年が変わってしばらくすると、忘れた頃に工廠から最初の返事が来た。
「これが今のところ一番ましだな」
格納庫の端でジョブが端末をこっちへ向ける。表示されているのはジーライン・カスタムの背面と、その後ろに取り付けられた追加推進器だった。俺が最初に考えていた物よりかなり大きい。推進器だけじゃなく、燃料を積む部分まで一体になっている。
「……でかくない?」
「長距離を短時間で飛ばしたいって言ったのお前だろ。推進器だけ増やしても、燃料がなきゃ途中で終わる。既存品をそのまま付けられる物はなかったから、使えそうな部品を組み合わせて専用の形にする案だとさ」
「これ付けたまま戦うのは?」
「できるかどうかなら別として、やる意味がない。重いし、横へ振り回すような姿勢制御は最初から考えてない。飛んで、少し進路を直して、用が済んだら切り離す。そのくらいに割り切った方がいい」
横で図面を見ていたクリスさんが接続部を拡大した。
「機体側には余裕があるから、付けるだけなら問題にならなそうね。ただ、最大推力を掛けた時にどこへ負荷が集中するかは、まだ計算だけ。人を乗せて試せる段階じゃないわ」
「一気に噴かさなければ?」
「段階的に上げる方がいいでしょうね。負担は抑えられる。でも、レンが平気そうだからって途中で予定以上に上げるのは禁止」
「まだ何もしてないのに信用ないな」
「今までの実績よ」
ジョブまで頷いている。そんなに酷かっただろうか。
「とりあえず、今の案で検討を続けるぞ。接続部はこっちでも見られるけど、推進器そのものは工廠側の仕事だ。完成がいつとか聞くなよ」
「聞こうと思ってた」
「だから先に言った」
急いで作らせても仕方がない。そもそも使う場所が決まっているわけでもないし、使わないで済むならその方がいい。俺が頼んだのは、間に合わない時の手段を一つ用意しておくことだけだった。
◇
それから時だけが進んだ。
レイブンはいつも通り船団護衛に出て、残党拠点らしいものが見つかれば確認へ向かい、空振りならそのまま次へ移った。シーマ中佐の隊も契約任務を続けている。デラーズ側からの接触も途切れたわけじゃないが、出てくる話は相変わらずだった。
人を集めている。艦が増えた。物資が動いている。
それ以上のことは、向こうも簡単には喋らない。一度、シーマ中佐に何か変わった話がないか確認した時も、返ってきたのは同じような答えだった。
『人数が増えてるのは確かだね。昔の所属まで持ち出して声を掛けてるらしい。けど、肝心の話はまだこっちにも寄越さないよ』
「参加するって言ってないからですかね」
『さあね。こっちが食いつくのを待ってるのかもしれないし、最初から全部教える気がないだけかもしれない。どっちにしたって、あたしから催促する気はないよ』
「それでお願いします」
『言われなくてもそうするさ。あんたらの情報まで土産にして入り込むほど、あたしはあいつらに会いたくないんでね』
それで通信は終わった。春が過ぎても、夏が過ぎても、大きな動きはなかった。
ブースターの方も忘れたわけじゃない。たまに工廠から新しい数字が来て、ジョブとクリスさんが確認する。アムロまで覗き込んで推進器の向きに口を出したこともあったが、結局まだ実機を飛ばすところまでは行かなかった。
デラーズが何かする前に完成させろ、と急かす気にもならなかった。俺自身、何に使うのか説明できないからだ。
そんな状態のまま、U.C.0083年の十月に入った。
◇
十月という表示を見た時から、なんとなく落ち着かなかった。
理由は分かっている。前世で知っている通りなら、この辺だ。A.E.の新しいガンダム。奪われる二号機。核。そのあとに続く、もっと面倒なこと。
もちろん、この世界でそのまま起きる保証なんてない。でもデラーズ紛争はここまでの動きからして起きると思っていい。ガルマは生きている。シーマ中佐はデラーズの下にいない。連邦側だって一年戦争の頃から変わっているし、俺たち自身が散々予定を狂わせてきた。
そもそも、ガンダム開発計画が前世と同じ形で存在しているのかすら知らない。
知らないから聞けない。ゴップ大将へ「最近、新しいガンダム作ってませんか」と聞いたところで、何の話だとなるだけだ。仮に本当に最高機密の開発計画があったとしても、理由もなく教えてくれるはずがない。それに既に色々怪しまれてるのにさらにひどくなる。
かといって、何もしないで待つのも嫌だった。
「……どうしようかな」
自室の机に肘をついて考える。場所を言えば不自然だ。日時まで言えばもっと不自然。機体の特徴なんて論外だ。でも、全部知らなくても警戒だけさせる方法はある。連邦が新しいガンダムを作っているらしい。その話を、残党側が知っている。
そこまでならどうだ。俺たちが残党を追っているのは事実だ。デラーズが人と物を集めているのも事実。その中で妙な噂を耳にしたと言えば、絶対にあり得ない話じゃない。
問題は、本当にそんな噂を聞いたわけじゃないことだった。
「……これ普通に嘘なんだよな」
