荷物だけ部屋へ放り込んで、大将付きの部署へ向かった。ジャブローを出る前にも何度か通った区画だけど、数日ぶりに戻ると妙に勝手が違って見える。受付で名前を告げると、待っていたらしい士官がすぐに立ち上がった。
「イズミ大尉、お待ちしていました。移送対象者は到着済みです」
「やっぱりクスコさんですか?」
「はい。クスコ・アル。現在はこちらの管理区画にいます。面会できますが、その前に一点だけ。本人の意思確認は大尉から行ってください」
「俺から?」
「そのために呼ばれています」
だったら最初からそう言ってくれればいいのにと思ったけど、場所を聞いてそのまま案内してもらった。
面会室の前には警備兵が控えていた。捕虜を閉じ込める独房みたいな場所ではないけど、自由に歩き回れるわけでもないらしい。扉が開くと、室内の椅子に座っていたクスコさんがこちらを見た。一年戦争が終わってから、それほど時間は経っていない。それでも最後に見た時より顔色はよくなっているように見えた。
「お久しぶりです」
「ええ。……ずいぶん立派な階級章を付けてきたのね」
「そこからですか」
「だって気になるでしょう。少し見ない間に大尉になっているんだもの」
「俺もまだ慣れてません」
クスコさんは小さく笑った。連邦の施設の中で会っていることを除けば、前に話した時とあまり変わらない。向かいへ座ってから、何から言おうか少し迷った。部隊の説明から入るより、先に言うべきことがある。
「迎えに来ました」
「……本当に来たのね」
「約束しましたから」
「覚えていたかどうかを心配していたわけじゃないわ。でも、あなた自身がこんなに早く来るとは思ってなかった」
厳密には向こうからジャブローまで運んでもらった後だけど、それを言うのは野暮だろう。
「俺が隊長をやることになりました。連邦軍の正式な部隊です。残党の対応とか、試験機とか、普通の部隊だと扱いにくい仕事をまとめてやることになるみたいで」
「ずいぶん曖昧ね」
「まだ艦も出来てませんから」
「それで隊長だけ先にいるの?」
「はい」
「大丈夫なの、それ」
「俺も少し不安になってきました」
からかわれているのか、本気で心配されているのか半々くらいだと思う。
「それで、クスコさんにも来てほしいです。パイロットとして」
「私を連邦軍人にするつもり?」
「そうなります」
さっきまでの柔らかい表情が少しだけ変わった。
「私が連邦を信用しているように見える?」
「見えません」
「即答するのね」
「そこを誤魔化しても仕方ないですから。俺だって、連邦なら全部信用できると思ってるわけじゃないですよ」
クスコさんは黙って俺を見た。こういう時、ニュータイプなら相手の考えていることが全部分かる、なんて便利なことはない。待つしかない。
「あなたの隊なら、何が違うの?」
「何でも好きにできるわけじゃないです。ゴップ大将の直属ですし、連邦軍の部隊なのも変わりません。ただ、誰を使うか、どういう方針で動くかはかなり任せてもらってます。少なくとも、クスコさんを元ジオンだからって使い捨てるつもりはありません」
「あなたがそうしなくても、上から命令が来るかもしれないわ」
「その時は俺が先に話を聞きます。それでも駄目なら……その時に考えます」
「そこはもっと格好よく言い切るところじゃない?」
「できない約束はしたくないので」
少しの間があって、クスコさんが息を吐いた。
「そういうところは変わらないのね」
「褒めてます?」
「半分くらいは」
どこかで聞いたような返しだ。
「一つだけ確認していい?」
「はい」
「あなたが間違っていると思ったら、私は従わないわよ。あなたが隊長でも、命令だからって何でも聞くつもりはない。それでも私を誘う?」
「むしろ、その方が助かります。全員が俺の言うことを何でも聞く方が怖いです」
「そこまで自覚があるなら、少しは安心かしら」
クスコさんはそこで一度言葉を切った。
「分かった、行くわ。連邦を信用したからじゃない。あなたが本当に迎えに来たから、もう一度あなたに賭けてみる」
「ありがとうございます」
「ただし、変な命令をしたら止めるから」
「ブライトさんにも同じことを言われそうです」
「止める人が多い方があなたにはちょうどいいんじゃない?」
否定できなかった。面会を終えて廊下へ出ると、さっきの士官がまだ待っていた。
