三月に入って間もない朝、招集通知に指定された場所へ向かった。
ここ数週間でジャブローの中を歩くことにはすっかり慣れたけど、今日向かう先は今まで立ち入りを制限されていた区画だった。通行証を確認されて中へ入ると、ブライトさんとミライさんはもう来ていた。少し離れたところではジョブさんが整備側の人たちと話している。アムロとララァも一緒で、クリスさんたちの姿も見えた。
さすがに今さら全員で挨拶するような間柄でもない。俺が近づくと、アムロが端末から顔を上げた。
「遅かったね」
「時間前だよ」
「僕らの方が早かっただけ」
「なら遅くないだろ」
言い返しながら隣に立つ。まだ中へ入れないらしく、集められた人間は通路脇で待たされていた。主要メンバーだけじゃない。見覚えのある艦橋要員や整備員、それ以外にも配属されたらしい兵がかなりいる。
近くの壁面モニターでは、音量を絞ったニュースが流れていた。ぼんやり眺めていると、画面が切り替わったところで見覚えのある顔が映る。
『――ジオン共和国政府は、新首相としてガルマ・ザビ氏を正式に――』
「え?」
思わず声が出た。
「知らなかったの?」
ミライさんがこちらを見る。
「いや、共和国になってるのは知ってましたけど……首相になったの、ガルマなんですか?」
「発表はつい最近よ。戦後処理を進めていた暫定政府から正式に引き継ぐみたい」
画面の中のガルマは、軍服ではなく公的な場に合わせた服装で記者の前に立っていた。
前世で知っていた歴史なら、ガルマはとっくに死んでいる。俺が生き残らせた、なんて言うつもりはない。あの時に変わったものは一つや二つじゃないし、それでも、生きているだけじゃなく共和国の首相にまでなっているのを見ると、もう俺の知っている歴史を当てにすることはできなさそうだった。
「ザビ家の人間が共和国の首相か」
ブライトさんも画面を見ていた。
「戦争を止める判断をしたのもガルマだったのかな?向こうにも事情はあるんだろうが……妙な感じだな」
「私は、悪くないと思うわ」
クスコさんが静かに言った。
「少なくとも、戦争を続けるために立ったわけじゃないでしょう。あの人がこれから何をするかは、まだ分からないけど」
「そうですね」
そこで区画の扉が開き、担当士官から集合をかけられた。ニュースの話は自然に終わり、俺たちは案内に従って奥へ進む。
通路の先で大きな隔壁が開いた。最初に見えたのは艦首だった。
「……おお」
自分でも間抜けな声だと思った。
ホワイトベースだと分かる。艦体の基本的な形には、確かに見覚えがある。でも、ア・バオア・クーで最後に見た半壊状態から直しただけの艦には見えなかった。外装は広い範囲で新しく黒くなり、工事用の足場もほとんど取り払われている。
同じ艦を使っているはずなのに、新造艦を見ている感覚の方が近い。ブライトさんはしばらく黙っていた。
「ずいぶん変わったな」
「ホワイトベースのままって感じじゃないですね」
「あれだけ壊れたんだ。当然といえば当然だ」
ミライさんも艦を見上げている。
「でも、ちゃんと残っているところもあるわ。艦橋へ入ってみないと分からないけれど」
「その確認はこのあと行っていただきます」
担当士官がブライトさんへ受領用の端末を渡した。
「本艦は、旧ホワイトベースを基礎として全面改修されたペガサス級改修艦です。BLACK RAVENへの正式配備に伴い、艦籍上の名称も変更されています」
そこで一度、こちらへ視線が向いた。
「艦名は、レイブン」
「レイブン?」
アムロが聞き返した。
「はい。以後、本艦はレイブンとして登録・運用されます」
俺は艦と担当士官を交互に見る。
「部隊名がBLACK RAVENで、母艦がレイブンなんですね」
「そうなります」
「分かりやすいな」
ブライトさんはそれだけ言って、もう手元の受領資料を確認し始めていた。
「艦長、艦内の最終確認は?」
「このまま入れるのか?」
