大きく弧を描くといっても、機体そのものをぐるりと回せば済む話じゃない。ジーラインはまだ投射時の速度を抱えたまま前へ飛び続けている。姿勢を少しずつ変えながら、残った推力が帰還側へ効くように掛け続けた。帰還予測線はすぐにはレイブン側へ向かず、画面の上でゆっくりと曲がっていた。
その脇で、後方光学の映像がアイランド・イーズを追っている。命中した推進ブロック付近では、さっき見えた裂け目がさらに広がっていた。外壁の一部がまとまって剥がれ、その内側から構造材と白い噴出物が大量に流れ出している。少し離れたところでも外装の線が歪み、今まで一続きだった区画同士がわずかにずれ始めていた。
そこへ局所的な閃光が続き、推進ブロック側の輪郭がまた一つ崩れた。表面を一枚抉っただけで終わっていないことは、もう疑いようがなかった。破損は命中点の奥へ続き、そこからさらに周囲へ広がっている。
「……効いてる」
口に出したところで、操縦桿から手は離さない。ブースター残量はまだあるし、帰還にはまだ足りない。今ここで切り離してもジーライン本体だけで戻せないわけじゃないだろうが、最初から帰りへ使うつもりで残してきた推力を捨てることになる。
少しずつ姿勢を振り、加速方向を変える。機首が向いた方向と、実際に進んでいる方向が一致するまでには時間が掛かる。画面上の速度ベクトルが帰還側へ寄っていくのを見ながら、必要以上の入力はしない。
俺は目標追尾を補助画面へ落とし、帰還側の航法表示を主に戻した。ブースターの残量表示が下がっていくにつれ、帰還予測線はようやく狙った側へ入った。まだレイブンそのものを捉えているわけじゃない。それでも、この先はジーライン本体の推進で十分に修正できる。現在の移動方向、発進前の味方予測位置、自機の残推進剤を順に確認してから投棄シーケンスを呼び出した。
「ここまでかな」
固定部の表示が順番に切り替わり、背面の接続が解除される。押し出し機構が働き、高加速ブースターが機体から離れていった。異常警報はない。切り離したブースターは、それまで持っていた速度のまま少しずつ距離を広げていく。背中から腰まで覆っていた大きな質量がなくなると、ジーラインの反応ははっきり変わった。姿勢制御へ小さく入力しただけで機体が素直に付いてくる。
背面接続部、異常なし。脚部推進も正常。サーベルも正常。そして機体側の保持部には、帰りのために載せた二丁のビームライフルがそのまま固定されていた。
保持状態を戦闘用へ切り替え、右手に一本、左手にもう一本を持たせる。シールドはない。それでも、ここから敵に出くわして何もできない状態ではなくなった。往路の高速突入仕様は終わり、少なくとも操縦と武装はいつもの感覚へ近い。
時間が経つにつれて、後方光学のアイランド・イーズは小さくなった。それでも、もう以前の輪郭ではないことは分かる。巨大な区画がいくつも分かれ、爆発反応もみえる。互いに少しずつ違う向きへ動いて小さな破片は画面上で点にしか見えず、しかし大型片だけがまだコロニーだった頃の形を残していた。
これで地球への被害がなくなったとは言えない。俺の記憶にある結末では、コロニーは北米へ落ちた。それを覚えているからこそ、今の破片がどうなるかを記憶だけで決めつける気にもならなかった。もう同じ形でも、同じ軌道でもない。それでもやれることは全力でやった。
さらに味方側へ近づくにつれて、前方の暗闇に断続的な閃光が見え始めた。艦砲なのかMSの射撃なのか、まだ光学だけでは判別できない。ミノフスキー粒子の濃度は高いままで、遠距離の索敵表示も安定せず、識別情報はほとんど当てにならなかった。
射出した時に味方がいた方向と、散発的に見える火線を頼りに進む。距離が縮まるにつれて光学センサーが艦影を拾い、その周囲で動くMSらしい小さな影も見え始めた。
その時、レーザー受信機に短い信号が入った。画面の端に、レイブンの識別符号とリンク要求が表示される。
「レイブンか」
