デラーズの放送が終わってからも、艦内はしばらく落ち着かなかった。対デラーズ任務への切り替えで各部署が動き始め、軍からも追加の通達が次々に届いている。俺もMS隊の即応状態を確認して格納庫から戻ったところで、もう一度ゴップ大将への回線を頼んだ。
さっき話したばかりだ。それでも、今のうちに確認しておきたいことがあった。
GP02が盗まれる前、俺が出せたのは「新型ガンダムの情報が残党側へ漏れているらしい」という、わざと曖昧にした話だけだった。場所も日時も言えなかったし、対象が何なのかさえ明かせなかった。それでも大将は上へ回してくれて、警戒自体は強化された。
そして実際にGP02は奪われた。今ではデラーズ自身がその機体を地球圏全体へ晒し、核攻撃用だと公表している。だったら、もう観艦式の危険まで俺一人が思いつくような話じゃない。
『どうした。さっき切ったばかりだぞ』
「大将、一つ確認したいんですけど。コンペイトウの観艦式、対策はもう動いてますか?」
『当然だ。核攻撃用の機体を敵に奪われたまま艦隊を一か所へ集めるんだぞ。あれほど分かりやすい標的もない。今日の放送を受けて、さらに警戒を上げる話も出ている』
「ですよね。俺も、かなり高い確率で来ると思ってます。できれば『可能性がある』じゃなくて、敵が核を撃ちに来る前提で警戒した方がいいかと」
『そこまで強く見るか』
「はい。デラーズは今日、自ら核攻撃用の機体を持っていると公表しました。隠しておくつもりもない。だったら、一番効果の大きいところで使うと考えた方がいいでしょう」
本当は、その先まで知っている。ガトーが観艦式を狙うことも、その後に別の作戦が続くことも。
でも観艦式については、もう前世の知識がなくても十分に警戒できる。俺がやるべきなのは、誰も気づいていないことを教えることじゃない。そこを絶対に軽く見ないでくれと念を押すことだった。
『分かった。観艦式側には核攻撃を具体的に想定した警戒を改めて上げる。中止まで持っていけるかは別として、迎撃側に核を意識させることはできる』
「お願いします」
そこまでは、たぶん俺が言わなくても動いていた。
問題は次だった。
「それともう一つあります」
『何だ』
「第2次コロニー移送計画です。移送中のコロニーにも、デラーズを想定した警戒を入れてください」
今度は、大将の返事が少し遅れた。
『……観艦式は分かる。だが、なぜそっちまで出てくる?』
「デラーズがそれだけで終わるとは思えないからです。あれだけの準備をして三年越しに動き出したのに、核を一発撃って終わりとは考えにくい。それに、移送中のコロニーは奪われた時の危険が大きすぎます」
『奪ってどう使うと考えている』
「ジオン復興を掲げる連中ですよ。象徴として考えるなら、コロニー落としです。移動中なら通常のコロニーより手を出す余地もある。何も起きなければそれでいいですけど、一度そこまで想像した以上、警戒対象から外すのは怖いです」
さすがにこれは観艦式ほど自然な予測じゃない。でも、一年戦争で実際にコロニー落としをやった組織の残党だ。完全に荒唐無稽な話でもない。
『……前のガンダムの件もある。根拠が薄いからと切って捨てる気はない。第2次コロニー移送計画の担当にも、デラーズによる奪取や妨害を想定して警戒を上げるよう話を回す』
「ありがとうございます」
『ただし観艦式と違って、こちらはお前の見立てに依る部分が大きい。そのつもりで扱うぞ』
「それで十分です。外れてくれた方がいい話ですから」
『観艦式も同じだ。警戒したから必ず止められるとは限らん』
「……分かってます」
そこは一度経験している。警告を出して、警戒もされた。それでもGP02は奪われた。
だったら今回は、警告した後のことまで考えておく必要があった。
◇
通信を切ったあと、俺はそのまま格納庫へ戻った。
ジョブは高加速ブースターの試験用ユニットを前に、接続部の確認をしていた。まだジーラインへ取り付けて飛ばす段階ではない。フレームと切り離し機構、推進系を順番に確かめている途中だ。
「ジョブ、ちょっと相談いい?」
「いいけど、何の話だ?」
「コロニーを完全に壊す兵器って作れると思う?」
ジョブの手が止まった。
「……何を?」
「コロニー。丸ごと一基」
「穴を開けるとか、区画を吹き飛ばすとかじゃなく?」
「全部。できれば地上まで落ちるような大きな破片も残さないくらいに」
冗談だと思った様子はなかった。ただ、すぐに答えもしなかった。端末から目を離し、少し考えてから口を開く。
「それは俺に聞く範囲を超えてる」
「やっぱり?」
「ジーラインに何を積めるかとか、これ以上重くしたらどこに負担が来るとかなら見られる。でもコロニー一基をどう壊すかなんて、兵器設計だけじゃなく構造解析まで絡むだろ。俺が適当に『これならいける』って言っていい話じゃない」
ジョブはブースターの表示を閉じ、別の画面を出した。
「そもそもMSで運べるものには限界がある。大きな弾を持たせれば済むって話でもないだろうし、どう壊せば全体が崩れるかも俺には分からない。ちゃんと兵器開発の連中に話を通した方がいい」
「ジョブでも分からない?」
「わかるわけないだろ。だから専門家がいる。機体側の限界ならこっちで出せる。ジーラインがどれだけの重量を持てるか、ブースターを使った時にどこまで速度を上げられそうか、その辺は資料にできる。その先は向こうに判断してもらえ」
