十一月二十四日
ゴップ大将からの通信が入った時、俺はレイブンの会議室で書類を見ていた。昨日がアルビオン隊の軍事裁判だったことは分かっている。回線を開くと、ゴップ大将は挨拶もそこそこに本題へ入った。
『裁判が終わった。シナプスは大佐から少佐へ二階級降格だ。極刑を求める声もあったが、アルビオンが実際に行った戦闘と、コロニー阻止へ動いた経緯まで含めて審理された。結果はそこまでだ』
「……そうですか」
口から出たのはそれだけだった。
俺が覚えている歴史では、シナプス艦長はこのあと生きていない。こっちでは最初から何もかも同じだったわけじゃないし、裁判の内容だって俺の記憶にあるものと同じとは限らない。それでも、軍事裁判へ送られると知ってから頭の隅にはずっとあった。
二階級降格は十分に重い。けれど、生きている。
「軍務には残れるんですね?」
『そのための処分でもある。命令違反も艦長としての責任も消えてはいない。戦功だけ見て無罪にしたわけでもない。そこを勘違いするな』
「はい。承知しています」
『ウラキ中尉にも相応の処分が出た。こちらも無罪放免ではない。それ以上は今のお前が気にする話ではないな』
「分かりました」
試作三号機まで持ち出して戦った以上、コウまで何もなしというわけにはいかないだろう。その結果まで俺が選べる立場でもなかった。
ゴップ大将は手元の資料へ目を落とし、そのまま続けた。
『それで、先日お前が持ってきた話だ。アルビオンは処分後、BLACK RAVENへ移管する方向で通した。シナプスは少佐のまま艦長を続けさせる。バニング大尉とキース少尉についても、こちらへ回せるよう手続きを進める』
「ありがとうございます」
『礼を言うのはまだ早い。艦も人間も、すぐにお前の下へ並ぶわけではないぞ』
「色々手続きもあるでしょうし、分かっています」
そこで一つ確認しておく。
「パイロットはその二人だけですか?」
『その他の三人には、すでにティターンズ側から声が掛かっているようだ。向こうへ移る見込みが強い。本人たちがそちらを選ぶなら、わざわざこちらで引き留める理由もない』
「はい」
そこは俺の覚えている流れに近い。ティターンズが設立されたばかりのこの時点で、そこへ行くのは軍務違反があった部隊員として昇進を狙うなら合理的だ。
『さて、アルビオンの話はこれでいい。次はお前のところだ』
「私の部隊ですか?」
『そうだ。前にも言ったが、私が抜けたあとまで今の形を引きずるつもりはない。そのために艦も含めて一度整理する』
ゴップ大将の次の言葉は予想していなかった。
『レイブンは退役させる』
「……レイブンを、ですか?」
『元が何年前の艦だと思っている。一年戦争から使い続け、何度大きく手を入れた。今回も相当な負荷を掛けた。まだ直せるかどうかではなく、新しい体制の旗艦として今後も使い続ける意味があるかで判断した』
反論しようとして、言葉が出なかった。
レイブンの元になったホワイトベースから数えれば、長い付き合いだ。一年戦争を生き残って、その後も改修を重ねながら俺たちを運び続けてきた。直せばまだ使えると言われれば、たぶん使えるんだろう。
「退役後はどうなります?」
『まだ細部まで決めてはいない。使える機器や部品は新しい艦へ回す。全部捨てるような真似はせん』
「新しい艦というのは?」
『ペガサス級の最終発展型を新造する。艦名はレイブンを継がせる予定だ。お前たちの新しい旗艦になる』
そこまで聞いて、ようやく話がつながった。アルビオンを加えるだけじゃない。今のレイブンまで入れ替えて、BLACK RAVENそのものを作り直すつもりらしい。
『もっとも、今日決めて来月には飛んでいるような話ではない。アルビオンも移管後に修理へ入る。お前たちのMSも一度本格的に更新をする予定でもある。そこまで含めれば、すぐ通常任務へ戻せる状態ではなくなる』
「しばらく隊として動けない、ということですか」
『そう考えておけ。中途半端に一部だけ動かして再編を長引かせるより、一度きちんと整理した方がいい』
艦は一隻退役して、もう一隻は修理。新しい旗艦はこれから造る。MSも整備へ入る。
ゴップ大将は少し間を置いてから、今度はこちらへ問いを投げた。
『それで、イズミ少佐。隊が動けない間、お前は何をする』
「そうですね。一度人員と配置を見直そうかと思っています」
考えていたわけじゃないが。それでも、ここまで止まると聞けばやるべきことは見えてくる。
「今のまま全員を新しい艦へ移せば済む話じゃありません。この機会に残る人もいれば、離れる人もいるでしょう。アルビオン側から入る人もいます。艦と機体を止めるなら、その間に一度人の方も整理したいです」
