GP02が奪われてから、宇宙側の残党情報は目に見えて増えた。
増えたといっても、欲しい情報が増えたわけじゃない。旧公国軍系の艦艇らしい航跡が見つかった、補給物資がまとめて動いた、終戦後に所在不明になっていた人間が別の宙域で確認された。そんな断片ばかりで、肝心のデラーズ本人がどこにいるのかは相変わらず見えない。
茨の園が旧サイド5の暗礁宙域に建設されたというのは原作知識で知っていたけどこの世界には存在すらしなかった。本当にどこに隠れてるのかわからない。
「これだけ動いてるのに、本体だけ綺麗に隠れてるんですよね」
ノエルさんが整理した航路図を見ながら言うと、ブライトさんが腕を組んだ。
「見えるような動きをしていないから、今まで残っているんだろう。それに、全部がデラーズに繋がっているとも限らん」
「分かってます。だから面倒なんですよ」
怪しいものを全部追いかけられるほど、レイブンも暇じゃない。通常任務は残っているし、確度の低い情報へ片っ端から艦を向ければ、シンプルに手が足りない。
シーマ中佐の隊にも、今まで通り無理な探りは入れさせていなかった。向こうから話してきた分だけ聞く。GP02まで奪った以上、その状態がいつまでも続くとは思っていなかった。
◇
十月も半ばを過ぎた頃、シーマ中佐から優先回線が入った。
「シーマ隊からです。中佐本人がイズミ少佐との直接通信を希望しています」
ノエルさんの声に、俺は見ていた資料から顔を上げた。
「繋いでください」
画面が切り替わる。映ったシーマ中佐は、機嫌が悪いというより、何かを決めた後の顔をしていた。
『来たよ』
「何がです?」
『今度は参加する気があるか、なんて話じゃない。合流しろとさ』
ノエルさんの手が止まる。
「デラーズから?」
『そう見て間違いないね。指定された地点まで艦を動かせ。その後は向こうの指示に従え。随分と勝手な話だろ?』
「作戦内容は?」
『なし。ガンダムのことにも触れてない。何をするかは合流してから教えるつもりらしい』
これまでとは明らかに違う。参加するなら次の連絡で指示する、と言っていた。その次が来たわけだ。
「期限は?」
『あるよ。指定時刻までに来い。それだけだ』
いつの間にかブライトさんもこちらへ来ていた。
「中佐はどうします?」
答えはだいたい分かっていた。
『無視する』
シーマ中佐は迷わなかった。
「返事もしない?」
『する理由があるのかい? わざわざ「参加しません」なんて返してやったら、こっちが向こうに付かないって教えてやるようなもんだろ』
「まあ、そうですよね」
『向こうが勝手に来いと言ってるだけだ。時間になってもあたしらが来なきゃ、それで十分さ』
ブライトさんも異論はなさそうだった。
「こちらから合流を勧めるつもりもありません。指定地点へ近づく必要もないでしょう」
『そいつは助かるね。情報欲しさに敵の腹の中へ入ってこいなんて言われたら、さすがに契約を考え直すところだったよ』
「そんなことさせませんよ」
俺が言うと、シーマ中佐が少しだけ目を細めた。
『あたし一人ならまだしも、艦ごと行けば二十五人まとめて向こうの中だ。逃げられる保証もない場所へ、何をするかも知らされずに部下を連れていけるか』
「その判断でいいと思います」
これで、今までのやり方は終わりになる。デラーズ側が勝手に喋る分だけ聞く。参加するふりもせず、潜入もしない。向こうが本当に合流を要求してきた以上、ここから先の情報を取るには中へ入らないといけない。
そこまでさせる気はなかった。
「中佐」
『なんだい』
「この件、俺からゴップ大将に上げます」
『好きにしな』
「好きにします。それと、中佐たちのことも一緒に話します」
シーマ中佐の顔が少し変わった。
『あたしらの?』
「今まで三年近く、契約守って協力してくれたでしょう。海賊行為もやめて、こっちの任務にも付き合ってくれて、今回もデラーズには行かない。これから本格的に一緒にあいつらを止めるなら、終わった後まで今のままでいいとは思ってません」
『……何を言いたいんだい?』
「隊のみんなが普通に暮らせるようになる方向で、俺から大将に話します」
一瞬、シーマ中佐が黙った。
『ずいぶん勝手に話を進めるじゃないか』
「決めるのは俺じゃないですけどね。でも、上に話を持っていくくらいはできます。ここまで手を貸してもらって、デラーズとまで敵対して、それで終わったら知らないってのは嫌なんで」
『……大将が首を縦に振ると思ってるのかい?』
「分かりません。でも、前より材料はあります。今までの実績もあるし、今回のこともある。だから聞くだけ聞きます」
シーマ中佐はしばらく俺を見ていた。
『あんまり綺麗な話を信じる歳でもないんだけどね』
「俺も全部うまくいくとは言いませんよ。ただ、何もしないよりはいいでしょう」
『……まあね』
そこで、いつもの少し嫌そうな笑い方に戻った。
『なら、期待しすぎない程度に聞いとくよ』
「それくらいでお願いします。それと、これからは今までよりこっちと動きを合わせてもらいたいです。正式に黒鴉隊へ入れって話じゃありません。デラーズ側から敵扱いされる可能性がある以上、単独で離しすぎるのは危ない」
