その連絡が入ったのは、十月十三日の午後だった。
俺は格納庫でジーラインの点検予定をジョブと確認していた。別に何か壊したわけじゃない。むしろ最近は普通に使って普通に戻している。それでもジョブは、俺が格納庫へ来るたびに一度は疑う。
「今日は何も壊してないぞ」
「今日は、って付けるから信用できないんだよ」
「じゃあ帰る」
「待て。次の定期点検の話が――」
そこで艦内放送が入った。
『イズミ少佐、ブライト少佐。至急、作戦室へお願いします』
ジョブと顔を見合わせる。
「呼ばれてるぞ」
「聞こえたよ」
端末を返して格納庫を出た。ノエルさんがあの声で急ぎと言う時は、だいたいろくな話じゃない。作戦室へ入ると、ブライトさんはもう席に着いていた。ノエルさんの前には軍の緊急情報が開かれている。ただし、画面に表示されている文章は短い。まだ詳細まで整理されていないらしい。
「何がありました?」
「オーストラリアのトリントン基地が襲撃されました」
足が止まりそうになった。名前を聞いた時点で、ほぼ分かった。
「襲撃部隊はジオン残党と見られています。基地側に損害。現在も状況確認中ですが、保管されていたガンダム試作MS一機が奪取されたことは確認されています」
「……奪われた?」
自分で聞き返しておいて、嫌になる。
「はい。機体名称などはまだこちらの閲覧区分には入っていません。襲撃側の詳細も不明です」
警告まで入れたのに、それでも止められなかったか。前世で知っていた通りなら、奪われたのは二号機だ。
でも、口には出せない。俺が知っていたのは、トリントンという場所も、十月十三日という日も、奪われる機体も全部だった。それを一つも言わずに「新しいガンダムの噂が残党側にあるらしい」なんて嘘だけ投げた。
警戒を上げるところまではできた。それ以上をやろうとしたら、今度は俺がどこでそんな情報を知ったのか説明できなくなる。
「先日の警告は該当部署へ届いてたんですよね?」
「ゴップ大将から来た連絡ではな。関連する機密開発案件について、警備と情報管理の再確認は実施されていたそうだ」
「じゃあ警戒してて、これか」
「警戒していたから絶対に防げる、という話でもない。お前の情報には場所も日時もなかったんだろう?」
「ありません」
ないんじゃない。言わなかった。ノエルさんが追加の情報を開いた。
「今回の注意喚起だけを根拠に、連邦全体の試作機移送や試験を停止する措置までは取られていません。そもそもBLACK RAVENへ回された情報にも、どの計画が該当するのかは記載されていませんでした」
「そうですよね」
あれだけの話で全部止められたら、それはそれで軍としてどうなんだという話になる。だから分かっていた。分かっていたけど、実際に奪われたと聞けば腹は立つ。
「地上側は?」
「現地部隊と、試作機を運用していた部隊が追跡に入っています。こちらへ増援要請は来ていません」
ブライトさんが俺を見た。
「先に言っておく。レイブンを地球へ降ろして追うのはなしだ」
「まだ何も言ってないですよ」
「顔に書いてある」
「俺、そんな分かりやすいです?」
「少なくとも今はな」
地上に降りれば、追えないことはない。でも、今からレイブンを向かわせても遅い。それに前世で知っている流れが残っているなら、地上には地上で追う連中がいる。俺たちがそこへ割り込んで、全員で一機を追い回す必要はない。
「分かりました。地上はそっちに任せます」
ノエルさんがこちらを見る。
「では、こちらは?」
「デラーズの方を追います。あれだけ人と艦と物資を集めてたのに、ガンダム一機盗んで終わりとは思えません」
これは前世知識を抜いても言える。ブライトさんもすぐ頷いた。
「同感だ。今回の襲撃がデラーズの指示かどうかはまだ確定していないが、関連があるなら本体は別にいる」
「シーマ中佐にも連絡していいですか?」
「事件そのものは軍内でも広がる。伝えること自体は問題ないだろう。ただし、向こうへ何か探りを入れろとは言うな」
「今まで通りですね」
「そうだ」
ノエルさんが情報整理の項目を作り始める。
「既存の残党情報を、今回の襲撃と直接関係するもの、デラーズ系統の可能性があるもの、関連不明に分け直します。補給と艦艇の移動についても再確認します」
「お願いします。宇宙で動いてる連中を優先で」
そこまで決めたところで、また新しい通知が入った。ノエルさんが開き、少しだけ表情を変えた。
「追加情報です。ゴップ大将から、直接回線を繋ぐようにと」
「早いな」
嫌な話ほど連絡が早い。
◇
『……お前の懸念は当たったな』
「止められませんでしたけど」
『場所も日時もない未確認情報で警戒を上げたんだ。お前が謝る話ではない。問題は、それでも抜かれたことだ』
怒っているようには見えなかった。だからといって機嫌がいいわけでもない。
「警備強化は入ってたんですよね」
