続・黒いガンダムの宇宙世紀   作:いずりょう

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第42話 消せなかったもの

 引き金を絞ると、ビームは最初に飛び込んできた護衛機の銃そのものではなく、保持していた腕の外側を掠めた。まともに受ければ腕ごと持っていかれると判断したのか、相手が射撃を止めて身を引く。その間にも輸送船は速度を落とさず、30バンチへ向かう航路を進み続けていた。

 

『少佐、輸送船を見ろ。こいつら、あんたを船から引き剥がす気だ』

 

 バニング大尉の声と同時に、左右から二機が俺へ寄ってくる。一機を相手にすればもう一機が輸送船との間へ戻る配置だった。

 

「分かりました。護衛を全部相手にする必要はありません。輸送船との間だけ空けてください」

『コウ、右へ回れ。キースは前に出すぎるな。追ってきた奴だけ引き受けろ』

『了解!』

『分かりました!』

 

 バニング大尉のジム・カスタムが先に向きを変え、コウ少尉とキース少尉がそれぞれ違う方向へ広がる。三機が固まって撃ち合うのではなく、輸送船へ戻ろうとする護衛だけを拾う形だ。すぐに一機がコウ中尉を追い、もう一機がバニング大尉へ向きを変えたことで、さっきまで輸送船の周囲に固まっていた護衛が崩れ始めた。

 

 空いたところへ入ろうとした俺の前を、別の護衛機が横切った。正面から撃ち合うより先に相手が距離を詰め、機体ごと押し返そうとしてくる。シールドを噛ませてぶつかる角度だけを外したところで、その護衛の背後をガルバルディβが横切った。

 

『少佐、そのまま船へ。こちらで引き受けます』

 

 ユウ中尉だった。

 

 返事を待たず、ユウ機は護衛の正面へ回る。撃ち合うというより、輸送船へ戻ろうとするたびに先へ入り、相手にこちらへ向き直るか迂回するかを選ばせていた。護衛機が強引に抜けようと加速したところへ一射だけ入り、構えていた武器が弾かれる。

 

「ユウ中尉、深追いしないでください」

『了解です。ですが船には戻しません』

 

 別方向ではライラ中尉のガルバルディβが輸送船の側面へ回り込んでいた。彼女を追った一機がそのまま船から離れていく。

 

『少佐、こちらへ二機向いた。このまま少し引き離すよ。ただ、あまり遠くへ連れていくと戻るのに時間が掛かる』

「十分です。その距離でお願いします」

『了解』

 

 戦闘が始まる前なら、これだけの人数で連邦軍同士が撃ち合っている光景を見ただけで頭を抱えていたと思う。今はそんな余裕もなかった。護衛が何を知っているかは分からないし、ただ命令された輸送任務を守っているだけの人間が混じっている可能性もある。だから殺す必要はない。それでも、あの船だけは通せない。

 

 輸送船へ距離を詰めると、俺を追おうとした護衛の一機へ、今度はガーベラが正面から食いついた。

 

『そっちは通行止めだよ。隊長に用があるなら、まずあたしを退かしてみな』

 

 シーマ中佐は相手の射撃を外へ誘いながら、輸送船とは逆側へ機体を振っていく。護衛も簡単には釣られず何度か船へ戻ろうとしたが、そのたびにガーベラが追いつき、位置を取り直させた。

 

「シーマ中佐、無理に落とさなくていいです」

『分かってるよ。こんな連中のために、後で余計な死人まで数えさせられるのは御免だ』

 

 言葉は荒いが、攻撃は護衛機の胴体へ集中していなかった。相手の動きを止めきれない代わりに、輸送船へ戻る時間だけを奪っている。

 

 護衛が分散したことで、ようやく輸送船の後方が見えた。俺は機体をそのまま近づけず、相対速度を合わせながら通信を開く。

 

「輸送船、こちらBLACK RAVEN。直ちに推進を停止してください。これ以上航行を継続するなら、航行能力を無力化します。乗員区画や艦橋を狙うつもりはありません。停止してください」

