「隊長、動きました」
ノエルさんの声に、端末から顔を上げた。
ここ数日、彼女には普段の任務に加えて一つだけ優先順位を上げてもらっていた。ティターンズ所属艦艇とMS部隊、それに護衛を伴う軍用輸送の動き。特にサイド1、30バンチ方面へ進路を取るものがあれば、理由が分からなくても俺へ上げるよう頼んである。
ノエルさんの手元には、軍用交通管制と識別情報を重ねた表示が出ていた。
「監視指定していたティターンズ部隊です。進路変更を確認。サイド1方面へ向かっています。こちらで追えている軍用船舶も同じ方向です」
「30バンチ?」
「現在の航路を維持すれば、そう見ていいと思います。ただ、任務内容までは分かりません」
それで十分だった。
七月三十一日。30バンチ。そしてティターンズが動いた。俺が覚えている流れと、目の前の現実が重なった。
「来たか。予定通り動きます。追跡を続けてください」
「了解です」
迷う時間はなかった。もちろん、これだけで何かが証明されたわけじゃない。それでも動く。外して俺が処分されるだけなら、それで済む。知っていたのに様子を見て、当たっていた時に30バンチの人間が死ぬ方が、比べるまでもなく悪い。
艦内へ出撃準備が伝えられ、既に待機状態だった各部署が動き始める。前から準備していたものを、ようやく使う時が来た。
出撃前のブリーフィングには、待機指定を受けていたパイロットと必要な実務要員が集まった。アルビオンにも同じ内容が送られている。前方の表示には、30バンチ周辺へ向かっているティターンズ戦力の移動情報だけを出した。
「細かい任務内容は分かっていません。分かっているのは、今日、ティターンズが30バンチ方面へ動いたことだけです」
シーマ中佐が腕を組んだ。
「その割には、随分前からここだけ念入りに見張らせてたじゃないか」
「嫌な予感がかなり強かったので」
「またそれかい」
呆れたような声だったが、それ以上は追及してこなかった。何年も一緒にやっていれば、俺が説明しきれない何かを理由に準備を始めることがあるのは皆知っている。それでも毎回正解するわけじゃないし、俺自身もそのつもりで動いている。
「今回、俺は危険物が30バンチへ運び込まれる可能性をかなり高く見ています。最悪の場合、非人道兵器です」
室内の空気が変わった。バニング大尉が眉を寄せる。
「根拠を聞いてもいいのか?」
「今は出せません」
誤魔化さなかった。
「だから、何もなければ俺の判断ミスです。その場合の責任は俺が取ります。ただ、もし本当にあった時は、確認できるまで見送るつもりはありません」
「なるほどね」
シーマ中佐が口の端を少しだけ上げた。
「今度はずいぶん乱暴に行くつもりらしいじゃないか」
「今回は間に合ってから後悔したくないんです」
0083では、知っていたから準備した。それでも対象を絞れず、止められなかったものがあった。今回は違う。日付も場所も分かっている。そこで実際にティターンズが動いた。ここまで揃って、それでも証拠がないからと眺めている気にはなれなかった。
「それと、全機にもう一度徹底します。今回、記録は二系統です」
表示を切り替える。
「一つは通常の軍標準記録。映像、通信、位置、時刻、センサー、戦闘ログ。これは普段通り全部残してください。レイブンとアルビオンも、通信、IFF、センサー、出撃記録、対象の識別と進路まで保存します」
ここまではいつもの記録だ。
「もう一つが、コックピットへ別付けした独立記録機です。標準系とは切り離してあります。コックピット映像、HUD、音声、無線、時刻、それから取れる範囲でセンサーデータも複製する。外へ送れなくてもいいので、機体の中に残してください」
クリスが手元の端末を確認しながら口を開いた。
「増設した記録機は整備側で動作確認してあるわ。でも出撃前にもう一度、実際に書き込みできているところまで各機で確認して。表示が点いてるだけじゃ駄目よ」
ジョブも続ける。
「標準側と増設側は確認項目を分けてある。どっちか一個動いたから終わり、にはしないからな」
「お願いします」
俺は全員を見回した。
「相手と話すことになった場合、その通信も全部残します。こっちの要求も、向こうの返答も、都合の悪い部分まで含めてです。後から俺たち自身が何をしたのか分からなくなるような残し方はしません」
「隊長自身にとって不利な記録になってもかい?」
シーマ中佐が聞いた。
「それも残します。今回、俺が間違っていたなら、それを消して正しかったことにする気はありません」
一瞬だけ間があって、シーマ中佐が鼻で笑った。
「そこまで言うなら好きにしな。後で揉める時は、残ってる方がまだマシだ」
彼女にとって、記録が消され、責任だけを押しつけられることが何を意味するかは、俺が説明するまでもない。
「最後に、化学検知と試料採取の器材も確認してください。使うことになった場合は、映像だけじゃなく物も残します。ただし、証拠を拾うために人が死ぬような真似はしない。安全が確保できてからです」
準備してある検知器や密閉容器は、ここで細かく説明する必要もなかった。持っていく。使える状況になれば使う。それだけでいい。
「任務自体は単純です。30バンチ方面へ向かうティターンズ戦力を追います。危険物を運んでいると判断できる輸送戦力を確認した場合、検分を要求します」
「拒否されたら?」
バニング大尉だった。
「退きません」
自分でも即答だった。
「相手が強気に拒否してきてもか?」
「関係ありません」
肩書で中身が安全になるわけじゃない。
「向こうが正式任務だと言っても?」
「それも同じです。何も積んでいないなら、確認すれば終わります」
バニング大尉は少しだけ俺を見てから、低く答えた。
「分かった。そこまで決めてるなら、現場で迷うなよ」
