アイランド・イーズの軌道が出たのは、日付が変わる少し前だった。
格納庫へ戻ってからも発進待機は解かれず、俺はジーラインのコクピット脇で端末を見ていた。そこへ艦橋から更新が入り、表示された予測線は地球ではなく月へ伸びていた。
『現時点の軌道計算では、アイランド・イーズは月方面へ向かっています。連邦側は月への落着を前提に追撃を開始しています』
ノエルさんの声を聞きながら、俺は予測線を拡大した。やっぱり、まず月へ向けたか。覚えている流れなら、これは終点じゃない。月へ落ちるように見せて追撃を引きつけ、そのあと地球へ向け直す。そこははっきり覚えている。
「ブライトさんに繋いでもらえます?」
『すぐ回します』
少し待つと、艦長席からの回線に切り替わった。
『どうした』
「アイランド・イーズ、月へ向かってるんですよね」
『今の計算ではそうだ。月側にも警報が回っている。追撃艦隊もすでに動いている』
「それを止めろって話じゃないです。月に落ちる可能性は今そこにあるんで。ただ、月が最終目標だと決め打ちしない方がいいと思います。途中で地球側へ軌道を変える可能性も上げてください」
『根拠は?』
「ここまでのやり方と演説です。観艦式に核を使った直後に移送中のコロニー二基をぶつけて軌道を変えた。作戦全体が大きすぎます。月へ向かっているからというのはわかりますがあの演説、まず狙うのは高確率で地球でしょう」
苦しい説明なのは自分でも分かっている。でも、前世で見たからです、とは言えない。
ブライトさんはすぐに同意しなかった。
『現在確認できている脅威は月落下だ。そちらへの対応を弱める理由にはならない』
「はい。俺もそう思います。ただ、その後に向きを変えられた時の余力まで使い切らないようにしてほしい、っていう警告です」
『……分かった。司令部へ上げる。レイブンの航路と推進剤はこちらで考える』
それで十分だった。
しばらくして、ゴップ大将との回線が開いた。ブライトさんとノエルさんも同席し、俺は同じ内容をもう一度説明した。
『地球へ向け直す可能性か』
「はい。確証はありません。ただ、月落下だけを前提に全部動かすのは危ないと思います」
『今見えている軌道は月だぞ』
「分かってます。だから月への対応をやめてほしいとは言ってません。地球へ変わる場合もあるって警戒だけ残してほしいです」
ゴップ大将は少し黙ったあと、手元の何かを見た。
『観艦式の前にも似たようなことを言っていたな』
「今回は状況からでも言えます」
『そこまで言うなら、可能性として回す。ただし月方面の追撃を止めることはできん。現に落着軌道へ入っている以上、放置する方が問題だ』
「はい」
『それと、そちらにも正式命令を出す。BLACK RAVENはデラーズ主力とアイランド・イーズの追跡、必要に応じた迎撃に移れ。詳細座標は追って送る。シーマ隊を使うなら、契約範囲を越える話は先に向こうと合わせろ』
「了解です」
通信が切れると、ブライトさんがすぐ艦内へ指示を出した。
『航海班、現位置からアイランド・イーズ追跡へ移る。月方面へ最短で突っ込む航路は取らない。地球側へ転進できる可能性を残した案を出せ』
『了解』
俺は口を挟まなかった。どの程度残せるのか、どの航路なら間に合うのかはブライトさんたちの仕事だ。シーマ中佐にも正式任務が出たことを伝えた。
『今度は追っかける方かい』
「デラーズ主力とコロニーです。うちは出ます。シーマ中佐たちも来ていただけると」
『核を撃った上にコロニーまで持ってった連中を放っとく理由もないねうちも続くよ』
「月のあとに地球側へ変える可能性も見てます」
『また妙なところを気にするね』
「可能性です」
『あんたの可能性は時々洒落にならないから嫌なんだよ。まあいい。こっちはこっちでついて行ける位置を取る。細かいところは出る前に合わせるよ』
「お願いします」
発進先が決まるまでの間、俺はジョブのところへ行った。整備区画では、ジーラインの横に高加速ブースター用の接続部品が並べられていた。まだ機体へ付いてはいない。ジョブは兵器開発部門から届いた新しい数値を端末に出し、整備員と取り付け位置を確認していた。
「進んだ?」
「進んではいる。アイランド・イーズに対象が決まったから、向こうも計算しやすくなったらしい。狙う場所の候補も減ってきた。ただ、現在の損傷状態が全部分かってるわけじゃないから、最後はまだ変わる」
「投げる方は?」