 

 返答はなかった。代わりに、輸送船後部の噴射が強まり、こちらとの距離を広げようとする。

 

『聞く気はなさそうね』

 

 クリスさんの声が入った。彼女のジム・カスタムは俺の少し後ろを取り、輸送船へ近づこうとする護衛を見ている。

 

「みたいですね」

『だったら船だけ見て。後ろはこっちで見るから』

「分かりました」

 

 輸送船の構造を完全に知っているわけじゃない。どこに何を積んでいるかも確認できていない以上、外から確認できる推進部と姿勢制御だけを見る。

 

 照準を合わせたところで警報が鳴った。

 

『レン、右!』

 

 反応して機体を沈める。直前までいた空間をビームが通り過ぎ、続けてクリス機の射撃が護衛を牽制した。相手が回避に移ったわずかな間に、俺は輸送船後部へ一射を入れる。外側の噴射が一つ消え、船体がゆっくり傾いた。

 

「一つ止まりました。まだ推進を続けています」

『こっちは押さえるわ。急いで。でも雑に撃ったら後で私が怒るからね』

「それは嫌なので慎重にやります」

 

 冗談を言っている場合じゃないのは分かっている。それでも、いつものクリスさんの声が返ってきたことで余計な力が少し抜けた。船体が姿勢を戻そうと噴射する。残っている制御系へ狙いを移した時、護衛の一機が強引に突破してきた。

 

『行かせるな!』

 

 こちらへ向かっていた機体の前へユウ機が入り、真正面から短く射撃を交わす。護衛は避けたが、その回避で輸送船への最短経路から外れた。さらに外側からライラ機が戻ってきて、逃げ道ではなく船へ戻る側だけを押さえる。

 

『ユウ中尉、そのまま右をお願いします。こちらは左を見ます』

『了解』

 

 二機が同じ動きをするわけではない。ユウ中尉は護衛の前へ入り続け、ライラ中尉は距離を取ったまま船側へ戻ろうとする動きへ先に反応する。その後ろではバニング大尉たちが別の護衛を押さえていた。

 

『コウ、そこまでだ。追うな!』

『でも、まだ動けます!』

『だからだ。船から離れたなら目的は達成してる。キース、コウの左を見ろ』

『了解です!』

 

 コウ中尉が追撃を止め、キース少尉がすぐ隣へ戻る。倒しきれる相手を追わずに戻るのは、撃墜を競う戦いより面倒だ。それでも、今必要なのはそっちだった。輸送船へ向き直る。最初の一撃で姿勢を崩したまま、まだ推進を続けようとしている。

 

「最後です。停止してください」

 

 返事はない。

 

 俺は残った外側の推進部へ照準を絞り、船体の中心から外れる角度を取って撃った。二射目で噴射が途切れ、輸送船の加速が目に見えて落ちる。まだ慣性で流れてはいるが、自力で30バンチへ向かい続ける力は失っていた。

 

『輸送船、推進出力低下。姿勢制御も安定していません』

 

 ノエルさんの報告が入る。そこで初めて、輸送船そのものから目を離した。

 

「全機、輸送船の停止を確認。護衛を追わないでください。こちらへ攻撃を続ける機体だけ押さえます」

 

 シーマ中佐がすぐに返す。

 

『聞いたね。もう船は走れないよ。まだ続けるなら勝手にしな。ただし、こっちも手加減できるうちにやめるんだね』

 

 護衛側から明確な返答はなかった。ただ、先ほどまで無理に輸送船へ戻ろうとしていた動きは鈍っていた。こちらも距離を保ち、撃ってこない相手へは追撃をかけない。

 

 しばらくして、戦場だった空間に奇妙な間ができた。誰も武器を捨てたわけではないし、正式に投降したわけでもない。それでも輸送船は止まり、護衛もそこへ戻りきれない。少なくとも今すぐ30バンチへ運び込まれる状況は終わった。

