日本から戻った先では、まだ旧レイブンの退役準備が続いていた。
キョウは小さな荷物を持ったまま、見慣れない通路や行き交う軍人を気にしていたが、勝手にどこかへ行こうとはしなかった。今のところ知っている人間が俺しかいないのだから当然かもしれない。
「しばらく俺のところで一緒に暮らうことになると思う。まだ部隊そのものが落ち着いてないからね」
「……あんたと?」
「他に知ってる人もいないだろ?」
「まあ、そうだけど」
不満というより、まだ実感がないらしい。荷物を置かせてから、俺はゴップ大将への報告を先に済ませることにした。保護そのものは日本を出る前に承認されている。ただ、十二歳の子供をそのままBLACK RAVENで預かり続けるとなれば、今後の扱いまで曖昧なままというわけにはいかない。
回線が繋がると、端末の向こうに見慣れた顔が映った。
『報告は読んだ。日本の施設にいた子供だな』
「はい。キョウという十二歳の少女です。一般施設では本人の感覚を理解できる人がいなかったようで、不適応が続いていました」
『ニュータイプの可能性は?』
「あると思います。本人と会った時、私の方でも弱い感応らしいものを感じました。正確にどの程度かまでは分かりませんが、少なくとも何もないとは思えません」
『研究目的で連れてきたわけではない、と』
「もちろんです。軍籍に入れるつもりもありません。本人を保護することが目的です」
ゴップ大将は少し黙ってから、手元の何かへ視線を落とした。
『保護そのものに異論はない。むしろ、そういう子供を一般施設へ戻して、また扱いに困らせる方が面倒だろう。ただ、このまま「BLACK RAVEN預かりの身元の曖昧な未成年」で置いておくのも面倒だ』
「そこは私も気になっていました」
『なら話は早い。保護責任をお前に寄せる。行政側とも調整して、便宜上お前の義妹として扱えるようにしておくのが一番分かりやすい』
「……義妹ですか?」
『お前が連れてきて、お前が面倒を見るんだろう。書類上もその形にしておいた方が、いちいち説明が要らん』
「本人が嫌がるかもしれませんよ」
『なら本人に聞け。嫌だと言うなら別の形を考える。それくらいは本人に決めさせてやる』
「分かりました」
そこまで言われるなら、俺にも反対する理由はなかった。
「名前はどうします?」
『本人が了承するなら、キョウ・イズミで処理する方向で話を進める。細かいところはこちらで行政側と詰めておく』
「ありがとうございます。本人に説明してみます」
『お前もまだ十七だ。十二の妹を抱えて完璧な保護者をやろうなどと思うなよ。必要なら周りを使え』
「そこまで無茶するつもりはありません」
『お前の場合、その言葉が一番信用ならんがな』
「そんなにですか?」
『そんなにだ。では、本人の返事が決まったら連絡しろ』
通信が切れた。
十七歳で十二歳の妹。年齢的にはおかしくない話だが、俺自身が普通の十七歳らしい生活をしているかと言われると、今さらだった。
部屋へ戻ると、キョウは持ってきた荷物をまだほとんど開けずに待っていた。
「話、終わった?」
「終わったよ。ちょっとキョウにも相談がある」
「何?」
向かいへ座り、さっき決まったばかりの話をそのまま伝える。
「これから長くここで暮らすなら、身元をもう少しちゃんと整理した方がいいって話になったんだ。今のままだと、何をするにも『BLACK RAVENで預かってるキョウ』って説明しないといけないからね」
「それで?」
「俺の義妹として扱う案が出てる」
「……妹?」
予想していた通り、キョウは変な顔をした。
「嫌なら嫌でいいよ。勝手に決めるつもりはないから」
「あんたの妹ってことでしょ?」
「そういうこと」
「名前も変わるの?」
「キョウ・イズミ」
「……変な感じ」
「俺も急に妹ができるかもとは思ってなかったよ」
しばらく考え込んでいたが、キョウは強く嫌がる様子もなかった。
「それにしたら、私はここにいていいんだよね?」
「名前を変えないと追い出すって話じゃないよ。ただ、こっちの方が今後の手続きは楽になるらしい」
「じゃあ、それでいい。キョウだけより、ちゃんと名字がある方がいいし」
「本当にいいのかい?」
「私が決めていいんでしょ?」
「うん」
「なら決めた。キョウ・イズミでいい」
まだ「妹」という言葉には馴染んでいないらしいが、それで十分だった。無理に家族らしく振る舞う必要もない。そのうち俺たちなりの距離ができればいい。
「じゃあ、その返事で大将に伝えておくよ。それと、ここで暮らすならいくつか約束してもらうからね」
「え、まだあるの?」
「そりゃあるよ。まず勉強」
「……ここに来ても?」
「十二歳なんだから当然だろ。どうやって勉強するかはこれから決めるけど、感化院を出たから終わりにはならないよ」
「面倒くさい」
「そこは諦めて」
露骨に嫌そうな顔をされたが、こればかりは譲る気はない。