「準備できています」
「分かった。ミライ、行こう。艦橋から確認する」
「ええ」
二人が担当者と話し始める。感慨に浸るより先に仕事へ行くあたりは、やっぱりブライトさんたちらしい。
俺たちは別の担当士官に呼ばれ、そのままMS関係の受領区画へ回された。
こっちは艦以上に気になっていた。
案内された格納区画へ足を踏み入れたところで、まずアムロが足を止める。
「あれ……」
視線の先にあったのは、白を基調にした見慣れた機体だった。
「アレックスだ」
「正確には、修理後に強化改修を行った機体です」
担当者が説明する。
「RX-78NT-1を基礎とし、戦時中に発生した制御系の問題を改修。同時に、高反応機としての性能を維持したまま調整を進めています。正式搭乗者はアムロ・レイ少尉です」
アムロが振り返った。
「僕?」
「はい」
少し驚いてはいるけど、嫌そうではない。むしろもう機体の方が気になっているらしい。
「同期が崩れたところは?」
「改修対象に含まれています。詳細な作業記録は機体側の資料にあります」
「あとで見せてください」
返事が早い。クリスさんもアレックスを見上げていた。
「結局、アムロが乗ることになったのね」
「クリスさんは聞いてなかったんですか?」
「正式には今日初めて。まあ、あの反応速度を使うならその方がいいと思うけど」
そこでアムロを見る。
「前みたいに壊さないでよ。改修されたからって最初から限界まで使うのはなし」
「分かってます」
「本当に?」
「……たぶん」
「そこは言い切って」
アムロが視線を逸らした。
人のことは言えないので黙っておこう。
「イズミ大尉はこちらです」
担当者に呼ばれ、少し奥へ進む。
大型の整備台の前に、一機のMSが立っていた。まず目に入ったのは色だった。
「……また黒い」
アムロが後ろから言った。
「俺が決めたわけじゃないぞ」
黒を主体とした機体。その頭部は、どう見てもガンダム系の顔をしている。一号機とは違う。輪郭も体つきも別物だ。それでも黒い装甲とガンダムヘッドが並ぶと、嫌でも思い出すものはある。
RX-78-1はもうない。
俺自身が壊した。直すための部品も残していない。だからこれは、あいつが帰ってきたわけじゃない。
「本機はRX-81系、G-Lineの設計思想を基礎としたブラックレイブン専用先行試作機です」
担当者の説明を聞きながら、機体を見上げる。
「正式な運用名称は、G-Line RAVEN_CUSTOM」
「……レイブンカスタム」
「はい」
「艦の名前を聞いた直後にこれか」
アムロがぼそっと言った。
「俺も今思った」
担当者は気にせず説明を続ける。
「これまでの大尉の運用記録を反映し、高機動戦闘と近接戦闘を重視しています。大型目標への接近攻撃も想定し、対艦刀が用意されています」
機体の脇には、その言葉どおりMS用としてもかなり大きく見える刀が別に置かれていた。
「また面倒そうなの持ってきたな」
いつの間にか来ていたジョブさんが、それを見て嫌そうな顔をする。
「まだ乗ってもないですよ」
「乗る前だから言ってるんだよ。高機動型にでかい近接武器なんて、整備する方は聞いただけで嫌になる」
「設計した人に言ってください」
「乗って壊す奴にも言う」
クリスさんも機体の周囲を見ながら近づいてきた。
「一号機とは全然違うけど、レンが乗る機体って言われたら納得はするかな」
「黒いからですか?」
「それもあるけど、近づいて殴る気しかなさそうなところ」
「射撃もしますよ」
「近づくまででしょ?」
「……否定しにくい」
リリス少尉も少し離れたところから機体を眺めていた。
「これがレン大尉の新しい機体ですか。模擬戦の時より厄介になりそうですね」
「俺、まだ動かしてもないですけど」
「だからですよ。これで大したことなかったら、その方が困ります」
口調は落ち着いているけど、目は完全にパイロットのものだった。
「次にやる時は、前みたいにはいきませんから」