『入っていた。情報管理の再確認もな。ただし、お前の話だけでは確度が低すぎた。該当する可能性のある案件を全停止するには根拠が足りん。今回の機体についても、計画そのものの機密区分が高い。詳細を広げれば、それこそ情報漏洩を増やすことになる』
「分かってます」
『なら、その顔はやめろ』
「見えてます?」
『見えているから言っている』
今日は顔に出る日らしい。ゴップ大将は手元の資料へ目を落とした。
『現時点では、地上の追跡は現地指揮系統に任せる。お前たちを下ろすつもりはない』
「こっちでも同じ話をしてました」
『結構。では次だ。デラーズの動きを追え』
やっぱりそこになる。
『まだ今回の襲撃をデラーズ本人が指揮したと断定する材料はない。だが、これまでの情報と合わせれば無関係と考える方が不自然だ。以前から追っていた艦艇、人員、補給の流れを洗い直せ。シーマ隊との接触も継続。ただし、こちらから危険な接触を要求するな』
「了解です」
『それと、今回の警告が当たったからといって、今後お前の勘だけで軍が動くと思うなよ』
「思ってませんよ」
当たったというより、知っていたんだけど。
『ならいい。追加情報が出ればこちらから回す』
「一つだけ。奪われた機体の詳細は?」
『お前の閲覧権限へ降りた時点で見ろ。私から先に喋る気はない』
やっぱり駄目だった。核が積まれていたなんてそうそう言えないか。
「了解です」
回線が切れる。ブライトさんが横から言った。
「聞くだけ聞くんだな」
「聞くのはただですから」
「大将相手にはほどほどにしろ」
それも今さらな気がする。
◇
奪取された機体の情報が、必要な範囲で黒鴉隊まで降りてきたのは少し後だった。作戦室へ呼ばれ、今度はアムロたちもいる。
「これ、本当なの?」
最初に口を開いたのはクリスさんだった。画面には、奪取された試作機について新しく開示された項目が表示されている。核兵器運用を想定した装備。そこを読んだ瞬間、前世で知っていたものとまた一つ重なった。
「本当みたいです」
俺はそれだけ答えた。ただ核を積んだバズーカごと盗まれたことまでは書いてない。
アムロが画面を睨む。
「核を使えるMSを、ジオン残党に持っていかれたってこと?」
「現在確認されている内容では、そうなります」
ノエルさんが答える。
「ただし、実際に核弾頭がどの状態にあるか、追跡部隊がどこまで把握しているかについては、こちらには全情報が来ていません」
「十分まずいだろ、それ」
珍しくジョブが整備の話じゃないところで口を挟んだ。
「MS一機なら壊せばいいって話じゃなくなってる」
「だから地上側も必死で追ってるでしょうね」
クリスさんが言う。
「でも私たちまで降りても、指揮系統を増やすだけよ。今から向かったところで後手後手になる」
「じゃあ僕たちはデラーズを探す?」
アムロが俺を見る。
「そのつもり。ガンダム一機を盗むためだけに、三年近く人と艦と物資を集めるとは思えない。核を使うのが目的だったとしても、その後どうするつもりなのかはまだ分からないし」
ララァはしばらく画面を見ていた。
「シーマさんのところには、まだ何も?」
「これから確認する。でも無理に聞き出してもらう気はないよ。向こうから何か言ってきたら、その時だけ」
「それがいいと思う」
クスコも頷いた。
「デラーズ中将が本当に関わっているなら、一機を手に入れたことで終わる人ではないでしょうね。何を考えているかまでは知らないけれど、これまで集めていた戦力がまだ残っているなら、そちらを見るべきだと思うわ」
結局、全員が出撃する話にはならなかった。今やるのは戦闘準備じゃない。探すことだ。
◇
シーマ中佐と通信が繋がったのは、その日の夜だった。
『聞いたよ。連邦のガンダムを持っていったんだって?』
「機密なので流さないでくださいね。デラーズ側から何か連絡ありました?」
『今のところは何も。けど、これだけ派手にやったんだ。いつまでも黙ってるとは思えないね』
シーマ中佐の声はいつも通りだったが、少しだけ低い。
「心当たりは?」
『ないよ。少なくとも、あたしにゃガンダムを盗むなんて話は一言も来てない。連中が全部こっちへ話してると思ってたなら期待しすぎだ』
「そこまでは思ってませんよ」
『ならいい。とうとう動いたってことだけは確かだろうさ』
それは俺も同じだった。
「こっちから聞き出しに行く必要はありません。次の連絡が来たら、そのまま内容だけ教えてください」
『今まで通りか』
「今まで通りです」
『了解。もっとも、向こうがいつまで話だけで済ませる気かは知らないけどね』
そこで通信は切れた。
最後の言い方だけ少し引っ掛かったが、今はどうしようもない。作戦室へ戻ると、ノエルさんがデラーズ関連の情報を整理し直していた。
地上では奪われたガンダムを追っている。俺たちは宇宙で、そのガンダムを盗ませた側を探す。
警告だけでは止められなかった。だったら、次に止められるところを探すしかなかった。
連邦さんさぁ…
一番大きな理由は忠告したのがゴップでGP計画の中軸がコーウェンだったことです