「それと、できる範囲で手伝いもしてもらう」
「軍の仕事?」
「違う違う。食べたら片付けるとか物を整理するとか、簡単な掃除とか。そのくらい」
「それ、普通のことじゃない?」
「そうだけど自分のことだけじゃない、お手伝いも含めてね」
「それなら別にいいけど」
むしろ軍の仕事をさせられると思っていたらしい。
「最後に、しばらく勝手に一人でうろうろしないこと」
「子ども扱いしてない?」
「子どもだからというより、ここは軍の施設だからね。危ない場所もあるし、勝手に入っちゃいけないところもある。どこなら大丈夫か分かるまでは、俺か誰かと一緒に動いて」
「ずっと?」
「慣れるまで。行っていい場所まで止めるつもりはないよ」
「……なら分かった」
勉強だけは最後まで不満そうだったが、他は思ったより素直に受け入れた。これで、とりあえずキョウがここで暮らすために必要なものは揃ったことになる。保護対象でも、研究対象でもなく、まして兵士でもない。
キョウ・イズミ。
便宜上とはいえ、今日から俺の妹になる。
「で、今は何すればいい?」
「まず荷物を片付けようか」
「手伝って」
「そこは自分でやるところじゃない?」
「さっき一緒に暮らすって言ったじゃん」
「そういう時だけ妹を使わないでよ」
結局少しだけ手伝うことになった。
その日の夕方には、今度はBLACK RAVEN本体の人事に関する通知がまとまって届き始めていた。キョウの方がひとまず片付いたと思ったら、今度は俺たちの番らしい。
最初に確認したのは、抜ける側の人事だった。
ブライト少佐はBLACK RAVENおよびレイブン艦長職から正式に外れる。アムロとララァも、本人たちが希望していた通り前線部隊から離れる方向で異動が承認されていた。二人の次の勤務についてはまだ人事側で調整が残っているらしいが、少なくともBLACK RAVENから離れることだけはこれで正式に決まったことになる。
アルビオン側も動いていた。シナプス少佐はそのままアルビオン艦長として残り、バニング大尉とキース少尉の受け入れも正式な手続きへ入っている。一気に通知が来たせいで端末の画面だけ見れば随分慌ただしいが、どれも突然決まった話ではない。本人たちの希望を聞き、人事へ回していたものが、ようやく辞令になって戻ってきただけだ。
数日後、艦長席から私物を引き上げたブライト少佐と、旧レイブンの艦橋で最後に顔を合わせた。
「これで正式に終わりですね」
「ああ。もっとも、この艦自体ももう退役だ。俺だけ先に降りるという感じでもないがな」
ブライト少佐は使い慣れた艦長席を一度見てから、俺へ向き直った。
「ここから先は、お前たちで作る艦だ。今までのレイブンと同じにする必要はない」
「はい」
「人も変わる。艦も変わる。なら、前と同じやり方に拘るな。必要なものだけ残せ」
「分かりました」
最後まで、ブライト少佐らしい言葉だった。
「今までありがとうございました。何度も出撃して、艦の方を全部任せてましたから」
「それが艦長の仕事だ。いちいち礼を言われるようなことじゃない」
「それでもですよ」
「……そうか」
少しだけ間を置いてから、ブライト少佐は俺の肩を軽く叩いた。
「お前は自分の部隊を考えろ」
「はい。そうします」
大げさな別れにはならなかった。正式な辞令が出たとはいえ、これで二度と会わないわけでもない。ただ、俺が一年戦争の頃から当たり前のように見てきた艦長が、この艦を降りる。それだけは少し妙な感じがした。
アムロとララァの方も、出発準備は着々と進んでいた。格納庫へ行くと、ガンダム8号機はすでに移送用の固定作業へ入っている。アムロは作業員と何か確認していて、その横でララァが待っていた。
「本当に持っていくんだな」
「僕の評価データも含めて後方で使うみたいだからね。置いていくより話は早いんじゃないかな」
アムロが固定具を見上げながら答える。
「向こうに行ってすぐまた前線に戻されたりしないよな?」
「それは人事に言ってよ。俺に言われても困る」
「一応、隊長だっただろ」
「もう異動決まってるじゃん」
「だから今のうちに言ってるんだよ」
相変わらずだった。ララァがそのやり取りを見て笑っている。
「レンも、少しは休んだら?」
「部隊作り直してる最中にそれ言う?」
「だからよ。終わってからだと、また次の仕事を見つけるでしょう?」
「……否定できないな」
俺が答えると、アムロまで笑った。
「キョウのこともあるんだろ?」
「もう聞いたの?」
「話くらいは来るよ。十二歳の子を連れて帰ってきて、そのまま妹にしたんだから」
「言い方が悪いなあ」
「違うの?」
「だいたい合ってるけど」
ララァの表情が少し柔らかくなる。
「今度、出る前に一度会わせて。あの子が感じているものについて、私からも少し話せるかもしれないから」
「うん。それは頼みたい」
