パイロット探しを切り上げてから間もなく、もう一つ待っていた人事通知が届いた。
シーマ・ガラハウ。地球連邦軍中佐として正式編入。所属はBLACK RAVEN。
表示を一通り確認してから、隣で同じ画面を見ていたシーマ中佐へ顔を向ける。
「中佐据え置きなんですね」
「連邦でも中佐かい。正直、一つ二つ落とされるくらいは考えてたんだけどね」
「不満です?」
「まさか。今さら階級章の数で文句を言うつもりはないよ。あたしが入る場所まできちんと決まってるなら、それで十分さ」
正式に連邦軍人となっても、シーマ中佐はいつものシーマ中佐だった。その方がこっちも助かる。人事通知にはそれ以上の役職までは書かれていない。新しい体制で何を任せるかは、まだこちらで詰めなければならない話だ。
「これで、あたしも堂々とあんたの部下ってわけだ」
「中佐にそう言われると微妙な気分なんですけど」
「何言ってんだい。隊長はあんただろ」
「それはそうですけどね」
通知を閉じると、それでシーマ中佐の編入手続きは終わった。本人も特に感慨深そうな顔はせず、残っていた書類の確認へ戻っていく。
ユウとライラの異動は承認されたものの、着任はまだ先。艦や機体の方も、こちらから決められることを出してしまえば、あとは工廠や人事からの返事を待つ仕事が多い。忙しくないわけじゃないのに、俺自身が数日単位で外へ動いても困らない隙間ができていた。
そこで、ふと考えた。
今のうちにしかできないことはないか。これまでだって、知っていたから動けたこともあれば、知っていても何もできなかったこともある。早く動けるなら後回しにする理由はなかった。端末を閉じて立ち上がると、シーマ中佐がこっちを見る。
「今度は何だい?」
「ちょっと行かなきゃいけないところがありまして」
「また人探しかい?」
「似たようなものではありますね」
「どこへいくんだい?」
「日本です」
「日本?」
シーマ中佐が眉を上げる。
「いったいそんな島国に何しに行くんだい?」
「迎えに行かなきゃいけない子がいるんで」
「子?」
「会って確認してから話します。まだ本当に俺が探してる子なのかも確認してないですし」
「……あんた、そういう言い方をする時は大抵何か隠してるね」
「説明できるようになったらしますよ」
「はいはい。好きにしな」
今回はシーマ中佐を連れていく必要もない。俺は通常の軍輸送と地上交通を乗り継ぐ手続きを取り、日本へ向かった。
着いてから探すこと自体には、それほど時間はかからなかった。
俺が覚えていた手掛かりは、日本にある感化院と、そこで使われている一つの名前だけ。正式な施設名や住所まで覚えていたわけではない。それでも軍の照会と行政記録を使えば、条件に該当する少女は絞り込めた。
記録にあった名前は、キョウ。
面会を申し込む前に施設側から見せてもらった記録には、一年戦争中の混乱で保護された時点ですでに、それ以前の記憶がほとんど残っていなかったとある。家族も出身地も本人には分からない。
問題行動という欄もあったが、読んでみると想像していたものとは少し違った。
「暴力的というわけではないんです」
応対してくれた職員は、どう説明したものか迷うように言った。
「ただ、時々こちらには分からないことを強く言い張るんです。初めて会う相手を急に嫌がったり。何も起きていない場所で、ここにはいたくないと言い出すこともあります」
「それで揉める?」
「ええ。理由を聞いても本人もうまく説明できません。こちらも嘘だと決めつけたいわけではないんですが、他の子との生活がありますから。何度言っても納得してくれないことが続いて、本人もこちらを信用しなくなってしまって」
職員の口調に悪意はなかった。本当に扱い方が分からないんだろう。
「本人と話しても?」
「もちろんです。ただ、軍の方が自分に会いに来たと聞いて、かなり警戒しています」
「それは普通だと思います」
むしろ警戒しない方が心配になる。
案内された面会室でしばらく待っていると、扉が開いた。
少女は職員の後ろから俺を一度見て、すぐには入ってこなかった。軍人を警戒しているというより、俺そのものを確かめるような目だった。
「君がキョウかい?」
「……そうだけど」
職員が席を外し、俺とキョウだけになる。向かいへ座るよう勧めても、彼女は椅子の横に立ったまま俺を見ていた。
「軍の人が来るって聞いた」
「うん」
「もっとおじさんが来ると思ってた」
「よく言われます」
「何しに来たの?」
真っすぐだった。余計な話から入っても警戒されるだけだろう。
「君に会いに来たんだ。少し確認したいことがあって」
「私が変なこと言うから?」
「それも聞いたよ。でも、変だと決めつけるつもりはない」
その時、ほんの一瞬だけ妙な感覚が触れた。声でも視線でもない。誰かにこちらの存在を探られたような、ごく薄い感覚。それはすぐに消えたが、正面のキョウが目を見開いていた。
「……何?」