 

「輸送船へ。こちらはこれから検分に移ります。乗員は機関を停止したまま待機してください。抵抗しなければ、こちらから攻撃することはありません」

 

 返答はない。

 

「ノエルさん、記録は?」

『標準系、独立系とも継続中です。輸送船停止までの通信、IFF、進路、戦闘ログも保存しています』

「そのままお願いします。拿捕準備へ移ります」

 

 周囲ではバニング大尉たちが護衛との距離を維持し、シーマ中佐とユウ中尉が輸送船へ戻る経路を見ている。俺とクリスは少し距離を取り、接近に邪魔になる破片や熱源がないか確認した。

 

『少佐、こちらは問題ない。ただし護衛はまだ動ける。乗り込むなら急ぐより、まず周りを固めろ』

 

 バニング大尉の判断に頷く。

 

「そうします。拿捕要員はまだ近づけないでください。護衛の動きを確認してから――」

 

 その時だった。

 

 理由の分からない嫌な感覚が、背中を撫でるように走った。何かが来る、としか言えない曖昧なものだったがそれを信じて指示を出す。

 

「全機、至急輸送船から離れてください! 拿捕中止!」

 

 RX-81RCを反転させる。近くにいたクリス機も遅れず離れ、シーマ中佐たちにも同じ警告が回った。

 

『何か見えたのかい!?』

「とりあえず離れて!」

 

 次の瞬間、停止していた輸送船の内側が白く染まった。

 

 船体が一度大きく膨らんだように見え、その直後に裂ける。閃光に続いて破片が四方へ飛び散り、シールドへ細かな衝撃が連続して叩きつけられた。姿勢制御を掛けながらさらに距離を取り、視界が戻った時には、さっきまでそこにあった輸送船の形はほとんど残っていなかった。

 

『全機、応答しろ! 損傷を確認する!』

 

 バニング大尉の声が飛ぶ。コウ少尉、キース少尉、ユウ中尉、ライラ中尉と返答が続き、少し遅れてシーマ中佐が舌打ち交じりに無事を知らせた。

 

『派手に消してくれたもんだ。乗り込まれるのがよっぽど都合悪かったらしいね』

「まだ決めつけないでください。誰が、どうやったのか分かりません」

『分かってるよ。だから腹が立つんじゃないか』

 

 俺も同じだった。あと少しだった。輸送船そのものを押さえられれば、中の積荷も記録も、そのまま残せた可能性がある。それが目の前で吹き飛んだ。

 

 ただ、0083の時みたいに、消えたものだけ見て止まっているわけにはいかない。

 

「ノエルさん、今の爆発まで記録されていますか?」

『はい。標準記録も独立記録も生きています。輸送船停止後から爆発まで、映像とセンサーは残っています。爆発の原因までは今のデータだけでは判断できませんが』

「それで十分です。判断は後でやります」

 

『了解です』

 

 周囲には輸送船の残骸が広がっていた。護衛は急ぎ離れて行っていた追えばまだ捕まえられる護衛もいるかもしれないが、今はそっちじゃない。

 

「全機、追撃中止。護衛隊は監視だけでいいです。爆発地点と破片の位置を記録しながら、化学検知を始めてください。反応が出てもすぐには触らないで。熱と周囲の安全を確認してから試料を採ります」

 

『了解。レン、こっちに船体片がまとまってる。まだ熱いけど、離れて測る分には問題なさそうよ』

 

 クリスさんから位置情報が送られてきた。俺もそちらへ寄り、爆発で流れていく破片との速度を合わせる。表面には焼け焦げた跡が広がっていたが、その一部には船体そのものとは違う付着物が残っていた。

 

 距離を取ったまま検知器を向ける。最初は爆発後の熱や周囲に漂うものまで拾って表示が安定しなかったが、測定範囲を絞っていくと、一つの警告だけが消えずに残った。

 