キョウにとっても、自分以外に同じような感覚を持つ人間がいると知るのは悪くないはずだ。
「じゃあ、落ち着いたら連絡してよ」
「レンもね」
「俺はこっちにいるから、いつでも繋がるよ」
「そういう意味じゃないんだけどな」
アムロはそう言ったが、それ以上は何も続けなかった。二人の出発を見送っても、寂しくないわけではなかった。ただ、二人とも自分で選んだ先へ行く。だったらそれでいい。
抜ける人間の手続きが終わるのと入れ替わるように、今度は新しい人間が到着した。
先に姿を見せたのはユウ・カジマだった。
「ユウ・カジマ中尉です。本日付でBLACK RAVENへ着任しました。よろしくお願いします」
「こちらこそ。まだ艦も機体も再編途中だから、すぐ通常任務ってわけにはいかないけど、その辺は了承してる?」
「はい。異動前に説明を受けています」
前に会った時と変わらず、必要なことはきちんと答える。口数が少ないだけで、話しづらい人ではない。俺は好ましく感じるけどこの辺り好き嫌いあるからな。
「しばらくは訓練と現在の機体データの確認が中心になると思う。正式な配置は全体が揃ってから伝えるよ」
「了解しました」
それだけ言って、ユウは用意された仮の詰所へ向かった。ライラもほとんど間を置かず着任した。
「ライラ・ミラ・ライラ中尉です。本日付で着任しました。これからよろしくお願いします、少佐」
「よろしくお願いします。こちらもまだ準備中なので、すぐに担当を決める形にはならないと思います」
「承知しています。再編中だということは聞いていますので、必要な訓練や引き継ぎがあれば指示してください」
「分かりました。正式な編成が決まるまでは、既存メンバーとの訓練を中心にお願いします」
「了解しました」
面談の時と同じく、俺が年下だからと妙に崩した態度を取ることはない。今のところは、完全に上官と部下としての距離だった。そこは時間が経てば変わるかもしれないが、今はこれでいい。
ユウ中尉とライラ中尉まで来たことで、パイロット側はひとまず考えていた人数が揃った。残っていたのは、艦の方だった。
ブライト少佐が抜け、新しいレイブンでは俺自身が艦長を兼ねる方向で話を進めている。ただ、俺がMSで出ることまで考えれば、艦橋実務を現在の人員だけへ押しつけるのは無理がある。
以前から人事へ出していたのは、艦務、操艦、航法に経験のある方を一人。その候補資料が届いたのは、ライラ中尉が着任した翌日だった。何人か並んだ候補の中で、人事側の第一候補にはすでに印が付けられている。ゴップ大将の確認も済んでいた。
レイアム・ボーリンネア中尉。
「……ん?」
どこかで見た名前だった。写真を開く。俺が覚えている顔とは随分印象が違う。艦橋勤務経験、航法、艦務、操艦補佐。経歴を下へ追っていく。
レイアム・ボーリンネア。もう一度名前を見る。
「……んー。もしかして」
そこでようやく繋がった。ネェル・アーガマにいた人だ。俺が覚えているのは、もっと後の時代の姿だった。十年以上若い写真をいきなり見せられて、すぐ結びつかなかっただけらしい。
改めて経歴を読み直す。知っているから採用する必要はない。そもそもこの人を選んだのは俺じゃなく、人事側だ。それでも後にあの艦で副長を務める人なら、艦務能力について余計な心配をする必要はなさそうだった。
ちょうどゴップ大将から通信が入った。
『艦務尉官の資料は見たか』
「はい。レイアム・ボーリンネア中尉ですね」
『人事側の評価も悪くない。お前が要求していた条件には一番合っている。こちらでも確認したがこれといった派閥には与してない、特に外す理由はなかった』
「私も経歴を確認しました。異論ありません」
『なら決まりだ。正式な配属処理を進める』
「お願いします」
通信はそれだけで終わった。その日のうちに、レイアム中尉のBLACK RAVEN配属も正式に決まった。
人員表を開き直す。
残ったクリスさん、クスコさん、ジョブ、ノエルさん。正式に連邦へ入ったシーマ中佐。新しく来たユウ中尉とライラ中尉。アルビオン側からはシナプス少佐、バニング大尉、キース少尉。そしてレイアム中尉。
人数だけを集めたわけじゃない顔ぶれだ。人の方は、これでようやく揃った。けれど、新しいレイブンはまだ建造途中。アルビオンも修理改修中で、MSの更新も終わっていない。誰をどこへ置き、何に乗せ、どういう指揮系統で動かすのかも、正式にはまだ決めていない。
旧レイブンの時代は終わった。
次は、この人たちを一つの部隊として動かせる形を作る番だった。
新艦長期待してた方ごめんなさい艦長兼務になります。
シャアとかシーマと同じ位置ですね。艦長だけど出撃するのでその間副長が艦の指揮を取る形ですね。
ノエルはここで戦術オペレーターになり上位指揮になります。そういう論文から評価されたキャラでもあるので
とりあえずこのメンバーで進みます。