「本人、了承してくれました」
「承知しました。では転入処理へ移します」
「審査はこれからですよね?」
俺が聞くと、士官は手元の端末を確認してから首を横に振った。
「必要な審査はほぼ終了しています。戦時中の記録、捕虜としての事情聴取、身元確認、配属先の受け入れ承認まで済んでいます。残っていたのは本人の同意だけです」
「……それ、先に聞いてないんですけど」
「先に伝えれば、大尉からの打診が事実上の決定通知になりかねませんので。本人が自由に判断したという形を残す必要があります」
「ああ……それは、まあ」
言われてみればその通りだ。
「階級は伍長として受け入れる予定です。正式書類は後ほど本人にも交付されます」
「そこまで決まってたんですか」
「大将の承認を得た案件ですから、手続きを止める理由がなければ先に進めます」
「分かりました。お願いします」
ゴップ大将がどこまで自分で触っているかは知らないけど、少なくとも俺が高速艇で飛び回っている間に、こっちの仕事はかなり進んでいたらしい。
「もう一点。ブライト・ノア大尉とミライ・ヤシマ少尉も到着しています。両名とも配属に関する正式命令を受領済みです」
「今、会えます?」
「所在を確認します」
帰ってきた途端に予定が増えていく。結局、部屋へ戻る前にそちらへ回ることにした。
ブライトさんとミライさんは、二人に割り当てられた待機室にいた。入るなりブライトさんが俺の階級章を見て、それから一度ため息をつく。
「聞いたぞ。お前が隊長で、俺が改修艦の艦長だそうだな」
「はい。正式に連絡来たんですね」
「命令書まで届いている。ついでに大尉への昇進もな。まったく、戦争が終わったと思ったら今度は新造同然の艦を預けるときた」
「おめでとうございます?」
「なぜ疑問形なんだ」
「俺も似たような感じだったので」
横でミライさんが笑った。
「レン、お帰りなさい。人集めは終わったの?」
「一応。結構断られましたけど、来てくれる人もいます。クスコさんも今、了承してくれました」
「そう。無事に話せたのね」
「はい。ミライさんも正式に?」
「私にも命令は来ているわ。ただ、艦での細かい持ち場まではまだ聞いていないの。艦自体が改修中だもの」
そこを勝手に決められていないと分かって少し安心した。
「ブライトさん、これからよろしくお願いします。隊の方は俺がやりますけど、艦のことは任せます」
「言われなくてもそのつもりだ。先に言っておくが、お前が隊長でも艦を危険に晒す命令なら止めるぞ。戦闘を続けられないと判断したら、撤退もこちらで決める」
「お願いします」
「……そこは少しくらい嫌そうな顔をしろ」
「止めてもらえる人を探してたくらいなので」
「最初から止められる前提で動くな」
「二人とも、再会してすぐ無茶をする前提で話すのはやめたら?」
ミライさんに言われて、俺とブライトさんは揃って黙った。まだ艦は改修中で、乗員も全部揃っていない。正式に動き始めてもいないのに、艦を沈めるだの撤退だのと話している方がおかしい。
「とにかく、これからよろしくお願いします」
「ああ。こちらこそな」
「私もよろしくね、レン」
「はい」
ブライトさんたちと別れたあと、ようやく管理施設へ戻った。
部屋の扉を開けると、アムロが端末を見ていて、ララァは窓際にいた。俺が入ると二人ともこちらを見る。
「遅かったね」
「ただいまくらい言わせてよ」
「お帰りなさい、レン」
ララァに先に言われた。
「ただいま。疲れた」
「人と話すだけで?」
「数日ずっとやってみろよ。戦闘とは違う疲れ方するから」
「僕はやらないよ。レンが隊長なんだから」
「こういう時だけ部下みたいなこと言うな」
アムロが少し笑ったので、空いている椅子へ座った。
「それで、どうだったの?」
「かなり断られた。でも来てくれる人もいる。クリスさんとノエル軍曹、それにリリス少尉とジョブさん。クスコさんもさっき話して、来てくれることになった」
「クスコさんも?」
「ああ。ブライトさんとミライさんももう着いてる。二人とも正式な命令が来てた」
アムロは少し考えるように視線を落とした。
「クリスさんも来るんだ」
「うん。そこは結構あっさり決まった」
「そう……なら、機体のことも相談できそうだね」