機体の姿勢を合わせ、指向性通信を返す。すぐに航法データが送り込まれてきた。現在のレイブン位置と、こちらから接近するための推奨進路。発進前の予測位置よりかなり外側へずれている。
続いて音声回線が開いた。
『イズミ少佐、こちらレイブン。受信できますか』
「聞こえます。ジーライン、帰還中です」
『位置を確認しています。送信した進入方向を使用してください。現在、正面側は敵艦との交戦が続いています』
ノエルさんの声は通っているが、普段の艦内通信ほど明瞭ではない。こちらの姿勢が少し変わるだけでも受信表示が揺れる。
「受信しました。アイランド・イーズは?」
返答まで少し間が空き、先に簡略化された観測データが送られてきた。
『一個の構造物としては維持できていません。複数の大型構造片への分断を確認しています。ただし、軌道計算はまだ終わっていません』
「地球へ向かってるのは残ってる?」
『残っています。地球から外れる見込みの破片もありますが、大型片の一部は地球方向です。大気圏突入後まで含めた被害予測は、まだ出せません』
一個のコロニーのまま落ちる形は崩した。それだけでも結果は大きく違うはずだ。ただ、大きな塊が地球へ向かっているなら、まだ終わったとは言えない。そこから先は、航海班と本部の解析を待つしかなかった。
レーザー回線が一度途切れた。機体の向きを変えたせいで、レイブンとの直線が外れたらしい。送られてきた進入方向へ機首を向け直すと、しばらくして再びリンク表示が点灯する。
今度はブライトさんの声だった。
『レン、聞こえるか』
「聞こえます」
『合流点へ真っ直ぐ来るな。今の位置からだと敵艦の射線を横切る。送った方向から回り込め』
「了解。そっちから入ります」
『機体は戦えるか』
「ブースター投棄済み。ライフル二丁、サーベル、推進系も問題ありません」
『なら着艦は後だ。そのまま戦線へ戻れ』
「了解です」
必要なやり取りを終えると、回線は切った。戦闘中に細いレーザー回線を維持し続ける必要はない。指示された方向へ進路を修正する。距離が縮まり、ようやく光学識別でも味方の機体が分かるようになってきた。
8号機。ネティクス。二機のジム・カスタム。
少し離れた側面では、まとまって動くシーマ隊の機影も確認できる。射出前より敵艦の数は減っていたが、艦砲の閃光とMS同士の火線はまだ途切れていない。
俺は二丁のライフルを握り直し、その戦場へ戻った。
指定された進入方向を抜けた途端、視界の密度が一気に変わる。遠くで艦砲が走り、その手前をMSの火線が横切る。撃破された機体の破片がいくつも流れ、回避した先に別の機影が飛び込んでくる。光学識別が追いつく前に一発が近くを通り、反射的に機体を沈めた。
右上に敵影。左には味方。そのさらに奥では、艦艇同士がまだ撃ち合っている。
射線を切るようにジーラインを振り、近づいてきた敵機へ右手のライフルを撃つ。相手は避けたが姿勢を崩したところへ二射目を叩き込んだ。今度は別の敵機が正面を横切る。左手を向けるより早くビームが走り、その機体を貫いた。
射線の先に8号機が見えた。
『動けるみたいだね』
「問題なし。そっちは?」
『まだいける。このまま残ってるのを落とすよ』
「了解」
言った直後、ネティクスの有線ビットが敵機の側面へ回り込み、回避した先へ本体からの射撃が重なった。少し離れたところではクリスさんとクスコが、レイブンへ接近していた敵を順に処理している。
俺がいなかった間にも削られていたところへ、五機が揃った。そこへシーマ隊まで別方向から食い込んでいる。残っていた敵MSは、目に見えて数を減らしていった。
戻ろうとする二機が見えた。片方を右手で撃ち落とし、爆発を避けて動いたもう一機へ左の照準を合わせる。敵が撃ち返してきたので機体をずらし、そのまま二射。二発目が胸部へ入り、光が消えた。
『敵MS、艦周辺へ後退。複数艦で火器停止を確認しています』
ノエルさんの報告が入る。画面でも、さっきまで撃っていた艦のいくつかが火線を止めているのが分かった。レイブンはそちらを追わず、まだ砲撃を続けている艦とグワデンへ向けて前進を続けていた。