「ん?何とはなんのことだい?」
「そうじゃなくて。あんた……何なの?」
キョウはようやく椅子へ座ったが、視線だけは外さなかった。
「そこにいるって分かる感じがする。見てるからじゃなくて……いつものより、もっと近い」
「いつも、そういうのがあるということかい?」
「あるよ。でも言ったって嘘だって言われる。誰か来る気がするとか、あの人は嫌な感じがするとか。何でって聞かれても分かんないもん」
そこまで一気に話してから、キョウは口を閉じた。また否定されるのを待っているように見えた。
「俺も似たようなことを感じる時があるよ」
「……本当に?」
「全部分かるわけじゃない。外すこともある。でも、危ないとか、嫌な感じがするとか、誰かいるとか。そういうのが先に来ることはある」
「じゃあ、私が言ってたのも嘘じゃない?」
「君が感じたこと全部が正しいかどうかは、俺にも分からない。でも、感じたこと自体を嘘だとは思わないよ」
しばらく何も返ってこなかった。キョウは机の上へ視線を落とし、指先を組んだり離したりしている。そのうち、さっきまで張っていた肩から少し力が抜けた。
「……そう言われたの、初めて」
「そうかい?」
「みんな、そんなの気のせいだって言うから。私だって何なのか分かんないのに」
最初に感じた棘が薄れると、話し方も思っていたより素直だった。
「ここが嫌いかい?」
「嫌いっていうか……疲れる。私が何か言うと、また始まったって顔されるし。向こうも困ってるのは分かるけど」
「じゃあ、ここを出られるなら出たい?」
「出れるの?」
顔を上げたキョウへ答える。
「出すことはできる。俺のいるところは、君みたいな感覚を持つ人間を扱ってきたから、少なくとも今より話は通じると思う」
「軍なんでしょ。私、軍人にされるの?」
「しないよ。戦争をさせるために来たわけでもない。まずは君を保護できるようにするだけ」
「何か調べたりは?」
「君が嫌がることを俺の都合でやらせるつもりはない」
キョウはすぐには答えなかった。知らない軍人が突然来て、ここから出してやると言っている。いくら俺が信用しろと言ったところで、それだけで信用できる方がおかしい。
「俺が決めるんじゃなくて、キョウが決めていい。ここを出たいなら手続きをする。嫌なら無理には連れていかないよ」
「……あんたのところに行ったら、こういう話しても変な顔されない?」
「全員が分かるとは言わない。でも、少なくとも俺は分かるし、似た感覚を持つ人間を何人も知ってる」
「そうなんだ」
また少し間があった。
「じゃあ……行ってみる」
「いいのかい?」
「私が決めていいって言ったじゃない」
「確かにそうは言ったけども」
「なら決めた。ここにずっといるより、そっちを見てみたい」
それなら十分だった。その日のうちに連れて帰るようなことはしなかった。キョウ本人の意思を確認した上で、施設側と行政、軍の順に必要な手続きをきちんとした。
理由は、ニュータイプ素養が疑われる未成年の保護。一般施設では本人の感覚を周囲が理解できず、不適応が続いていること。こちらにはニュータイプ人員を扱ってきた経験があること。今回の申請に軍籍化や研究参加は含まないことも明記した。
施設側も反対はしなかった。むしろ、本人が自分から行くと言ったことに驚いていたくらいだ。いくつか確認と書類の往復はあったものの、最終的にBLACK RAVEN側でキョウを継続して保護することが認められた。承認の表示を見た時、ようやく肩の力が抜けた。
キョウ。
今はその名前で生きている少女。俺が覚えている流れでは、この先でムラサメ研究所へ入り、強化人間として扱われることになる。
フォウ・ムラサメ。
そう呼ばれることになるはずだった少女だ。一年戦争で失った記憶を取り戻せず。そして、その空白を抱えたまま研究所に利用される未来にはさせない、今回は間に合った。
しかしもう一人思い出せる名前もある。
ロザミア・バダム
あの子が後に強化人間になることも、昔から覚えている。ただ、研究所へ入る前にどこで暮らしていたのか、誰のもとにいたのか、俺は知らなかった。キョウみたいに、日本の感化院にいるという手掛かりがなかった以上、迎えに行こうにも探し始める場所すらなかった。
そして今はもう、オーガスタ研究所側に入っているらしい。
そこまで行けば話が違う。連邦軍の研究施設へ、未来を知っているというだけで踏み込む権限なんて俺にはない。何をされているかを示す証拠もないまま、強引に連れ出すこともできない。
分かっていても、手が届かない。
端末を閉じたところで、廊下から足音が近づいてきた。扉から顔を出したキョウが、小さな荷物を抱えたまま俺を見る。
「ねえ。もう行けるんでしょ?」
「うん。手続きは終わったよ」
「じゃあ行こうよ。迎えに来たんじゃなかったの?」
「……そうだったね」
席を立つと、キョウは先に廊下へ出ていった。俺も端末を持って、その後を追った。
キョウ(フォウ)12歳保護