何の機体になるかはまだ聞かされていない。そこは今考えても仕方ないので、俺は肩をすくめた。
「セイラさんたちは?」
「セイラさんとハヤトとカイさんは断ったよ。みんな自分で決めたことだから、それでいいと思う」
ララァは黙って聞いていた。何か考えているのは分かったけど、それが何なのかまでは分からない。しばらくして、ララァが俺の方へ向き直った。
「レン、私もお願いしていい?」
「何を?」
「私もMSに乗りたい」
一瞬、何を言われたのか理解するのが遅れた。
「……パイロットになるってこと?」
「ええ。私もみんなと戦いたい」
アムロも端末から顔を上げていた。
「ララァ、本気なの?」
「本気よ」
声はいつもと変わらない。勢いで言ったようには聞こえなかった。
「どうして急に?」
「急に決めたわけじゃないわ。レンが出ている間、ずっと考えていたの。隊に入ることは決めた。でも、その中で私は何をするのかって」
ララァは少し言葉を探した。
「戦うことがいいことだとは思っていないわ。でも、危ないから後ろにいることだけが私の役目だとも思わない。今度は、自分でできることを選びたいの」
俺はアムロを見る。アムロも困ったような顔をしていた。
「MSは、感じるだけじゃ動かせないよ。姿勢制御もあるし、推進の使い方も覚えなきゃいけない。相手が見えることと、自分の機体を動かせることは別だ」
「分かってる。だから教えてほしいの」
「乗ったことはないんだよね?」
「ないわ」
そこでララァは少し笑った。
「でも、自信はあります」
「どこから来るの、その自信」
「分からない。でも、できると思うの」
それはニュータイプの予言というより、単純に本人がやってみたいと言っている顔だった。原作知識から言えばきちんと訓練すればしっかり乗れそうではあるが。
「戦闘になれば撃たれるよ。訓練と違って、失敗したら死ぬこともある」
「それも分かっています。全部分かっているとは言わない。でも、危ないから選んではいけないとは思わないわ」
そこまで言われれば、俺が決めてしまう話でもない。
「……分かった。ただし、いきなり実戦はなし。まず訓練から。それで本当に乗れるか確認する」
「ええ」
「もし適性があっても、無茶していいわけじゃないからね」
「それはレンが言うの?」
ララァに返されて言葉に詰まると、隣でアムロが吹き出した。
「それは僕もララァの方が正しいと思う」
「お前までそっちにつくなよ」
「でも訓練からっていうのは賛成。最初はシミュレーターでいいと思う。操作を覚えてから実機にした方がいい」
「私もそれでいいわ。いつからできますか?」
返事が早い。
「……今日帰ってきたばっかりなんだけど」
「明日?」
「もっと早くなる可能性を残す聞き方やめて」
ララァは楽しそうに笑っていた。アムロも端末を置き、使える訓練設備がどこにあるか思い出し始めたらしい。俺も椅子へ座り直して、二人の話を聞きながら、まず何を確認すればいいのかを考えた。
そこでふと、別のことが頭に引っかかった。
「……ちょっと待って」
「今度は何?」
「いや、今回集まった人を考えてたんだけどさ」
アムロとララァが俺を見る。
クリスさん、ノエル軍曹、リリス少尉、クスコさん。ミライさんも来るし、今ララァまでパイロットになると言い出した。
「なんか、女性多くない?」
「そう?」
「多いだろ。俺が女性ばっかり集めたみたいになってない?」
アムロは少し考えてから、呆れたように言った。
「でも男の人にも声をかけたんでしょ?」
「かけたよ。ハヤト、カイさん、サンダースさん、フォルド……」
そこまで口にして気づいた。
「全員断ってるじゃん」
「それはレンのせいなの?」
「いや、違うけど。結果だけ見たら俺の人選がすごい偏ってるみたいになるなって」
「ジョブさんは来るんでしょ?」
「来る。ブライトさんもいるし、普通の乗員まで俺が選ぶわけじゃないから、隊全体で見たら別にそんなことないんだけどさ」
ララァが不思議そうに首を傾げた。
「女性が多いと困るの?」
「困らないよ。ただ、後からゴップ大将に『お前、そういう趣味だったのか』とか言われたら嫌だなって」
「大将はそんなこと言わないと思うけど」
「俺もそう思う。だから今の話は忘れよう」
「自分から言い出したのに?」