「まだやる気なんだ」
「当然です」
そこだけは全然変わっていない。ララァは黒い機体を見てから、アレックスの方へ目を向けていた。
「私たちの機体もあるの?」
「はい。各搭乗員の配備機は準備されています。個別の受領と確認はこのあと行います」
「分かりました」
ララァは素直に頷いた。俺も他の機体が気にはなったけど、まずは目の前の機体だ。ガンダムの顔をした黒いMS。見慣れているようで、知らない。
一号機の代わりという感じはしなかった。あれに乗っていた時の経験を使って、次に俺が乗るために作られた機体。今はそれくらいの認識でいい気がした。
艦とMSの受領確認が終わると、主要人員は艦内の一室へ集められた。
正式発足といっても、盛大な式典があるわけではなかった。担当士官から部隊設置命令と指揮系統が確認され、必要な書類が各部署へ回される。
BLACK RAVENは本日付で実働部隊となる。俺が隊長。ブライトさんがレイブン艦長。MS側では、俺が動けない場合を含めてクリスさんが現場指揮を補佐する。説明が終わると、なぜか最後に俺へ視線が集まった。
「……俺も何か言うんですか?」
「隊長ですから」
ノエル軍曹に当然のように返された。仕方なく立つ。
「長い話はないです。今まで説明してきた通り、うちは普通の部隊だと扱いづらい人とか機体とか、そういうものをまとめて使う隊です」
クスコさんが少し笑った気がする。
「だからって、何をしてもいい部隊にはしたくありません。投降する相手まで撃つ気はないし、捕虜は普通に扱って正規の施設へ渡す。民間人がいるならそっちを優先します。試験機は実戦で使って、必要なデータはちゃんと返す」
一度言葉を切った。
「でも、撃ってくる相手には戦います。俺一人で全部決められるとも思ってないので、おかしいと思ったら言ってください。以上です」
「本当に短いな」
ブライトさんが言った。
「長い方がよかったですか?」
「いや、それでいい。艦の安全と撤退判断はこちらでやる。お前が無茶を言えば止める」
「お願いします」
「最初から頼むな」
クリスさんも続ける。
「MS側も同じ。無理な状態なら出さないからね」
「はい」
「返事だけはいいのよね」
「それ前にも言われた気がします」
クスコさんは腕を組んだまま、少しだけ口元を上げた。
「止める人がちゃんと揃ったみたいね」
「増えましたね……」
俺としてはありがたいけど、隊長の扱いとしてそれでいいのかは少し疑問だった。そのまま最初の任務資料が配られた。内容は驚くほど普通だった。宇宙へ移動し、指定宙域で武装解除に応じていない旧ジオン残党を確認。投降を勧告し、応じれば拘束して正規施設へ引き渡す。抵抗した場合は制圧。
部隊名が付いて、新しい艦と新型機まで渡された最初の仕事としては、派手さはない。
でも、それでいい。
「相手の詳細は?」
ブライトさんが資料を見ながら聞く。
「現在確認されているのは小規模な残党勢力ということだけです。追加情報は入り次第共有されます」
ノエル軍曹が手元の資料を確認する。
「こちらでも受領済みの情報を整理します。確定情報と未確認情報は分けてまとめます」
「頼む」
ブライトさんは立ち上がった。
「艦側は出航準備に入る。ミライ、艦橋要員の確認を」
「分かったわ」
「ジョブ、MSの受け入れ状況は?」
「整備側で最終確認する。今日渡されたばっかりの機体もあるんだから、いきなり予定を詰めるなよ」
「分かってる」
クリスさんも資料を閉じる。
「パイロット組は機体確認ね。特にレンとアムロは、受け取っただけで乗れると思わないこと」
「僕まで?」
「あなたもよ」
アムロは少し不満そうだったが、反論はしなかった。人が次々に席を立って、それぞれの持ち場へ散っていく。俺も端末をしまい、アムロたちと一緒に格納区画へ戻ることにした。
まずは、あの黒い機体をちゃんと自分の手で動かせるか確認しないといけない。