『新しく集めるのか?』
「必要なら。ただ、人数を増やすためだけに探すつもりはありません。今後どういう体制にするかを見ながら、必要なところだけです。書類だけで決めにくい人は直接見てきます」
ゴップ大将はすぐには答えず、しばらくこちらを見ていた。
『なら、そうしろ。通常任務に追われていない今の方が動きやすいだろう。人事にはこちらから話を通しておく。ただし、候補者を見に行ったからといって好き勝手に引き抜けると思うな。所属先との調整も正式な辞令も必要だ』
「承知しています」
『移動も当面は通常の軍輸送を使え。新造艦が出来るまで専用の足を増やす気はない』
「はい」
話が終わる頃には、最初に聞いた裁判結果とは別の書類が頭の中で増え始めていた。通信が切れたあとも、しばらく席を立てなかった。
アルビオンが来る。シナプス艦長も生き残った。
その代わり、今までのレイブンは終わる。嬉しいのか寂しいのか、自分でもまだよく分からない。ただ、どちらにしても今日明日で変わる話ではなかった。
◇
十一月が終わる頃には、言葉だけだった「再編」が艦内でも目に見えるようになっていた。
レイブンはまだ係留されているし、艦内で仕事もできる。ただ、各部署には退役を前提にした確認が入り、残す物、返却する物、新造艦へ転用できる物の選別が始まっていた。壁や床まで剥がされているわけじゃない。それでも、いつもの整備とは明らかに違う。
格納庫でも似たようなものだった。ジーラインをはじめ、各機は戦闘後の簡単な整備ではなく、本格点検へ順番に入っている。ジョブからも、しばらく勝手に持ち出すなと念を押された。
アルビオンの移管作業も始まっているが、向こうも修理と人員整理が先だった。
つまり、本当にしばらく戦う仕事がない。代わりに人事資料を読む時間だけは増えた。机の上へ並べたのは、単純な欠員表ではない。今いる人間がこの先も残るのか、役割を変えるのか、別の場所へ行くのか。それを見た上で、空いたところに必要なら人を入れる。BLACK RAVENを最初に作った時にも似たようなことをしたけれど、あの時とはだいぶ違う。
当時は何もないところへ人を集めた。
今は、一度出来上がったものを崩して組み直す。何人かについては、書類だけでは決めたくなかった。俺は必要な資料を端末へ移し、軍の輸送便を使って直接会いに行く手続きを出した。
その話をどこから聞いたのか、出発準備をしているところへシーマ中佐が現れた。
この前と同じような濃紺のジャケット姿で、まだ連邦軍の制服ではない。正式な階級も役職も手続きの途中なのに、本人だけはもう前からここにいたような顔で部屋へ入ってきた。
「人を見に行くんだって?」
「はい。しばらく隊としてまともに動けませんから、今のうちに配置も含めて見直そうと思っています。何人かは直接会っておきたいので」
「ふうん。ならあたしも行くよ」
「シーマ中佐もですか?」
思わず聞き返すと、シーマ中佐の眉が動いた。
「何だい。あたしがついて行っちゃ困るのかい?」
「困るとは言ってません。ただ、まだ軍の手続きも終わってないでしょう」
「だからだよ。連邦に入ったからって、知らない部署へ放り込まれて適当な仕事をしてろって言われても困る。あたしが入ったのは連邦のどこかじゃない。あんたの隊だ」
シーマ中佐は俺の机に置いてあった端末へ目をやった。
「肝心の隊が艦も機体もなくて動けないなら、あたしだけ別のところで暇を潰すより、あんたについて回った方がよっぽどましさ。それに、これから一緒に使う人間を探すんだろ? なら見ておいて損はない」
「それはそうですけど……候補に好き放題言いません?」
「言うに決まってるだろ。あたしもそこで働くんだからね。気に入らない奴がいたら気に入らないって言うよ」
「採用を決めるのは俺だけじゃないですよ」
「そんなことは分かってるさ。意見を言うのに許可までいるのかい?」
そこまで言われれば、止める理由もなかった。シーマ中佐は長い間、自分の部下を率いてきた。俺と同じところを見るとは限らないし、むしろ違う方がいい。俺が良さそうだと思った相手を、横から遠慮なく切るくらいでちょうどいいのかもしれない。
「分かりました。一緒に行きましょう。ただ、今回はレイブンじゃありませんよ。軍の輸送便を乗り継ぎます」
「そのくらい知ってるよ。あたしだって艦が退役するって話くらい聞いてる」
「なら大丈夫です。一緒に行けるように報告しておきます」
「見せな」
シーマ中佐は断りもなく隣の椅子を引き、俺の端末を覗き込んだ。
もう同行するつもりで全部考えているらしい。俺は端末の申請画面を開き、同行者の欄を一つ増やした。
ウラキは処遇がまだ決まってないのでここではまだ中尉のままです