「必要な質量と速度の概算は来た。問題は、それを積んだ状態でブースターを使うと機体側の余裕がかなり減ることだ。接続部だけ強くしても駄目だぞ。加速中の姿勢が崩れたら終わる」
そこは俺がMSで調整する部分だろう。ジョブは俺の方を見ずに、別の画面へ切り替えた。
「あと切り離し。ブースターが素直に外れなきゃ帰る以前の問題だ。今までは試験用の荷重だったが、実物に近い条件で確認し直す」
「間に合う?」
「間に合わせるようにはやる。使えるかどうかは、最後まで数字を見て決める」
そこで横からクリスさんの声がした。
「レン、今のを『間に合う』って聞かないでね」
「聞いてないですよ」
「顔が聞いてたわよ。機体に付いたから出せる、にはならないから。加速時の負荷も含めて確認してから」
「分かってます」
アムロも少し離れた場所で8号機の準備を見ていた。俺たちの話を聞いていたらしく、端末を閉じて近づいてくる。
「本当に使うつもりなんだ」
「使わなくて済むならその方がいい。でも地球へ向けられたら、他で止めきれない時の最後の手段になる」
「月へ行くんじゃないの?」
「今はね」
アムロは一瞬だけ俺を見た。
「また何か考えてる?」
「月で終わらない可能性もあるって上には出した。確定じゃない」
「なら、僕たちは出られるようにしておけばいいんだね」
「そういうこと」
ララァとクスコもすでに機体の準備へ入っていた。ララァはビットの接続と回収系を整備員と確認し、クスコはジム・カスタムの推進剤量と予備兵装を見ている。
十一月十一日
レイブンが追跡航路へ入ってから、デラーズ側の動きが少しずつ見えてきた。アイランド・イーズ周辺へ複数の艦艇が集まり、別働隊だけでは説明できない規模になっていく。
「デラーズ主力と見られる艦隊がアイランド・イーズへ合流しました」
ノエルさんの報告に、ブライトさんが表示を切り替える。
「規模は?」
「まだ更新中です。ただ、奪取部隊だけではありません。コロニー護衛を目的に集結していると見てよさそうです」
やっと本体が出てきた。
別系統では、先行していた連邦追撃部隊が大型のモビルアーマーと交戦し、損害を受けたという報告も入っていた。機体の詳細まではこちらへ来ていない。ガトーが受け取る機体には心当たりがある。でも今の俺たちが追う相手はそれじゃない。
アイランド・イーズと、それを守るデラーズ本隊だ。
追撃は続いた。月へ落ちる軌道なのは嘘じゃない。計算上、このままなら本当に月へ行く。連邦側が止めようとするのも当然だった。前世の記憶がなければ、俺だってまず月を守ることだけ考えたと思う。だからこそ、月へ向かっているという事実だけでは、この先を否定できなかった。
10時40分ごろ、艦橋で軌道情報を見ていた時だった。
「アイランド・イーズ、推進系に変化。大規模な噴射を確認」
ノエルさんの声で、艦橋の空気が変わった。
「軌道は?」
「再計算中です。月への落着予測点がずれています」
ブライトさんが航海班へ確認を飛ばす。表示上の予測線が何度か引き直され、月面へ伸びていた線が少しずつ外れていった。俺は黙って見ていた。来るならここだ。
「再計算出ました」
ノエルさんが一度言葉を止めた。
「アイランド・イーズ、月落下軌道を外れました。新しい進路は――地球です!」
驚きより先に、腹の奥が重くなる。覚えていた大筋が、シーマ中佐が抜けても、ここまで警戒を入れても、それなのに残っている。そして、こっちが準備してきた物を本当に使うところまで来た。
「ゴップ大将から緊急更新です」
回線が開く。
『聞こえているな。月落下対応は変更だ。そちらは現在の追跡任務を継続、地球落下阻止を最優先とする。迎撃位置は調整中だ』
「了解です」
『破壊計算の優先度を上げさせる。準備していた物が使えるなら、使う前提で詰めろ。ただし、最後まで他の手段も並行させる』
「分かりました」
通信が切れた直後、ブライトさんが航海班へ向き直った。
「予備航路を地球方面へ切り替える。シーマ隊にも新しい進路を共有しろ」
「了解」
レイブンの艦体がゆっくりと向きを変え始める。
俺は格納庫へ戻るため、艦橋の出口へ向かった。今度の待機は、ただ命令を待っているだけじゃない。ジーラインとブースター、それにまだ完成したとは言えない最後の手段を、本当に使えるところまで持っていかなきゃならない。
主推進の振動が足元から伝わってきた。
月から外れたアイランド・イーズを追って、レイブンも地球方面へ向きを変えた。
連邦本体は推進剤がないないしてるので足止め確定です。