アムロに笑われたところで、この話は終わりにした。考えてみれば必要だと思った人へ順番に声をかけただけだ。断った理由まで俺がどうにかできるわけでもない。
翌日、ララァは本当に訓練室へ来た。
昨日の勢いだけなら今日は少しくらい気が変わっていてもおかしくないと思っていたけど、そんな様子はまったくない。アムロから基本操作の説明を受けながら、シミュレーターの座席を一つずつ確かめていた。
「右が姿勢制御。こっちが主推進。いきなり大きく入れない方がいいよ」
「これくらい?」
「それだと――」
画面の中で機体が勢いよく回った。
「あ」
ララァが慌てて逆へ入力し、今度は反対方向へ回る。
「入れすぎ」
「思ったより敏感なのね」
「MSは身体じゃないからね。向きたいと思うだけじゃ向いてくれない」
アムロの説明は細かい。俺も横から口を出そうかと思ったけど、最初の操作説明なら任せた方がいいだろう。
ララァは何度か姿勢を崩した。止まろうとして推進を使いすぎたり、上半身と機体全体の向きを混同したりもする。少なくとも、座った瞬間に全部分かってしまうなんてことはなかった。
ただ、同じ失敗をあまり繰り返さない。一度説明されれば次から入力が小さくなる。自分がどちらを向いているのか見失うこともほとんどなく、三次元の位置関係を掴むのは明らかに早かった。
「そこ、止まってみて」
「はい」
機体が少し流れてから停止する。
「今のは?」
「推進を切るのが遅かったです」
「うん。それと、止めようとして逆方向に吹かしすぎてる。宇宙だと毎回それやると推進剤を無駄にするよ」
「難しいわね」
「最初はそんなものだよ」
しばらくして、簡単な移動と姿勢変更を一通り終えたところで訓練を止めた。
「どうだった?」
「楽しかったわ」
先に出てきた感想がそれだった。
「そこ?」
「だって、本当に自分で動かしたのよ。まだ思った通りにはいかなかったけど」
「その『まだ』が怖いな」
アムロは記録を見ながら首を傾げていた。
「初めてにしてはかなり速いよ。操作は荒いけど、位置を見失わない。普通は最初、もっと自分がどっちを向いてるか分からなくなる」
「じゃあ、才能ある?」
「あると思う。でも操縦できるのと戦えるのは別だから」
「ええ。分かっています」
そこは素直だった。俺も記録を覗いたが、今すぐ実機へ乗せて戦わせようとは思わない。ただ、昨日の自信が根拠のないものでもなさそうだった。
それからの日々は、戦争中とは別の意味で慌ただしくなった。
最初は俺とアムロとララァくらいしか顔を合わせなかった区画に、少しずつ見慣れた顔が増えていく。正式な配属命令を受けたクリスさんが来て、ノエル軍曹も手続きを終えて合流した。リリス少尉は到着したその日に訓練設備を確認していたし、クスコさんも連邦の制服を渡されてからは伍長としてこちら側の区画へ出入りするようになった。
階級だけ見れば色々おかしい。
俺が大尉で、クスコさんが伍長。戦場での経験や年齢まで考えれば逆に見えるけど、連邦軍での経歴がない以上どうしようもないらしい。
「何、その顔」
「いや、俺がクスコさんに命令するの、やっぱり変だなと思って」
「今さら?」
「今さらです」
「気にしなくていいわ。あなたが馬鹿な命令をしたら聞かないって言ったでしょう?」
「それ、軍隊としてはどうなんですか」
「隊長が馬鹿な命令をしなければ問題ないわよ」
そう言われると、俺の方が気をつけるしかない。
ジョブさんも整備側へ入った。まだ担当する機体が全部決まっているわけではないのに、整備区画へ行けば大抵どこかで作業員と話している。
「思ったより本格的だな」
「何が?」
「試験機を何機も扱う前提の設備だよ。今までみたいに、その場にある部品で何とかしろって話じゃなさそうだ」
「それはよかった」
「ただし、お前が無茶して壊せば同じだからな」
「まだ何もしてないのに」
「先に言っておくんだよ」
正式な整備長も別にいるらしく、ジョブさんはその下で現場との調整に入っていた。俺が整備の細かいところへ口を出す必要はなさそうだった。
ブライトさんとミライさんは、会うたびに艦の方へ行っていた。
艦はまだ工事区画の中にある。ホワイトベースだった頃の姿を知っているだけに、最初に遠くから見た時は随分変わっているように感じたが、近づくことは禁止されている区画も多かった。俺自身、完成した状態がどうなるのか全部は知らされていない。