「はい」
ブリーフィングを終えた。格納庫へ向かう途中にも、ノエルさんから追跡情報が送られてくる。ティターンズ側の進路は変わっていない。
RX-81RCへ乗り込み、機体を立ち上げる。通常の起動確認を済ませた後、標準記録系を確認した。映像、時刻、位置、通信。問題なし。続いて、コックピット内に追加された独立記録機を起動する。
「記録テスト」
自分の声が記録される。数秒待ってから再生確認。HUD側へ記録時刻が返ってきた。
「RX-81RC、標準記録、独立記録ともに正常」
『こちらでも確認しました』
ノエルさんの返答が入る。各機の確認が順に進み、レイブンとアルビオンも予定していた手順に従って動き始めた。
発進後、しばらくは何事もなかった。俺はノエルさんから送られてくる情報と、自機で拾える識別を重ねながら進んだ。30バンチ方面へ向かう軍用船舶の中には、当然ながら今回の件とは無関係かもしれないものも混じっている。
全部を止めるわけにはいかない。探しているのは、ティターンズの護衛がつき、まとまった戦力として30バンチへ向かう輸送船だ。
『隊長、対象になりそうな船を確認しました』
「送ってください」
表示へ一つの輸送船と、その周囲を動く護衛の識別が重なる。少なくとも、護衛側がティターンズ所属なのは確認できた。積荷は分からない。
「この船を確認します。接触します」
『了解です』
俺たちは輸送船の進路へ近づいた。相手もこちらを認識したらしく、護衛が動く。こちらと輸送船の間へ入るように配置を変えたが、まだ武器を向けてきたわけではない。
俺は通信を開いた。
「こちらは地球連邦軍BLACK RAVEN、レン・イズミ特務少佐です。そちらの輸送船に非人道兵器が搭載されているとの情報が入っています。確認のため、積荷を検分させてください」
『こちらはティターンズ所属部隊だ。本隊は正式任務を遂行中である。貴隊に本任務の積荷を検分させる理由はない』
相手が本当に何も知らない可能性だってある。護衛任務だけを命じられているなら、自分たちが何を守っているのか知らなくてもおかしくない。
「情報の確認が必要です。検分に協力してください。短時間で終わります」
『情報源を提示しろ』
「それはできません」
『では拒否する。BLACK RAVENに我々の積荷を検分する権限はない。進路を空けろ』
正論だった。少なくとも、俺が相手へ示せる書類の上では。中央直轄だからといって、ティターンズの輸送船を好き勝手に捜索できる権限なんて俺にはない。ここで適当な制度名を持ち出しても、後で調べればすぐに分かる。
だから、そこは争わない。
「検分権限を持っているとは言っていません」
通信の向こうが一瞬黙った。
「こちらには、その船に非人道兵器が搭載されているという情報があります。やましい物がないなら、検分はすぐに終わります。確認させてください」
『拒否すると言っている。これはティターンズの正式任務だ』
「肩書の話をしているんじゃありません。積荷を確認したいだけです」
『進路を空けろ、イズミ少佐。これ以上妨害を続けるなら、任務妨害として貴官の責任を問うことになる』
俺は一度だけ息を吐いた。この船が違う可能性はある。俺の知っている歴史と違う手段を使うようになっているかもしれない。毒ガスそのものを使わなくなっている可能性だって、ゼロとは言えない。
ここで退けば、俺自身は何も失わずに済む。今日、何も起きなければ笑い話で終わる。逆なら。頭の中へ浮かんだのは、年表でも事件名でもなかった。閉鎖されたコロニーで、逃げる場所もなく死んでいく人間の数だった。
「分かりました」
通信の向こうがわずかに緩んだように感じた。
そのまま続ける。
「拒否することは確認しました。ですが、こちらも退きません。検分が終わるまで、その輸送船を通すつもりはありません」
『……何だと?』
「外れていたら、責任は俺が取ります。それでも確認します」
別回線でシーマ中佐の声が入った。
『あんた、ここから先は本当に後戻りできないよ』
「分かってます」
『相手は味方の看板をつけたままだ。撃てば面倒どころじゃ済まない』
「先には撃ちません。ただ、通しもしません」
『そうかい』
少し間があった。
『なら中途半端にするんじゃないよ。止めると決めたなら、止めな』
「はい」
輸送船が進路を変え始めた。俺たちを避けて抜けるつもりらしい。
RX-81RCの推進を合わせ、相対速度を調整する。相手の正面へただ居座るのではなく、輸送船が取った進路へ合わせてこちらも位置を変えた。
護衛機がすぐに反応する。何機いるかを数える暇はなかった。少なくとも複数が輸送船から離れ、こちらを押し退ける位置へ出てくる。
『BLACK RAVEN、最終警告だ。進路を空けろ』
「こちらも最後です。輸送船を停止させ、検分に応じてください」
『拒否する』
「では、こちらも退きません」
護衛機の一機がさらに前へ出た。照準警報が鳴る。まだ撃ってこない。俺もライフルを向けなかった。シールドを前へ出しながら、輸送船と護衛の位置だけを見る。
『隊長、全記録系、継続しています』
ノエルさんの声。
「そのまま残してください。ここから先も全部です」
ピリッとした感覚を感じた。
『退け!』
閃光が走った。RX-81RCを短く加速させる。射撃が機体の脇を抜け、そのまま後方へ消えた。威嚇か、最初から当てるつもりだったのかは分からない。必要なのは、撃たれたという事実だけだった。
「発砲を確認」
通信を全部隊へ開く。
「全機、応戦。輸送船は撃つな。護衛だけを止めます。可能な限り非殺傷、武器と推進を優先」
護衛機が一斉に動いた。俺はようやくビームライフルを上げ、最初に飛び込んできた機体の武器へ照準を合わせた。