レイブンが落ち着いて停泊している時間はほとんどなくなった。
デラーズが名乗ったことで、これまで所在の曖昧だった残党まで動き始めている。救援要請が入れば向かい、別の部隊が対応できるなら戦域を譲る。何度かMSを出したが、前の輸送船団襲撃ほどまとまった戦闘にはならなかった。
「これで固定側は一通り終わり?」
「ああ。推進器単体の試験も問題なし。次は切り離しを何回かやって、その後に機体へ付ける」
ジョブは試験架に載った高加速ブースターの接続部を端末で確認していた。完成品にはまだ遠いが、最初に見た図面だけの状態から考えれば形にはなっている。
「兵器開発の方から来てた資料要求は?」
「昨日返した。ジーラインの搭載限界と、追加重量を載せた時の姿勢制御データ。向こうが欲しがってたのはその辺だな。ブースターの数字も渡したけど、こっちから言えるのは機体側までだ」
「了解。あとは向こうに任せる」
コロニーをどう壊すかは専門家にまかせる。必要な条件を出すのは開発部で、こちらがやるのはジーラインで何ができるかを正確に渡すことだけだった。ちょうどそこへ、格納庫のスピーカーから呼び出しが入った。
『イズミ少佐、ノエルです。時間が取れたら情報室へお願いします』
「今行きます」
ジョブが端末から顔を上げる。
「出撃か?」
「ノエルさんがあの言い方なら違うと思う」
俺はヘルメットを置いたまま格納庫を出た。
◇
情報室にはノエルさんのほか、ブライトさんもいた。壁面表示には通信記録や人員名簿らしい資料がいくつか開かれていたが、俺が入るとノエルさんは余計な前置きをせず、一つの名前を中央へ出した。
ルードル・アサクラ
これはあのアサクラ大佐か?
「この人物について、シーマ中佐へ確認を取りたいと思っています」
「デラーズ側に参加しているのか??」
「その可能性が高くなりました。ただし、現在位置は不明です」
ノエルさんは別の資料へ表示を切り替えた。
「先日の拿捕艦から回収した命令系統の識別符号だけでは人物まで追えませんでした。その後、別戦域で回収された通信と捕虜供述を連邦軍側で照合しています。そこへ旧ジオン軍の記録を重ねた結果、この名前が複数回出ました」
「現在の命令を直接出してるって証拠は?」
「ありません。そこはまだ推定です。ただ、デラーズ側の部隊間連絡に関係する情報と、一年戦争当時の軍務記録の両方に接点がありますし、佐官級の人物なので」
ブライトさんが表示されている資料へ目を向けた。
「だからシーマ中佐か」
「はい。旧記録の中に、彼の副官に彼女がなっていた期間がありました。ただ、こちらに残っている資料だけでは穴だらけで細かい部分を断定できません」
画面には古いジオン軍の記録が出ている。ところどころ欠落していて、これだけ読んでも何があったのかまでは分からない。
シーマ中佐なら分かるかもしれない。いや、前世の記憶通りならわかるはずだ。
「繋ぎましょう」
しばらくしてリリー・マルレーンとの回線が開いた。画面に出たシーマ中佐は、いつものように椅子へ深く座っていた。
『なんだい。今度はどこへ行けって話だ?』
「今日は情報確認です。一人、名前を見てもらいたくて」
『名前?』
ノエルさんが資料を送る。
「ルードル・アサクラ大佐です」
シーマ中佐の視線が止まった。何か言うと思ったが、しばらく黙ったまま画面を見ている。やがて背もたれから身体を起こした。
『……その名前、どこで拾った?』
「複数の記録を照合して出ています。現在もデラーズ側の活動に関係している可能性がありますが、所在までは分かっていません」
『可能性ってのは?』
「直接命令を確認したわけではありません。ただ、最近回収された通信と旧ジオン軍資料の双方に接点があります」
シーマ中佐は小さく舌打ちした。
