行く気だ?」
「まだどこにも」
「まだ?」
「何か起きてから考えてたら遅いかもしれないから、作れるかだけ先に知りたい」
ジョブは嫌そうな顔をしたけど、無理だとは言わなかった。
「技術側に回すなら要求書がいる。俺だけで作れる物じゃないし、RX-81RCなら本体側の資料も出してもらわないと無理だ」
「書けば検討できそう?」
「検討はな。完成するかは別だ。それとクリス大尉にも試験条件を見てもらうぞ。お前が乗れるって言うだけじゃ通さない」
「そこはお願いします」
「素直だと余計に怖いんだよな」
失礼な。
「まずゴップ大将に話してきます」
「一気に大将かよ…。まぁ勝手に工廠へこんなの送ったら俺まで怒られる」
さすがにそれはしない。
たぶん。
◇
ゴップ大将との回線が取れたのは、その日の夕方だった。
『それで、デラーズの報告の次は新しい推進器か』
「繋がってないわけじゃありません」
『なら繋がっているんだろう』
最初から誤魔化せそうになかった。
「相手が何をするかはまだ分かりません。ただ、もし遠距離で緊急事態が起きた場合、今の隊で一番どうにもならないのは到達時間です。レイブンが先に行けるなら問題ありません。でも、そうじゃない場合の手段がありません」
『軍艦は何のためにある』
「だから通常は艦で行きます。艦で間に合わない時だけです」
『随分と限定された話だな』
「限定されてる装備でいいです。ジーラインへ外付けして、ほぼ直進で高加速。常用しません。使い捨てでも構いません」
ゴップ大将はすぐには返事をしなかった。
『具体的に何を迎撃するつもりだ』
「分かりません」
『分からないもののために予算を出せと?』
「今すぐ完成品を作ってほしいとは言ってません。技術的に可能か検討する枠だけでも先に取れませんか。必要になってからゼロから始めるよりはいいです」
また少し間が空いた。
『整備班はなんと言ってた?』
「はい。要求を絞れば、検討はできるだろうと」
『機体への影響は』
「接続部と負荷計算が必要です。パイロット負荷も含めて、クリス大尉にも確認してもらいます」
『つまり、まだ何も決まっていない』
「はい」
そこは否定できない。ゴップ大将は端末の向こうで何か確認していた。
『なら、兵器開発ではなく技術検討として出せ。既存の増速装備や推進器で流用できる物がないか先に洗わせる。専用品を一から起こすのはその後だ』
「許可、もらえるんですか?」
『検討の許可だ。勝手に完成品が届くと思うなよ』
「思ってません」
『それと、イズミ少佐』
「はい」
『何を警戒しているか言えないのは構わん。だが、実際に使う段階で「何となく必要だった」は認めん。その時は使う理由を持ってこい』
「了解です」
通信が切れた。翌朝、格納庫へ行くと、ジョブはもうRX-81RCの背面装甲を見ながら端末へ何か書き込んでいた。
「早いな」
「検討だけは通ったんだろ。なら、取り付ける場所くらい先に見とく」
「まだ作るって決まってないぞ」
「だから見るだけだ」
俺も機体を見上げた。今のところ、背中にはいつもの装備しかない。
「使わないで済んだら一番なんだけどな」
「じゃあ作らなくていいか?」
「それは困る」
「だろうな」
ジョブは端末へ視線を戻した。
使うかどうかは、その時に決めればいい。今はまだ、間に合わない時の手段が一つ増やせるかどうか、それを確かめ始めただけだった。