「……反応があります」

『こっちも出てる。同じ場所ね』

「有毒物質ですか?」

『少なくとも、普通の船体や推進剤だけで出る反応じゃないわ。ただ、ここで種類まで決めるのは無理ね』

「それで十分です。測定値と位置を残してください」

 

『隊長、こちらでも反応を確認しました』

 

 少し離れたところからコウ少尉の声が入った。別の破片を調べていたらしく、送られてきた測定値にも同じ傾向が出ている。

 

「そっちも位置をそのまま記録してください。安全が確認できたら付着物を採ります」

『了解です』

『コウ、先に表面温度を見ろ。容器を開けるのはそれからだ』

『はい、大尉』

 

 バニング大尉がすぐに釘を刺す。その間にもノエルさんが各機から送られてくる位置情報をまとめており、爆発した場所と測定した破片の位置が記録上で結びついていった。

 

『隊長、各機の測定時刻と位置はこちらでも押さえています。そのまま続けてください』

「お願いします」

 

 クリスさんが見ていた破片の温度が十分に下がるまで少し待ち、改めて近づく。付着物の一部を採ろうとしたところで、彼女から止められた。

 

『そこ、無理に削らない方がいいわ。薄く付いてるから、採る途中で飛ばしたら余計面倒よ。小さい部分なら、そのまま封じた方が確実』

「分かりました。そこだけ切り離せますか?」

『そのくらいなら大丈夫。船体を丸ごと持って帰る必要はないもの』

 

 クリスさんが示した小片を必要な大きさだけ切り離し、付着物ごと密閉した。コウ中尉の側では表面から採取できる状態だったらしく、そちらは残留物だけを容器へ収めている。欲しいのは大量の残骸じゃない。どこから採ったものなのかを後から確認できて、分析に回せるだけ残ればいい。

 

『隊長、護衛が更に距離を取り始めてるよ。追えばまだ何機かは捕まえられそうだけど、どうする?』

 

 シーマ中佐だった。

 

「追いません。今はこっちを優先します」

『そうかい。なら、向こうが気を変える前に済ませな。あたしは周りを見てるよ』

「お願いします」

 

 しばらくして必要な試料の採取に目処が立った頃、ノエルさんからもう一つ報告が入った。

 

『隊長、30バンチ側です。ティターンズの封鎖は続いています。外へ出ようとした船が何隻か攻撃を受けています』

「輸送船を止めた後も動きは変わってない?」

『はい。封鎖部隊の配置にも大きな変化はありません。こちらを警戒している様子はありますが、コロニー側へ入る動きは確認できていません』

「分かった。そのまま見てて」

 

 輸送船は押さえた。それでも封鎖は解かれない。外へ出る船まで撃っている以上、単なる治安出動ではない。問題は、この先に何をするつもりなのかだ。毒物を使う。そこまで考えているのは、今のところ俺だけだった。他にそれっぽい動きがないということはこれで止めれたはずだ。

 

 俺はモニターの向こうにある30バンチへ目を向けた。

 

 輸送船そのものは失った。積荷を無傷で押さえることも、誰が命じたのかをその場で突き止めることもできなかった。それでも、あの船が30バンチへ入る前に止めた。そして爆発した残骸からは、実際に有毒物質の反応が出ている。

 

 少なくとも、間に合ったはずだ。

 

「ノエルさん、帰投準備をお願いします。試料と記録の保全は予定通りで」

『了解です。こちらで準備しておきます』

 

『隊長』

 

 シーマ中佐の声が入る。

 

『船まで消した連中だ。これで終わりだと思わない方がいいよ』

「思ってません」

 

 これから何を言われるのかも、どこから圧力が掛かるのかも分からない。ただ、それを考えるのは帰ってからでいい。

 

 俺はもう一度だけ30バンチを確認し、それから最後の採取位置へ機体を向けた。




ティターンズが応援要請を受けたのは暴動当日だったようなので事前に綿密な準備ができていたとは思えないので単機の輸送だと想定してます。
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