『生きてた上に、まだあっちにいるってわけか』
「知ってる人なんですね」
『知ってるなんてもんじゃないよ』
声は荒くなったが、怒鳴りはしなかった。
『毒ガスの件だ。あたしらに命令をしたのはあの男さ。仕事が終わった後、本人は無関係を主張して全ての責任をこっちへ押し付けた』
それだけ言うと、一度口を閉じた。俺も続きを急かさなかった。以前聞いた話と今の名前がつながれば、それで十分だった。
ノエルさんが確認する。
「アサクラ大佐本人が、作戦命令に直接関与していたと?」
『あれが毒ガスだったかあいつが知ってたかはしらないが。少なくとも、何も知らない人間じゃない。命令がどこから来たか、終わった後に何をしたか。あいつを押さえられりゃ、聞けることは山ほどある』
「当時の命令書や通信記録の所在について、心当たりはありますか?」
『そこまでは知らないね。あたしらに全部見せて仕事させてたわけじゃない。ただ、本人が生きてるなら話は変わる』
シーマ中佐の声が少し低くなった。
『レン。もしこいつが出てきたら、殺すな』
「俺もそのつもりです」
『勘違いするんじゃないよ。あたしが殺したくないって話じゃない』
「分かってますよ」
『死体になったら喋らない。あいつの口だけじゃ足りないなら、持ってる記録も押さえる。艦でも端末でも何でもね。三年待ったんだ。ここで頭に血が上って終わらせるほど安くない』
その言葉の方がシーマ中佐らしかった。
「こちらも確保優先で情報を回します。ただ、まだ居場所は分かってません。今の段階で追える材料もないです」
『分かってるよ。名前が出ただけでも今までよりマシさ』
ブライトさんが会話へ入る。
「連邦側の情報照合は継続する。本人と確認できた場合には、可能な限り生存確保を優先するよう上へも伝える。ただし、戦闘状況によっては保証できない」
『そんなもん保証しろなんて言わないよ。こっちだって、あいつ一人のために部下を死なせる気はない』
「それなら話は早い」
『ただし見つけた時は、あたしにも知らせな』
「もちろんです」
俺が答えると、シーマ中佐は少しだけ表情を緩めた。
『なら今はそれでいい。ほかに用がないなら切るよ』
「はい。また何か出たら連絡します」
『頼んだよ』
回線が切れた。画面が暗くなってから、ノエルさんがアサクラの資料へ新しい注記を加えた。
「関係者証言としてシーマ中佐の内容を記録します。ただし、これだけでは毒ガス事件の公式な裏付けにはなりません」
「それでいいです。今は現在のデラーズ側とのつながりを優先してください」
「はい。連邦軍情報部にも照合継続を返します」
ブライトさんはしばらく資料を見たあと、古い記録の表示を閉じた。
「所在が出るまでは通常任務を続ける。アサクラ一人に部隊全体を引っ張られるな」
「了解です」
結局、今すぐできることが増えたわけじゃない。アサクラがどこにいるかは分からないし、本当に現在のデラーズ側でどの程度の立場にいるのかもまだ見えていない。
ただ、これまで過去の話にしか出てこなかった名前が、現在の資料にも現れた。それだけ覚えて、俺は情報室を出た。格納庫へ戻る途中、端末に新しい共有情報が届く。コンペイトウ周辺の警戒態勢更新だった。GP02はまだ見つかっていない。
内容を確認して閉じる。格納庫では、さっきまで試験架に載っていたブースターの切り離し機構を、ジョブたちがもう次の試験へ向けて組み直していた。
「話、長かったな」
「ちょっと人の名前が出てきただけ」
「出撃は?」
「今のところなし」
「ならこっち見てくれ。分離側、次の試験条件を変える」
ジョブが端末をこちらへ向けた。俺はその横へ入り、表示された数字を追った。
アサクラ大佐の名前はどの資料にも見つからなかったため今作の創作になります。許してください