『契約の範囲でなら構わないよ。こっちも、今さらあいつらに追われてまで一人で好き勝手やる気はないからね』
「じゃあ、その方向で」
『ただし、守られるだけのつもりもないよ』
「知ってます」
むしろ、そっちの方が困る。
◇
シーマ中佐から送られてきた合流指示を添えて、ゴップ大将へ連絡を入れた。
『本格的に来たか』
「はい。指定地点へ艦ごと合流、その後は指示に従えという内容です。シーマ中佐は無視すると決めました」
『返答もなし?』
「なしです。向こうに立場を教える必要もないだろうと」
『妥当だな。こちらから参加を命じるつもりもない』
ゴップ大将は送った資料へ目を通す。
『指定地点は調べさせる。ただしシーマ隊もレイブンも近づくな。相手が来なかった部隊を待っている可能性もある』
「了解です。それで、大将。もう一ついいですか」
『その言い方をする時は、だいたい面倒な話だな』
「シーマ中佐たちの戦後処遇です」
ゴップ大将の目が少し細くなる。
『恩赦か』
「恩赦と、市民権です。できれば隊員全員。今までこっちとの契約を守ってきて、今回もデラーズには参加しない。これからは向こうと本格的に敵対して、黒鴉隊と一緒に動くことになります」
『だから今のうちに出口を作ってやれ、と?』
「はい。三年近く使うだけ使って、終わったら元ジオン残党だから後は勝手にしろ、はないでしょう」
ゴップ大将はすぐには答えなかった。
『お前は簡単に言うが、恩赦も市民権も軍だけで決められる話ではないぞ』
「分かってます。今すぐ出せとも言いません。でも、大将が動いてくれるかどうかは今聞けます」
『……随分言うようになったな』
「この件は最初から大将に面倒見てもらってますから」
ため息をつかれた。
『恩赦については、ここまでの協力実績だけでも材料にはなる。今回、デラーズの招集を蹴って連邦側で鎮圧に協力するなら、さらに強くなる。市民権についても同じだ。事件が終わった後、合法的に生活できる身分を与える方向で私から政府へ話を通す』
「本当ですか?」
『ただし、今この場で成立を保証はできん。議会も政府も通す必要がある。私の署名一つで全員の過去が消えるわけじゃない』
「それで十分です。大将が通す方向で動いてくれるなら」
『私も、三年近く使っておいて放り出すつもりはない。それに、ここまで来れば奴らを宙ぶらりんのままにしておく方が面倒だ』
いかにもゴップ大将らしい理由だった。
「毒ガスの件は?」
『それは分けろ。恩赦と生活の合法化とは別だ。本人たちが主張している責任転嫁まで覆すなら証拠が要る。命令系統なり記録なり、第三者へ出して通用するものがな』
「見つかった場合は即上げます」
『今回デラーズを追う中で出るなら、なおさらな。その時は私も使う』
そこまで言ってもらえれば十分だった。
『シーマにも伝えて構わん。ただし「もう恩赦が決まった」とは言うなよ』
「了解です」
『お前は時々、良い方へ話を丸めるから念を押している』
「信用ないですね」
『積み重ねだ』
どこかで聞いた言葉だった。
◇
その日のうちに、もう一度シーマ中佐へ回線を繋いだ。
『早かったね』
「大将と話せました」
『それで?』
「今すぐ正式決定じゃありません。でも、今回の件が終わったら、中佐たち全員の恩赦と、市民権を含めた合法的な身分を通す方向で大将が動いてくれるそうです」
シーマ中佐は何も言わなかった。
「今までの協力実績と、今回デラーズ側に行かず鎮圧へ協力することも材料にするって。政府や議会を通す必要があるから、絶対とは言えないそうですけど」
『……あの大将がそこまで言ったのかい?』
「はい」
『口約束じゃないだろうね』
「大将本人が自分から政府へ通すって言いました。これ以上は今の段階じゃ無理だと思います」
シーマ中佐が椅子にもたれる。
『市民権までか』
「中佐だけじゃなくて、みんなです。普通に暮らせる身分を作る方向で」
『普通に、ねえ』
その言い方に少し引っ掛かるものはあったけど、俺から余計なことは言わなかった。
『毒ガスの件は?』
「それは別です。汚名まで晴らすなら証拠が必要だって。でも、デラーズを追ってる途中で命令系統とか記録が出たら確保する。証拠が取れれば、大将も使うって言ってます」
『……そうかい』
しばらく間が空いた。
『なら、覚えとくよ』
「それだけ?」
『何を言わせたいんだい。泣いて喜べとでも?』
「いや、そこまでは」
『あんたが勝手に話を持ってったんだろ。だったら最後まで付き合いな』
「もちろんです」
『ふん』
そこでシーマ中佐は少しだけ笑った。
『じゃあ、こっちも契約分以上には働いてやるさ。デラーズの馬鹿どもを止めるんだろ?』
「お願いします。でも無茶はなしで」
『それはあんたが言われる方だろ』
反論できなかった。通信が切れたあと、俺は椅子にもたれた。これで何かが決まったわけじゃない。恩赦も、市民権も、まだ先の話だ。
でも少なくとも、デラーズを止めた後にシーマ中佐たちがどこへ行くのか、その道を作る話は始められた。
そして今は、その前にやることがある。話だけ聞いていればよかった時期は、もう終わった。