格納庫へ戻ると、ジーラインの周りはさっきより人が増えていた。
ブースター本体は試験架に載ったまま、ジョブたちが機体側の接続部を開いている。地球へ向かったと分かったからって、今から何かを一から作れる時間はない。今まで試してきた物を、本当に使う条件へ合わせるしかなかった。
「変わったところは?」
「投射物の条件が絞られた。向こうはアイランド・イーズの最新資料で計算をやり直してる。こっちはその数字を入れてもう一回だ」
「厳しくなった?」
「少しな。加速中の姿勢と接続部の負荷は許容内に入れられる。ただし、発射直前に大きく向きを直す余裕はない」
ジョブが端末をこちらへ向けた。細かい計算は分からなくても、許容範囲から外れた時にどこで中止するかは見れば分かる。
横からクリスさんが画面を覗き込む。
「撃つところまで成功して終わりじゃないわよ。発射後は残った推力で時間をかけて帰還方向へ速度をずらす。姿勢制御が追いつかなくなったら、その時点で予定通りには戻れない」
「急に反転するつもりはないですよ」
「なら本番でもそうして。感覚で無理を足さないこと」
「はい」
ブースターは俺を往復させるための物じゃない。必要な速度までジーラインを押し上げ、撃った後に帰る側へ速度を変えるところまで働かせる。役目を終えたら捨てて、そこからはジーライン自身で帰る。
艦内回線が鳴った。兵器開発部門との直通を、ノエルさんが格納庫へ回してくれる。
『解析を更新しました。現在の主候補は推進ブロック近傍の主構造接続部です。ここを高速で貫通させた場合が、最も全体崩壊へ繋がる可能性が高い』
「確実ではない?」
『保証はできません。今現在どうなってるかのすべての情報があるわけではないので。ただ、他の候補より連鎖的な損傷を期待できます』
「着弾条件は?」
『速度は先ほどの範囲で足ります。問題は角度です。斜めに入りすぎれば効果が落ちます』
ジョブがすぐに答えた。
「射点に入る前に姿勢を合わせる前提なら持てる。最後に大きな修正を要求されると無理だ」
『その条件で射点を更新します』
回線が切れると、クリスさんがこちらを見る。
「条件を外したら撃たない。別の阻止手段も動いてるんだから、一回に全部賭けないで」
「分かってます」
連邦側も、これ一本でコロニーを止めるつもりじゃない。俺たちに入る情報は限られていたが、他の迎撃準備も進んでいる。
だからといって、こっちの準備を甘くしていい理由にもならなかったし。特に俺は他を信じていなかった。
◇
その日の午後、ブースターをジーラインへ仮装着した。
実際に艦内で加速はできない。計測した質量と慣性を制御系へ入れ、接続部へ模擬荷重を掛け、射出から投棄までのシーケンスを繰り返す。
一度目は投棄判定が遅れた。
「これ駄目じゃん」
「だから今直してる」
ジョブは配線記録から顔も上げなかった。原因は射出後の制御切り替えと投棄判定が重なった時の遅延で、修正後は二度続けて正常に通った。
8号機の確認を終えたアムロが、途中でこっちへ来た。
「これ付けたまま戦うの?」
「まさか。コロニーへ行く時だけ。普通に戦ったら邪魔すぎる」
「撃った後は?これ曲がるのか?」
「一気には曲げられない。残った推力で少しずつ」
「その間は戦えないね」
「ほぼ無理。だから加速を始める前に、邪魔されない状況を作る必要がある」
「分かった。そこは戦況を見て合わせよう」
少し離れたところでは、ララァがネティクスのビット運用記録を整備員と確認していた。クスコも自分のジム・カスタムの装備を見直している。俺の準備だけが進んでいるわけじゃない。
後でララァと顔を合わせた時も、聞かれたのはブースターのことじゃなかった。
「私たちは、レンが加速を始める前まで敵を離せばいいの?」
「まだ戦況次第。でも、始めた後に追われるのが一番困る」
「分かった。ならその時に見て決めるわ」
それだけだった。クスコも似たようなもので、特別なことは言わない。
「あなた一人に全部任せる作戦ではないんでしょう?」
「もちろん」
「ならいいわ。こっちの仕事を決めるのは、相手が見えてからで十分ね」
夜までに機体側の確認は一通り終わった。クリスさんとジョブは最後まで記録を見直し、条件付きで実戦使用可能という判断を出した。
「これで完成?」