『戦闘停止を通告して降った艦は攻撃するな。応戦中の艦だけを見る』
ブライトさんの指示が飛ぶ。
残った敵は少ない。それでも戦うつもりの連中はいる。俺たちはそちらを片付けていった。8号機が正面から来た敵を二機続けて落とし、ネティクスがその外側を回っていた一機を仕留める。俺の右を抜けようとした機体にはクリスさんの射撃が入り、姿勢を崩したところをクスコが撃ち抜いた。
その時だった。
『レイブン、敵艦から通信要求。戦闘停止を宣言しています』
ノエルさんの声に続いて、ブライトさんが回線を開いた。
『こちら地球連邦軍レイブン。用件を述べろ』
少し雑音が入り、それから男の声が聞こえた。
『こちら本艦指揮官、アサクラ大佐。本艦は戦闘を停止する。乗員一同、降伏を申し入れる』
一瞬、意味を理解するのが遅れた。
アサクラ。
探していた本人から、向こうから名乗ってきた。
『……は?』
シーマ中佐の声が低く入った。
『降伏? 今さら降伏だって? こっちにはあんな真似をさせて自分は負けたら白旗かい』
怒鳴ってはいない。それでも、通信越しでも分かるくらい声が変わっていた。数秒、返事がなかった。
『……殺したいね、本当に』
そのあと、シーマ中佐は自分で続けた。
『ここで殺したら、今まであいつを探してきた意味がなくなる。本人も記録も、まとめて持って帰るよ』
「こっちは周囲を押さえます」
『頼むよ。途中で誰かに沈められちゃたまらないからね』
ブライトさんがすぐにアサクラ側へ通信を戻した。
『降伏を受理する。全火器を停止、MSの発進を禁止。主推進を停止し、姿勢制御以外の推進操作を行うな。こちらの拿捕要員が到着するまで現状態を維持しろ』
『……受諾する』
そこで通信は切れた。表示上で一隻の敵艦が完全に火器を止める。推進光も落ち、周辺の戦闘から外れるように慣性のまま流れていく。
シーマ中佐は自分でアサクラ艦へ突っ込んではいかなかった。まず周囲を見ている。アサクラ一人のために部下を危険へ放り込まないと言っていたのは、最初から変わっていない。表示上で一隻の敵艦が完全に火器を止める。推進光も落ち、周辺の戦闘から外れるように慣性のまま流れていく。
『アサクラ艦はレイブンで押さえる。拿捕要員を準備、降伏条件を確認してから移乗させる』
ブライトさんの指示が艦内へ飛ぶ。シーマ中佐は何も言わなかった。てっきり自分で行くと言い出すかと思ったが、少しして低い声が返ってくる。
『……それでいい。あたしらが本人も証拠も直接押さえたんじゃ、後になって何を言われるか分かったもんじゃないしね』
「シーマ中佐は?」
『こっちは周りを片付けるよ。せっかく生きて出てきたんだ。途中で沈められちゃたまらないからね』
レイブンから拿捕要員を乗せた小艇が離れる。アサクラ艦が武装を止めたままなのを確認しながら接近し、その間、俺たちは戦場側へ位置を取った。
残っていた敵MSが一機、アサクラ艦の方向へ向きを変えた。何をするつもりか確かめている暇はない。アムロの射撃が機体を貫き、爆発が小艇から離れた位置で広がった。
『拿捕艇、接近継続。アサクラ艦に武装再起動なし』
ノエルさんの報告を確認して、俺はグワデン側へ機体を向け直す。身柄も記録も、ここから先はレイブンの拿捕要員が押さえる。俺たちの仕事は、その邪魔をさせないことだった。
そこからは早かった。
護衛を失った残存艦の中には、自分から戦闘停止を通告するものが増えた。まだ撃ってくる艦にはレイブンが砲撃を返し、MS隊が火器を潰す。戦闘不能になった相手はそのまま残し、動ける敵MSだけを次々に落としていく。
シーマ中佐も拿捕そのものは部下へ任せ、ゲルググを戦線へ戻していた。グワデンの近くに残った敵機へ突っ込み、一機を射撃で落としたあと、もう一機をすれ違いざまに斬り裂く。
『ったく、今日はやることが多いねぇ!』
その言葉の途中で、グワデンから砲撃が飛んできた。レイブンが横へ動き、砲線を外す。こちらも一度散開し、艦の対空火器へ攻撃を返した。やがて周囲から敵MSの反応がほとんど消えた。残った大型反応はグワデン。