偽の通信記録を作る気はない。ノエルさんに存在しない情報を捏造させるなんてもっと駄目だ。やるなら俺一人で、裏の取れていない噂として出すしかない。
それでも該当する計画が本当にあるなら、担当部署には届くかもしれない。新型ガンダムの情報が残党側へ漏れている可能性あり。それだけ聞けば、少なくとも警備くらいは見直すだろう。
「……怒られるだろうな」
まだ何もしてないのに、その部分だけはかなり自信があった。
◇
ゴップ大将へ直接回線を頼んだ。ブライトさんやノエルさんには先に話していない。今回ばかりは二人を巻き込む理由がなかった。
『珍しいな。報告書より先に直接話とは』
「ちょっと、確度が低すぎて報告書にしにくい話でして」
『嫌な前置きだな。言ってみろ』
画面の向こうのゴップ大将は、いつも通りだった。ここまで来てやめるなら、最初から呼ばなければいい。
「残党関係の情報を追ってる中で、連邦が新しいガンダムを作ってるって噂を残党側も知ってるらしい、という話がありました」
『噂とらしい、か怪しいのが二つ付いたな』
「はい。裏は取れてません」
『情報源は』
「残党筋です。これ以上は確認できてません」
口に出すと、思った以上に気分が悪い。ゴップ大将は少し黙った。
『デラーズか?』
「そこも分かりません。ただ、今の時期に向こうが人と物を集めてるのと重なるのが気になってます」
『新しいガンダム、だけか』
「それだけです。場所も、所属も分かりません」
これは本当に酷い報告だった。
『それで、私に何をしろと?』
「もし本当に該当する開発計画があるなら、情報管理と警備を確認してほしいです。できれば、奪取や破壊工作も想定して」
『ずいぶん話が飛んだな』
「分かってます。でも残党側が連邦の機密機を知ってるなら、見学したいだけとは考えにくいでしょう」
ゴップ大将の顔から、少しだけいつもの緩さが消えた。
『イズミ少佐』
「はい」
『お前、この話にどの程度の自信がある』
答えに詰まった。情報そのものは嘘だ。でも、この時期に何かあるという部分には嫌なくらい自信がある。
「……無視していい話じゃない、とは思ってます」
『質問に答えていないぞ』
「すみません。でも、それ以上の自信はありません」
また沈黙が落ちた。怒られるかと思ったが、ゴップ大将はすぐには何も言わなかった。
『場所も分からん。日時も分からん。機体も分からん。情報源も曖昧。これで部隊を動かすのは無理だ』
「はい」
『移送を止めろと言われても、何を止めるのかすら分からん状態だぞ』
「そこまでは言いません。該当する物があるなら、警戒だけでも上げるとか」
ゴップ大将が息を吐く。
『……情報漏洩の可能性としてなら回せる。実在する案件があるかどうかを、お前に返すことはできんがな』
「それで十分です」
『十分かどうかを決めるのはまだ早い』
そこは何も言えなかった。
『それと、この件は私から上げる。お前のところで変に裏付けを作ろうとするな。分からないものは分からないままにしておけ』
「了解です」
その言葉だけは、迷わず答えられた。偽の証拠まで作るつもりは最初からない。
『何か追加で出たらすぐ知らせろ。本当に残党側から続報があれば、今度は話が変わる』
「了解です」
通信が切れた。椅子へ深く座り直す。
「……やったなあ」
嘘をついた。軍で嘘を報告するのは想像以上に重い。それで何か変わるかは分からない。でも、何もしないよりはましだと思うしかなかった。
◇
数日後、ゴップ大将から短い連絡が来た。新型機を含む機密開発案件について、関係部署へ情報管理と警備体制の再確認を通達した。
それだけだった。何か該当する機体があるのか。どこにあるのか。どういう扱いになっているのか。当然、一つも書いていない。作戦室でその連絡を見ていると、ブライトさんが横から覗き込んだ。
「何の警戒強化だ?」
「ちょっと気になる話をゴップ大将に上げてました」
「聞いてないぞ」
「確度が低すぎたんで、俺から直接です」
「何を聞いた」
「残党側で、連邦の新しいガンダムの噂があるらしいって話です」
ブライトさんがこっちを見る。
「それで警戒強化まで通したのか?」
「ゴップ大将判断です。俺は確認してほしいって頼んだだけですよ」
「……また妙なところを拾ってくるな、お前は」
「俺もそう思います」
嘘は増やしたくないので、それ以上は言わなかった。ブライトさんも、機密区分の先まで聞き出そうとはしなかった。
「警戒が上がったなら、今はこちらでできることはない。通常任務は変えんぞ」
「分かってます」
「シーマ隊にも余計なことを探らせるな」
「それも大丈夫です。向こうから話が出た時だけで」
ブライトさんは一度だけ俺を見てから、自分の端末へ戻った。俺も連絡文を閉じる。これで本当に止まるなら、それが一番いい。あとになって、全部俺の勘違いだったと笑われるくらいでちょうどいい。
そう思いながら、俺は次の任務予定を開いた。
色々考えた結果直接行くのは部隊として不可能。どうにかするため嘘つくことにしました。