「その言い方はしたくないな。使える状態にはした、本番で条件を勝手に変えるなよ」
「俺に言ってる?」
「他に誰がいる」
そこは聞かなかったことにした。
◇
十一月十二日
艦橋へ上がる情報の密度が変わっていた。アイランド・イーズとデラーズ主力の位置は前日より絞れている。ブライトさんたちは現在の速度と予測軌道を見ながら、単純に真後ろを追うのではなく、接触できる位置へレイブンを持っていっていた。
「このままなら、午後には先行警戒線へ入る」
「MSを出すのは?」
「まだだ。早く出せば母艦との位置関係が悪くなる。敵の配置が見えてから決める」
「了解です」
ノエルさんが別の表示を開いた。
「シーマ隊も予定位置を維持しています。デラーズ側の艦艇識別は継続中」
「了解」
シーマ中佐との回線を開いた。
『やっと近づいてきたね』
「ええ。こっちはコロニーへの突破を優先します。アサクラ大佐が確認できた場合は、前に話した通り生かして押さえたいです」
『分かってる。ただ、見つけたからって無理に突っ込む気はないよ。捕まえるために部下をまとめて死なせたら意味がない』
「それでお願いします。艦や端末の記録も取れるなら欲しいですけど、それも無理はしないでください」
『あたしは証拠が欲しいんであって、死体の山が欲しいわけじゃないからね』
少し間があって、シーマ中佐が続けた。
『それより、あんた本当にあの背負い物で行くのかい?』
「必要になったらね」
『帰ってこられるんだろうね』
「そのための確認を昨日までやってました」
『ならいい。勝手に消えられたら困るんだよ』
「ちゃんと戻りますよ」
通信を終える。格納庫では、ブースターは試験架へ戻されていた。付けたまま通常戦闘へ出るつもりはない。破砕用の投射物も固定されたまま、必要になれば短時間で組めるところまで準備されている。
俺たち五人の通常装備は別に揃っていた。俺を最初から突入用に残すか、通常戦へ出すかはまだ決めていない。敵の配置が分かってから、ブライトさんと作戦を決める。今できるのは、どちらになっても動ける状態にしておくことだった。
艦内警報が一段階上がった。
『総員、戦闘配置。前方警戒域にデラーズ所属艦艇を確認。MS隊は発進準備』
ブライトさんの声が格納庫へ流れる。俺はジーラインのコクピットへ上がりながら、隣の試験架を見た。ブースターは、まだ付けない。まずは、あそこまで通れる場所を作る必要がある。
カタパルトが開き、最初に8号機が飛び出した。続いてネティクス、クリスさんとクスコのジム・カスタム。俺もジーラインを射出位置へ進める。
『MS隊、発進後はレイブン前方へ展開。敵を追い回すな。艦の前進を止める戦力から潰せ』
ブライトさんの声を聞いて、機体を固定するロックが外れた。
「レン・イズミ、ジーライン、出ます!」
カタパルトに押し出され、レイブンの艦首が一気に後ろへ流れる。正面にはすでに敵影が広がっていた。数だけならこっちよりずっと多い。だけど全部を相手にする必要はない。
コロニーまで通るために邪魔なやつだけ落とす。
『右上、来るよ』
アムロの声とほぼ同時に、三機が高度差を付けてこちらへ降りてきた。
一機目が撃つ前に照準を合わせて引き金を引く。胸部を撃ち抜かれた機体が回転し、その後ろから出てきた二機目へ機首を振る。そいつは俺を避けてアムロ側へ流れたが、8号機の射撃が先に脚部を吹き飛ばし、続く一発が胴体へ入った。
三機目は急加速して下へ逃げる。前へ向き直ると、ネティクスの有線ビットが別方向から接近していた二機へ射撃を浴びせていた。一機が回避した先へララァ本体が射線を合わせ、もう一機はクスコが横から仕留める。
「そのまま前へ!」
『分かってるわ』
クリスさんが先行した敵を牽制しながら位置をずらす。空いたところへレイブンが進んでくる。敵もすぐに意図へ気づいた。こちらが撃破数を稼ぎたいわけじゃない。アイランド・イーズへ近づこうとしていることを。
前方にいた艦が艦首をこちらへ向け、MSを吐き出し始めた。
『レン、左へ寄せすぎるな。レイブンの進路と重なる』
「了解!」
ブライトさんの指示に従って上へ抜ける。俺が正面の一機を落としたところへ、レイブンの砲撃が敵艦の近くを通り抜けた。敵艦が回避へ入ったことで正面の隊列が崩れる。