『拿捕班より報告。アサクラ大佐を拘束。生存確認。艦内端末と記録媒体も確保に入っています。消去処理は止めました』
シーマ中佐が一度だけ息を吐いた。
『中身は触るな。持って帰ってから調べる。壊すんじゃないよ』
『了解』
通信が切れる。
『……聞いたかい、レン』
「はい」
『これでやっと、あいつの口を塞がれずに済む』
「持って帰るまでが仕事ですね」
『そういうことさ』
それ以上は言わなかった。
画面へ目を戻す。グワデンはまだ砲をこちらへ向けている。周囲にいた護衛艦の大半は沈むか戦闘を停止し、MSもほとんど残っていない。あの巨大な艦だけが、まだ戦う姿勢を崩していなかった。
『MS隊、一度距離を取れ』
ブライトさんの指示で、俺たちはグワデンから離れる。
『レイブンからグワデンへ降伏を要求する』
艦対艦回線が開かれた。
『グワデンへ。こちら地球連邦軍レイブン。周辺戦力はすでに戦闘継続能力を失っている。武装を停止し、乗員を退艦させろ。降伏を受け入れる準備がある』
返事は少し遅れてきた。
『要求は拒否する』
デラーズの声だった。
『我々は戦闘を継続する』
それだけだった。通信が切れた直後、グワデンの残った砲が火を噴く。
『レイブン、回避! MS隊は射線から外れろ!』
ブライトさんの声と同時にレイブンが姿勢を変えた。砲撃が艦の後方を抜ける。レイブンもすぐに撃ち返し、主砲がグワデン側面へ命中した。
降伏しないなら、もう止めるしかない。
8号機が艦首側へ入り、残った砲塔を一基吹き飛ばす。反対側ではネティクスのビットが対空火器へ射撃を重ね、その隙にクリスさんとクスコが別方向から艦体へ攻撃を入れた。
俺も残っていた砲座へ右手のライフルを撃ち込む。砲身が吹き飛び、さらに左でその下の装甲へ一発入れる。シーマ隊の砲撃が艦尾へ集中し、推進光が一つ、また一つ消えていった。
それでもグワデンは撃つ。艦体から小さな反応がいくつも離れ始めた。
『救命艇を確認。攻撃するな』
ブライトさんの指示が飛ぶ。誰もそちらへは撃たない。俺たちが狙うのは、まだ砲撃を続けるグワデン本体だけだった。
レイブンの主砲が再び命中し、艦体中央で大きな閃光が走る。そこへシーマ隊側からの砲撃が重なり、8号機とネティクスが残った火器を潰していく。俺とクリスさん、クスコも開いた装甲部へ射撃を重ねた。
次の瞬間、グワデンの中央部が大きく裂けた。
前後の艦体がずれ、内部から光が漏れる。いくつもの小さな爆発が連なり、やがて艦全体の姿勢が崩れ始めた。
『グワデン、主動力停止。艦体分断を確認。戦闘継続不能』
ノエルさんの報告が入る。俺はライフルを下げた。救命艇の反応は残っている。けれど、デラーズが乗ったままの艦橋から離脱した様子は見られなかった。
少しして、退艦した乗員から確認が取れた。
『デラーズは艦橋に残っていたとのことです』
崩れていくグワデンを見ても、長く考えることはなかった。降伏する機会はあった。それを拒んだ。それがあの人の選んだ最後だった。目の前の砲火が途切れていく中で、別の表示が更新された。
『本部および航海班から、アイランド・イーズ破片軌道の再解析です』
ノエルさんの声を聞いて、俺はそちらへ目を移した。
『大部分は地球直撃軌道から外れるか、大気圏突入時に大きく減衰する見込みです。ただし、大型片の一部は回避できません』
「……落ちるんですね」
『はい。最終的な被害規模はまだ算出できません。ただ、すべてを無害化することはできない見込みです』
コロニーは一個のまま落とさずに済んだ。アサクラも捕まえた。記録も残った。デラーズ本隊も止まった。
それでも、地球へ落ちるものは残った。
「了解。解析が更新されたら回してください」
『はい』
やれることは全力でやった。それでも全部は止め切れなかった。俺は、その結果だけはどうしても気に入らなかった。
連邦本体?遅すぎて話にならない
+ソーラ・システムⅡのほうに多めに移動してるのでMAにかなり蹴散らされてます。