「艦橋区画は確認できた。乗員配置も順次決まっている。ただ、まだ工事側と調整が必要だ」
「俺、何かした方がいいですか?」
「MS隊側をやっていろ。こっちはこっちで進める」
「了解です」
そう言われると楽だけど、少しだけ隊長らしい仕事を取られた気もする。
「レン、全部自分でやろうとしなくていいのよ」
ミライさんに見透かされた。
「いや、やりたいわけじゃないですけど」
「だったら素直に任せなさい」
「はい」
結局、ブライトさんたちは艦側、ジョブさんたちは整備側、ノエル軍曹は通信や情報関係の準備へ入り、俺が全部を見る必要なんて最初からなかった。
むしろ俺のところに来るのは、決めなければ進まないことだけだった。訓練の組み方、パイロット側の希望、試験機を使う際にどこまで開発側の要求を受けるか。そこへ大将付きの部署から書類が来て、返したと思ったら別の確認が届く。
ゴップ大将本人とは顔を合わせるようなことはほとんどなかった。必要な承認はだいたい部署を通して返ってきたし、向こうも隊長一人に新設部隊の事務仕事を全部押しつける気はないらしい。
ララァの訓練も続いた。最初の頃は姿勢を止めるだけで神経を使っていたのに、しばらくすると基本操作で困ることはなくなった。クリスさんが来てからは、安全確認や操作の癖も見てもらうようになった。
「速いのはいいけど、速く覚えるのと雑に進めるのは違うからね」
「はい」
「分からない時は止まる。違和感があったら続けない。実機で『たぶん大丈夫』は駄目よ」
「レンにも言ってください」
「もちろん言ってるわ」
俺に飛び火した。
「俺は今関係ないですよね?」
「関係あるわよ。一回壊してるでしょ」
「……はい」
横でララァが笑っていた。アムロは操作そのものを細かく教え、俺は実際に動く時の無駄や負荷を見る。クリスさんは機体側に変な兆候があればそこで止める。それぞれ教えるところが違うせいか、ララァにとってはその方がよかったらしい。
上達は早かった。でも、訓練は訓練だ。シミュレーターで標的を追えるようになっても、実際に敵が殺しに来る感覚までは教えられない。本人もそこを勘違いしてはいなかった。
リリス少尉は時々訓練を覗きに来た。
「ずいぶん動けるようになったじゃない」
「まだレンやアムロには全然届かないわ」
「そこを基準にしない方がいいですよ」
珍しく真面目な忠告だった。
「私も痛いほど分かりましたから」
「まだ気にしてるんですか?」
「気にしてません」
絶対気にしている。そんな調子で過ごしているうちに、気づけばジャブローへ戻ってから何週間も経っていた。食堂へ行けば誰かしら隊の人間がいる。廊下ですれ違う兵の中にも、見覚えのない配属者が増えた。艦橋要員、通信、補給、整備、医療、警備。名前も知らない人の方が圧倒的に多い。
当然だった。
俺たち十人くらいでペガサス級を動かせるわけがない。俺が飛び回って集めていたのは、あくまで主要なところだけだ。残りは連邦軍が普通に人を配置していた。工事区画の艦も、見るたびに周囲の足場や作業設備が減っていった。ブライトさんから聞く話も、いつの間にか「どこを直すか」より「いつ確認するか」「どの乗員を入れるか」に変わっている。
俺用だという新型についても、組み上げが進んでいるという連絡だけは来た。
詳細を聞こうとしたら、
「正式引き渡しまで待て」
で終わった。
アムロたちの機体も含め、各パイロットへ何を回すかは調整中らしい。途中の候補を聞いても後で変わるかもしれないので、俺もそれ以上は追わなかった。
二月も終わりに近づいた頃、大将付きの部署から一通の正式通知が届いた。普段の確認書類とは違って、最初からBLACK RAVENの正式名称が入っている。指定日時、集合場所。主要配属者は全員出頭。
艦と初期運用機材の受け入れ準備が整い、正式な部隊発足手続きへ移るという内容だった。俺は端末をもう一度読み直した。数週間前には、隊長だけ決まって艦すらなかった。今は呼べば集まる人間がいて、艦も機体も向こうで待っているらしい。
「レン大尉、次の確認書類です」
入口からノエル軍曹の声がして、俺は端末を閉じた。
「まだあるの?」
「あります。招集までは通常業務ですから」
「ですよね」
受け取った書類を机へ置き、さっき届いた正式通知もその横へ並べた。