そこへ別方向から光が走った。シーマ中佐たちだ。
『随分派手に正面から行くじゃないか』
「そっちが空いてたんで!」
『馬鹿正直とも言うんだよ。こっちは横から削る。前だけ見て撃たれるんじゃないよ』
「お願いします!」
シーマ隊のMSが敵の側面へ食い込み、その後ろではリリー・マルレーンが無理にレイブンへ並ばず、ずらした位置から火力を加えていた。
敵の向きが割れる。そこをアムロが抜いた。
『レン、今なら前が薄い』
「見えてる!」
二機で加速する。前にいた四機のうち、一機が俺へ、二機がアムロへ向いた。最後の一機はレイブンを狙っている。
俺は正面から来た機体の初弾を横へずらして避け、そのまま距離を詰めた。すれ違いざまに胴体へ撃ち込み、振り返らず次へ向かう。
アムロの方ではもう一機が爆発していた。残った一機がレイブンへ射撃姿勢を取った瞬間、後方からクリスさんの一撃が腕を吹き飛ばした。
『こっちはいいから前を見なさい!』
「はい!」
こじ開けたところへ、レイブンが入ってくる。それで全部終わるほど相手も甘くなかった。前へ出れば、その先からまた敵が来る。デラーズ側もアイランド・イーズへ近づかせまいと、散っていた戦力をこちらへ寄せてきた。
何度か位置を変え、ぶつかっては離れた。弾が減れば戻る。推進剤を使った機体も順番にレイブンへ入り、補給を受けてまた出る。クリスさんが戻っている間は俺とアムロが前を支え、クスコが戻ればララァがその穴を埋める。俺たちが近すぎればレイブンが少し距離を取り、前が空けばまた位置を詰める。
戦線そのものは止めない。補給を終えた機体が次々戻ってくるたびに、少しずつ前へ出た。
途中、ノエルさんから新しい計算が入った。
『アイランド・イーズの現在軌道を更新。地球落下を実質的に阻止できる限界は、本日十九時三十四分と推定されています』
「十九時三十四分……」
『誤差はあります。本部分析班も、この時刻をあまりあてにしないように警告しています。破砕を行うなら可能な限り前です』
「そりゃそうだ」
限界まで待つ理由なんて一つもない。撃てるなら今からでも撃つ。でも、今の位置からブースターを付けて飛び出したところで、正面にはまだ敵がいる。加速を始めた後のジーラインは、戦いながら道を選べる機体じゃなくなる。
だから今は、そこへ届くための場所を作る。また敵が来た。今度は六機。
「アムロ、行くよ!」
『了解!』
「ララァ、こっち二機お願い!」
『任せて』
向こうが撃つ。機体をわずかに沈めてかわし、そのまま距離を詰める。二射目へ入る前に撃ち抜いた。
右では8号機が一機を落とし、残り二機を大きく回避へ追いやっていた。そこへクスコとクリスさんが入る。ララァ側もビットに気を取られた一機を本体の射撃で落とし、もう一機は進路を変えて離れていった。
「前、空いた!」
『レイブン、前進する。MS隊は左右へ開け』
ブライトさんの声。俺たちが散ると、その中央をレイブンが通ってくる。敵艦との相対位置が変わった。さっきまで正面を塞いでいた艦が、今は少し下へずれている。
その向こうにアイランド・イーズがある。まだ遠い。でも、朝見た時より確実に近い。もう一度敵を押し返したところで、ブライトさんから俺だけに回線が入った。
『レン、帰艦しろ』
「何かありましたか?」
『航海班から突入用の射出位置が見えてきた。まだ確定ではないが、お前をこのまま戦わせて機体を傷める方がまずい』
正面を見る。アムロたちはまだ戦っている。
「ここ、四人で持ちますか?」
『持たせる。そのために全員いる。お前は戻ってジーラインを突入仕様に変えろ。こちらもその間に射出位置まで詰める』
アムロが逞しい。ここで俺が一機多く落とすことより、その後にやることの方が大きい。
「了解。戻ります」
『アムロ、ララァ、クリス、クスコ。レンが帰艦する。以後は四機でレイブン前方を維持しろ』
『分かった』
『了解』
『こっちは任せて』
『早く準備してきなさい』
四人の返事を聞いて、ジーラインを反転させる。後ろにはレイブン。その格納庫には、高加速ブースターと破砕兵器が待っている。俺が近づくと、着艦誘導灯が点いた。
ここから先は、もう普通の出撃じゃない。
後3話で0083本編終わります。そこから戦後処理とか色々あるのでZにはまだいけません。