こういう時に分からないと言ってくれるのは助かる。
「分かった。大将に頼んでみる」
「一応聞くけど、なんで急にコロニーを壊す話になった?」
「第2次コロニー移送計画の方にも警戒を入れてもらった。もし奪われて、本当に地球へ落とされそうになったら、その前に壊したい」
「あぁ、なんでそこまで思いついたかは置いといて。なるほどな。使わないで済むのが一番だけど、最後の手段だけ用意しとくってことか」
「そういうこと」
俺はもう一度ブースターを見た。最初にこれを頼んだ時は、何か起きた時の保険だった。ここまでくると保険という話ではなくなった来た。
◇
ゴップ大将へ三度目の連絡を入れた時は、さすがに少し間が空いた。
『今度は何だ』
「コロニーを完全に破壊できる兵器を用意したいんです」
『……さっき警戒させろと言っていたコロニーか?』
「それだけじゃないです。万が一、コロニーそのものが地球へ落ちる軌道に入った時の最後の手段です。ジョブに相談したら、兵器開発へ正式に回した方がいいって言われました」
大将はしばらく黙った。
『お前が欲しいのは、軌道を変える手段ではないんだな』
「はい。落下を止められないなら、落ちる前に全部壊したいです。できれば大きな破片も残さないくらいに」
『随分と大きく出たな』
「できるかどうかも分からないですけど」
『それなら技術屋に聞け。私にコロニーの壊し方を聞かれても困る。兵器開発側の責任者を繋ぐ』
余計な技術論を始めず、そのまま担当へ即回してくれるのは早かったさすが大将というべきか。回線が一度切り替わり、しばらくして別の人物が映る。肩書きだけが表示され、連邦軍の兵器開発部門をまとめる立場だと分かった。
『イズミ少佐ですね。ゴップ大将から概要は聞きました。最初に結論を言います。コロニー一基を完全に消滅させる兵器を、モビルスーツ一機で運用するという要求なら不可能です』
「やっぱり無理ですか」
『規模が違いすぎます。区画を破壊する、外壁を貫く、局所的に構造を崩す。そこまでなら手段はいくつも考えられる。しかし全体を細片にし、危険な質量まで残さないとなれば、MSが携行できる兵器の範囲ではどうにもなりません』
即答だった。
俺が想像していたより、はっきりした否定だった。
「じゃあ、完全に消すのは無理でも、全体を壊すところまでなら?」
『条件を変えれば、検討の余地はあります』
「どういう条件です?」
『兵器そのものに必要なエネルギーを全部持たせるのを諦めることです。MSが運搬できる限界に近い質量を持たせ、それを十分な速度で目標へ打ち込む。母機が持っている速度を投射物へ乗せられるなら、その分は破壊力として利用できます』
そこで格納庫のブースターを思い出した。
「今、ジーライン用に高加速ブースターを作ってます。ほぼ直線で速度を稼ぐためのものです」
『資料を送れますか』
「すぐ出します」
ジョブから共有されている仕様を転送する。相手はしばらく無言で資料を読み、何度か表示を切り替えた。
『これは兵器搭載用として設計されたものではありませんね』
「最初は別の目的で頼みました」
『その方がいいでしょう。計画自体は分けたままにしてください。ただ、これで十分な速度を得られるなら利用価値はあります。兵器側で必要なエネルギーをすべて用意せずに済む』
「じゃあ、重いものを持って思い切り加速して、そのままぶつければいい?」
『そこまで単純ではありません。コロニーは均一な塊ではない。適当な場所を破壊すれば、巨大な破片を作っただけで終わる可能性もあります。どの方向から、どこへ、どれだけ深く作用させれば全体構造が連鎖的に崩れるか、その解析が必要です』
完全に消すことはできない。でも、一つのコロニーとして残さないところまで壊す可能性はある。
「MSで運べる限界まで重くして、できるだけ速度を乗せて、壊れる場所へ打ち込む。そこまでやれば?」
『理論上は、コロニー全体を一つの構造物として維持できない状態へ持っていける可能性があります。ただ、現時点ではそれ以上は言えません。必要な質量も速度も、投射方法も、命中させるべき位置もまだ出ていない』
「それでいいです。検討を始めてもらえますか」
『正式な指示が出れば着手します。こちらとしても、コロニー落下への対処手段を持つこと自体には意味があります』
その言葉が終わる頃には、ゴップ大将も同じ回線へ戻ってきていた。
『話は聞いた。検討を始めろ。ジーラインとブースター側の資料はBLACK RAVENから出させる』
『了解しました』
「大将、ありがとうございます」
『礼は完成してからにしろ。そもそも使わないで済むなら、その方がいい』
それはその通りだった。
「兵器の方は専門家に任せます。ただ、できるだけ全部壊せる方向でお願いします」
『目標としては承知します。ただし、完全消滅は保証できません』
「分かってます。それでも、可能なところまでお願いします」
回線を切ったあとも、手元には送ったばかりのブースター資料が残っていた。
観艦式も、コロニーも、警戒で止められるならそれが一番いい。何も起こらず、こんな兵器が図面のまま終わるなら、それでいい。
それでも止まらなかった時のために、今度は先に手を打っておくことにした。